12 閑話:武道大会
一応、閑話?のようなものです。
思いついちゃったので増えました。
この世界に来てから1カ月ほど時が流れ、少しは王宮の生活にも慣れてきた頃。
部屋でゆっくりとしていた僕に対し、セーノさんが面白そうな話を持ってきてくれた。
それは毎年、帝都で行われるというお祭りで、大事な催し。
その名も――
「武道大会?」
「はい、来週に“上級騎士”本選があるので縁様にも見ていただくようにと……実は上からのお達しがありまして」
そう言って苦笑するセーノさんに、僕は目を輝かせて頷きを返す。
「絶対見る!」
「そう言うと思いまして、準備の方は全て済ませてあります」
流石はセーノさん!頼りになる!
お祭りに参加できるという嬉しい事態に、僕のテンションはマックスになっていた。
「今年もクリスが勝ち上がってきたようですから、応援してあげれば喜ぶかもしれませんね」
「え!?クリスさんも出るの!?」
そういえば腕前だけで上級騎士になったとか言っていたような?
どうしよう、知っている人が大会に出るなんて初めての経験だよ……!
「絶対、応援する!」
「ふふふ、それならよく見える位置で応援してあげませんとね」
よく見える位置で応援?どういうこと?
その時はセーノさんが言っている意味がわからなかった。
けれど、武道大会の当日。
晴天に恵まれた空の下で、僕は嫌でもその言葉の意味を知ることとなった。
「な、何でこんなに目立つ席なの……?」
「特等席ですから、当然です」
特等席という言葉通り、僕とセーノさんは闘技場の中でも一番上の方にある、全てを見下ろせるような席――というかバルコニー(?)みたいな場所へと案内されていた。
確かに戦うところはよく見えると思うけど……遠くない?ちゃんと、見えるかなぁ。
「あぁ、それと。縁様には応援の前にこれを身に着けていただきます」
「これって――え、なにこれ」
言葉と共に渡された“ブツ”に、思わず困惑してしまった。
だって、それはセーノさんがいつも頭に付けているヘッドドレスと、“メイド服”だったからだ。
「ちょうどよいサイズが無かったので少しぶかぶかですが、そこはご容赦ください」
「いや、着るとは一言も――」
「そうなると、クリスの応援をできませんが、それでもよいので?」
え、どういうこと?
視線でセーノさんに問いかければ、セーノさんは微笑みながら理由を説明してくれた。
「今日、今この瞬間だけ、縁様は私の妹なんですよ」
セーノさんの説明を要約すると、勇者――つまり、僕は正体を知られてはいけないらしくて、今回の観戦もセーノさんの“妹”ということで話が通っているんだとか。
だから、メイド服を着ないとおかしい――のが、おかしいと思うけど。
ともかく、正体を隠すためにこの場で着替えないと観戦は中止、即刻で帰らされるとのことらしい。
「髪の色も目の色も同じなので、ミーゼス家は縁様の隠れ蓑にちょうどよいんです」
そう言って、セーノさんは説明を終えたけど、僕としてはまったく納得ができなかった。
「ぼ、僕は男なのに、妹というより弟で、メイドというより執事なのに……」
未だに近衛三番隊の約半数が僕を女神様だと呼び続ける現状で、この仕打ち。
僕のメンタルは朝早くからボロボロだった。
というか、着替えるなら王宮内でよかったんじゃ……?
そう思ったけど、言葉には出せず。
僕は渋々メイド服を身にまとった。
「はぁ、はぁ……。やっぱり、現地で迫るのは効果的ですねぇ。考える時間が制限されて簡単に――こほん。お似合いですよ、縁様」
着替えを終えた僕を見て、セーノさんはにっこりと微笑んだ。
でも、僕は騙されないよ。
卑劣な罠に嵌められたんだって、ずっと覚えておくからね!
「迷惑をかけてしまったので、今晩は“カレー”にしましょうか」
「え!?カレーがあるの!?」
「私のこと、許していただけますか?」
「もちろん許すよ!セーノさん、大好き!」
あぁ、まさか、あの有名なカレーがこの世界にあるなんて。
もしかして、前世の料理は帝国じゃ珍しくないのかな?
