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38 ラーファの真意

「ぐふふ、いやぁ、それにしても無事でよかったです。勇者様に何かあれば私は家ごと潰されてしまいますからなぁ。はっはっは」


「ごめんなさい、本当にごめんなさい……」


 話し合いが終わり、外交官用の屋敷へと戻った僕はヘンゼルさんに平謝りをしていた。

 心配させてしまったのもそうだし、ラーファのこともそうだし、話し合いでは何の力にもなれなかったし……文字通りのお荷物、それが僕だったからね!

 うぅ、自分で言ってて悲しいよぉ……。


「いえいえ、話し合いに関しては外交官の私に全責任があります故、勇者様が気にする必要などございませんよ。むしろ、ラーファ様と既知の関係になれたというのは大変喜ばしい事でありました。あの方は今日まで限られた行事でしか露出されることのなかった“箱庭の姫”でしたからねぇ。外交官としてあの方に会えたのはわたしぐらいでしょうなぁ」


 箱庭の姫――ヘンゼルさん曰く、ラーファは外交の場や政治の場に一切出てこない、言うなれば話で聞くことしかできないお姫様だったらしい。

 だからこそ昨日の面会の時、突然現われたラーファにヘンゼルさんはパニックを起こしてしまい、外交的にも正しい判断を下せなかった……というのが事の真相とのことだった。


「ただ、勇者様にこの話をするのは今日までラーファ様に禁じられておりまして……事前情報もなく、何が正解かもわからない以上は従う他なかったというのが本音の所です。誠に不甲斐なく、陛下にも何と言えばよいか」


「へ、ヘンゼルさんは悪くなかったって僕も言うから!皇帝陛下に呼ばれた時は言ってね!」


 最早、これくらいしか僕にできることはない。

 皇帝陛下……には、まだ会ったことないけど、その時が来たら頑張ろう、うん。


「ぐふふ、勇者様はお優しいですなぁ」


「優しいというか、えぇと……」


 言葉と共に笑みを向けられ、思わずヘンゼルさんから目を逸らす。

 何というか、その――


「僕、ヘンゼルさんには個人的に謝りたいと思ってたから、何でも言ってほしいというか、罪滅ぼしがしたいというか……」


 さっきからヘンゼルさんと話していて、思ったんだけどさ。

 ヘンゼルさん、すごく良い人なんだよね。


 お仕事もちゃんとしてるし、サラにはお菓子を手配して静かにさせていたし、実はクリスさんとも趣味(?)が合うらしいし。

 本当、サラの『信用できない』って発言は何だったんだろうか。

 あの言葉のせいで失礼な態度をとっちゃっていた気がするから……やっぱりサラは信じすぎちゃダメだね、うん。


「ほう、何でも、ですか……」



 ――なんて、友達を信じなかった僕が悪いんだろうか。



「ぐふふ、やはり、可愛らしい子には可愛らしい服ですな!」


 数分後、何故か僕は女性用のヒラヒラなドレスを着せられて、謎のポーズを取らされていた。

 着た僕もあれだけど、着せる方もおかしい。

 そんな文句を込めてヘンゼルさんをにらんでみたけど、ヘンゼルさんは微笑むのみだった。


「その服は差し上げますので私服にでも何でも使ってください。本来であればサラ様にも同じように衣を与え、我が家にて食と住を恵み、巣立ちの手伝いができればと思っておりましたが……まさかラインハルト家がエルフを客人とするとは、いやはや、世も変わるものですなぁ」


 いい人っぽいことを言っているけど、僕は騙されないよ。


「……その手に持っている服は何ですか?」


「ん?あぁ、これですか。これはセーノ様に頼まれて作った“勇者様専用の特注品”です。ついでにサイズの確認も済ませてしまおうかと思いまして」


 え、その手にある“前世風のメイド服”ってセーノさんが頼んだ奴なの?しかも、僕専用???

