58 束の間の日常
トント村に来てから数日が経った、とある朝のこと。
広場で訓練をしていた僕とホルトンさんの元に、信じられない報告が届けられた。
「村の外にグールの大群!?」
「鎧を着たモノから、魔術師風のモノまで。グールの見本市のような状況になっております」
グールって、動く死体の事だっけ?
言葉の雰囲気だけで怖いんだけど……。
ホルトンさんと兵士さんの会話に聞き耳を立てながら身震いしていると、何故かホルトンさんがこっちを見た。
「相手は屍ですが人型ですし、これは訓練の成果が確認できるのでは?」
え、正気?
「噛まれたところで勇者様の能力なら毒も無効化できそうですし、正に適役。早速、現場に急ぎましょう!」
「え、あの、毒に関しては試したことない――ひゃあっ!?」
前から思ってたけど、何でも訓練にするのは帝国の悪い癖だと思う!
そう思ってホルトンさんから逃げようとした瞬間、またもやお姫様抱っこで捕まえられてしまった。
「大丈夫、これも訓練です!」
だから、それやめようよ!?
けれど、そんな心の内の叫びなど、聞こえてくれるはずもなく。
あれよあれよと言う間に、僕は何処かへと運ばれて。
そして、気付けば村の端――外壁の上から外が見える、見張り台のような場所に僕達は辿り着いた。
「あ、縁殿。奇遇ですね……って、何で抱きかかえられてるんです?」
「クリスさん、おはよう。理由は、僕もわかんない」
苦笑しながら、ホルトンさんの腕から降りる。
片手で僕を持ち上げるなんて流石騎士って感じだけど、抱きかかえられながらのハシゴはちょっと怖かった、うん。
「ラインハルト上五位、首尾はどうですか」
「パッと見た限り、我が国の兵士の姿が多いようですが……どうやら、“あの時”の私兵達もいるようです」
2人の会話を聞きながら恐る恐る目を向ければ、そこにはヨタヨタと歩く鎧と首のない人達が――
「はわ、はわわわ」
「あぁ、縁殿。つらいようなら見なくても……」
僕の情けない反応に、クリスさんが心配そうに声を掛けてくれた。
確かに、見ていて気分のいいモノではなかったけど……。
でも、これも僕が招いた結果の1つなんだ。
「あの首のない人達が、森の中で戦ったリベリア貴族の私兵さん、だよね?」
「えぇ、そうです。首を落としておけばグールとなった際にも制圧が容易いと踏んでおりましたが、数も揃えば圧巻ですね。今度からはサラに頼んで燃やしてもらうことにします」
『グールとなった』ってことは、やっぱり死体が魔物に変化するってことなんだよね。
そういえば、サラも『「グールになると危ないので燃やしてください」ってラーファに言われてたからだし!』とか言っていたような?
「つまり、街の中で誰かが亡くなったら……グールになるから、その場で燃やすってことなの?」
「いえ、魔物化するといってもすぐではないので。その場合は教会で儀式をしてから火葬を行ってもらいます」
あ、火葬があるんだ。
僕の中で海外は土葬ってイメージがあったから、てっきりここもそうなのかと思ってたけど。
死体がグールに変わっちゃう世界だもんね、火葬は当然かも。
「ちなみに骨だけを残した場合でも“スケルトン”という骨が寄り集まったような魔物が発生するので、燃やすだけでなく骨を砕くことも肝要です。ただ、今回のような戦争だと処理が間に合わないので、ああして大発生してしまうこともよくあることらしいのです」
クリスさんがグールの大軍を見ながら溜息をつく。
今の話を聞いて、僕がクリスさんやサラに言った言葉はすごく的外れなことだったんだと、改めて思い知った。
前提として、僕のいた前世には魔物がいない。
グールもいないし、スケルトンも、オークもいない。
僕が意味を知らなかったくらいに戦争も遠くて、日常における驚異の度合いも何もかもが違う。
