15日目 座る女
……今日の空き地は様子が違う。
昨日までは雑草だらけの殺風景な空き地。
ダンゴムシを採る他は、悄然と突っ立っている他ない寂しい土地である。
例の女は、その空き地で優雅に足を組んでいた。
裂け目のできたパラソルの下、アウトドア用の折り畳みチェアに腰を掛けているのだ。
「おはよう。どうしたの、その椅子?」
「恐らく不法投棄ね。行楽シーズンを前に、古いのを捨てたんでしょ」
女は黒いサングラスをずらすと、大きな瞳を得意気に輝かせる。
「そのサングラスも捨ててあったの?」
「これはうちの押し入れの奥にあったやつ。あぶない刑事で舘ひろしがかけてたのと同モデルなんだって」
「……俺、生まれる前だ」
「社畜さんの分もあるからかけてみる?」
つまり柴田恭兵バージョンか?
気になって覗き込む俺の前に、女は派手なサングラスを差し出した。
「うわ、2000の0がレンズになってる奴だ。やだよ、カッコ悪い」
「……え? これ、カッコ悪い?」
意外そうに2000サングラスを見つめる女。
……こいつの趣味、どうなってんだ。
「それにさっきからなんで20世紀押しなんだ」
「私最近、歴史とか興味あるし。映画も古いの良く見るよ。タイタニックとか」
……古さが微妙だ。
古い映画というと寅さんとかヘプバーンとかのイメージだけど―――
「そういや、トトロも30年以上前だしな。日曜洋画劇場でやってる映画も、大抵俺達が生まれる前の映画だし」
「嘘……トトロは私の子供の頃の映画でしょ……? 小さいとき、公民館で見たよ」
「それ、公開から20年とか経ってたから」
「ちょっと宮崎、それまで20年なにやってたのよ」
いや、ロリっ娘が箒で飛んだり豚が空飛んだり、結構頑張ってたんだぜ……?
「それより、日曜洋画劇場もう無いわよ」
「そうなの? コマンドーとかどうやって見ればいいんだよ」
「レンタルしなさいよ。常に貸出準備OKだって」
「地上波で見るのがいいんじゃないか。貴重な電波帯域をコマンドーが占拠してるかと思うと、面白さが倍増するんだ」
「ごめん、その趣味は分からない……」
うん、分かられてもむしろ引く。
「さて、優雅にティータイムにしましょうか」
女はチェアのドリンクホルダーに手を伸ばすと、恐る恐るコップを掴む。
その中には、零れんばかりに茶色の液体が満たされている。
「それ、ギリギリまで注ぎ過ぎじゃなない?」
「批判は後で甘んじて受けるわ。欲張って麦茶を入れ過ぎたのは確かなの」
家からここまで麦茶を持ってきた光景が目に浮かぶ。
きっと摺り足で、恐る恐る運んできたのだ。
「ほら、顔を近付けてちょっと啜らないと」
「そんな行儀の悪いこと出来るわけが―――わちゃ! こぼしたっ!」
あーもう、言わんこっちゃない。
「ほら、ハンカチ。染みになりそうなとこはゴシゴシやらずにトントン叩いて」
全く世話が焼ける。
俺はベチャベチャになったハンカチを絞る。
「だって……最初の一口はここで飲みたかったし」
女は麦茶を啜ると、ほうっと満足げにため息をつく。
「ほら、なんかこうしてるとリゾートに来た感じじゃない? 映画で見たベニスが丁度こんな感じだったわ。ベニスでおじさんが死ぬ話」
「ベニスってこんなんだっけ……? その映画、サメとか飛んでなかった? 本物?」
「私にもこの空き地にも失礼ね。このイイとこ無しの空き地も、やればできる子だったのよ」
「こんだけ入り浸っといてその言い草」
……さて、あんまりこの子に構ってばかりもいられない。
俺は湿ったハンカチをカバンにしまう。
「じゃあ、そろそろ行くよ」
女は気取った仕草でサングラスをかけ直す。
「それでは行ってらっしゃいまし。社畜さん」
「それじゃ、行ってきます」