 あんまりな事実に呆然としていると……ふと、ヘンゼルさん以外の視線を感じた。


 嫌な予感がしつつ、振り返ってみれば――


「うわぁ。縁、あんたなんでそんな格好してるのよ……」


 サラがカップケーキの様なものを食べながら、引くような目で僕のことを見ていた。

 それだけでもショックだったのに、見てる人間はサラだけじゃなくて。


「ヘンゼル上四位、なんと素晴らしい――いえ、縁殿、大丈夫ですか?い、今、助けますからね!一緒にお部屋に帰りましょう!」


「ダメです!騎士様はわたくしと大聖堂へと帰り、今日の無事を女神様に報告するのですから!あぁ、そのような格好も素敵ですよ、騎士様!」


 ……もう、いやだ。


 僕はリバージョンを自分に使って宿の部屋まで戻り、荒れた室内をこれまたリバージョンで元に戻した後、ベッドの中でおやすみすることにした。


 それで、その日の夜。


「縁殿、ご、誤解なんです!」


 僕は屋敷から帰ってきたクリスさんに起こされて、とある説明を受けていた。

 内容は主に、ヘンゼルさんのことで――


「ああ見えてヘンゼル上四位は慈善活動に精力している方で、話に出てきた“ゴミ”セーノとは格が違うんです!」


 いや、ゴミって。

 いきなり飛び出てきた暴言に突っ込む暇もなく、クリスさんは言葉を続ける。


「例えば自身の屋敷に併設している孤児院では、種族に関係なく子供を積極的に保護して支援を行っていると聞きます。そのおかげか、年の終わり頃になるといろいろな場所から花が送られてきて屋敷全体が花畑のようになっているというか……その、趣味は“アレ”ですが、帝国人の中では珍しく亜人に差別のない方といいますか。父上の旧友でもありますし、嫌わないでいただければ――」


「趣味はアレってなにさ」


 自分でも驚くくらいに冷めた声が出てびっくりした。

 でも、今回は都合がよかったみたいで、クリスさんは目を逸らしながらも答えてくれた。


「自分で作った服を子供たちに着せて眺めるのが趣味、のようです。それに加えて“大の可愛いもの好き”でして、それが行き過ぎて男の子にも女の子の服を着せてしまうこともあるとか……いや、で、でもですね?それを差し引いても有能な方なんですよ?大国である聖都との外交を一身に担うのは、すごいことなんです」


「……サラはどう思う?」


 何と言われようと僕としては疑いようもない変態さんなんだけど、最初から毛嫌いしていたサラはどう思ってるんだろう?

 気になって聞いてみると、サラは少しだけ考えてから、こう答えた。


「クリスが言うなら良いやつなんじゃないの?まぁ、魔法の適性もないし嘘をついたのは変わりないから、あたしにとってはどうでもいいやつだけど」


 どうやら『退治した方がいい』よりはマシになったらしい。

 まぁ、変態さんだったのは確かだったし、サラの事をちゃんと信じていればあんなことにはならなかったと思うと……。

 あんな、お嬢様が着るようなドレスを僕が着ることは……うぅ。


「サラ、ごめんね」


「は?何の話?」


 きょとんと首を傾げるサラと気まずそうなクリスさんに背中を向けて、僕はつらい現実から逃げるようにベッドに潜り込んだ。

 そうして、その日はそれで終わって――


 次の日、何故か僕達は再び大聖堂まで呼び出されることになっていた。

 ちなみにあの服と、クリスさんが持ち帰ってきたメイド服は……一応、貰っておいた。

 折角、作ってくれたのに捨てるのはあれだしね、うん。


 悲しくなってきたので昨日のことはもう忘れることにして、僕は隣を歩くクリスさんに今日の呼び出しについて聞くことにした。


「ねぇ、クリスさん。何で僕達呼ばれたの?もう帰るだけじゃないの?」


「え?いや、まだ外交は終わってませんよ。初日の話し合いだけで全てが終わるわけじゃないんです。特に今回は話す内容が多いみたいですから、あと数日は掛かるかもしれませんね」


 なん、だと……。

 初日の話し合いが終わった時点で帝国に帰ると思っていた僕には衝撃的な話だった。

 そういえばいつまで聖都にいるとか聞いてなかった気がするし、思い込みって怖いね。

 いや、そういえばラーファの件も結局は思い込みだったような――うっ、頭が!


 そうして、僕はリバージョンでも治らない謎の頭痛に襲われながら、ヘンゼルさん以外の人達――つまり、クリスさんやサラと一緒に応接間まで通されることになった。


 応接間の中には、もちろん――


「おはようございます!お待ちしておりました!昨日お屋敷で見せていただいた“アレ”が勇者様の能力なのですね……わたくし、感動いたしました!」


「あ、うん。ラーファ、おはよう」


 朝から元気いっぱいのラーファに対して、僕はというと……なんというか、微妙な気持ちだった。

 というのも、その、ね?

 いろいろと勘違いでカッコつけた訳だし、会うのが恥ずかしいというか、『君を連れ去るよ』って何やねんというか。


 僕、ここにいてもいいの?帰った方がいいかな?ねぇ!?