そうだったら嬉しいなぁ、楽しみだなぁ。
僕は恨みなんてすっかり忘れて、上機嫌に大会の開始を待つことにした。
そうして、数十分後――遂に、大会の開始を知らせるラッパが鳴り響いた。
うん、鳴り響いたんだけど……。
「……この“お話”はいつ終わるの?」
見下ろした先にある4つの舞台――多分、これが騎士さん達の戦う場所なんだろうけど。
ラッパが鳴ったというのに、その中の1つで、さっきから知らない男の人がずーっとお話をしているだけなのだ。
あんまり聞き取れないし、長いし、ちょっと退屈かも。
そんな風に思っていたら、セーノさんが苦笑しながら言葉を返してきた。
「確かに、縁様には退屈な時間だと思いますが。今日は私達騎士の価値が決まる大事な日でもあるので、少しだけ我慢していただければと思います」
「価値が決まるって、どういうこと?」
振り返って首を傾げると、セーノさんは一つ咳払いをしてから、理由を説明してくれた。
「実は、この武道大会は騎士達の昇格試験も兼ねているのです。上級騎士とは武力だけではなく、座学や判断力、指揮能力も問われるため、これだけで全てが決まるわけではありませんが……それでも、これは大事な機会なのです」
そ、そんなに大事な大会だったんだ。
そう思いながら、男の人の話を聞けば――うん、すごく励ましてるんだなってことが伝わってきた。
退屈なんて考えてごめんなさい、ちゃんと聞きます。
それから静かに男の人や他の偉い人達のお話を聞いて、更に数十分後。
遂に、ようやく、武道大会が始まりを告げた。
「あわわ、4カ所で戦ってるから、どれを見たらいいかわからないね」
「ふむ、この大会はトーナメントではないですから、見るべきところを見逃すのは避けたいですし……そうですね。こちらから見て右奥の対戦なんてどうでしょう。アスカル様が戦っていますよ」
え!?アスカルさん!?
慌てて指差された場所を見れば、アスカルさんが若い男の人と向かい合っていた。
誰なんだろうあの人、見たことがないけど。
「相手は『アルフォンス』様ですか。ラインハルト家の長男であり、上弐位の騎士。簡単に言えばクリスのお兄様ですね」
「へー、クリスさんって兄妹がいたんだ――って、始まってる!?」
僕がセーノさんの説明に頷いている内に、審判が試合を開始させてしまっていたらしい。
慌ててアスカルさん達のいる舞台を見れば、そこではアスカルさんが真っすぐにアルフォンスさんの懐へと飛び込んで、普通より太いロングソードを縦一文字に振り下ろしているところだった。
「もしかして、もう勝負が決まる!?」と、思わず身を乗り出してしまったんだけど、アルフォンスさんはアスカルさんの攻撃をひらりと避けると凄まじい連撃を繰り出して反撃――って、あれ?
「……ちょっと待って」
嫌な予感がして、ちらりと他の舞台を見てみる。
隣では細身の男の人が対戦相手の関節を凍らせて、素早い動きで攻め立てていた。
その手前では、大柄な男の人同士が火花を散らせながら剣を打ち付け合っていて、最後に見た舞台では燃え盛る剣と氷を纏わせた剣が――うん。
まぁ、つまり、何が言いたいかというと。
「皆、すっごく強くない……?僕じゃ、手も足も出ないと思うんだけど……」
そう、帝国の騎士さんは全員が強かった。
それはもう、見てわかるほどに。
普段の訓練で僕はアスカルさんと模擬戦をしてるんだけど……ものすごく手加減をされてたんだなって、ハッキリとわかってしまった。
「ふふふ、全員が我が帝国の猛者であり、殆どが土地を守護する役目を持つ者達ですから。縁様も焦らず、しっかりと学んでいけば、すぐにあれくらいにはなれますよ」
本当かなぁ、絶対無理だと思うけど。
自身の剣が斬り落とされた瞬間、鎧を使った格闘でアルフォンスさんを攻撃し始めたアスカルさんを見ていると、どうしてもそう思ってしまう。
僕なら絶対降参しちゃうもん、それかリバージョンで逃げる。
あ、でも、それは勇者的には失格かも、うぅ。
「ん、どうやらアルフォンス様が勝ったようですね」
セーノさんの言葉にうつむいていた顔を慌てて持ち上げれば、いつの間にか全試合が終わっていた。
うわぁ、全部見れなかった……アスカルさん、ごめん。
「次は、クリスの出番ですね。相手は上四位のホルトン様。確か、縁様がお世話になっている近衛三番隊の方でしたか?」
えぇと、ホルトンさんってアスカルさんのお仕置き回避を僕に頼んできた人だよね?
