第8話 CIERA《レインシエラ》~炎の魔法少女Ⅲ~
・前回登場した企業名など
PALEO~ペリオ。大型ショッピングモールを手掛ける企業。
EGIA~エージャ。ファッションブランド企業。
※上記二つの読み方は固有性高め
TYRAN~タイラン。トップ企業の代表的存在。
Reviere~レヴィエール。タイランに引けを取らないトップ企業の一角。
C-REX~シーレックス。タイランが手掛けるSNS。
See Rex「王を見よ」など、Cには様々な意味が。
「うわぁっと」
猊帝内に数あるショッピングモール『ペリオ』の中でも建物のモチーフを地球の古生代の生物アンモナイトにしたのは此処のみ。その店内にて少女が体勢を崩す。
少女はパンケーキを彷彿とさせる髪色に蜂蜜色の瞳をしていたが、目を引くのは右手よりも大きく、ヒトのものとは思えぬ程の白さを持つ左手だろう。
今にも倒れそうだった少女を傍らに居たサメパーカー姿の少女が支える。
「っと」
このモールは地球にあるとされる東京ドームを取り囲む程の敷地面積を誇り、建物の形状も三階建ての円形……中央吹き抜けの商業施設は今日も大盛況だった。
白い手の少女がよろめいたのは前方にスーツ姿の女性がいる事に駆け出し始めた途端気付いて無理に立ち止まろうとした結果だが……そんな状況にスーツ姿の女性が察する事は無く、その場をただ前進し通り過ぎて行くだけだった。
女性の髪は苔が多少焦げたものに近い色による前下がりボブカットで、瞳は抹茶のような深みと鮮やかさを兼ね備えた緑色。背は高く胸は程よいと言うには主張が大きいかも知れない。
女性が此処へ来る前、仲間達との間でこんな一幕があった。
「独りでやるって……正気ですかい!」
「確かに少人数で実行し、我々が残った方がいいのは事実だが……」
「カモミールティーのシナモンの量どうしま……あ、お取込み中なの」
この時の女性は言葉を発さず何もかもが上手く行くと言わんばかりの表情をしており、その自信に満ち溢れた顔はモール内を歩いている今のものとよく似ていた。
不敵な印象を放つまでに緩んだ口元をした表情もやがて収まり、女性の顔は強い意志を秘めているかの如く毅然となる。
そしてスーツ姿の女性――ルトヴィーサ・ゲルツゼートは店内の喧騒の中へと消えて行った。
◆
「あー! はるちゃん! 待って待って!」
「あれ……勝った?」
今は午後二時が近付いて来たくらいかな。昼食の腹ごなしに皆でゲームセンターコーナーまで来てて、クマ子とハルカが落ちものパズルの2Dゲーム筐体で対戦すると言ってからややしばらくして……クマ子の叫ぶ声が聞こえて来た。
「完全立体映像クレーンゲーム……この筐体までもが映像かぁ」
「投影されてる景品はこのエリアからショップにアクセスする事で実物を購入出来ますね」
彩雨さんが関心する横でミルフィーがそれを補足する。
ゲームの景品を購入するなら指定ゲーセン内からでしかアクセス出来ないショップに飛ぶ必要があるんだけど……製品としては低クオリティな上にかなり割高。
難易度は三つあって……イージーで景品を取ればその一品に限り一定時間半額、ハードだと無料、マニアだと無料になる上でゲームに挑める時間が延長される。
景品はゲーセン内で受け取れる場合が多くて、無ければ郵送……人気コンテンツとコラボした景品もよく見かけるし、たまにクオリティが凄い時がある。
そんな映像筐体の中を護衛の女の人が眺めてると思ってたら、
「クマさん。かわい――いえ、何でもありません」
甘いものに続き可愛いものにも目が無い疑惑が出たね。
今の服装は無個性な黒服だけどフリフリの服を着て大きなぬいぐるみを抱えるとかすれば……少し成人越えたくらいの年齢だろうと、この人なら絶対許される。
胸だってクマ子よりは大きいそこそこの膨らみだから、全体に程よい立体感が与えられて視線も可愛い服の方に注がれる事間違い無しだと思う。
アタシとメイも対戦ゲームしようと探した末……選んだのはモグラ叩きの一種に該当し、実物の筐体がある『ヤマタノ大作戦』。
等間隔横一列に並んだ八つある穴から出て来る蛇の頭部を玩具の剣でプレイヤーが実際に動いて叩き、蛇の動きはプログラムが制御。
