02 僕はどうやら勇者らしい
――目が覚めれば、そこは別世界だった。
なんて、どこかで聞いたような言葉が自然と思い浮かぶほどに、目を覚ました僕の視界には信じられない光景が広がっていた。
「夢じゃなかったんだ……」
頬を摘まみながら、周囲を見渡す。
装飾が多い家具、天蓋付きのベッド、“火のともった”大きな暖炉、壁に掛けられた剣と盾等々。
どう見ても病室ではない――というか、漫画でしか見たことがない風景に、思わずため息が漏れた。
正直、信じ切れていない部分もあったんだけど、ここまでくれば信じるしかない。
どうやら、僕は神様の言う通り、本当に違う世界へと“生まれ変わった”らしい。
ただ、そうなると気になるのは「今、僕が居るのはどこなの?」ということで。
「うぅ、寒い。どこなんだろう、ここ」
改めて周囲を見渡してから、自分の置かれた状況を考えてみる。
目を覚ました時――いや、今も僕がいるのは天蓋付きのベッドの上だ。
見るからにお屋敷だし、お金持ちの人の家にいるのはわかるんだけど、あれからどうしてこうなったのかが、まったくわからない。
「……神様には何て言われてたっけ?」
困ったときの神頼みってわけじゃないけど、今の僕が頼れるのは神様との会話しかない。
僕は何でこうなったかを考えるために、目覚める前に交わした神様との会話を必死に思い起こすことにした――
「転生して、女神様を探す?」
『はい。途方もない話で申し訳ないのですが、転生先の世界で唯一神として君臨していた女神を探し出し、世界を正常に戻してほしいのです』
別世界で唯一神だった女神様が行方不明で?それが原因で世界が大変なことになってる?
スケールが大きすぎて、想像すらできないんだけど……?
『探す場所の手がかりも情報も何もありませんし、現地の人が受ける不安を考えれば相談もしない方がいいでしょう。八方塞がりのような状況ですが……しかし、このままではあの世界は間違いなく滅んでしまう』
だけど、誰かがやらないとダメなら。
一人でも、大変でも、それで世界が滅ぶというのなら、僕の言うことは決まっている。
「うん、わかった。僕はどうすればいいの?」
僕の憧れた勇者は困っている人を見捨てないから、人助けを断る理由なんてない。
まぁ、神様だから人じゃないかもしれないけど、大した問題じゃないよね、うん。
『頼んだ側から言うことではないのでしょうが、本当によいのですか?きっと大変ですよ?危ないことだってあるかもしれませんよ?』
どうやら、神様は心配してくれているらしい。
でも、僕は大丈夫。
だって――
「僕がこうして誰かの助けになれるのも、両親に最後の言葉を伝えられたのも、全部神様のおかげでできたことだから。それなら僕だって神様の助けになりたいんだ」
“誰かの助けになりたい”。
それは嘘のない本心で、僕の夢だったから。
僕程度で神様の助けになれるのかって、思っちゃうところはあるけど。
それだけ大変な状況なのかもしれないし、どちらにせよ断る理由はないと思う。
『貴方は――いえ、そうですか、では私もその気持ちに報いるとしましょう』
『報いる』?
その言葉に首を傾げると、神様が僕の周囲をクルクルと回り始めた。
何をしてるんだろう?
『私たち神があの世界に人を送る際には加護を与えるという決まりがあるのですよ。これはその儀式のようなものです』
やっぱり心が読まれてしまった。
でも、加護を与えるって?
『加護とは――まぁ、有体に言えば特別な能力を授けるというところでしょうか?頼む側が何もしないでは誠意がありませんからね』
特別な能力を貰えるなんて、まるで絵本の勇者みたいだ。
あれも確か最初に神様に会って――あれ?この状況って。
『ふふふ、あの絵本。大事にしてくれていたようで何よりです』
そうだ、聞いたことのある声だと思ったのは……死ぬ前に聞いた声だったからじゃない。
この声を聞いたのは、もっと昔の。
『ですが、思い出話をする時間はどうやらないようですね』
時間がない。
その言葉の意味を考えるより先に、それは起きた。
「あ、神様、姿が……!」
気が付けば神様と名乗った光の玉はついたり消えたりを繰り返し、周囲の光もどんどん消えて薄暗くなっていた。
『時間がないので要点だけをお伝えします。貴方に授ける能力は2つ、私の“神としての権能から派生した能力”と、“肉体を強化する能力”です』
神様の能力と、肉体を強化する能力――あ、そうだ大事なことを忘れていた。
僕の体は……。
『あぁ、貴方の病気については心配無用です。貴方の身体は不調の全てを取り除いた状態で再構成し、転生させることになっていますから。これは先ほど話した肉体を強化する能力とセットになっています。ただ……』
『ただ』なんだろう?
急に黙ってしまった神様を心配して見つめていると、神様は唸るような声を出した後、説明の続きをしてくれた。
『貴方の体には、その、特異な魂故か、私にも見通せない“何か”があって。それに関して、私は何も干渉することができず、いや、本当に何で――いえ、やめましょう。不安にさせるだけでしょうし、時間もありませんからね』
神様でもわからない『何か』って、なに。
気になりすぎる言葉のオンパレードだったけど、神様は僕の疑問には答えずに早口で次の説明に移ってしまった。
いつかわかる日が来ればいいけど……。
『最後は権能からの能力ですが、これはその時が来ればわかる……というより、その時が来ないと私にもわかりません』
最後という説明に、ハッとして意識を集中させる。
神様の口調的に、狙った能力を貰えるとかそういうわけではないんだね。
選べたらきっと悩んでたと思うから、むしろよかったのかもしれない。
『私の権能は“縁結び”ですから、きっとそれに関連した――』
「え、縁結び?」
思わず声に出しちゃったけど、縁結びってキューピットの矢とかそういう感じの……?
