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74 サミュエルさんの策略

「先ほどの爆発は向こうの城壁です!急ぎましょう!」


「うん!」


 砦までリバージョンで戻ってから、僕とクリスさんは急いでサラとラーファの元に走り出した。

 すると、しばらくもしない内にボロボロに崩れた城壁が視界に映り、僕は顔が青くなるのを感じながら周囲に向けて声を張り上げた。


「サラ、ラーファ!どこにいるの!?」


「2人共、いるなら返事をしてください!」


 もしも、これが敵の攻撃だったら、またホルトンさんの時みたいに……。

 そんな想像が頭を埋め尽くしていく。

 けれど、その心配は“サラを抱き上げながら瓦礫を押しのけている”ラーファを見つけたことで杞憂へと変わってくれた。


「ラーファ、大丈夫!?」


「わたくしは全然平気です。ただ、サラちゃんが気を失っちゃって……」


 クリスさんと一緒に駆け寄ってから2人の様子を確認すると、驚くことに2人はまったくの無傷だった。


 ただ、あの爆発は遠目から見ても派手だったから、何かあったのは間違いない。

 僕はホッと息をつきながら2人と“城壁”にリバージョンを使ってから、ラーファに話しかけた。


「すごい爆発だったけど、何があったの……?」


「その、サラちゃんがすごい魔法でリベリア軍を攻撃し始めたまでは、よかったんですけど……。どうやらそれで、目を付けられてしまったらしくて、トント村でも見かけたエルフの女の人に奇襲されてしまったんです」


「トント村にもいたって、カインさんが抱きしめてた女の人のこと?」


 確か、ヴァンさんが担いできて、カインさんに手渡してた人だよね?


「はい、あの人です。実のところ、“知らない人ではなかった”ので『話し合いで何とかなるかな?』とも考えていたのですが、サラちゃんがいきなり取り乱してしまって、それで、あの爆発が……」


 サラが取り乱した、かぁ……。

 敵の攻撃で爆発したんじゃなくて安心したけど、それも心配だよね。

 トント村の戦いでも、サラはショックを受けてたみたいだし……。


「あの獣人はどうしたのですか?あの方がいれば、大抵の危険など、どうにでもできたはずです」


「え、それは、えぇと、さっきまではちゃんといましたよ?崩落から助かったのもヴァンが助けてくれたからですし……。今はちょうどいないだけで――」

「なるほど、縁殿の護衛にと突き放したのですね。にもかかわらず、命令を無視して自分を守っていたことがムカつくと……私が言うのも難ですが、少しは労ってあげた方がよいかと思います」


 クリスさんの言葉にラーファが「ふぇっ!?嘘っ!?」と言いながら仰け反る。

 まさかと思い、クリスさんを見てみれば――案の定、その瞳は紫色に染まっていた。


「まさか、クリスさんも嘘がわかるの?」


「嘘もわかりますが、私の場合は魔力と心の声が少しだけ視える程度のモノです。負担もあるので長くは使えませんけどね」


 いや、程度ではないでしょ、それは……。

 もしかして、割とすぐにサラやラーファの事を信じてくれたのも、可愛いからじゃなくて魔力視があったからだったのかな……?


「じゃ、じゃあ、あの時の、会話も……?」


「これも私が言えたことではありませんが、ラーファ様は自国にもっと味方を作った方が良いかと思います。ずっと一緒にと思われるのは、嬉しいのですが……その、所詮は余所者ですから限界もありますし」


 何の話をしているかはわからないけど、ラーファが顔を真っ赤にしているあたり、2人はちゃんと仲良くなれたらしい。

 クリスさんとラーファって微妙に距離があったから、それは嬉しいことなんだけども。


「むぁああああ!?な、なんで、皆様はそんなズルイ技ばかり使えるんですか!?心すらわかるなら、せめて一言先に言っておいてくださいよ!恥ずかしすぎますっ!」


 ただ、叫びながら顔を押さえてしまったラーファを見ていると、素直に喜んでいいのかどうか……。


「うるさい、わよぉ……。何騒いでるわけ……?」


 あぁ、そうだ、サラのことすっかり忘れてた。


「サラ、大丈夫?どこか痛くない?」


「ふぇ、縁?あんた、何でこんなとこにいるのよ。あのおっさんと話に向かったんじゃなかったの?身体は大丈夫?怪我してない?」


 心配そうなサラの言葉に、カインさんから言われた言葉が頭をかすめる。

 ……爆発に驚いて反射的にここまで来ちゃったけど、結果的にはこれでよかったのかもしれない。

 もしも、あのまま戦場に戻っていても……多分、何もできなかったと思うから。


「とりあえず合流もできたので本陣まで移動しませんか?恐らく、龍の魔法や爆発の事で混乱が起きているはずですし、あれを説明できるのは私達だけでしょうから」


「本陣ですか、そうですね。わたくしも帝国の態度には文句しかありませんし、一度抗議しておきたいです。縁様も、それでいいですよね?」


「抗議って、戦争中だけど大丈夫なの……?」とは思ったけど、黒いオーラを放ち始めたラーファに何かを言えるはずもなく。

 僕は頷きだけを返して、サラを受け取るためにラーファへと手を伸ばした。


「ほら、サラ、こっちにきて。いつまでもしがみ付いてたら、ラーファが潰れちゃうよ」


「バカね、縁。あんたはラーファを舐め過ぎよ。ラーファはね、やろうと思えば大岩だって素手で破壊できるんだから」


 流石にそれは言い過ぎじゃ――いや、待てよ。

 思えば、さっきのラーファは自分以上に大きい瓦礫を片手で転がしていたような気が……?

