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32 素性不明の癒し系女の子

「……サラ、何か弁明はある?」


 目の前にいる全ての元凶――もとい、僕達を“翌日”になるまで気絶させたサラに対して、僕は怒っていた。

 僕だけならともかく、病み上がりのラーファまで巻き込んだ魔法はやりすぎだからね。

 流石に反省してもらわないとだよ。


「はぁ?あんた達が馬鹿騒ぎするのが悪いんじゃない。少しはあたしを見習って落ち着いた方がいいわよ?」


 だというのに、サラは全く悪びれる様子もなく――むしろ、胸を張って偉そうにしているぐらいだった。

 騒ぎすぎていた僕達が悪いのは本当のことだけど……でも、口で言えば伝わるんだから、魔法で黙らせる必要なんてなかったと思うんだよね。


 しかも、僕なんて2回も撃たれたし。2回もだよ?信じられる?

 絶対、サラが魔法を撃ちたかっただけだよ、絶対にそう、間違いない、うん。


「あーもう!朝ごはん作ってあげたんだから、もういいでしょ!?この話は終わり!」


 どうやら、納得していないのがバレたらしい。

 サラはそう叫ぶと、そっぽを向いてむくれてしまった。


「この話は終わり、ねぇ」


 僕は呟きながら目の前の朝食――サラが作ったスープと肉を焼いた料理を見下ろしながら、朝の騒動を思い出す。


『完全に寝過ごしました、ね……。サラ、どう責任を取るつもりですか?』


 確か、最初はこんな風にクリスさんの怒った声から始まった気がする。

 喧嘩でも始まるのかって思うぐらいの怖い雰囲気に僕も慌てて跳び起きて……。

 幸せそうに寝ぼけていたラーファは頼れないから、僕だけで2人を宥めることになったんだよね。


 その後はクリスさんが宿の人に頼み込んだ結果、厨房を借りることができて、サラが朝食を人数分用意した――ってやっぱりこれ、作ってくれたというよりサラの自業自得だよね。

「本当に許していいのかな?」って思う。


「おいひぃ、おいひぃれす」


 ただ、隣で美味しそうに朝食を頬張るラーファを見ていると……。

 なんか、怒る気持ちもなくなるというか、ラーファの“フワフワ感”に乗せられてしまうというか。


 むむむ……。


「あぁ、もう!急いで食べないの!こぼして服に付いたら大変なのよ?」


「は、はひぃ」


 許していいものかと悩む僕の目の前で、サラがいつの間にかラーファにお世話を焼き始めていた。

 それを見ていると、何だかお母さんのことを思い出しちゃうというか。


 ……うん、もう諦めよう。


 何だか負けたような、懐かしいような気持ちになりながらも、騒がしい朝食の時間は過ぎていき――


 全員が朝食を食べ終わったところで、僕達はようやく自己紹介に移ることができた。

 僕が勇者ってことを含めて、素性やなんやらを隠した紹介だったけど、名前を呼び合う分には問題ないはず。


「あたしはサラよ!パパ――師匠を除けば最強の魔術師なの!今は帝国で勇し――むぐぐっ!?」


 問題ない、はず!


「ふむふむ、サラちゃんにクリス様、騎士様ですね。覚えました!」


 あの、剣を持っている以外、僕に騎士要素なんてないんだけど……。


「……なんで僕だけ騎士様なの?」


「え、え?そ、そんなの、は、恥ずかしくて言えません」


 僕の言葉に何故かラーファは頬を赤らめて、くねくねとし始めた。

 理由もわからない謎の騎士様呼びに困惑していると――ふと、後ろから不穏な気配が。


 振り返ってみれば、そこにはえらく不機嫌な様子でラーファをにらむサラがいた。


「あんた、ラーファ?とかいったわよね、なんであたしだけ“ちゃん”付けなのよ!」


 えぇ、そこなの……?


「だって、サラちゃんって可愛いし、お人形さんみたいで……」


 見た目はね。


 すると、そんな思考を読み取ったかのごとく、サラは僕に対して鋭い視線を飛ばしてきた。

 魔力視じゃ僕のことはわからないはずなのに、怖すぎる。

 というか、ラーファも雷魔法をいきなり撃ってくるような危険人物相手に警戒心がなさすぎるんじゃない?


