11 決意
「えへへ、友達が出来たぁ」
話の方は難しくてよくわからなかったけど……。
クリスさんが友達になった、僕の頭はそれだけでいっぱいになっていた。
「あ、改めて言われると、なんだか恥ずかしいですね」
僕の言葉に暗闇の中でクリスさんが恥ずかしそうにモジモジと動き――って、そうだよ。
「そういえば、電気――じゃなかった、ランプついてなかったね。えぇと、どうやってつければいいんだろう?」
「あぁ、それなら私が」
そう言ってクリスさんはランプの側まで近づくと、土台となっている部分に手を当てた。
すると、前触れもなくランプが点灯して……え?
「ここのランプは“魔力式”なので、縁殿も魔力を通せばつけることができま――」
「あの、クリスさん?」
折角、クリスさんがランプの説明をしてくれているというのに、僕の頭にその説明は一切入ってこなかった。
何故なら、ランプに照らされたクリスさんの格好が、なんというか、すごいことになっていたからだ。
「なんでそんなに、薄着なの?」
「は?薄着――って、そうでした!こ、これはセーノが、セーノが悪くてですね!?決して私が痴女だとか、そういうことではなく!」
いつもの凛とした雰囲気はどこへやら、クリスさんは顔を真っ赤にしてアワアワとしていた。
そんな様子がなんだかおかしくて、笑顔でそれを見つめていると。
突然、クリスさんは何かに気づいたように表情をハッとさせ、僕に向かって申し訳なさそうに口を開いた。
「あの、ですね。この姿では外に出るわけにもいかず、そして先程からセーノがいる気配もないものでして。そこで相談なのですが、椅子と部屋の一角を貸していただきたく……」
部屋を借りるのが申し訳ないって話みたいだけど。
でも、そんなことをさせるわけにはいかないよね。
「その格好で、しかも椅子で寝るって寒いでしょ?もう暖炉も消しちゃってるから尚更だし。ほら、クリスさんこっち来て」
そう言いながら、僕はベッドの隣をポンポンと叩いた。
このベッドは広いし、2人で寝ても問題ないもんね。
「え、いや、それはいくらなんでも……」
「友達でしょ?遠慮なんていらないよ!むしろ、クリスさんが風邪をひいたらそっちの方が困っちゃうもん」
僕は動く気配のないクリスさんの所まで歩き、引っ張るように手を引いた。
それに対して、クリスさんはモゴモゴと何かを呟きながらも抵抗はせず。
「2人で寝ると暖かいねー」
「そ、そうですね。はぁはぁ……」
結局、僕達2人はベッドで仲良く寝ることになった。
こうして友達と寝るなんて、前世じゃ考えられなかったなぁ。
なんて、しみじみ考え事をしていると、クリスさんが寝返りを打ってこちらを向いて、
「さっきの話なのですが、縁殿はもっと自分に自信を持ってもいいと思います。経緯はどうあれ、今はこうして頑張っている。頑張るということは、それだけですごいことなのですよ?」
気付けば、僕はクリスさんに抱きしめられていた。
「さっきまで塞いでいた私が言えたことではないかもしれませんが、『僕なんか』という言葉は今度からやめましょう。私もやめますから、お揃いです」
そして、そのまま頭を撫でられて――自然と、お母さんのことを思い出してしまった。
お母さんも手術やリハビリを頑張った後には、よく頭を撫でてくれてたっけ……。
「縁殿を守れるように私も頑張ります。だから縁殿も、元気を、出して……」
いつの間にか頭を撫でる手は止まっていて、それを感じながら僕のまぶたも重たくなって――
「うぇぇええ!?な、なにがどうしてこんなことになってるんですかぁぁああ!?」
気づけば翌朝、僕達はセーノさんの大絶叫で起こされた。
そして、何やかんやがあって、数時間後。
「うぐぐぐ、嫁入り前、いや、しかし友達、で、でも“同衾”!わ、私はどうすれば……」
「ご、ごめんね。ドウキン?が何かはわからないけど、本当にごめんね……!」
僕の部屋では朝食と同時にクリスさんをなだめるという、よくわからない状況が繰り広げられていた。
何でこんなことになったのかというと、セーノさんがクリスさんに『縁様は男性』なんて今更なことを言ってしまったからなんだけど……。
どうやらクリスさんは、僕が“男”だってことを知らなかったみたいなんだよね。
それで、男の人が女の人と一緒に寝ることはあまりよくない?ってことらしくて、それからずーっとこの調子というか。
「てっきり床で凍えているかと思っていたのに、性別を教え忘れていたなんて不覚でしたぁ。でもまぁ、クリスは男所帯な騎士の中にいる癖に『男が嫌い』とか言っちゃうくらいに性根が乙女なダメダメ騎士ですからねぇ。そう考えると、これはむしろ良い薬でしょうかぁ?ふふふ、存分に苦しむといいですぅ、愉快愉快、愉快ですよぉ」
なんか、セーノさんまで変なテンションになっちゃってるし……。
「うーん、どうしよう……?」
そもそも何がダメだったのかすらも理解できてないから、なだめ方もよくわからない。
何も解決策が浮かばず、どうしたものかと頭を悩ませていると、
「わかりました」
突如、クリスさんが短い言葉と共に勢いよく立ち上がった。
なにがわかったんだろう?