そ、それは、なんというか――
『あ、今ちょっとガッカリしましたね?』
「し、してないよ!」
べ、別に雷神のハンマーとか軍神の槍とか、そういう能力を期待したわけじゃないよ?
……うん、全然ないから、本当だもん。
『まったく、本当なら私のすごさをたっぷりと教えたいところなのですが……もう、時間ですね』
その言葉に周りを見渡せば、周囲の光は全部消えていて、あとは暗闇の中に神様がうっすらと浮かんでいるだけになっていた。
『あちらに行けば、もう私が力を貸すこともできなくなります。だから、最後に一つだけ』
神様と話せたのは本当に少ない時間だったけど、もし想像が正しかったら、僕はずっと神様に助けられてきたってことになる。
いっぱい感謝をしたいのに、それを伝えきれなかったのが、悔しい。
ただ、そんな僕の思いすらも神様にはお見通しだったみたいで。
神様はクスクスと小さく笑うと、優しい声で最後の言葉を僕に伝えた。
『貴方は、貴方の心のままに生きてください』
「へ?」
予想外の言葉に変な声が出てしまった。
僕はてっきり、何か心構えとか、そういう話をされるものだと思ってたんだけど。
『ひどい矛盾を言っているのはわかっています。ですが、もし、もし使命に耐えられなくなったときは』
神様が不規則に点滅する。
それが僕には、神様が何かを堪えているような、そんな風に見えて。
『そんなものは捨てても構いません。貴方が生きている間くらいは、世界も保つでしょうから』
「それって」
その言葉の意味を聞こうとした瞬間、世界から光が消えた。
もう、神様の光すらも見えない。
『せめて、貴方の旅先に良縁がありますように――いつも、見守っていますからね』
その言葉を最後に、僕の意識は暗闇に沈んでいき――
「それで気がつけば、お屋敷のベッドの上と……」
そうだ、生まれ変わった後の事は何も聞いてなかった。
その事実に思わず頭を抱えたその時、自分の体が今まで感じたことがないくらいに軽いことに気付いた。
よく考えれば、さっきから吐き気も全身の痛みも、痺れも何もないような?
「身体の不調が無くなるって神様が言ってたけど、本当だったんだ」
ひとりごとを呟きながら自分の力だけでベッドから起き上がり、何の支えも使わずに立ち上がる。
――生まれて初めて、一人で立てた。
あぁ、普通の人ってこんな感じだったんだ。
前の世界――生まれ変わったわけだから“前世”でいいかな?
ともかく、前世では物心がついたときには車椅子だったから。
予想以上に嬉しくて、思わず涙が出てきてしまった。
「……歩けるかな?」
調子に乗って歩いてみても何の違和感もない。
よろめきもせず、自然に歩くことができた。
安心した僕はウキウキ気分で部屋を歩き回り――って、そんなことをしている場合じゃないんだった。
「移動できることがわかったんだから、どうするか考えないと!」
ベッドに腰掛けながら、「うーん」と頭を悩ませてみる。
ともかく最優先なのは、今どうなっているのかを確認すること、だよね?
本当なら誰かに話を聞くのが一番だと思うんだけど。
ただ、人の家(?)を無断で歩き回るのは失礼だと思うし、勝手に部屋からいなくなるのも絶対によくないと思うわけで……。
動くべきか、待つべきか。
僕が次に取るべき行動を決めようとしていた、その時。
突然、扉が大きな音を立てたかと思うと部屋の外から誰かが飛び込んできた。
「っ!?」
驚いて目を向ければ、そこにはまるで絵画から飛び出してきたかのような、とても綺麗なお姉さんが僕を見つめていて。
「あぁ、“勇者様”ぁ!ようやく、お目覚めになられたのですねぇ!」
え?勇者様?
思いがけない言葉に戸惑っていると、お姉さんは飛び込んできた勢いそのままに僕の両手を握りしめてきた。
「あぁ、夢みたいですぅ。まさか生きている内に会えるなんてぇ……」
よくわからないけど、お姉さんは感激しているらしい。
いや、その、感激しているところ、悪いとは思うんだけど。
「あ、あの!質問、いいですか?」
「え、あっ――コホン。はい、何でも仰ってください、勇者様」
僕の言葉にお姉さんは咳払いを一つだけして、さっきまでの間延びした雰囲気はどこに行ったのかと思う程に表情と声をキリッとさせた。
……何もかもがよくわからないけど、とりあえず一番気になることを聞こう。
「あなたは、誰ですか?」
「あぁ、申し訳ありません。確かに自己紹介を忘れていましたね」
お姉さんは僕の両手を離し、一歩後ろに下がってからスカートを摘まみ上げて頭を下げる。
そんな、まるで映画で見るような優雅な一礼に僕が見とれていると、お姉さんはにっこりと微笑みを浮かべ、
「私は『セーノ・ブレイブ・ミーゼス』と申します。今日から勇者様専属の“メイド”としてお仕えさせていただきますので、どうぞよろしくお願いいたします」
自らを勇者様専属メイドと、そう名乗ったのであった。
やっぱり最初に会うのはメイドさんかなって