第7話 皆でアンモナイト
「ごめーん! 遅刻したぁー!」
今日はショッピングモール『ペリオ』で午前十時に皆と待ち合わせ。二十分くらい遅れて到着したクマ子の服装はロゴ付きの黄色いTシャツに青系デニムの短パンとシンプルな装いだけどスニーカーの色使いが明るい系で結構目立つかも。
猊帝には弥の国の中でも最大規模のモールが複数あるけど、ここもその一角。
建物の外観が横倒しのアンモナイトの化石をモチーフにしてるから店内はまさに円形。デザインしたのはアパレル企業『エージャ』のデザイナーで今日の午後六時にはエージャのファッションショーがある。
その前の午後五時にパーソナルデバイスの新機種発表イベントもあって結構楽しみだけど……クマ子以外はもういたから、これで全員集合。
「みっちゃん……結構早かった」
そう呟くハルカはもっと遅れると思ってたんだね……そんなハルカの服装は如何にも安物ですって色合いの青さに染まったサメパーカー。
フードを被ればサメに頭を噛み付かれてるような見た目になるけど、ぬいぐるみみたいにデフォルメされたデザインのサメだからその牙のギザギザ感が可愛い……下は紺色ミニスカートに白スニーカー。
今日ここに集まったのはアタシとめいとクマ子とハルカと、更に――
「あと六時間……発表まであと六時間。あわわわ」
午後四時半に重大発表する『レインシエラ』の令嬢にしてクラスメイト――
彩雨陽子がその三つ編みハーフアップでココア色の髪を肩と声共々震わせていた。瞳の色はコーラルピンクだね。
服装自体には気合入って無いけど、上は単色ながら絶妙な色合いで力強さのある紫色の長袖フレアブラウス。
下はマキシ丈のプリーツスカートで、抽象画をそのままプリントしたようなデザインには様々な色がある中、白と金の部分が目立つ面積比。ブーツのデザイン自体はシンプルだけど、その赤味がある革靴は有名ブランドもの。
……本人は簡単コーデのつもりだろうけど、お洒落に決めてるなぁ。
彩雨さんの会社は企業力に不安があるものの玩具やアナログゲーム、サイコロやトランプと言った実体のある遊具を幅広く製造と販売してて、業種自体に競合相手が全然いない。
何処もデジタルゲームばかりで、トランプのカードやチェスとかの駒くらいならデータ引っ張って来て立体プリント出来るし、立体プリンター自体に色々な玩具などのデータが搭載されてたりする。
そんな中、より創意工夫のある子供から大人まで楽しめる玩具を創り続けてるのがレインシエラという会社。
今日はこのモール中央一階広場で海外のトップ企業が全世界大注目の発表をするというのに……その三十分前に同じ場所で『重大発表』をするとだけ告知した弱小気味の中堅企業でもある。
彩雨さんも何をやるかは知らされて無くて、こんな罰ゲームみたいな心境に晒された彼女を皆で緊張を紛らわせながらその時を見届けよう、と言い出したのはメイだった。
最近物騒なので彩雨さんには護衛が一人寄越されてて、その女の人が挨拶する。
「有事の時まではお邪魔にならないようにしています。お嬢様以外の命を守る事は今回の依頼に含まれてはおりませんので、ご理解頂けると幸いです」
「わざわざ他人を犠牲にしてまで責務を果たそうとしなければ、それでいいと思うよー」
そんな涼しい声を出したのはメイだけど……どうせメイにはモール内の監視カメラを活用して何人もの護衛があちこちに配備されてるんだろうね。
「じゃあまなちゃん。今日はこのカードの残高が空になるまで買い物頑張ってね」
メイから大金がチャージされてるであろう赤紫色で半透明のカードを渡される。
ノーブルを着色して四隅と各側面に丸みを持たせてるから手とかを切る心配は無いし強度はコランダム並みだからかなり丈夫。
