18 クリスさん襲来
「えへへ、嬉しいなぁ」
友達ができた喜びに浸っていると、女の子が何かに気づいたように声を上げた。
「あっ、そういえばあんたの名前聞いてなかったわね。何ていうの?」
……言われてみれば、僕たちお互いの名前すら知らなかったっけ。
まぁ、それだけ相性がいいって事だよね!多分!
「僕は窓香 縁だよ。あっ、縁の方が名前だから、そっちで呼び捨てにしていいからね」
「あたしは『サラ』よ。あんたの名前って変わってるわね」
女の子――サラはそう言って、明るく笑った。
確かに、この世界で僕と同じような名前の人は見たことがないけど……変わってるのかな、僕。
サラの言葉に微妙にショックを受けながら、「そういえば」と、僕はあのことについて聞くことにした。
「ねぇ、サラは何でそんなに魔物退治に行きたいの?」
絵本で見たとか言っていた気がするけど、何か理由があるのかな?
「夢のためよ!まずは“ぱーてぃ”を組んで魔物を倒すのが第一歩なの!」
夢かぁ……。
その言葉と何故か自信満々に胸を張ったサラの姿に、僕は前世の――まだ小さかった頃の自分を思い出してしまった。
あれはまだ本格的に入院する前の頃で……確か、神様から貰った絵本を片手に、病院から抜け出そうとしたことがあったんだよね。
結局、部屋から出た瞬間にバレて怒られることになったけど、怒られてもすっごく不満だったのを今でも覚えている。
もし、サラが僕と同じだったら、ここで家に帰したとしても絶対に諦めない。
むしろ元気な体と魔法がある分、夢のために何度もチャレンジしそうだし……。
よし、決めた。
「じゃあ僕達と“パーティ”を組んで、一緒に魔物を倒しに行こう」
「え、いいの?あんた、あんなに嫌がってたじゃない」
サラは意外そうな顔で驚いてみせた。
でも、僕としては当たり前の提案をしただけだ。
「だって、友達だもん。助けになりたいと思うのは当然だよ」
本当なら家まで帰すのが正しいんだろうけど、それでさっきみたいに倒れちゃったら今度こそ死んじゃうかもしれないし、それなら僕達と一緒に――というか、クリスさんに頼って達成した方が良いと思うからね。
クリスさんならオーク相手だろうと簡単に倒しちゃいそうだし。
うん、これが一番安全だ。
「友達の助けになりたいと思うのは当然。……なるほど、そういうものなのね」
僕の言葉にサラは何かを考えていたみたいだったけど、しばらくすると納得するように何度も頷いていた。
それをちょっとだけ心配しながら眺めていたら、
「友達は助ける、のよね。なら、最初はクリスってやつと合流させてあげるわ」
サラは勢いよく顔を上げてから、空に向けて指を差した。
指差す先を見てみると、ちょうど太陽が真上に――あ、これ1時間は絶対に超えてるじゃん。
合流の約束と秘密にするって約束、2つも破っちゃったから……流石に怒られるかなぁ。
僕がクリスさんに怒られる未来を想像して身震いした、その時だった。
《――火よ》
空を見上げたサラは魔法を詠唱し、大きな火の玉を花火のように空へと打ち上げた。
多分、詠唱的に火魔法――って、あれ?そういえばサラの詠唱って“頭の部分”しか言ってないような?
最初の雷魔法はちゃんと詠唱していたから全部じゃないけど、殆どの詠唱が短い気がする。
思えば、アスカルさんも短い詠唱を使ってスライドしてたし、そういう魔法なのかな……。
なんて、思わず考え込んだ、次の瞬間。
「ひぃぃいいい!?」
突如として周囲に響き渡った爆発音に、僕はびっくりしてその場へとしゃがみ込んだ。
見てなかったけど、まさか、さっきの火の玉が爆発した……?
「んー、もっと威力がいるわね」
《――火よ、数多の業火を以って轟かせよ》
困惑しながら目を向ければ、サラは平然とした様子で普通(?)の詠唱を呟いた。
すると、その瞬間に僕達の周囲にはさっきと同じ大きさの火の玉が10個ほど浮かび上がって、
「行け」
サラが命令すると、火の玉はすごい速度で飛び上がり……。
案の定、数秒後にはその全てが大爆発を引き起こした。
「ひぇええっ!?」
さっきとは段違いの、思わずうずくまってしまう程の衝撃と音に目をつむって耐える。
あんな高い位置にあったのにこれって、どんな威力なのさ!?