 実はラーファって、僕が想像するよりもはるかに武闘派なのでは――いや、でも、女の子にいつまでも負担を掛けさせるのは良くないもんね、うん。


「そんなこと言ってないで、早くこっちに――」

「あぁ、サラちゃんはこのままでいいですよ。というか、今日はもう離れません、今決めました。ずっと一緒です」


「はぁ!?なんでよ!放しなさいよー!」


 突然の一緒宣言にサラが暴れ始めるも、ラーファは涼しい顔でサラを抱きかかえ直して簡単に動きを抑え付けてしまった。


「縁ぃ、たすけてー!」


「いや、自業自得だと思う」


 可愛らしくてか弱いお姫様相手に失礼なこと言うからそうなるんだよ、まったく。


「あの、わたくしも意地悪でこんなことをしているわけではなくて……。サラちゃんが“帝国に”害されるかもしれない可能性がある以上、せめて今日だけはくっ付いていた方がいいと思ったから、仕方なくこうしているだけなんです。仕方なくです、仕方なく」


「帝国から?リベリアじゃなくて?」


 てっきりお仕置きなのかと思ってたんだけど、『サラが帝国に害される』というのは見過ごせない言葉だ。

 サラはクリスさんの家――ラインハルト家の客人という扱いで、亜人にしか見えなくても自称人間で、帝国の味方なのに。

 それがどうして裏切られることになるのか、僕にはまったくわからなかった。


「はい、帝国です。味方に被害はないとはいえ、あんな魔法を見せられた訳ですから。危険な亜人を殺そうと躍起になる方がいてもおかしくないと思いまして。ねぇ、クリス様?」


「それは、その……」


 ラーファの言葉にクリスさんが言いよどみ、目を伏せる。

 ここですぐに否定をしないって事は、あり得るって事なんだ。


 危険な亜人は殺す、だからサラも殺す、なんて絶対に許せるわけがない。

 でも、本当にそんな時が来て、もしも、その相手にクリスさんやセーノさん、アスカルさんがいたら……。


「ねぇ、ラーファ。あたしは人間だから、亜人がどうとか関係ないはずよね?おかしいと思うの」


「真実はどうあれ、耳が長いサラちゃんはエルフで、帝国にとってはそれがすべてなんです。怖いですよね?危ないですよね?だから、事が終わったらサラちゃんはわたくしと一緒に聖都に帰りましょうねぇ。えへ、えへへへ、ところでサラちゃんの耳って、かなり柔らかいんですね……?」