そもそも国どころか世界が違うんだから、環境も生活も法律も全部違うのは当たり前のはずだったのに。
自分の常識だけは普通だと思って――いや、僕は見ない振りをして思い込もうとしていた。
クリスさんやサラ、ラーファは僕と同じ気持ちだろうなんて、決めつけでしかないのに。
僕は人助けや戦いの前に、自分や皆の心と向き合わなくちゃダメだったんだ。
「クリスさんもサラも、本当に当然のことをしただけ、だったんだね」
「縁殿……」
もちろん、だからといってこの世界の全部を受け入れるつもりはない。
人殺しは変わらず悪いことだと思うし、本当はサラがたまにやる泥棒みたいなことも止めさせたいと思ってる。
だって、それは僕の中にある、譲れない場所だから。
「でも、やっぱり人が死ぬのは見たくないし。皆にもやってほしくないと思ってるのは、変わらないよ」
「……できるだけ、努力はしましょう。サラにも一応、言っておきますね」
クリスさんと見つめ合い、笑いあう。
うん、僕はもっと、自分の気持ちを誰かに話すべきだったんだね。
「あー、もう話しかけても、いいですか?」
「え?あ、ホルトン上四位。その、すみません」
そういえばホルトンさんがいるのを忘れてた、恥ずかしい。
僕は慌ててクリスさんから視線を外し、グールの大軍の方へと目を向け直した。
「今からあれに勇者様を放り込もうと思うのですが」
「え、あれに?縁殿を?いや、結構厳しいのでは。縁殿は朝ごはんも食べてしまったでしょうし……絶対、吐くかと」
え、そんなにヤバい――に決まってるよね、うん。
グールって絶対に腐ってるだろうし、近くに行けば臭いも見た目もひどいことになってるはずだ。
それに、もしも、首の断面なんてものを見た日には――
「うぇっ……」
「ほら、こうなるんですよ!?縁殿は貧弱なのですから、絶対に許可できません!サラを使って処理させます!」
想像だけで吐きそうになった僕の背中を撫でながら、クリスさんが何気にひどい事を言い始めた。
さっきは頼むって言っていたのに、もはやサラは道具扱いというか火葬場扱いというか。
「はいはい、過保護すぎるので却下しますね。では、勇者様、参りましょう」
「ま、また、抱っこなの!?僕、男なんだけど!これでも一応、プライドとかあるかもなんだけど――」
再び抱きかかえようとしてきたホルトンさんに対して必死に抗議するものの、残念ながらそれは一切届くことなく。
僕はまたもや抱えられ、今度は村の外まで運ばれた……運ばれてしまった。
「武器は私の大剣をお使いください。では」
しかも、武器だけ渡してさっさと逃げちゃうし。
その光景に僕はオーク任務の時の――狼と戦った時のクリスさんの姿を思い出した。
そういえば、あの時のクリスさんも木に登って、僕に全部を押し付けてきたよね。
「帝国騎士って、全員こうなのかな……?」
溜息をつきながら振り返る。
視線の先にはグチャグチャの死体の大軍が蠢いていた。
「もう逃げられないし、頑張ろう……」
ホルトンさんから借りた剣を握り締めながら、ゆっくりとグールに近づいていく。
臭いがきついけど、あとはこのまま近づけば――って、あれ?
「……無視されてる?」
結構近くまで来たのに、見向きもされてないんだけど……?
あまりのグロさに目を逸らしたい気持ちをぐっと抑えて、試しにグールの目の前で手を振ってみた。
「こ、こんにちはー……?」
しかし、グールは僕の動きに一切の反応をしてくれず。
剣で突いてみても暴れるだけで襲ってもこなくて。
……完璧にいない人扱いされてるね、うん。
どうやら、僕はグールにとっての透明人間になっているようだった。
「オークはすぐに襲ってきたし、魔物は全部がすごく凶暴だって聞いてたのになぁ……」
これ攻撃してもいいのかな?
というか、グールってどうやれば倒せるんだろう?
