2日目 ダンゴムシの人 再び
空き地でダンゴムシを拾う若い女。
玄関先で改めて口に出してみて分かる、現実感との不協和音。
そんな女と世間話をして、行ってらっしゃいとまで言われたとか。
本当にそんな女がいたのだろうか。
ひょっとして全て俺の妄想……?
俺は駅に向かいながら、昨日の記憶を思い起こす。
あの角を曲がれば例の空き地だ。
「あれ、社畜さんおはよう」
昨日と同じ時間。
女は昨日と同じ空き地でしゃがみ込んでいた。
「おはよう。何やってんの?」
……ダンゴムシを拾う女は実在した。
俺はホッとしながら女の手元を覗き込む。
見れば女は瓶の中身をザラザラと地面に振りかけているところだ。
「ダンゴムシを放してるの」
「放してるって。今日は捕まえるんじゃないんだ」
「これは近くの公園で集めてきたやつ。で、この空き地に移してるの」
「……なんでそんなことしてるの?」
ダンゴムシを乱獲しすぎて、この空き地に居なくなったのだろうか。
「今日集めてきたのは、半月ほど前に公園に放してきた奴らよ」
「はあ。それをわざわざ連れ戻してきたのか」
だからなぜそんなことを。
不思議そうな俺に向かって、女は得意気に胸を張る。
「突然、見ず知らずの新天地に運ばれてよ。ようやく生活が落ち着いてきた頃に、気まぐれに元いた場所に戻されるの」
「はあ」
「理屈が通じない災害っぽいところが、いかにも神様っぽくない?」
「まあ確かに神っぽい」
しかもこの神様、邪神寄りだ。
「でもほら、ダンゴムシなんてすぐ死んじゃうでしょ。半月って結構デカいし、可愛そうじゃないかな」
「ダンゴムシの寿命は3~4年はあるのよ。大体、ゴールデンハムスターと同じくらいね」
「……意外と長いな」
うちの会社の平均在職年数より長いし。
「ジャンガリアンハムスターは2年くらいだから、ペットとしてはダンゴムシの方がお勧めね」
寿命の長さだけなら、ゾウガメ一択だ。
女は落ち葉や石の下に逃げ込むダンゴムシをニヤニヤしながら眺めている。
その飾り気がないけど整った横顔に思わず見惚れる。
「君はダンゴムシが好きなの? 嫌いなの?」
「え。そんなこと考えたことなかった」
意外そうな顔で俺を見返す女。
「……まじで?」
「ダンゴムシが好きとか嫌いとか。普通に生きてたら考えなくない?」
朝の5時からダンゴムシ拾う女にそんなこと言われるとか。
普通って何だろう。
「見て、こいつひっくり返ったままもがいてる。ダンゴムシの内側ってグロいよね」
「起き上がれるの?」
「一旦丸くなれば大丈夫。ほら、丸くなった」
ぼんやりと二人でダンゴムシを眺めていると、電車が近付く音がする。
5時08分発の準急行。
今日もどうやら間に合いそうにない。
「……あー、じゃあそろそろ行くよ」
立ち上がる俺を、女は不思議そうな目で見上げる。
「社畜さん、いつも早いのね。会社ってそんなに遠いの?」
「1時間とちょっとくらいかな。でも、7時前には会社にいないと上司に怒られるし」
よくよく考えると始業って9時だったよな。
でもまあ、7時過ぎから仕事を始めないと終電に間に合わないし……
「ふうん、大変ね。行ってらっしゃい」
女は何気ない口調でそう言うと、手をひらひらと振って見せる。
俺もひらひらと手を振り返す。
「それじゃ、行ってきます」