疑問に思った僕がクリスさんを見れば、クリスさんも僕を見て、
「縁殿は可愛いから別です、別なんです!だから大丈夫!」
そんな信じられない言葉を叫びながら、何故かぎゅっと抱きついてきた。
え、僕って可愛いモノ枠に入れられてるの?
でも、変に言い返すとさっきみたいになっちゃうかもだし……うん。
テンションの上がったクリスさんに撫でまわされながら、僕は微妙な気持ちでそれを受け入れることにした。
こうして忙しい朝の時間は過ぎていき、それから更に1時間後。
僕は元気ハツラツになったクリスさんと共に訓練場までの道を2人で歩いていた。
「縁殿、今日も頑張りましょうね!」
「う、うん……」
さっきまで沈んでいたとは思えないほどの勢いに思わず頷きを返す。
しかし、僕の頭の中では未だに可愛いモノ枠に入れられた微妙な気持ちがモヤモヤと残っているというか。
でも、いつまでもこんな気持ちでいるわけにもいかないもんね……。
「何か楽しい話題を」と考えた時、ふと、脳裏に“魔法”という単語が浮かび上がった。
そうだ、どうせなら今聞いちゃおうかな。
「ねぇ、クリスさん。僕も魔法が使いたいんだけど、どうすればいいの?」
この世界に来て、魔法の存在を知ってからずーっと思っていた。
「僕も魔法が使いたい!できればカッコいい雷魔法とか使ってみたい!」と。
勉強が必要なら頑張るし、訓練が必要ならもっと頑張る。
そんな覚悟すら、僕にはあったんだけど――
「……一応、確認なのですが。縁殿は魔力の隠蔽なんてことは、してませんよね?」
「へ?なにそれ?」
魔力の隠蔽が何かわからず、クリスさんを見上げて――僕はびっくりした。
何故なら、いつの間にか僕を見下ろすクリスさんの瞳が赤色から紫色へと変わっていたからだ。
「クリスさん、目が……」
「あぁ、これは体質のようなモノなので心配いりません。今はそれよりも魔法のこと、ですが」
体質ってことは病気じゃないんだね、よかった。
僕はホッと胸をなで下ろし、ワクワクしながら言葉の続きを待つ。
けれど、クリスさんが告げた言葉は、僕が想像もしていなかった一言で――
「縁殿に魔法は、使えないと思います」
最初は言葉の意味が分からなかった。
けれど、続けられた言葉に、
「今、“視て”みたのですが縁殿には魔力がありません。私もそんな人は初めて見ましたが……魔力が無ければ魔法は使えないので、恐らく」
僕の心は天国から地獄へと、真っ逆さまに落ちていった。
「あ、あぁ……」
……きっと、魂が抜け落ちるって、こういう事なんだと思う。
僕はへなへなと膝を折り、地面に体を投げ出した。
なんで、なんで。
「どうして、魔法が使えない体になってるのさ!神様のケチぃぃいいー!」
ここではないどこかへと向かって、僕は大きな声で叫びをあげる。
もちろん意味なんてない。
でも、叫ばずにはいられなかった。
勇者って呼ばれるくらいだから光の剣とか雷魔法とか、とにかく格好いい魔法が使えると思ってたのに……裏切られた気分だよ、うぅ。
「ま、まぁ、縁殿には、ほら、アレがありますから」
「アレって……?」
言われてみれば、確かに何かあったような気がする。
魔法じゃなくて、特別な――
「えっと、昨日最後に使っていたあれです。『リバージョン』でしたか、聞いたことのない詠唱でしたが」
それだ!