死体を殺すって、よく考えたら意味がわからないというか……。
とりあえず、リバージョンを使ってみようかな。
「リバージョン!」
「勇者の不思議パワー(?)で浄化できないかな」と、少しだけ期待しながら能力を使う。
すると、グールは一瞬で腐った死体から瑞々しい身体へと戻って――
「……余計に倒しづらくなっちゃったよ」
“見た目だけ”は完全に生き返ってしまったグールを見て、思わず頭を抱えた。
生きてる人間にしか見えないこれを、僕が斬る?……無理に決まってるじゃん。
もう、ギブアップしよう。
僕は溜息をついてから、ホルトンさんを呼ぼうと村の方へと顔を向ける。
そして、息を吸い込んだ瞬間――唐突に、それは起きた
「え、なに?どうしたの!?」
さっきまで僕に見向きもしなかったはずのグール達がいきなり豹変して走ってきたのだ。
まぁ、走るといってもよくて早歩きくらいの速度だったけど、グール達が叫びながら向かってくるその光景は僕にとっては恐怖以外の何物でもなかった。
「ひぃいい!?」
恐怖のあまりリバージョンすらも使い忘れて、その場にしゃがみ込む。
けれど予想とは違って、グールは僕の横を通り過ぎていき……?
困惑しながらグールの向かう先に目を向けてみれば、そこには外壁の上に仁王立ちした……ドヤ顔のサラがいた。
《――火焔よ!》
サラは何の躊躇いもなく中級火魔法を放ち、外壁に近づいたグール達を一瞬で消し炭へと変えていく。
オークを燃やして、死体も燃やして、グールも燃やして……そりゃ火葬場扱いされるよね。
「あーはっはっは!あたしに楯突こうなんて修行が足りないわよ、修行が!」
魔物相手に何言ってるんだろう、あの子。
僕は火魔法が消えるのを待ってから、外壁の近くまでリバージョンで戻ることにした。
「サラ、どうしてここにいるのー!」
「うわぁ!?いきなり叫ばないでよ、びっくりするじゃない!」
あ、ごめん。
戻った瞬間に話しかけたら、そりゃ驚くよね。
「ったく……心配して来てあげたのに。恩を仇で返された気分だわ」
心配ねぇ。
「何よその目は。どうせあんたの事だから『死体も人に見えちゃうー』とか言って、グールに苦戦してたんでしょ?結果的には何もなかったみたいだけど、本当に気を付けなさいよ?」
「ごめんなさい、僕が悪かったです……」
まったくの図星にいたたまれず、僕はサラから顔を背けた。
視界の端でサラがドヤ顔になった気がしたけど……ムカつくから、幻覚だと思っておく。
「でも、不思議よね。グールは手当たり次第に襲い掛かってくるって、さっきクリスに聞かされたのに。あんた、仲良くしてたし」
仲良くはしてないけど……確かに、何でグールは僕を無視したんだろう?
「サラはグールが大人しかった理由、わかる?」
「クリスじゃないからわからないわよ」
そりゃ、そうだよね。
やっぱり帰ってからクリスさんに聞こう――と思ったら、サラが気になる事を言い始めた。
「ただ、あんたがあたし達と違う点って言ったら……やっぱり魔力の有無、よね《――風よ》」
魔力の有無?
どういうことか気になって見上げれば、サラは風魔法でフワフワと降りながら言葉を続けた。
「よく考えれば死体は目が腐ってるんだから、周りが見えるわけないし。きっと魔力感知で何とかしてるんじゃないかしら?」
「あ、だからサラに向かって寄って行ったんだ!」
そう考えれば辻褄が合う。
魔力が無いって魔法も使えないしデメリットしかないと思ってたけど、こういう魔物には有効なんだね。
「……サラ様がいるということは、ラインハルト上五位の仕業ですね。もっと強く言うべきでしたか」
僕がサラの説明にウンウンと頷いていると、いつの間にかホルトンさんが外壁の影から僕達を見ていた。
あー、えっと……。
「ごめんなさい、ホルトンさん……」
謝りながら、近くまで来たホルトンさんに剣を返す。
怒られるかと思ったけど、ホルトンさんは剣を受け取った後に微笑みながら僕の頭を撫でてくれた。
「いえ、私も焦り過ぎていたようです。勇者様は不壊の剣で押し潰す戦い方が主だというのに、こんな刃物ではどうしようもありませんよね」
