14日目 撫でる女
茶トラ猫。
いわゆる毛色が茶色の縞猫である。
俺は思わず頬を緩める。
「よーし、よし。ここがいいのんかー」
この毛色の猫は一般的に人懐っこいと言われるが、こいつは極めつけだ。
背中をワシワシと撫でてやると、目を細めて顔を俺の手に擦り付ける。
「この猫、凄い撫でさせてくれるよ。君も撫でない?」
「……ねえ、社畜さん。私は前々から不満があったの」
俺に撫でられ喉を鳴らす猫を、女は腕組みをして見下ろしている。
「不満って。猫に対して?」
「猫を出しておけば、女子供が喜ぶと思っている人達に対してよ」
なんか変なこと言い出した。
「まあ実際、ネットで猫とか人気があるし」
「あれよね。掲示板とかツイッターに猫を出しておけば、イイネとか猫ナウとか言ってみんながフォロワーなのよね」
こいつのSNS関連の知識、うろ覚えにもほどがある。
「ナウとか今どき誰も言わないし。良く分からないけど、君が犬派だって話?」
「そうとは言ってないわ。人間を犬派か猫派かで二つに分類しようなんて、おこがましい話だと思わないの?」
「単なる嗜好の問題じゃないかな。猫動画とか見たりしないの?」
「あー、はいはい。猫動画を見せられた女子が『可愛い~』ってキャイキャイして喜ぶなんて決めつけないで欲しいわね」
「そうなんだ。俺、見せられると結構テンション上がるけど」
猫は前足で俺の手をパシンと挟んできた。
……こいつ、欲しがってやがる。
「この子、遊びたがってるよ。君も相手してあげたら?」
「遊っ! ……その猫、遊んでくれるの?」
この女、なんかソワソワしだした。
遊びたいならそう言えばいいのに。
「猫と遊びたいなら、代わってあげるから」
「だ、大丈夫。私犬派だし!」
猫派だ犬派だのって、おこがましいんじゃなかったか。
俺が手をフラフラ動かすと、猫は爪を出さずに猫パンチを繰り出してくる。
その光景を女は横目でうらやましそうに見てくる。
「……社畜さん、猫派なの?」
「昔はどちらかと言えば犬派だったけど―――」
俺は思わず目を瞑る。
「犬って凄いキラキラした瞳で見てくるじゃん? 最近、あの瞳と目を合わせられなくなってきて」
「……毎日そんなにつらいの? ラムネあるけど食べる?」
「個包装なら」
「……」
ポケットを探っていた女の動きが止まる。
「あ、この猫、お腹まで撫でさせてくれるよ。飼い猫なのかな」
「お腹までっ?!」
女は両手の指をワキワキさせながら猫を見つめる。
「撫でたいの?」
「……違うし。社畜さんも私を猫さえ出しとけば食いつく安い女だと思ってるの? 親戚の隆康おじさんなの? 私に働けというの?」
「そのおじさんのことは知らないけど、さっきからメッチャ撫でたそうじゃん」
そして出来れば働いた方がいい。
「そんなことないし。猫とかにほだされないし」
「ほんとにいいの? こんなに撫でさせてくれる猫、まず居ないよ?」
「……え、そうなの? そ、そこまで言うなら少しくらい……」
女は目をギラつかせながら猫に一歩踏み出す。
その姿に脅威を感じたのか。猫は毛を逆立たせると、矢のように走り去った。
「あ、ああっ!」
「あー、そんなやる気満々で近寄っちゃだめだよ。猫、テンション高い人苦手だし」
「……違うし。そんなに私、撫でたくなかったし」
俺はズボンに付いた猫の毛を払いながら立ち上がる。
「それじゃ俺、そろそろ行くよ」
「……うん、それじゃ行ってらっしゃい社畜さん」
手を振りかけた女は、急にシリアスな顔になる。
「待って、社畜さん」
「どうしたの?」
「……私性格は猫だから、とか言う女に気を許してはいけないからね。社畜さんもそれだけは気を付けて」
ちょっと私怨が入ってる気もするが、現役女子からの貴重な助言だ。
俺は素直に頷いた。
「分かった気を付けるよ。それじゃ、行ってきます」