世界的通貨『ゴールド』がある中、弥の国では地球の日本で流通してたJPYに合わせてヤ・ポイント・イェン――『円』が使われ、貨幣と紙幣が存在はするけど電子決済が主流過ぎて見た事無いなぁ。
乱暴な目安でいいならソフトドリンクが百円くらいって感じだね。
ぼんやりと周囲の客を眺め、どんなパーソナルデバイスが使われてるのか見る。
今回新機種を発表するのは『タイラン』だけど、競合企業の『レヴィエール』のユーザーもやっぱり普及してる方。
音声、画像、平面動画、立体動画……それらを文章付きで投稿出来る総合SNS最大手『シーレックス』を提供するタイランは徹底して無駄を省き、機能性を追求する合理主義路線。
デバイスのデザインもシンプルな形状で、投影する画面の大きさと鮮明さは別売りのワークデスクやシステムが導入されたエリアで拡張される事を前提にし、携帯中は平面画面が使われる事を想定してる。
一方レヴィエールは機能よりも幻想的なデザインの実現に重きを置き、ユーザーの周囲に小人サイズの女性が羽を生やしてる姿で有名な『フェアリー』を投影し、それを着飾らせる為のアバターを販売。
フェアリーの投影精度は周囲の設備に依存するけど、ここみたいに大規模な施設なら大抵は支援設備があるから、ユーザーから数メートル離れる事も可能……それでいてパーソナルデバイスの技術力自体はタイランと負けず劣らず。
猊帝なら両規格のシステムに対応した設備がほぼ全域にあるから好みで選んでもいいけど、他の国だとそうは行かないだろうなぁ……。
「お姉ちゃん。こんにちわ」
早速、フェアリーのマスターっぽい幼女から挨拶される。ユーザーでもいいけどマスターって自分用のAIを獲得した人間に対してよく使う言葉だし。
母親に手を引かれてるけど、その膨らみのあるフェアリーで胸元全開の服はどっちの意志で購入したのかな……とりあえず手を振ると、すぐに親子は去ってった。
レヴィエール発祥の国はひと昔前まで人口が他の国に比べてかなり少なく、性欲を刺激する商業コンテンツに対して寛容な姿勢が今も続いてるからレヴィエールのパーソナルデバイスに対応するゲームはそういう審査が素通り同然。
それを知らずに子供に可愛い人形を買い与えるつもりで選ぶと大事故だけど機能制限やゾーニングの設定周りも充実してるから親御さんのペアレンタルコントロール技能が試される機種。
レヴィエールのデバイス持ち込み自体を校則で禁じてる所もあるけど、メリウスでは特に規制が無く、うちのクラスだけでもユーザーが結構いるし、隣にいる彩雨さんも女性神官に見事な両翼を生やしたようなフェアリーを表示させてる。
と言うかレヴィエールだとフェアリーとGUIの投影がセットだから、デバイス使用時は出さないといけないって仕様があるんだよね。
フェアリーは立体映像として動くだけじゃなくAIも搭載してるから会話も出来る……そんなパートナー感が味わえるのが特長かな。
「とりあえず、この店で可愛い服探すとかどう?」
指を差しながらアタシが提案したら、女子六人でアパレルショップに入る事に。
護衛の人は大人だけどクールな顔立ちとすらりと伸びた長身が格好いい……今はSPがよく着る黒服だけど、着飾れば女子高生の群れに交じってても違和感無さそうなくらい可愛い雰囲気が見え隠れしてる。
服装といえばメイは所々にフリルを施した白いワンピース及び赤い頭巾に赤い靴と地球で有名な童話の赤ずきんルック……靴は高品質の黒系タクティカルブーツを安物の赤い塗料でコーティング。
庶民的な装いだしフードを被れば無暗に顔を晒さずに済むからメイには都合がいいって事だね……身を潜めたいのに何で目立つ赤い服装なのかは解らないとして。
タクティカルブーツはアタシも履いてて、元の色のままだけどメイとお揃い。
所々にピンクの花がある白のニーハイに、上の服がポンチョだから全然見えないと思うけどフリフリ四段でミニ丈のティアードスカートも履いてる。
