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12/19

12日目 飲む女


 ……もう一度だけ確認しよう。


 スマホのホーム画面には、『月曜日』の文字が躍る。

 ……起きてから4度確認したのだ。流石に認めざるを得ないだろう。

 


 今日は―――月曜日だ。



 溜息交じり、コンビニの袋を下げてブラブラ歩き、例の空き地に差し掛かる。

 今朝は例の女は立ったまま何かしているようだ。


「おはよう。なにしてるの?」

「おはよう、社畜さん。ほら見て、これ練習したの」


 女の手元には100円玉。

 親指の先で跳ね上げられた硬貨は、俺の頭に当たって女の手元にすぽりと収まる。


「コイントス? なんでまた」

「なんかテレビでラグビーの試合見てたら、コイントスがかっこよくてさ。ルールは良く分かんなかったけど」

「なるほど。まだ下手だから練習中なんだ」

「……失礼ね。週末ずっと練習してたのよ」


 その割に下手だとか、相変わらず暇そうだなあとか、いろいろ言いたいことはあるが、月曜の朝からそんなことは言いっこ無しだ。


「ねえ、これ買ってみたんだけど」


 俺はストローを刺したプラカップを差し出す。

 女は眉をしかめてそれを眺める。


「……生ビール? 社畜さん、朝からお酒とか止めといたほうがいいよ」

「違うよ。コンビニでチーズティーあったから買ってみたんだ。流行りもの好きなんでしょ?」


 チーズティー。

 良く分からんが、お茶の上にホイップしたチーズクリームを乗せた物らしい。


「流行りもの……あー、あれね。うん、子供の頃よく飲んだわー」


 こいつ、流行りものの意味分かってるのか。


「チーズ苦手ならこれもあるけど。タピオカミルクティー」

「え、本物? あれでしょ、買うのに2時間くらい並ぶって」

「いや、コンビニで20秒で買った」

「……秒」


 脳味噌のアップデートに時間がかかっているらしい。

 つーか何故、コンビニにタピオカあるのを知らないんだ。


 女は半開きの口で、二つの飲み物をぼんやり眺める。


「コンビニってなんでもあるわね。そのうち、コンビニで住民票がとれる時代が来るわ」

「もう取れるよ」

「……コンビニって公営化されたの? 店員さんって公務員だったんだ」

「どっちも違うし。それよりこれどっちか飲まない?」


 女は散々迷った挙句、警戒心も露わにチーズティーを手に取った。


「……あー、なんか代官山の味するわ。舌によく馴染むわね」

「代官山ってそんな街だっけ。あ、このタピオカミルクティーも結構良く出来てるな」

「へえ……美味しいんだ」


 女はなんかチラチラと俺の手元を横目で見て来る。


「気になるなら、今度買ってきてあげようか?」

「……ホント?」


 一瞬目を輝かせた女は、照れたように咳払い。


「ま、まあ、無理にとは言わないけど。差し入れとかでもらえるんなら、やぶさかではないかな」

「了解、覚えとくよ」


 飲みたいならそう言えばいいのに。

 俺の飲みかけをあげるわけにいかないし、また今度買ってきて―――


 見ると、なぜか女は左手の指でコイントスをしようとジリジリ身構えてる。


「ねえ、右手でもまともに出来ないのに左は無理じゃないかな」

「いやいや、練習してちゃんとできるようになったんだって。むしろ左手の方が得意だし」

「じゃあそれ飲み終わってから―――」

「えいっ!」


 こいつ人の話聞いてない。

 明後日の方向に吹き飛ぶ100円玉。


「ああっ! 私の100円!」


 だから言ったじゃん。

 100円玉が飛んだ草むらに駆け寄る女。


「ねえ、社畜さんも探して! 虎の子の100円玉なの!」


 そんな貴重なお金でコイントスの練習とかしなけりゃいいのに。

 仕方ない。少しは俺にも責任は……無いはずだけど、見捨てるのもかわいそうだ。


 俺も草むらを探り出す。


 チラリと腕時計を見る。

 そろそろ電車の時間だ。 


 俺はこっそり財布から小銭を取り出した。

 ……ここは大人の判断だ。


「ねえ、こっちにあったよ」

「ホント!? ありがと、社畜さん!」


 お金を受け取った女は、満面の笑みでお金を受け取り―――


「……あれ」


 掌の上を見て固まった。


「無くしたの100円だったよね。ちょうどあるでしょ」

「50円玉2枚になるって……そんなことある?」

「山手線の外じゃ結構あるみたいだよ。じゃ、俺そろそろ行くから」


 ズボボとタピオカ音をさせながら、俺はカバンを手に取った。


「うん……社畜さん、いってらっしゃい」


 女はまだも納得できないのか、50円玉を見つめて呟いている


「そんなこと……あるんだ………」


 ……無いから。

 こいつ、騙されやすそうで心配だ。



「それじゃ、行ってきます」


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― 新着の感想 ―
[一言] こちら、ゆっくりと拝見させていただいております。 コイントスですと。これは、一言言わせていただかないと。 なにせ中学生のころは、駅から学校までずっとコイントスしながら歩いていたのですから/w…
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