あの後も何回か話したことがあるし、一緒に訓練もしてるし、ちゃんと知ってる――じゃなくて。
……いや、あの、どっち応援すればいいの、これ。
「これに勝てばクリスは“全勝”ですか。まぁ、心配はないでしょう」
セーノさんが何かを呟いたタイミングで、僕の気持ちを知らない審判は無情にも旗を振り下ろし、各所で試合が始まってしまった。
あぁ、もう!こうなったらどっちも応援しよう!
「どっちも頑張――」
そうして、僕が叫ぼうとした瞬間。
まさに一瞬の出来事で、クリスさんとホルトンさんの試合は終わりを告げた。
「やはり、クリスが勝ちましたか。あの子、戦闘能力“だけ”は優秀ですからね……」
セーノさんの言う通り、結果はクリスさんの勝利だった。
審判が試合を開始した直後、クリスさんは僕の“勇者動体視力”ですら追いきれないほどの速度でホルトンさんの胴を一閃。
そのまま、ホルトンさんは場外へと吹き飛ばされてしまっていた。
「クリスさんも手加減してたぁ……!」
最初の模擬戦でクリスさんに勝ったことが、実はちょっとだけ嬉しかったのに。
そんな気持ちはボロボロと崩れ去り、後に残ったのは「嘘、僕って勇者なのに、弱すぎ?」という気持ちだけだった。
「あの子は上五位の癖に戦闘能力は上弐位並にありますから、仕方がありません。むしろ、“何でまだ五位にいるのか”を考えれば残念なくらいです」
セーノさんは仕方ないと言ってくれるけど、これは由々しき事態だよ。
僕の憧れる絵本の勇者はすっごく強い存在だったから。
せめて、行く行くは、クリスさんを守れるくらいにはなりたいなぁって考えてたのに……。
やっぱり、“僕なんか”――じゃなくて!
「……僕もたくさん訓練を頑張るよ!それで、強い勇者になるんだ!」
そう、むしろ燃えてきたって考えよう!
神様から貰った能力はすごく強いんだから、きっと大丈夫!僕はポジティブになる!
クリスさんとも約束したし、『僕なんか』は封印する!
「それでこそです!私も応援しますから、頑張りましょう!」
僕の無理やりな気合に、セーノさんも乗ってきてくれた。
やっぱり、セーノさんは頼りになるし、優しい――あ、そうだ。
とりあえずはセーノさんを守れるくらいになることを目標にして――
「あ、そろそろ出番なので。縁様は少しの間、ここでお待ちください」
「へ?出番?」
声に振り向けば、そこにはメイド服に“軽装の騎士鎧”を身に着けたセーノさんがいた。
いつの間に――じゃなくて、ま、まさか。
「私も“上弐位”として、縁様に無様な姿は見せられませんから。では、頑張ってきますね」
霞のように目の前から消えてしまったセーノさんをあ然としながら見送って、数分後。
舞台にはやっぱり、セーノさんが立っていて。
「あ、勝っちゃった……」
視線の先では、セーノさんが屈強そうな騎士さんを難なく一撃で倒していた。
なんか、黒い靄みたいなのが見えたけど……あれっていつも消えるときに出してるやつだよね。
うん、まぁ、なんていうか。
「はぁ……」
僕は暗い顔で舞台を見下ろし、誰にでもなく溜息をつくのであった。
次回から新ヒロイン登場です。
次のヒロインは……個人的に、ちょっと癖が強いかも!ですが。
生暖かく見守っていただければ幸いです。
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