31 あぁ、わたくしの騎士様(ラーファ視点)
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「あっ、縁!来て!目を覚ましそうよ!」
「う、うぅ……?」
なんでしょう、すぐそばから聞いたことのない声に呼びかけられているような……?
声に意識を揺さぶられ重いまぶたを開けてみれば、何故か“わたくし”はベッドに横たわっており、更には恐ろしいほどに容姿の整った少女に顔を覗かれているという、理解できない不思議な状況に陥っていました。
「だ、誰、ですか!?」
少女から距離を取ろうともがきながら、現状を把握しようと未だ覚醒しきっていない頭で必死に記憶を掘り起こす。
確か、わたくしは路地裏で恐ろしい男に襲われ、意識を失って――そして、誰かに連れ去られたような。
ということはもしや、ここは奴隷商館なのでしょうか……?
恐ろしい想像に、わたくしの体から一瞬で熱が引いていく。
……けれど、それは杞憂で終わりました。
なぜなら――
「よかった、目が覚めたんだね」
その声に、さっきまでおぼろ気だった意識が一気に覚醒していくのを感じる。
あの方だ!あの方の声!
あぁ、そうでした。
わたくしはあの方に助けられて……。
焦りながらも声の方に目を向けると――あの方がいました。
気を失う前に見たそのままの姿で、わたくしの前に。
「あ、あああの、わ、わたっ!?」
「お、落ち着いて?ゆっくりでいいから、ね?」
その優しげな声と可憐な笑顔に、焦燥が溶かされていくのを感じます。
痴態に痴態を重ねたにもかかわらず、この方はなんとお優しいのか。
優しく、可憐で、そして強い。
わたくしを守ると“誓って”くれた御方。
――あぁ、やはりこの方はわたくしの。
「騎士様ぁ……」
「え?なに?」
思わず漏れてしまったつぶやきに反応してか、わたくしの“白馬の騎士様”はすぐ近くまで来てくれました。
もう、我慢することなんて……できません!
「騎士様ぁ!」
「ふぇ!?」
わたくしは感極まって騎士様に抱き付いてしまいました。
はしたないこととはわかっています。
でも、抑えることができませんでした。
わたくしと騎士様は出会ってから殆ど時間は経っていないはずで、まだお互いのことなど何も知りません。
だというのに、騎士様の匂い、感触、声……。
今は騎士様の全てが愛しく感じてしまうのだから不思議です。
わたくしは一体、どうしてしまったのでしょうか?
「ちょっと!縁に何すんのよ!離れなさいよ!!!」
そうして幸せに浸っていると、誰かがわたくしと騎士様の体を引き離そうとしてきました。
騎士様との仲を引き裂こうとする敵――きっと魔物ですっ、魔物に違いありません!
「嫌、嫌です!」
わたくしは涙を浮かべながら必死に騎士様にすがりつきました。
今、騎士様から離れると……また恐ろしい目に遭ってしまう気がしてならないのです。
「さ、サラ、待って!この子、泣いてるみたいだから……」
「え?あぁ、そういえば襲われてたんだったわね。じゃあ、あたしはクリスを呼んでくるから、あんたはこの子を落ち着かせること、いい?」
「ありがとう、サラ。頑張ってみる」
騎士様と何らかの言葉を交わした後に、金髪の少女は部屋を出て行きました。
今のやり取りを見る限り、あの子は悪い人……ではないのかもしれません。
けれど、今のわたくしには騎士様以外の人を信じることができそうにないというのも、また事実で……。
「あ、えっと、僕は窓香 縁っていうんだけど、君の名前は?」
「あ、わ、わたくしはラーファと――」
あ、あああぁ!?
自分で口にした言葉に、騎士様との再会で緩んでいた心が一気に緊張していく。
この“名前”は秘密にしなければいけないのに――
「よろしくね、ラーファ」
……あれ?なんで?
予想とは違う騎士様の反応に、わたくしは困惑しました。
もしかして、騎士様は。
「え、えぇと、騎士様?つかぬ事をお聞きするのですが、騎士様はどこから――もしや、他国からいらっしゃったのですか?」
「やっぱり騎士様って僕のことだったんだ……。僕は一応、ジグレイ帝国からきたんだけど」
ジグレイ帝国。
確かにあそこならばあり得る話ですが、騎士様の反応には少し違和感があります。
心苦しいですが、ここはしっかりと確認しなければなりません。
「一応、というのはどういうことでしょうか?生まれは別、とか?」
「あー、えっとね。僕の本来の出身地はすっごい遠くにあって……今、お世話になってる場所が帝国ってことなんだ」
すごく遠いというと、“ルブド連邦”でしょうか?それとも砂漠の方?
となると、やはり騎士様は聖都のことをよく知らない……?