「あたしと縁は同い年なのよ!?なら、縁にもちゃん付けしなさいよ!」


「ふふふ、同い年なんてサラちゃんは面白い冗談を言うんですね。でも、その……き、騎士様?よかったら、縁ちゃんってお呼びしても?」


 なんか話も変な方向に飛んで行ったし……。

 男にちゃん付けなんて気持ち悪いだけなのに、何でラーファも乗り気なのさ。


「名前では呼んでほしいけど、ちゃん付けはちょっと……」


「じゃあ、縁様ってお呼びしますね!」


 眩しいばかりの笑顔を浮かべ、両手を合わせるラーファの姿に――何だろう、すごい癒やしを感じる。

 思えば、こんなに素直で可愛らしい女の子なんて僕の周りにいただろうか?いや、いない。

 だって、セーノさんやクリスさんはかっこいい系だし、サラはすごく可愛らしい見た目してるけど“アレ”だし……。


 守りたくなるって、こういう気持ちなのかもしれない。

 と、僕が一人でラーファの輝きに癒やされている途中で、サラが再びラーファに噛みついた。


「なんで、縁の言うことは素直に聞くのよ!」


「だって、サラちゃんはサラちゃんだもん!」


「意味不明なんだけど!?」


 何が琴線に触れたのかはわからないけど、ラーファはサラのことを気に入ってしまったらしい。

 初対面とは思えないほどの馴染みっぷりに、少し驚いてしまった。


「にゃあっ!触るな!」


「サラちゃん、ぷにぷにしてますぅ、うへへ」


 いや、馴染みすぎだと思う。

 仲良しそうに騒ぎ合うサラとラーファを微笑ましくも羨ましいような微妙な気持ちで見ていると、不意に背中をトントンと叩かれた。

 振り返ると、そこにはクリスさんがいて――あ、嫌な予感がする。


「ごめんなさい!」


 こういう時は先に謝る!

 まぁ、ラーファを助けたことを悪いとは思ってないけど……。

 木箱とか壊したままだったし、男の人も放置してきちゃったし、なんかラーファの様子がおかしいのも僕のせいっぽいし……。


「もしかしたらお説教が始まるのかも」と思い、ちらりとクリスさんの様子をうかがってみれば、僕の想像とは違ってクリスさんの表情に怒りはなく、むしろ顎に手を当てて何かを考えている様子だった。


「いえ、昨日も言いましたが状況的に縁殿があの少女を助けたことに異論はありません。ただ……」


 クリスさんは言葉を止めてからラーファの方を見る。

 なんか視線が鋭い気がするけど、どうしたんだろう?


「……あの少女からは面倒事の気配しかしません」


「え、なんで?」


 不審とか、怪しいじゃなくて、面倒?

 思わず首を傾げれば、クリスさんは丁寧に理由を説明してくれた。


「まず見た目や服装が綺麗すぎますし、あの衣装は……どこかで見たことがあります。間違いなく一般市民ではないでしょう。ですから、彼女は貴族――ここでは司教の、その娘である可能性が非常に高いと思われます」


 クリスさんの言葉に僕も改めてラーファを観察する。


 金色の装飾が至る所にある豪華な服はもとより、緩やかにウェーブした水色の髪は透き通るように汚れ一つなく、その容姿も少女向け絵本に出てくるような儚げなお姫様そのものだ。

 更には、身に着けてるアクセサリーも全体的に(きら)びやか、とくれば。


 うん、どこから見ても貴族っぽいよね。


「そんな少女が路地裏で襲われていた理由ですが――」

「家出かな?」


 案外、サラと同じパターンだったりして。


「いや、さすがにそれは。追われている、ということですから暗殺や襲撃から逃げてきた可能性が――あの、やっぱり関わるのやめませんか?」


 暗殺から逃げてきたお嬢様。

 なるほど、クリスさんが面倒と言ったのはこれが理由なんだ。

 でも、そんな可能性を聞かされたら――


「なおさら、ほっとけないよ!」


「はい、縁殿ならそう言うと思ってました……」


 クリスさんは諦めたようにため息をついて言葉を漏らす。

 そして、今度は真剣な表情で真っ直ぐに僕を見つめてきた。


「ですが、今回はサラのようにはいきません。一歩対応を間違えれば国際問題に発展する可能性もある以上、私には判断も対応もできませんから……。はぁ、正直に素性を話してくだされば楽だったんですけど」


