12日目 飲む女
……もう一度だけ確認しよう。
スマホのホーム画面には、『月曜日』の文字が躍る。
……起きてから4度確認したのだ。流石に認めざるを得ないだろう。
今日は―――月曜日だ。
溜息交じり、コンビニの袋を下げてブラブラ歩き、例の空き地に差し掛かる。
今朝は例の女は立ったまま何かしているようだ。
「おはよう。なにしてるの?」
「おはよう、社畜さん。ほら見て、これ練習したの」
女の手元には100円玉。
親指の先で跳ね上げられた硬貨は、俺の頭に当たって女の手元にすぽりと収まる。
「コイントス? なんでまた」
「なんかテレビでラグビーの試合見てたら、コイントスがかっこよくてさ。ルールは良く分かんなかったけど」
「なるほど。まだ下手だから練習中なんだ」
「……失礼ね。週末ずっと練習してたのよ」
その割に下手だとか、相変わらず暇そうだなあとか、いろいろ言いたいことはあるが、月曜の朝からそんなことは言いっこ無しだ。
「ねえ、これ買ってみたんだけど」
俺はストローを刺したプラカップを差し出す。
女は眉をしかめてそれを眺める。
「……生ビール? 社畜さん、朝からお酒とか止めといたほうがいいよ」
「違うよ。コンビニでチーズティーあったから買ってみたんだ。流行りもの好きなんでしょ?」
チーズティー。
良く分からんが、お茶の上にホイップしたチーズクリームを乗せた物らしい。
「流行りもの……あー、あれね。うん、子供の頃よく飲んだわー」
こいつ、流行りものの意味分かってるのか。
「チーズ苦手ならこれもあるけど。タピオカミルクティー」
「え、本物? あれでしょ、買うのに2時間くらい並ぶって」
「いや、コンビニで20秒で買った」
「……秒」
脳味噌のアップデートに時間がかかっているらしい。
つーか何故、コンビニにタピオカあるのを知らないんだ。
女は半開きの口で、二つの飲み物をぼんやり眺める。
「コンビニってなんでもあるわね。そのうち、コンビニで住民票がとれる時代が来るわ」
「もう取れるよ」
「……コンビニって公営化されたの? 店員さんって公務員だったんだ」
「どっちも違うし。それよりこれどっちか飲まない?」
女は散々迷った挙句、警戒心も露わにチーズティーを手に取った。
「……あー、なんか代官山の味するわ。舌によく馴染むわね」
「代官山ってそんな街だっけ。あ、このタピオカミルクティーも結構良く出来てるな」
「へえ……美味しいんだ」
女はなんかチラチラと俺の手元を横目で見て来る。
「気になるなら、今度買ってきてあげようか?」
「……ホント?」
一瞬目を輝かせた女は、照れたように咳払い。
「ま、まあ、無理にとは言わないけど。差し入れとかでもらえるんなら、やぶさかではないかな」
「了解、覚えとくよ」
飲みたいならそう言えばいいのに。
俺の飲みかけをあげるわけにいかないし、また今度買ってきて―――
見ると、なぜか女は左手の指でコイントスをしようとジリジリ身構えてる。
「ねえ、右手でもまともに出来ないのに左は無理じゃないかな」
「いやいや、練習してちゃんとできるようになったんだって。むしろ左手の方が得意だし」
「じゃあそれ飲み終わってから―――」
「えいっ!」
こいつ人の話聞いてない。
明後日の方向に吹き飛ぶ100円玉。
「ああっ! 私の100円!」
だから言ったじゃん。
100円玉が飛んだ草むらに駆け寄る女。
「ねえ、社畜さんも探して! 虎の子の100円玉なの!」
そんな貴重なお金でコイントスの練習とかしなけりゃいいのに。
仕方ない。少しは俺にも責任は……無いはずだけど、見捨てるのもかわいそうだ。
俺も草むらを探り出す。
チラリと腕時計を見る。
そろそろ電車の時間だ。
俺はこっそり財布から小銭を取り出した。
……ここは大人の判断だ。
「ねえ、こっちにあったよ」
「ホント!? ありがと、社畜さん!」
お金を受け取った女は、満面の笑みでお金を受け取り―――
「……あれ」
掌の上を見て固まった。
「無くしたの100円だったよね。ちょうどあるでしょ」
「50円玉2枚になるって……そんなことある?」
「山手線の外じゃ結構あるみたいだよ。じゃ、俺そろそろ行くから」
ズボボとタピオカ音をさせながら、俺はカバンを手に取った。
「うん……社畜さん、いってらっしゃい」
女はまだも納得できないのか、50円玉を見つめて呟いている
「そんなこと……あるんだ………」
……無いから。
こいつ、騙されやすそうで心配だ。
「それじゃ、行ってきます」
 