蛇も剣もRPG感溢れるデザインで、蛇が飛び出す際に鱗と鱗の間が光るんだけど……その色によって叩いた時の得点が変わる。無点灯が1点、オレンジは2点、ピンクが5点、赤だと2点失う事に。
咄嗟に赤とピンクの判別を迫るゲーム性は色弱者配慮に欠けてはいるけど、両手を広げてもまるで足りない幅広筐体だから元々優しいゲーム設計してない。
中央にいたら、この刀身一メートル近くあるハンマー代わりの剣でも両端の蛇には全然届か無いんだよね。
諸々の規模を縮小した子供用版も近くにあるけど、こっちの大型筐体は二人プレイを想定してる……協力プレイも出来る中、対戦モードを選択。
「まなちゃん。そっち側行くよ」
「じゃあアタシは……ちょっとあっちの端行って来る」
忙し無く出ては引っ込む蛇に合わせて体を動かすから、夢中でやってるとプレイヤー同士の衝突事故が普通に起きる。相手を妨害したり赤い時に騙して叩かせたりする光景をよく見るゲームだけど、アタシとメイはフェアプレー。
一度叩けば次に飛び出るまで得点が入らなくなるから、そういう横取りくらいはするものの純粋なポイントの競い合いをしてるね……ちなみに難易度が最大だから蛇の動きと点灯の仕方は一番複雑。
地球の日本神話に登場する八岐大蛇からヒントを得たこのゲームを作ったのは彩雨さんの父親が会長を務める『レインシエラ』。このゲームだけでこの会社がどういうものを作る所なのかが結構判るね。
さっきのクレーンゲームみたいに全てをデジタルデータによるプログラムと映像で済ませる企業が主流の中、実際に手で触れるアナログ要素溢れる玩具を出してる彩雨さんの会社はなかなか貴重。
やろうと思えばレインシエラに敵対的買収仕掛けて会社乗っ取れる生徒がウチのクラスだけで何人もいる……そんな中堅企業だから四時半の重大発表は本当に社運かかってるんだよなぁ。
「うーん負けた。さっきピンクのを取られたのが痛かったなぁ」
「もう一戦やるー?」
メイの言葉にアタシは「やる」とだけ返し、更に対戦を続ける。
余りにも膨大で地球の全てが網羅されてるかに見えるアーカイブだけど、実物が一切無いデータ上だけの存在なわけで……どれもがテキスト、画像、動画の情報が充実してるとは限らない。
例えばこういうアナログ寄りなゲームは内部構造やその制御に関する情報が一切載って無かったりするから、アーカイブにある玩具は再現出来ないものも多い……完全に復元出来無くても動作さえ再現出来るなら、それでいい気もするけどね。
地球のアーカイブはネットに繋がってれば誰でもアクセス出来るんだけど、閲覧のみで編集が行えなくて何処に保存されてるのかが判って無い。情報源としては凄く理想的だけど……不気味と言えば不気味かな。
「同点だけど……」
「うん。狙ってやった」
だろうね、とアタシがメイに返す中、クマ子とハルカがクイズゲームしてた。
「この中から仲間外れを選択して下さい……Cかなぁ」
「選択肢にミスリルがある……地球からの問題じゃないの、珍しい」
地球のファンタジー作品に登場する金属『ミスリル』だけど、実際には存在しなかったらしい。
惑星ヴェリオンにはリチウムより軽くて鉄よりも頑丈な地球には存在しない淡い光沢を放つ銀白色の金属があり、『ミスリル』と名付けられたその金属で合金を作れば地球で開発されたという幾つもの合金の強度を上回りがちのものが出来る。
そんなミスリルはこの星の地殻で三番目に多く含まれる物質……リサイクル技術も効率的なものが確立済みで、ミスリルを使った合金も色々開発されてる。
こんな風に本格的なサイズとデザインの金属の剣もミスリルをメインに作れば小さな子供でも振り回せそうな重量になるんだし、玩具や遊具にも向いてそう。
そもそもミスリル合金は大型兵器とかにも散々使われてる大人気素材だから今更な考えだけどね、と思ってたら……彩雨さんが不安そうな声を出し始めた。
「もうすぐ十五時半……うぅ、一時間切ってしまう」
何とか気が紛れる事をさせたいね……例えば次々と発生するゾンビを銃で撃ち殺すガンシューティングやらせてゲーム内の方でパニックに陥ってもらうとか。
ゲーセンを出て次のお店を彩雨さんに考えさせる案もアリだけど……。
「さて、どうしようかな」
そう呟きながらアタシは左から三番目の穴から出て来たピンク色に点灯する蛇の頭を斬り掛かるように叩いた。