そうして、しばらく経って耳鳴りがようやく止んだ頃。
未だにうずくまる僕に対しサラは胸を張り、得意げな様子で口を開いた。
「ふふん、これならクリスってやつもこっちの位置に気づくわ。あとは待つだけね!」
どうやら、あれはサラにとっての呼び笛か何かだったらしい。
耳がおかしくなるかと思ったけど……確かに、いい方法なのかもしれない。
僕は文句を飲み込んで、サラの言う通りクリスさんが来るのを待つことにした。
そして、それから数分後――遂にその時はやってきた。
荒れ果てすぎて円形のハゲ山みたいになっていたこの場所の外周に、人影が現れる。
その人影は燃えるような赤い髪をたなびかせ、レイピアみたいな細いロングソードを携えた女性で。
そう、それは間違えようもなく、クリスさんだった。
……クリスさんの、はずだった。
「クリスさーん!こっちだ、よー……?」
大きな声で呼びかけた直後、違和感に気づく。
よく見れば、いつも柔らかい笑みを携えていたはずの表情は恐ろしいほどに真顔になっていて。
涼しげな目元なんてどこへやら、「カッ!」と効果音が鳴りそうなほどに両目は見開かれていて。
加えて瞳の色も赤から紫へと変わっていて。
今のクリスさんは……どう見ても普通の状態ではなかったのだ。
「や、やっぱり怒ってる?」
僕が思わず後退りかけた――その時、クリスさんの怒声が周囲に響き渡った。
「縁殿から離れろ!!!亜人がぁああああああああああああ!!!」
クリスさんは飛ぶような勢いで迫りながら剣を抜き、速度を落とさずにまっすぐ“サラへと”剣先を走らせた。
突然のことに僕はまったく反応できなくて、そのまま――
《――雷よ!》
サラが斬られると思った瞬間、突如として凄まじい音と光を放つ雷がクリスさんに向けて放たれた。
クリスさんはそれに当たる直前に身を捻り、その場から急いで飛び退く。
けれど、雷は途中で分裂――たくさんの線になってクリスさんに襲い掛かった。
「くっ!この規模、中級魔法か!まさか、リベリアの手先!?」
言葉と共にクリスさんは表情を変え、雷の線を避けるように周囲を駆け抜ける。
しかし、雷の線はすごい速さと誘導力で、クリスさんを追い詰めていく。
「いきなり殺しに来るなんて上等じゃない!ぶっ殺してやるわ!」
このままじゃ、クリスさんが危ない。
そう思って僕が走り出そうとした――その時、雷の線が困惑するように波打った。
「な、なによアレ!?嘘でしょ!?」
サラと共に“上空”を見上げる。
視線の先では、クリスさんが空を漂い、まるで鳥のように“飛んでいた”。
「逃げ道を用意してくれるとは、随分と甘いのですね」
いや、あの、軽く10メートルは跳び上がったように見えたけど、クリスさんの身体能力はどうなって――あっ、まさかこれも魔法?
僕が驚き、サラが警戒を強める中、クリスさんは十分に距離を取った位置に静かに着地すると、サラをにらみながら剣を構えた。
――このままだと、どちらかが死ぬ。
そんな危機感に僕は呆然としていた意識を無理やり現実へと引き戻し、急いで2人の間に割り込んだ。
「ま、待って!やめて!争わないで!」
何でこんなことになっているのかわからないけど、話せばちゃんとわかるはず!
僕は必死の思いで2人に語りかける。
でも、2人は中々警戒を解いてくれなくて――
「縁殿いけません!危険です!縁殿にはわからないかもしれませんが、そいつは“化け物”です!」
「はぁ!?化け物ですって!?言ってくれるじゃない!死ぬ覚悟はできてるんでしょうね!!!」
むしろ警戒を解くどころか挑発合戦になってしまった。
何か勘違いしているクリスさんはともかくとして、サラは好戦的すぎるよ!
クリスさんは友達って説明したよね!?
「ダメだって!戦っちゃダメ!ほら、クリスさんは剣を置いて!サラは魔法禁止!」
どうしよう、どうしたら……。
思わず涙が浮かんで来るのを感じながら、僕は必死に説得を続ける。
すると、思いが届いたのか。
クリスさんだけは雰囲気を緩めて、構えていた剣を少しだけ下に向けてくれた。
「……何やら状況が掴めませんが、襲われていたわけではないようですね」
流石クリスさん、話がわかる……!
大人の余裕すら感じるクリスさんの対応に――油断したのがマズかったらしい。
「はっ、襲ってきたのはあんたじゃない!暑さで頭イカレてるんじゃないの?」
「あ゛ぁ゛?」
サラの挑発にクリスさんの剣先が再び上向く。
せっかくっ!落ち着いたのにっ!
「サラも挑発しないで!皆で仲良く……は、無理かもだけど、落ち着いて!ね?」
「……縁殿がそう言うのなら」
よし!剣も収めてくれたし、クリスさんはこれで大丈夫!
あとはサラだけど――
「なによ、やらないの?とんだ腰抜け――もごっ!?」
言わせないよ!?
僕は急いでサラに近づき、口をふさぎながら抱き着くように後ろから拘束した。
さっきの二の舞はごめんだ!
「悪口は終わり!いい?わからないならずっとこうだからね!」
「むー……」
コクコクとサラが頷くのを確認してから、ゆっくりと手を離す。
サラは不機嫌な表情でそっぽを向いていたけど、口は閉じたままだった。
よかった、これで何とかなる……よね?
「どうしてこうなったの……?」
表面上の争いは収めたものの、未だに視線をバチバチと絡ませる2人を見て、ため息が零れる。
……3人で会話ができるようになるには、もう少し時間が掛かりそうだった。