「ひぇ、怖っ!縁、たすけ、たすけて!耳がっ、ラーファに食べられるっ!」


 いや、なにやってるのさ。


 暗くなってしまった僕やクリスさんとは対照的に、サラとラーファはいつも通りに楽しそうだった。

 それを見ていると、なんだか悩んでいる自分が急にバカらしくなってきた。


「クリスさん、帝国から怖い指示が出た時は僕が何とかする――のは無理かもだけど、サラを連れて逃げるくらいなら簡単だから!余裕で逃げちゃうからね!」


 ひどいことになりそうだったら止める、無理なら逃げる。

 リバージョンはズルいんだから、きっと大丈夫、うん。

 カインさんにも自分の言葉と思いをぶつけろって、言われたもんね。


 どうしようじゃなくて、何ができるかを……少しずつでも、考えていこう。


「ふふふ、そうですね。もし、私が変なことをし始めたなら、その時は縁殿が止めてくださいね」


「任せて!」


 多分、それはクリスさんにも伝わってくれたと思う。

 小さく笑ってくれたクリスさんにガッツポーズを返してから、僕は気合を入れた。


「では、サラのことはラーファ様に任せるとして。そろそろ移動を開始しましょう。戦況はこちらが優勢とはいえ、あまり悠長にしていては文句を言われるかもしれませんから」


「文句って、あのムニエルとかいう上五位ですよね?まったく、何様なんでしょうね、あの人」


「偉そうなのはラーファも変わんないと思うわ、あたし――やめっ、くっつかないでよ、にゃあぁあああ!?」


「あんまりサラをいじめないであげて。あとムニエルじゃなくて、サミュエルさんね」


 騒がしくも安心する会話に心が軽くなっていくのを感じる。

 カインさんに言われたように、僕が帝国に居続けたのは失敗だったのかもしれない。

 でも、こうして皆と出会って、友達になれたことは帝国にいたからこそできたことでもあって。

 例え、それが本当は悪いことだったとしても。


 きっと、これだけは――


「縁殿、どうしましたか?」


「あ、ごめん。今、行くね」


 どうやら、気付かない間に足を止めていたらしい。

 僕は考えを中断してから、皆の元に走り寄った。


 急いで結論を出さずに、ゆっくり考えていこう。

 そんな思いを胸に秘めながら、僕は3人と一緒に本陣へと向けて歩みを進めた。


 けれど、もうすぐ本陣まで辿り着くという所で――僕達は突如、沢山の兵士さん達に周囲を囲まれてしまった。


「ど、どういうこと?何で囲まれてるの?」


「わかりません。ですが、ただ事でないのは確かでしょうね」


 もしかして、本当にサラを襲いに来たとか……?

 不穏な気配に体へと力を込めた瞬間、サミュエルさんがその囲いを割るようにして僕達の前に姿を現した。


「あぁ、ようやく来ましたね、勇者様。探す手間が減って助かりましたよ」


「何のつもりですか、サミュエル・ジル・ギレット上五位!このように囲むなど、無礼ではありませんかっ!」


「“前例”がありますからねぇ。今回の作戦の総仕上げに、勝手に動かれては困るのですよ。勇者様にも、聖女様にもね」


 サミュエルさんの言葉に改めて周囲を見渡せば、周りを囲む兵士さん達は剣に手を当てて僕達を警戒している様子だった。

 それは例えば逃げないように威圧しているような――って、まさか。


「前例って、冒険ごっこのこと……?」


「予想以上にダメージがあったみたいですね、ふふふ」


 ふふふ、じゃないでしょ……。


「勇者様及び聖女様への無礼な態度、許せるものではありません。今すぐ開放しなさい」


「それはできない相談です、ラインハルト上五位。そもそも今回の指揮権は貴方ではなく私にあるのですから、そこを忘れないでいただきたいですね、えぇ」


 嬉しそうに笑うラーファから対峙する2人に視線を戻せば、クリスさんが見たこともないほどの剣幕でサミュエルさんをにらみつけていた。

 対するサミュエルさんも余裕そうな表情でいつも通りの大仰な仕草をしていたけれど、その瞳は鋭く険しい。

「これ、どうなるんだろう?」と様子をうかがっていると――突如サミュエルさんが僕の方を振り向いてニヤリと笑い、大きく手を広げて近づいてきた。


「話の通じないお嬢様は放っておきましょう。さて、お待たせしましたね、勇者様。貴方には特別な舞台を用意してあります。あの元英雄カイン・リジルを排する一手――いや、王手としてね」


「元英雄を排する、王手?」


 それはつまり、元英雄――カインさんを殺す算段があるってこと、だよね。

 でも、あのすごく強かった人を、一体どうやって……?


「なるほど、勇者様も私の考えた最高の芸術(さくせん)に興味があるようだ。それは重畳、さぁ、勇者様をお連れしろ!」


「え、そんな、いきなり――っ!?」


 腕を掴んできた兵士さんに抵抗しようとした瞬間、サラとラーファの近くにいた兵士さんが剣を少しだけ引き抜いてみせてきた。

 ラーファはともかくとして、サラはエルフに見えるから、この人達にとっては敵に近い。

 もしも、僕が変なことをして何かがあったら……。


 そう思うと何も動けず、抵抗もできず。

 僕はいつかのように両脇を固められながら連行され、たくさんの兵士さん達と共に何故か“砦の外”――外壁の向こうにある聖都側へと繋がる石橋の上での待機を命じられた。


「砦を守っていたはずなのに、何で外に?」と思いながら周りを見渡すも、僕の周りは兵士さんだらけで、離れた所にいる皆とは会話すらできそうにない。

 かといって、未だに腕を掴んでいる兵士さんは顔が怖いから話しかけづらいし……。


「これが作戦って、どういうことなの……?」


 思わず呟きが漏れてしまった、ちょうどその時。

 僕の声に答えるかのように、外壁についていた1つの扉がゆっくりと開き始め――その先に、“あの人”が顔をしかめて立っている姿を見つけてしまった。


「ようこそおいでくださった英雄殿。私は帝国騎士団所属、上級騎士五位サミュエル・ジル・ギレットというものです。どうかお見知りおきを」


 あの人――カインさんとその仲間達の登場に対して、サミュエルさんは笑みを浮かべながら、優雅な一礼を返す。

 その振る舞いと余裕は『元英雄を排する王手』という言葉が本当になるかのような説得力があって。


 これが本当に、カインさんを殺す作戦だと言うのなら……。


 多数の兵士さんに威圧されながらも不敵な笑みを浮かべていたカインさんと、視線が重なる。

 すべてが仕組まれたかのような、この舞台において――僕は自分がどうするべきなのか、未だにわからないままだった。

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