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75 戦争遊戯

 

「出迎えありがとうサミュエル殿、いきなりで悪いがここを通してくれないか?」


「そう急かさないでくださいよ英雄殿。急いては事をし損じるとも言うでしょう?」


 聖都とリベリアへの友好のために作られたという石橋の上にて、僕達を含めた多数の帝国兵と、英雄を含めた4人組が向かい合う中。

 カインさんとサミュエルさんは表面上は和やかな笑みを浮かべたまま――けれども、声音は真剣そのものに言葉を交わしあっていた。


「私は大仰な鎧を身につけておりますが肉体労働が不得手でしてね、ここは一つ私たちと“ゲーム”でもいかがでしょう」


「ゲーム?お前は今の状況をわかっているのか?」


 カインさんがサミュエルさんの発言に眉をひそめる。

 かくいう僕も、そのあんまりな言い草に驚いてしまった。


「今でも戦場ではたくさんの兵士さんが戦ってるのに」


 砦を守るために、本陣を守るためにって……なのに、この人は砦の外まで飛び出して、ゲームなんてふざけたことを言っている。

 まるで兵士さん達の事なんかどうでもいいと言うように、関係ないとばかりに。

 もしかしたら、そう感じてしまう僕の方が、この世界ではおかしいのかもしれないけど。


 でも、仮にそうだったとしても、間違っていたとしても。

 それでも、僕はこんなこと――


「――では始めましょう。ルールは簡単、ただ生き残り、勝ち取ればいいだけです」


 指を鳴らす音に意識を現実へと戻すと、いつの間にか僕の周りに“5つの魔法陣”が浮かんでいた。

 周りから聞こえる詠唱の“量”からも、これがすごい魔法だということは僕でもわかる。

「一体、何の魔法だろう?」と困惑しながら魔法陣を見ていれば――突如、その中から人が現れた。


「よくぞ召集にこたえてくれた聖都の騎士よ、歓迎しよう。英雄殿もそう身構えなくてもいい、これから始まるのはゲームだ。どうか肩の力を抜いて楽しんでもらいたい」


 え、聖都の騎士さん……?

 サミュエルさんの言葉に驚きながらよく見れば、そこには確かに聖都で見た騎士さんが――聖女を守るはずの聖騎士が5人、武器を構えた状態で魔法陣の中から出現していた。


「あれが“召喚魔法”なのね、初めて見たわ!」


「聖騎士が5人、更に上級光魔法で強化済みですか。これは、さしもの英雄と言えど厳しいのでは?」


「まさか、魔法陣まで貸し出していたなんて。お母様、大盤振る舞いしていますね……」


 風の流れが変わったせいか、離れた所にいる3人の声が聞こえてくる。

 クリスさんの見立てだと、流石のカインさんでも厳しいみたいだけど……。


「このままこちらの兵力と英雄殿の4人では戦力差がありすぎる。これではゲームにならないだろう?何より面白くない。なのでルールと役者をこちらで用意させてもらった。ルールは簡単、ただ生き残ればいいだけ。これについては私も鬼ではないですからね、投降する意思があるなら命の保障はしよう」


「……こちらが勝った場合はどうするんだ?」


「ふむ、さすが英雄殿、鋭い意見痛み入ります。では『あなた方をリベリアへ帰す』ではどうかな?」


「構わない、欲を言うなら『無事で』も追加してほしいがな」


「これはこれは、私のできる範囲で善処しましょう」


 カインさんは突然の召喚にも、一段とテンションの上がったサミュエルさんにも驚くことなく平然と会話を続けていた。

 サミュエルさんの言葉を聞く限り全員で襲い掛かる気はないようだけど、それにしても冷静に見える。


 もしかしたら、カインさんの方にも作戦があるのかも――と思った瞬間、今まで黙っていた両脇の兵士さんが、いきなり僕の腕を強く握りしめてきた。


「では観客を待たせすぎるのもよくない、そろそろ“役者”の紹介といこうじゃないですか!」


 ――役者の紹介って、まさか。


「ご存知のとおり、リベリアからはあの救世の英雄にして『魔人殺し』、カイン・リジル殿がご参加だ!盛大な拍手と歓声を!」


 兵士さん達からたくさんの拍手が響く中、僕はまるで投げ飛ばされるかのように前へと押し出された。

 当然、目立った動きをした僕はカインさんと再び目が合って――


「そして、それに対抗する我が帝国からは同盟の為はせ参じてくれた十人兵士と名高い聖騎士団たちと――我が帝国秘蔵中の秘蔵!世界を救うため帝国へ舞い降りた『勇者』、マドカ・ユカリ!」


 サミュエルさんの紹介が終わった直後、カインさんの表情はわかりやすく驚愕へと染まっていた。


「英雄様!彼が勇者なんてどういうことです!?」


「……ゆうしゃ?」


「わからん、相手の虚言かもしれん。ここは様子を見るしかない」


 カインさんの近くで構えていた部下?の人も驚いたように僕を見て、カインさんへと身を寄せる。

 今まで何度も名乗ってきたし、僕が勇者なのは知っていると思ってたんだけど、意外にも気付かれてなかったらしい。

 ……やっぱり、魔人族って思われてたのかな。


「ここはユカリ殿一人でお願いします。ラインハルト上五位と聖女様はどうかごゆるりと後ろで観戦願えれば」


「バカを言うな!私は縁殿を預かっている身だぞ、このような危険な行動を一人でなど認められるものか!」


「そうよそうよ!縁一人に戦わせるなんて、なに考えてるのよ変態モヤシ!」


 クリスさんとサラの怒った声に慌てて振り返れば、クリスさんは兵士さんに、サラはラーファに押さえつけられていた。

 とっさに、戻ろうと足が動いた――けど。


「ちょ、サラは暴れちゃダメ――」

「勇者様、落ち着いてください」


 駆け寄ろうにも、さっきまで両脇を抑えていた兵士さんが邪魔してきて近づけないし、無理やり通ろうとすれば剣に手を掛けられるし。

 あぁ、もう、わけわかんない、何でこんな……。


「これはこれは、配慮が足りなく申し訳ございません。しかしラインハルト上五位、あなたがいくら上級騎士五位でラインハルト家のご息女であらせられましょうとも、この砦の指揮官は私でございます……あまり口出しはご遠慮召されよ、またあなたのお父上の立場が弱くなるだけですよ?それに、ペットの躾はきっちりとお願いします」