そんなポンチョは薄ピンクのアザレアの花を人間が着れるサイズまで大きくしてその中央部に頭を通す為の穴が開いてる。ちなみに髪型は今日もツインテール。
そんな恰好で皆とぞろぞろ店内を散策してると、不意にクマ子が立ち止まる。
「おぉっと。この辺、あからさまに床の色が違う……」
「この店にある特殊エリアですね。何も知らない人には成人コーナーだって気付かない……ちょっと漁りますか」
「下着の他にも可愛い服作ってるメーカーやデザイナーさんを漁れる場所でもあるんだよねー……会員がこのエリア内で買えば割引きしてくれるし」
彩雨さんに続きアタシもそう発言しながらパーソナルデバイスを開く。
一見すると床の色が違うだけで何も無くて程々広い空間があるだけのエリア。
ここでお店の人に頼めばワンレンズ眼鏡みたいな形状のAR機器を渡され、視界内にその手の方向性のデザインの下着などが立体描画されるとの事。そうする事で外部からは視えないようにプライベートな商品展示を実現してる感じだね。
拡張現実とも言うARは例えば実際にあるマネキンの上にその場には無い商品を投影……つまり現実世界の一部に仮想的な存在を加える事で、現実を拡張する。
そんな技術をこのエリアでは専用の機器を着けたお客だけに年齢制限要素のある服の展示を見せるというゾーニングの形で活用……映像データを切り替えれば狭い一画に用意した分だけの服を表示させる事が出来るのも強みだね。
アタシと彩雨さんはパーソナルデバイスから空中投影した平面ウィンドウでこの限定エリアで販売されてる服の情報を閲覧が出来れば充分だから、眼鏡のお世話になる事は無いけど。
このエリアを通して購入する事が割引き条件だからデザイナーさんの名前さえ判ればあとはサイトに飛んで漁るだけ……会員登録なら株主優待経由でしてあるし。
「こういうお店で買い物してるって通知が両親に行くようには出来てるけど……まなちゃんのおうちだと意味無いね」
「会員登録の額……聞いた時は私たちじゃ無理なのわかったけど」
クマ子とハルカがそう言ったけど……退屈させちゃってるなぁ。
「掘り出し物探しは地道な作業だよ。とりあえず店全体を軽く見て回って待ってようか」
そんなメイの発言から四十分後。アタシと彩雨さんは充分な成果を得た。
「あのワイルドな服は買いだったね。あんな露出とかが際どいエプロンを考える人があそこまで格好いいデザインが出来るなんてなぁ……」
「ミルフィーにも可愛い服を買ってあげられた」
ミルフィーは彩雨さんのフェアリーの名前で、服が早速買ったものに。
この手のコーナーで販売されてるフェアリーのアバターは卑猥ながらも可愛いのが多くて、大抵は露出を抑えた全年齢版に切り替えられるし、この店限定の服とかあるからフェアリーのマスターなら漁る価値あるんだよね。
ミルフィーに買ったのは一国の王女が着るような豪華な装飾が施されたドレス。
……それがそういう事されて布面積が損なわれて行く様が十六段階も用意されてるわけで、間違って選択しないよう既に一段階目以外は封印にしてる。
限定エリアでの買い物が終わったから、これで皆と買い物が楽しめるけど……こうして見ると彩雨さんってハルカより少し背が低いくらいなんだなぁ。
「わ、この水着欲しい……でも値段」
「今日はメイから貰ったお金あるしハルカが着てる所、アタシ見たい」
相変わらず自信無さ気な口調のハルカの目の前にあるのは実際に展示されてるもの。ビキニは布面積少ないのに、こんなにデザイン出来るものなんだなぁ。
「おー、最近よく見かける帽子がある……しかも色が違うヤツ!」
「ふーん。結構可愛いニーソックスあるじゃん」
値段もリーズナブルなお洒落な帽子に感動するクマ子を他所に、手に取ったニーソの感想を述べるメイ……アタシはシンプルなTシャツでも探すかな。