蛇が出る時と剣を当てた時に各自流れる蛇の咆哮とその音響具合がまた迫力あるんだよねー……難易度最大のBGMは特に壮大だし。
◆
レインシエラのロゴは『CIERA』と表記し、フォントは雨の印象を強く受ける専用のもの……それによりシルエットのみでもレインシエラと読ませるデザインが施されている。
色が使える場面では虹の模様が左上から右下に流れるようなカラーリングだが、ロゴをレリーフで入れる際はその製品の一色を使った単色が殆ど。
そんな企業が猊帝内にある、このショッピングモール――ペリオにて午後四時半から一階中央広場で発表イベントを行う。
午後六時には『エージャ』のファッションショーもあり、この建物のモチーフを横倒しアンモナイト化石にすると考案したのはエージャ所属のデザイナーである。
レインシエラの発表まで残り十分を切り、スタッフ達は準備に追われていた。
「こちらの機材、異常ありません!」
そう叫ぶスタッフにスーツ姿の女性――ルトヴィーサが近付き、不自然なまでに得意気な笑みを浮かべていた。
そこから更にルトヴィーサが一歩踏み出した瞬間、姿が著しく変わるのだが……それを具体的に説明する為、捏造ながら斯様な光景があったとしよう――
ルトヴィーサが丸いコンパクトミラーを取り出し、その蓋を開くと中にあったのは曲面を描くような形状にカットされ盛り上がった赤い宝石。
燃え盛るように真っ赤な宝石が程無く放った大量の光は忽ちルトヴィーサの全身を包んで赤を基調とする様々な色で目紛しく変化して行き、その傾向は次第に激しさを増して行った。
外観だけで判断するならば、宛らその変化する赤い光だけでルトヴィーサの全身が構成されているかのよう。
ルトヴィーサは齢三十に届かない長身の女性だが、それが今や随分と縮み、体型もそれに準じたものに。
何処からとも無く赤いリボンが寄って来てルトヴィーサの右脚に巻き付くと、その部分の光が弾け、現れた脚部分は爪先まで露わで……同様の事が残る左脚と両腕でも起こる。
次に胴体部分を覆う光が弾け、現れたのは純白の生地にリボン同等の赤を放つ色が所々に施された、フリル部分もあるスカート付きドレス。
スカートの丈と巻き付いている赤いリボンにより脚の露出度はかなり減り、少し前まで裸足だった部分にはドレスと同じ色と面積比の白と赤によるブーツまで。
低くなった背に対し胸は据え置きの為、その膨らみが自ずと主張される大きさでドレスは胸元のみならず両肩も出る形状だった。
未だ光状態の髪が急に持ち上がり伸び始めたかと思うと金色のリボンが飛来し、独りでに動く内に光る髪をポニーテールに結ぶ。
すると残る光部分までもが弾け、焦げた苔のような髪は赤寄りのピンク色となり髪が流れ落ちると背中の露出部分をやや覆い、腰まで到達する長さを見せた。
全ての光が無くなったからか、今まで閉じられていた目が徐に開き、その両の瞳が湛えるのは見事な金色――
最終的な全体像は事実に沿っているものの、ルトヴィーサ・ゲルツゼートが魔法少女然とした姿になるまでに要した時間は正に刹那……『変身バンク』と称される光景など実際には存在し無かった。
「あ、お嬢ちゃん。ダメだよここに入っちゃ」
故に捏造の件は既に終えており、変身を果たした魔法少女は注意して来たスタッフの横を通り過ぎ……一階の中心となる場所にて佇む。
余りにも堂々と直進して行ったので周囲のスタッフは唖然とし、他のスタッフが対処しようと動き始めた瞬間、魔法少女の全方位から突如として炎が巻き起こり、傍らまで来ていたスタッフを一瞬にして蒸発させた。
それ程の熱量を誇るであろう炎は見る見る規模を拡大して行き、中央吹き抜けのショッピングモールの内部全てを覆うのは直ぐだろう。
自分が何をしていて、それがどのような結果を招くか彼女が理解しているかは、今にも高笑いを始めそうな表情が示す通り。
「さぁ、何処までも燃えなさい!」
広がる炎の地獄絵図の中心でそう言い放つルトヴィーサの声色は変身前と何一つ変わっていなかった。
魔法少女が変身している最中に生じる隙だらけ時間と発光などの目立つ要素からなる問題を本作では「こんな変身バンクかもしれないけど実際はノータイムで変身している」で行く事にしましたが……如何でしたか?