「貴様……!」


 そうこうしている間にも、空気がドンドンと悪くなっていて、サラの後ろにいた兵士さんはわかりやすく剣を抜く様子を見せてきて。


 ……もう、僕には選択肢なんて無かった。


「みんな、僕は大丈夫だから。今回は後ろから応援していて欲しいな」


 無理やりな笑みを浮かべて、皆に笑いかける。

 僕が頑張れば、大丈夫。

 僕が納得すれば、きっと2人は暴れないはずだから。


「縁殿がそう言うのなら……。サミュエル・ジル・ギレット上五位、縁殿に何かあればどうなるか、覚えていろ」


「では縁様、どうかわたくしの加護だけでも。騎士様もこれくらいは許してくださいますわよね?」


「ええ、聖女様たっての希望とあらばかまいませんとも。では終わり次第後ろでお楽しみください。キース!」


「何かご命令でしょうか?」


「聖女様達の護衛を頼むよ。ラインハルト家のご息女と聖女様だ、何かあってはいけないからな。“くれぐれも”よろしく頼みますからね」


「……了解しました。では皆様、こちらへ」


 トント村の戦いで小隊長をしていた『キース』さんが、皆を連れてこちらまで歩いてきた。

 多分、ラーファの強化魔法をかけるためなんだろうけど、話すタイミングはここしかないよね。

 僕は近づいてきた皆に顔を寄せて、サミュエルさんに聞かれないように小さな声で話しかけた。


「クリスさん、ラーファ。僕のことはいいから、サラのこと、ちゃんと守ってあげて」


「ちょっと、あたしは大丈夫――むぐぐっ!」

「はい、お任せください。ですから、縁殿はくれぐれも油断せず、自分の命の事だけを考えるように」


「忘れているかもしれませんが、ヴァンもどこかにいますからね。わたくし達の事は心配しないでください!」


 確かに、ヴァンさんが守ってくれているなら安心、かな。

 胸にたまっていた息を少しだけ吐き出してから、口をふさがれて不機嫌になっていたサラの頭に手を置く。


「いつ魔法で暴れるかってヒヤヒヤしてたのに、サラはすごくお利口さんになったよね」


「――ぷはっ、当たり前でしょ。というか、あたしは元から偉いわよ!」


 偉いかなぁ、どうだろうなぁ……。

 何とも言えない気分になりながら頭を撫でていると、ふいにその手をラーファに握られた。


「羨ましいのはそこまで――ではなくて。縁様、どうかご無事で」

 《――天よ、この者に勝利を与え給わん》


「縁、危なくなったら助けてあげるから。あんたは安心して戦いなさい。逃げたっていいんだからね」


 離れていく3人に手を振ってから、ゆっくりとカインさんの方へと振り返る。

 僕の視線を受けたカインさんは一度だけ目をつむると、何かを決意したかのような表情でサミュエルさんに視線を飛ばした。


「いやはや、お見苦しいものを見せてしまった上、お待たせして申し訳ない。ではこのゲームでリベリア対帝国の雌雄を決しようじゃないか!」


「ひとついいか?」


「なんなりと英雄殿、このゲームをキャンセルするような事以外なら受け付けよう」


「なら問題ない。このゲーム、こちらは俺1人で参加する」


 カインさんの提案に、思わず目を見開く。

 それは僕だけじゃなく聖騎士さん達も、そして仲間の人達も同じだったようで、視線の先では仲間の人が焦ったようにカインさんへと詰め寄っていた。

 サラみたいに魔法がとてつもないならともかく、上級光魔法で強化された6人が相手で平気な訳がない。

 絶対に仲間と一緒がいいのに、どうして


 わからないことばかりだけど、でも――あの人なら、きっと何かしてくる。


 知らない内に体へと力が入り、額を汗が伝う。

 そうして、しばらくカインさんをにらんでいる内に――相談は終わったらしい。

 さっきの言葉通りにカインさんは1人で前へと進み出ると、僕達に向けて剣を構えた。


「相談は済みましたか?こちらにつき合わせているのですから、提案は受け入れますとも。では、そちらの準備も整ったようですし、はじめさせていただきます」


 サミュエルさんが指を鳴らす。

 すると、僕と聖騎士さん、カインさんを囲うように黒っぽいモヤモヤが結界のように周囲を覆った。


「君たちにはその中で戦ってもらいます。6対1とハンデは大きいですが、英雄殿たっての希望だ。文句は言わせませんよ?それでは、十分楽しませてもらおうじゃないか!」


 多分、これがゲームの舞台なんだ。

 どこまでも用意周到なサミュエルさんに、苦い気持ちが湧いてくる。


 だけど、僕はここに来てしまった。

 来てしまったからには、もう……。


 油断なくカインさんをにらむ聖騎士さん達を見て、僕も武器を構え直す。

 きっと、それが合図になって。


「では、存分に殺しあってくれたまえ!」


 この戦争の結末を決める戦いが――始まってしまった。

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