「縁と違ってラーファは元気そうね。それで?帝国まで来る準備はできたの?」


「もちろんです!今、秘密裏に準備を――」

「なりませんよ、ラーファ様」


 サラがナチュラルにラーファを連れ帰ろうとした瞬間、ヴァンさんがラーファの肩を掴み強制的に椅子へと座らせた。


「ちょっと、サラちゃんと話してるのに!邪魔しないでよ、ヴァン!」


「いえ、ラーファ様。そうは言ってもですね、あれだけ家出騒ぎで心配させたわけですから、少しは大人しく――」

「それもこれも、ヴァンやお母様がわかってくれなかったからでしょ!わたくしは謝る気はないし、撤回するつもりもないです!止めても無駄ですよ?また地面を掘って潜伏――いけません、今のは秘密でした」


「いや、待つんだラーファ。地面を掘ったってどうやって?まさか素手で?怪我をしたらどうするつもりだったんだ!」


「うるっさいです!せっかく、皆様が来てくれてるのにつまらない話ばかりしないでもらえますか!?」


 えっと、これ、どうすればいいんだろう。

 “突然ラーファの背後に出現した”ヴァンさんにもびっくりだけど、それよりもラーファというか……。


 あの、ラーファってこんなキャラだったっけ?


 もっとフワフワの……綿あめみたいなお姫様だと、思っていたんだけど。


「うんうん、あたしはラーファの気持ちわかるわよ。そういう時はね、出て行っちゃえばいいのよ。事実あたしはそれで成功したもの」


「いや待って、サラはそれで死にかけてたこと忘れたの?僕がいなかったら危なかったんだよ?」


 あまりにも無責任な助言につい口を出しちゃったけど……思えばラーファも危なかったよね。


「ラーファだって、ナイフを持った男の人に押し倒されてたでしょ?あんまり無茶なことしたら――」

「おい待て、貴様。その話、どういうことだ?」


 あれ、昨日も言ったはずだよね……?

 詰め寄ってくるヴァンさんから後退りながら、僕は昨日までの出来事――特にラーファと最初に会った所を改めて説明することにした。

 すると、見る見るうちにヴァンさんの表情は青ざめていき、


「なるほど、路地裏……少々用事ができた。これで失礼する」


 最後にはそう言って、再び瞬間移動するかのように部屋から消えてしまった。

 勇者動体視力を超える――恐らく、クリスさんよりも速いヴァンさんに興味は尽きなかったけど、その話はあとにして。


「ねぇ、ラーファ。さっきの話なんだけど……」


 僕はラーファに、しなきゃいけない話があった。

 首を傾げるラーファに……言いづらいけど、言わなきゃいけない話が。


「やっぱり、ラーファはこの国にいた方がいいよ。家族がいるなら特にね。常に一緒にいるのが友達って訳でもないし、無理して帝国まで着いてくる必要はないと思うし……何より、お姫様なんてすごい身分の人を連れまわすなんて、僕にはできないよ」


 これがゲームならお姫様と一緒に冒険するというのもありだったかもしれない。

 でもこれは現実で……それなら古い物語のようにお姫様はお城で待っていた方がいい。


 そう思って、僕は自分で言った約束を覆す罪悪感に負けずに話を切り出した。


 結果的に嘘をつく形になったんだから、嫌われるかもしれない。

 “友達に嫌われる”、そのトラウマに僕が体を震わせる中、ラーファは――


「まぁ!わたくしのことを心配してくれているのですね!縁様は本当にお優しいです。ですが、ご安心を。縁様の手を煩わせることはないと、約束いたしますから!」


 ……あれ?話が通じてない?


「え、だから、僕が連れて行く必要なんて――」

「確かに縁様は“生涯”守り続けると仰ってくださいましたが、わたくしも守られてばかりはいられません!戦うのは無理でも、それ以外ではきっとお役に立ちます。ふふふ、きっと素敵な旅になりますね!これも女神様の祝福のおかげでしょうか?」


 えっと?あれ?

 どうしよう、なんか、言ったことのない約束がラーファの中に存在しているような。


「さ、サラぁ……!」


「いや、知らないわよ。あんたがやったことなんだから、あんたが責任持ちなさい」


 つ、冷たい!サラが冷たい!

 いつも以上に冷たく感じる態度に疑問を覚えていると……サラが一歩前に出て、何故かラーファと握手をしていた。


「光魔法の使い手だと思ってたら聖女の娘なんて、本当にツイてるわ!これで絵本の冒険に一歩近づいた……これからもよろしく頼むわね、ラーファ!」


「サラちゃん……!わたくしこそよろしくお願いします。いっぱい魔法の事教えてくださいね!」


 ぐ、グルだ!グルだよ、これ!


 まさかの裏切り――いや待てよ、最初からサラはラーファを連れ出そうとしていたから。

 考えてみれば、サラは普通に敵だったね、うん。


 そうなると、僕の味方は。


「く、クリスさん、助け――」

「すみません縁殿、私は立場的に、その、無理です」


 それは、つまり?


「縁様!」


 元気いっぱいのかわいい声に恐る恐る振り向くと、そこには満面の笑みを浮かべたラーファがいて――


「これからも“末永く”よろしくお願いしますね。騎士様?」


 味方が誰もいないこの状況に……僕は諦めて、頷くことしかできなかった。

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