 素性、かぁ。

 実はさっきの自己紹介で、僕達はラーファにいろいろな探りを入れていたんだよね。

 好きな食べ物の質問に混ぜて、どこから来たの?とか、名字は何?とか。


 ただ、結果は惨敗。


 そもそも僕達が素性を隠しているから深く踏み込むことができなかったっていうのもあるんだけど。

 素性に関することだけは無言の笑顔をするだけで、一切教えて貰えなかったというね、うん。


「なので、ここはヘンゼル上四位に頼るのがいいかと思います」


「ヘンゼルさんに頼るの?」


 サラ曰く、ヘンゼルさんは信用できないらしいけど。


「はい、あの方は聖都専門の外交官ですので、司教達のことも詳しく知っているはずです。もしかするとラーファさんのことも知っているのではないかと思いまして」


 なるほど、それならラーファがどこの家の子かわかるし、家まで安全に届けることができるかもしれない。

 知らなかったらその時はその時だけど、やってみなきゃわからないよね。


「じゃあ、ヘンゼルさんのところまでラーファを連れて行こう!」


「やはりそうする他ありませんか……わかりました。では、この話はこれで」


 僕とクリスさんが話を終えると同時に向こうも決着がついたらしい。

 静かになった2人に目を向ければ、そこにはげっそりとしたサラを抱きしめた笑顔のラーファがいた。


「サラちゃんって髪が綺麗ですよね、触ってもいい?ダメ?」


「か、髪はいいけど抱きしめるのをやめなさいよ!あんたの胸で息が――っ!?」


「きゃー!サラちゃんありがとうー!」


 ……あれ、大丈夫かな。

 ラーファの胸の中にサラの頭が仕舞われる勢いなんだけど……。


「く、クリスさん。あれ――」

「では、私は例の話を進めてきますので、あとはよろしくお願いします」


 言うが早いか、クリスさんは素早く部屋から出て行ってしまった。

 に、逃げたな!

 僕は恐る恐る振り返り、未だにラーファにいじられ続けているサラの姿を見た。


 え、あれに割り込むの?

 あのサラですら手も足も出ない強敵に?