え、その言い方だと僕がヤバい人みたいじゃん。
ホルトンさんが焦っていた理由はわからないけど、それだけは見過ごせない。
「僕のは押し潰すというより殺さないための――そう!優しい剣だから!危なくないから!」
「あれが優しいって、マジで言ってるわけ?殴るだけでも生き物は死ぬのに、頭おかしいわよ」
頭おかしいって――うん、こっちも見過ごせない。
「魔物対策とはいえ目の前で死んだばかりの人を燃やせるサラよりは全然マシだもん。というか、虫と人間を同じに考える人にそんなこと言われたくない!」
「はぁ!?こっちだって『どんなことされても人は殺したくないよー』なんて頭悪いこと言うやつに言われたくないわよ!」
「そ、そんな情けない言い方はしてないでしょ!」
頬を膨らませたサラと真正面からにらみあう。
「今度ばかりは目を逸らさないよ!」と、気合すら入れていたんだけど。
「はいはい、続きは宿に帰ってからにしてください」
「うわぁ!?」
「にゃっ!?」
そんな言葉と共に、僕とサラはホルトンさんの脇に抱えられ、半ば強制的に喧嘩を中断させられた。
「ちょっと、ホルトン!放しなさい――」
「いいんですか?商店で見つけた蜂蜜、分けてあげませんよ?」
「うぅ、甘いのを人質に取るなんて!ズルいわよ!」
あれ?てっきり暴れまわるかと思ってたのに。
意外にも、サラはホルトンさんと仲が良さそうに会話をしていて……なんか、普通に丸め込まれていた。
いつの間に仲良くなったんだろう?
「サラとホルトンさんって、そんなに仲良しだったっけ?ちょっと意外かも」
「ん?あぁ、実はサラ様にはラインハルト家からの指示で近衛三番隊で行っている対魔法訓練のお手伝いをして貰っているんですよ。私とは、その関係でよく話をしていたものでして、それなりに付き合いがあったんです」
「こいつらね、訓練の時に沢山魔法を撃って吹き飛ばしてあげると『ありがとうございます!』とか『タメになります!』って褒めてくれるし、嘘つかないのよ。だから特別に仲良くしてあげてるってわけ、偉いでしょ?ふふん」
鼻を鳴らして偉そうなサラの言葉にホルトンさんが苦笑いをする。
まさか、そんなことになってたなんて知らなかったけど、サラの魔法で皆が助かるならそれってすごく良いことだよね。
今回ばかりは、本当に偉いかも――
「まったく、あたしが魔法をぶつける度に文句ばっかり言ってくるどっかの縁にも見習って欲しいところよね。魔法の対処を学べる素晴らしい機会なのに、向上心がない――むいぃ!?」
「へぇー。中級魔法で吹き飛ばされ続けても最後まで付き合ってあげたり、棒立ちで魔法の的になってあげたりもしたのに、まだ足りないって言うんだー。へぇー!」
ふざけたことを言い始めたサラの頬まで頑張って手を伸ばし、ムニッとつまみ上げる。
いつものワガママを忘れて偉いと思うなんて、僕が間違ってた!
「むぃー!ひゃふへへー!」
「勇者様、その辺で許してあげてください。まだ小さい子なんですから」
一応、サラは僕と同い年なんだけど……ホルトンさんがそう言うなら。
最後にサラの頬を思い切り指で潰してから手を下げる。
すると、ホルトンさんは僕と静かになったサラを抱え直してから、ポツリと呟きを漏らした。
「しかし、こうしていると……2人が子供だと、嫌でも実感してしまいますね」
「ホルトンさん?」
その雰囲気に違和感を覚えて、ホルトンさんを見る。
すると、ホルトンさんは何を見るわけでもなく、空を見上げていて。
「2人は何も心配しなくてよいのです。そのために私がここにいるのですから」
唐突な言葉と寂しそうな笑顔に、何故か心がザワついていく。
けれど、その理由まではハッキリとしなくて。
――そして、それを確認する機会も二度と訪れることはなかった。
何故なら、トント村は“その日の夜”にリベリア軍からの襲撃を受けて。
あの悲惨な戦争の幕が……もう一度、開かれてしまったのだから。
グールに限らず、アンデット系の魔物やウーズ(スライム)にも縁君は感知されません。
視覚や振動等で感知するタイプには捕捉されますが……これも勇者の特権ですね、ズルイ。