「では、騎士様は聖都へは初めて訪れた、と」
「うん、そうだよ。さっき着いたばかりだったんだけど、勝手な行動するなって怒られちゃったんだ、えへへ」
騎士様が可愛らしく笑う姿に、思わず胸が締め付けられるような気分になりました。
――いけません、騎士様は“女性”だというのに。
わたくしは改めて気を強く持ち、先ほどの会話を頭の中で思い返しました。
話の内容を聞く限りでは、どうやら騎士様は本当にわたくしのことを知らないご様子。
……ひとまず、安心いたしました。
けれど、いつまでも逃げられるわけではありません。
それに、このまま逃げ続けても……また襲われてしまうかもしれません。
「どう、したら」
先程のこともあってか、わたくしは不幸な未来を想像してしまい、自ずと暗い気持ちになってしまって。
「どうしたの?何かあったの?」
「あ、いえ、その……」
あぁ、素晴らしき騎士様がわたくしの変化に気付かないはずはありませんよね、不覚でした。
横目で騎士様の様子をうかがえば、騎士様は心配そうな表情でわたくしを見つめていました。
……いっそ、話してしまいましょうか?
いえ、いえ、ダメです。
騎士様を巻き込むわけには。
「僕にできることなら言って?なんでもするからさ」
この方はどこまで……。
視界が涙でにじんでいく。
その優しい言葉に、目の前へと差し出された希望を手に取ってしまいそうになりましたが……堪えます。
こうして無事に騎士様を見つけて今更ながらに気付いたことではありますが、騎士様にも騎士様の生活や役割があるはずなのですよね。
それを知った今、わたくしの勝手なわがままに付き合わせるなんて、どうしてできるでしょうか。
「い、いけません、わたくしは騎士様に、これ以上助けてもらうわけには――」
「ラーファ」
はわっ!?
突然、騎士様がわたくしの顎に手を添え――顔を持ち上げ、目を合わせてきた。
それは、その光景は、気絶する前に見たあの光景と被って見えて。
「気にしないで。僕はただ、泣いてしまいそうな人を助けたいってだけなんだ」
この方の傍に、この方と共に……。
今のわたくしにはそれだけしか考えることができませんでした。
「実は、わたくし……追っ手から逃げてきたのです。必死に走って、それで」
隠そうとする思いと裏腹に、口は勝手に望みを告げ始めてしまう。
あぁ、もう、わたくしはダメになってしまったようです。
「だから――」
わたくしは一度だけ目を伏せて、それから騎士様の瞳を真っすぐに見つめ直し。
「――わたくしを連れ去ってください、騎士様」
熱に浮かされるように。
そっと目を閉じ、顔を近づけ――
「な、何をしているのですか!?」
けれど、そんなわたくしの行動は燃えるような赤い髪の女性に邪魔されてしまいました。
「なにって――はわっ!?」
わ、わたくしは何をしようと!?
先ほど自分がやろうとしていたことを思い返し、急激に顔が熱くなっていく。
「あぁ、もう!よくわかりませんが、貴方は寝ててください!」
「はぅあ!?」
恥ずかしい気持ちでいっぱいになってしまったわたくしに抵抗なんてできるはずもなく。
わたくしはそのまま、赤髪の女性にベッドへと押し倒されてしまった。
しっかり毛布をかけてくれるところを見ると悪い人ではなさそうですが――って、そうではありません!
この反応は、アレを見られたということですよね!?
あんなはしたない姿を見られてしまった、そういうことですよね!?
「ゆ、縁殿?あ、あなたはいつからそんな不埒なことを覚えてっ!そこに正座です!そういうことは大人になってから!許しませんからね!」
「正座!?僕もなにがなんだかわからないのに!?」
2人が言い争う声を聞きつつ、毛布を頭まで被る。
「恥ずかしくて死んでしまいそう」と、そう思った――次の瞬間。
何故かわたくしの意識は少しの痛みと共に、ぐるぐると暗闇に向けて落ちていって――
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荒れ狂うクリスに、涙目で反論する縁、毛布を頭から被って「きゃあきゃあ」と叫びながら身悶える謎の少女。
“あたし”は呆れながらそれらを見渡し、ため息をつく。
「……もう寝る時間なのに、うるさすぎるわ」
大荒れの様相を見せる室内、眠くなってきた頭には耐えがたい騒音。
もう、我慢の限界だった。
《――雷よ、静寂を以て我が敵を襲え!》
未だ騒ぎ続けている3人に向かって、あたしは雷魔法を放つ。
今回のイメージは無光で無音の静かな魔法。
騒ぎを収めるのにうるさくしたら意味ないものね、ふふん。
あたしの完璧な“気遣い”により、結果として騒いでいた3人は全員静かに――ん?
「さ、サラ?いま、なに、やったの……?」
何で縁は当然のように立っているのよ……。
あの威力なら気絶するのが普通なのに、むむむ。
何だか負けたような気分になって、あたしは両腕を前に突き出しもう一度魔法を詠唱した。
《――轟雷よ!》
「はぁっ!?な、なんで――ぐぇ」
言葉の途中で崩れ落ちた縁を見て、とりあえず安心する。
これで倒れなかったら今度は上級魔法で“寝かしつける”ことになってたし、むしろ縁は幸運ね、うん。
「よしっ、これで寝られるわね《――風よ》」
白目をむいた3人を同じベッドに放り込み、あたしも3人のいるベッドに潜り込む。
ぬくぬく暖かい空間に体を預け、意識は眠気に委ね。
あたしはすぐに夢の世界へと旅立つのであった。