 ……でも、そろそろいかないとサラが窒息しそうだしなぁ。


「あ、あのラーファ?サラを解放してあげて……?」


「え?あっ!騎士――縁様!はい、わかりました!」


 声を掛けると、ラーファは勢いよく背筋を伸ばして、素直にこっちを向いてくれた。

 ただ胸を張ったわけだから、胸に仕舞われそうになっていたサラは当然床に投げ出されるわけで……。

 案の定、胸から解放されたサラはべしゃりと音を立てて床に叩きつけられていた。


「さ、サラ?生きてる?」


 僕の言葉にサラはぴくぴくと痙攣(けいれん)し、ゆっくりと顔を上げ始める。

 よかった、生きてた。


「――あたしわかったわ。胸って溺れることができるのよ……」


 あ、でも、なんか変な悟り開いてる。

 あれは危険だよ、うん。

 ラーファには気を付けてもらわないと。


「ラーファ、サラを胸に埋めるのはやめてね。死んじゃうから」


「え?あ、あぁ、その、すみません気付かなくて……」


 そう言ってラーファは申し訳なさそうに顔を伏せると、倒れているサラへと近づいていった。

 一体、何をするんだろうと見守っていれば、ラーファはサラの隣にしゃがみこみ――


「サラちゃん、ごめんなさい。わたくしのが大きかったばっかりに」


 まるで憐れむような謝罪に、何を思ったのか。

 サラは勢いよく飛び起きると、ラーファの胸を鷲掴み、叫びをあげた。


「もいでやる!もいでやるわこんなの!」


「ふぇええ!?」


 ……女の子って怖い。


 またもや取っ組み合いを始める2人を見て、僕は耳をふさぎながら部屋の外に出る。

 何も聞こえないし、何も見てない。

 僕はクリスさんが帰ってくるまで部屋の外で耳をふさぎ、体育座りで待ち続け……。


 そうして、部屋を出てから30分後。


 宿に帰ってきたクリスさんの手を借りて、僕はようやく2人を落ち着かせることに成功した。

 2人は部屋の中ですっごく疲れた様子だったけど……何があったのかはあえて考えないようにしようと思う。


「それで、例の件なのですが――」


 何だか疲れたような表情で話を切り出したクリスさんを見て、そういえばそんな話だったなと――いや、忘れてたわけではなかったんだけど、うん。

 ともかく、クリスさんはヘンゼルさんとの話し合いの結果を僕達に伝えてくれた。


「『話し合いを前に面倒ごとは避けたい、何かが起きれば話し合いすらなくなるので勘弁してくれ』とのことでした」


 あぁ、まぁ……。

 国同士の問題がデリケートなのはニュースでもよく見たし、ヘンゼルさんの意見が正しいというのは僕でもわかった。


 でも……。


「明日はもう、約束の日だよね?」


「はい。明日が本番の日です」


 そう、明日には聖都の偉い人との話し合いがあるんだよね。

 だから、ラーファの件は今日中に何とかしないといけないのに……。


「一応、面会の許可だけは取り付けてきましたが、本当に会うだけで保護等は期待できないでしょう」


 保護はダメかぁ……。

 これで同行すらダメとなったら、その時は僕がサボってでもラーファを――あ、そうだ!


 その時、僕の脳裏にとある妙案が浮かび上がった。


「ねぇサラ、僕達が聖都にいる間にラーファを守ることってできる?」


 これはクリスさんからの受け売りになるんだけど、サラは立場的にはラインハルト家の客人ということになっていて、僕達と行動を共にしていても厳密に帝国側の人間という扱いではないらしい。

 だから、今回の外交においても、サラは絶対にいなきゃいけない人間ではないんだよね。

 まぁ、サラ“だけ”に任せるのは、不安しかないんだけども……。

 まず優先するべきはラーファの安全、ということで僕はサラにラーファの“護衛”を頼むことにした。


「ラーファを連れて逃げるってだけなら余裕よ。最悪、風魔法で空の彼方まで吹き飛ばしちゃえば追いつけないでしょうし」


「え、吹き飛ぶ、ですか?」


 ラーファがサラの発言を聞いて体を震えさせる。

 吹き飛ばされるなんて誰でも嫌に決まっているから、その気持ちはよくわかるんだけど……。

 一番の問題はサラがこの発言を“本気”で言っているってことなんだよね。


「さ、サラちゃん?じょ、冗談、だよね?」


「は?死ぬよりマシでしょ?」


 サラの言葉を聞いて、ラーファの顔色が青を通り越して紫のレベルになっていく。

 うん、やっぱりサラは怖いよね。

 その反応に親近感を抱いていると、ラーファはヨロヨロとサラから距離を取り、僕にしがみ付いてきた。


「ゆ、縁様ぁ……」


「えっと、僕も一緒にいてあげたいのは山々なんだけど、ヘンゼルさんの判断次第では、サラに頼むしか……」


 あぁ、ラーファの顔色が紫すら超えて見たこともない感じになってしまった。

 ちょ、ちょっと不安にさせ過ぎたかもしれない。


「私も空に投げ出されるのは嫌ですね。死なない自信はありますが、怖いというのは理解できます」


 そういえばクリスさんって空飛んでたっけ。

 この世界の人ってたくましいなぁ。


「では、それらも含めてヘンゼル上四位に相談しに行きましょう。私達が保護できなくとも、もしかすると保護してくれる組織――帝都でいうところの近衛騎士団のようなものがあるかもしれません」


 あ、そうか。

 警察みたいな組織が聖都にもあるかもしれないんだ。

 こう考えると、僕達って聖都のことを何も知らない……というか。

 帝国では当たり前だったものが他の国にあるかどうかわからないっていうのは、僕にはどこか不思議に感じた。

 前世でも海外旅行をしたらこんな感じになっていたのかな?


「聖都にはパンフレットってないの?」


「意味わかんないこと言ってないでさっさと行くわよ。また迷子になったら……次は魔法で理解してもらうから」


 サラの恐ろしい脅迫に背筋を寒くしながら、僕は3人と一緒にヘンゼルさんのいる外交官用の屋敷へと出発した。

 ちなみにラーファは全身を隠すようにフード付きの外套(がいとう)を着て、誰かわからないようにすることで襲撃犯対策をしている。


 ――とは、言ったものの。


 スーパー美少女のサラ、威圧感をふりまくクリスさん、フードを深くかぶった怪しさ満点のラーファ。

 そしてセーノさんが用意してくれた例の豪華な鎧を着込んだ僕とくれば……。


 うん、目立たないはずがないよね。


 先ほどからチラチラと視線を感じるのは、多分気のせいじゃないと思う。

 そんなこんなで僕が周囲の視線にソワソワしていると。


「縁様、少しだけよろしいでしょうか?」


 難しそうな表情で考えごとをしていたラーファが顔を上げ、僕に向かって声を掛けてきた――

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