そんな中、すぐに周囲の警戒に戻ったけど護衛の人の目が一瞬だけ何かに奪われてた。視線の先にあったのは上品で優雅な雰囲気が漂うシックな色合いのワンピース……きっと似合うだろうなぁ。
ショッピングも落ち着き、買った服は各自宅に配達されるようになってるから、全員が手ぶらで店を出ると午後一時が迫ってる……そろそろお昼にしたいね。
「うわぁっと」
「っと」
気の向くまま早足になるクマ子が前方にスーツ姿の人物がいるのに気付いて咄嗟に方向転換しようとしたら失敗……体勢を崩し掛けたクマ子をハルカが支える。
通行人は一目で仕事がデキる大人の女性ってオーラを放ちながら、アタシたちを気に留める事無く去って行ったけど……肩に届かない前下がりボブの髪は苔が少し焦げたような深みのある色で、その鋭い目付きと抹茶のようにキレのある緑色の瞳はひと目見ただけで印象的だった。
昼食を摂る事が決まりファーストフードとスイーツどっちにするか迷う中、タコスとクレープのお店が隣り合ってて食事スペースを共有してたので、そこに決定。
「サイコロステーキたっぷりのタコスとあっさりフルーツのクレープにしよ」
「はるちゃんがタコス頼んで、あたしが甘いの頼んで分け合う……これだ!」
「おーけー……何頼もうかな」
簡単に決め過ぎたかなと思ってたらクマ子とハルカは決まったようで決まって無いね、これ……。
「焼き鳥タコスとタコス・アラベス。クレープはまなちゃんと同じの」
「シーフードカレータコスに……コーヒーゼリー入りクレープで」
メイと彩雨さんは着々と決まり、クマ子とハルカもあれから意見がまとまって来てる……だからアタシは周囲を警戒してるクールな女性に、
「貴方は決まりましたか?」
そう呼び掛けると護衛の人は面喰らった表情をしてから元の顔に戻って遠慮気味な声を出した。
「いえ、私は……」
「レドラ何だからしっかり食べた方がいいよ。まなちゃんに渡したお金が全然減って無いから今なら好きなもの、食べれるよ」
メイの発言に彩雨さんが今にも首を傾げそうな表情になる。
「あれ? この人がレドラという事、話しましたっけ?」
「結構有名だよ。レドラのような物騒な輩を傍に置きたく無いクライアントにもこの人のレドラなら選ばれ易い。しかも今の所、その手の汚れ仕事歴無し……個人でやってるのに大したもんだよ」
淡々と述べるメイの声は無感情過ぎて、女の人もどう受け取っていいのか分からない様子……とりあえずアタシはダメ押しでもしとくかな。
「お仕事を頑張る貴方に、ちょっとしたご褒美……そんな時間があってもいいじゃないですか。女の子同士でわいわい食べるのって、楽しいですよ?」
こんなに綺麗な人がレドラなんだよなぁ……いずれ人間の部分が無くなって行くけど今はそれを全然感じない……だったら女の子出来る内に女の子した方がいい。
言葉を発さぬまま悩む表情を見せ続けた女の人の顔が少しほぐれると、
「ではお言葉に甘えまして……」
聞き取れるか怪しい小さな声で呟いて、さっきまで張り詰めた顔だったけど――
「濃厚チョコデコレーションクレープが……食べたいです。タコス・アラベスも」
険しさを残しながらも大分柔らかい表情に。声は何だか安心した感じかな。
やがて運ばれて来たタコスとクレープ。タコス・アラベスは豚肉が味付けされたものって乱暴な説明が出来なくも無い。
見るからに甘ったるそうなチョコクレープを頬張る女の人は周囲の警戒を怠らない中で、味わってる時だけは別人かと思えるくらい顔がトロけて幸せそうな表情。
甘い食べ物が好きなんだなぁ……そう思いながらアタシはふとパーソナルデバイスの時刻を眺める。
「もうすぐ一時半かぁ……」
漠然とした声でアタシは呟いて、頼んだタコスを頬ばっては皆の表情が織り成す光景をぼんやりと眺めていた。