僕は力をこめて立ち上がり、瞬時に気持ちを入れ替えた。
アレが魔法じゃないのなら、きっとアレこそが神様の言ってた“縁結び”由来の能力に違いない。
魔法とはちょっと違うけど、僕にもちゃんと特別な力があるんだ。
試しに足元の石を蹴飛ばして、昨日の感触を思い出しながら石に向けて使ってみることにした。
「リバージョン」
詠唱(?)を唱えてから、恐る恐る足元を見下ろす。
すると案の定、蹴飛ばしたはずの石が“蹴飛ばす前”と同じ状態でそこにあった。
「時間を戻す能力、でしょうか?凄まじいですね……」
クリスさんの言葉に、「うーん」と考え込む。
確かに、それならライルさんの怪我が治ったことにも説明がつくとは思う。
でも、それだと縁結びとは何も関係がないし……。
それに――
「あの時、捻挫だけじゃなく“足に付いてた細かい傷まで治った”のはどういうことなんだろう……?」
傷がつく前に足の時間を戻したって考えるのは、何か違う気がする。
治した傷には古い痕のようなものもあったし、そんな昔まで戻したら足の大きさ自体も変わっちゃうと思うんだよね。
状態だけ、なのかな?
「何はともあれ、それは強力な武器になります。いろいろと試してみましょうか」
「うん、頑張るよ!」
クリスさんの言葉に頷きを返し、僕は今日一日の訓練をリバージョンの勉強に使うことにした。
たくさんクリスさんにも手伝ってもらって、いっぱい練習して。
そうして分かったことは、
『リバージョンは物の位置や状態を戻すことはできるけど、時間そのものを戻すことはできず』
『範囲は3メートルくらいで再使用に10秒が必要』
『まとまっているモノを同時に戻すことはできるけど、別々の場所にあるモノを一斉には戻せない』
ということだった。
何というか微妙に使いづらいし、これのどこが縁結びと関係しているのかはちっともわからなかったけど……。
空が夕暮れになった頃に訓練は終わりとなり、僕は訓練場から部屋へと帰った。
「ふぅ……」
ご飯を済ませて、セーノさんも部屋から退室していった後、僕は溜め息をつきながらベッドに飛び込んだ。
特に体が疲れたわけでも、リバージョンを使いすぎてどうにかなったという訳でもない。
なのに、溜め息が出るのは……多分、心が疲れたせいなんだと思う。
歩くこと、頼られること、期待されること、剣を振ること。
この世界に来てから初めて経験する事はとっても多くて戸惑うことばかりだったから、仕方ないとは思うけど。
「でも、それは、僕が望んだことでもあるから」
だから、僕は頑張らなきゃいけない。
そうだ、こんなことで疲れている暇なんてないんだ。
「よいしょ」
ベッドから身を起こし、窓の側まで近づく。
そこから空を見上げてみれば、視線の先には星空が広がっていた。
死ぬ前に見た曇った空とは違う、満天の星空……。
僕は空から視線を外し、手のひらを見下ろす。
視界に映るそれは、もう弱々しい病人の手なんかじゃない。
神様の加護――前世には無かった力が、今の僕にはあるんだ。
「お母さん、お父さん。僕、頑張るから」
僕は前世に残してしまった両親を思い浮かべようとして……止めた。
今の僕には大事な使命と夢があるんだから。
……あまり悲しいことは考えないようにしない方が、いいかもだし。
「“本当の勇者”になる。そのためにも、明日から頑張るんだ」
体が冷える前にベッドへと戻り、毛布を被る。
訓練のおかげか、しばらくもしない内に眠気がやって来て。
――その日、僕は夢を見た。
それはあり得ない光景。
別世界も神様もなくて、病気が治った僕を両親が「頑張ったね」と褒めてくれる、そんな夢。
煙のように曖昧な、吹けば消えるような夢だったのに。
再び別世界で目覚めた僕が感じたのは、憧れの勇者になれた喜びでも、病気が治った嬉しさでもなくて。
心に穴が開いたような空虚さと、行き場のない悲しさだけだった――。
これで一つの区切りはつきましたが、まだまだ続くので今後とも応援していただければと思います。