第6話 今日は穏やかに非ず~炎の魔法少女Ⅱ~
「いやー、少し前に発売したレーザー銃の新モデルがタイムセールだ何て……ついつい買っちゃったよ!」
昼休みの教室で食事を摂ろうと思ってたら女子生徒の一人がそんな発言してた。
食べるのは市販のジュースにおにぎりとジャンクなチョイス……おにぎりは寝る前にアタシが作った具材たっぷりの炒飯。
学食は自販機で注文して厨房で自動調理されたものを生徒が受け取るんだけど、名門校に採用されるだけあってレベル高い……アタシが作るより絶対美味しいよ。
なのにメイはこうしてアタシの作ったおにぎりやサンドイッチを食べたがる……何でか聞いてみた事あるけど、こう言われた。
「たまに舌のハードルを下げておくと美味しいものを食べた時の有難さが上がるんだよねー」
クマ子とハルカも交えてファーストフード店とか結構行くんだよなぁ……庶民的な過ごし方に何かを見出してるのかな。
放課後になって武装ヘリが屋上で待機してる事をメイが確認。帰る前に少しだけでもクマ子とハルカとお喋りしようと思ってたら、
「まなちゃん、メイちゃん……ごめん。クラスのお嬢様に護衛みたいな事してって雇われちゃった……もう行かなきゃ」
おずおずと手を合わせてそう発言した両肩おさげの女の子の銀髪は陰影が出来そうな箇所に強い青味が出がちなのが特徴的……瞳の色は強く鮮やかなアメジスト。
そんなハルカこと遠音遥が宣言通り教室から去った後、クマ子こと千熊蜜子がぼんやり言った。
「こういう時アルマって便利だよねー……手元とかに武器を出現させられるから、手ぶらで出歩いてても安心」
「はるちゃんのアルマは何も考えずに使えるし、わたしのみたいに大きな弱点が無いのも強みだなぁ」
そう返すメイのアルマはあの大きな球体兵器が更にひと回り小さいのを複数呼び出し、その球体もより小さな球体を呼び出せる。
だから運用する球体の最大数と個々のエネルギー管理を考えると本当に頭が痛くなるアルマ。しかも呼び出した分だけ一番大きな球体である本体の性能が落ちる。
一応本体はロイヤル出力のレーザーが撃てるんだけど、それやったら本体は壊れる……そんな面倒くさい仕様だから、メイは自分のアルマをなかなか使わない。
そういえばアタシって能力無しだよね……自分が無能力者である事を思い出したアタシは不意にこう呟く。
「持つ者と持たざる者、かぁ」
そう口にしてしまったからか思考内容が一気に変化……身長から行ってみよう。
ハルカを含めたアタシたち四人の中で一番背が高いのはメイで、次にアタシ……その差は結構あるけどアタシも背はそこそこ高い方。
ハルカは普通より気持ち高めだけど三番目になるね。一番低いクマ子は小柄……胸の方も平らって程では無いけど盛り上がりに欠けるのが実情。
そっちの方はハルカがなかなか大きくてメイの方が大きいけど、アタシとメイは膨らみによる絶対値的な容量で言えばほぼ完全に同じだから、体の比率的にはアタシが一番大きい事に……?
そんな事を考えもしてたけど、今は武装ヘリの中で帰宅中。
SNSでは動画付きの書き込みが話題。開いてみたら、そこにはこないだアタシとメイが誘拐され掛けた時に出現した足がいっぱいの大型レドロの姿があった。
その地上型レドロは胴体が二つに分かれ、配分は頭部側の方が結構少ない。
そんな前方部分から三対、後方部分から三対……合計十二本生えた短めの脚は獣のような形状で、各指先には黒く鋭い鉤爪が。体毛の類は一切無しだねこれは。
全体的に剥き出し状態の皮膚は赤味のある虎から黒部分を取り除いたような色で前方に複数ある緑色の単眼は乱雑に分布。一際大きな赤色の目が幾つかあり額部分の目が赤だけど、そういえばあの時ってここからビーム撃ってたなぁ。
動画を見てると突然、大型レドロ前方部分の片側に黒い稲妻のようなものが直撃して爆発と共に脚三本が吹き飛んだ。
これで動きが鈍ってその後は駆け付けたレドロ討伐部隊による総攻撃を一身に浴びて撃退される事になってたけど……動画時間を黒い稲妻の場面に戻す。
まだ夕刻ですらない時に撮られた動画だから黒い色は目立つね。
大蛇のような太さと曲がり具合を見せる黒い雷の中に鮮やかな赤や青などが散見され、緑も紫もあるし、この様子だともっと長い時間黒い稲妻が発生してれば全ての色相が現れてたのかも。
そう思ってたら何だか黒い宝石を眺めてる気分にもなるなぁ……。
無事メイの屋敷に着き、晩御飯になるとお抱えシェフにより地球で言うフレンチのフルコースが振る舞われた。
広々とした食卓にアタシとメイと数合わせのメイドさんが囲み、誰も無理に盛り上げようとしない中、食器の音が無機質に響いて……何気に寂寥感ヤバイなぁ。
◆
今朝は銘璃磑総合大学附属高等学校の校門前でレーザー銃のタイムセールのビラを配る女子生徒の姿が見られ、ニュース記事にはなったもののメリウスでは特段珍しい光景では無かったからか然程大きくは取り上げられず。
尤も、特集規模になったとして、この男性なら露程の関心を示すだけで終わっただろう……警察官である男性は夜中の猊帝区内にて大捕物の最中だった。
「追い詰めたぜ。マギアだか何だか知らねぇが……」
男性は六輪装甲車に乗っており、後方コンテナ部分には地対空ミサイルが搭載。
周囲には地対空兵器を装備したアヌビス社製の全長二メートル強の人型ロボットが六体……男性の部下が遠隔操作し、一帯の管理AIから戦闘支援を受けている。
そんな部隊の獲物は頭上にいる一人の少女。赤寄りピンクのポニーテールは腰近くまであり、白を基調としたスカート付きドレスには深紅の色が縁取りなどで割り当てられ、手と足の所々にはその色のリボンが巻かれ、少女の瞳は両目共に金色。
部隊の指揮を務める先程の男性の言葉が荒々しく続いた。
「所詮は生身の人間だ! 科学兵器の前に散れ! 攻撃開始だ!」
それを合図に人型ロボット達が抱えていた機関砲が上空の少女に向け一斉砲火。
夥しく群がる弾丸に対し少女が手の平を突き出すと、金属の実弾達は突如発生した炎に飲み込まれ、蒸発。怯まず行われた次なる一斉放火に紛れて男性の装甲車から一発のミサイルが発射される。
少女は第二波をまたも炎で蒸発させるが直後に先程のミサイルが現れ、少女の目の前で独りでに爆発。巻き起こった爆風が思いの外大きかったのか少女は若干体勢を崩し、そこへ遅れて撃たれていた二発目のミサイルが少女の背後を直撃。
その隙を待ち構えていたかのようにアヌビス社のロボット達はフェンリール社製の機関砲を一斉に放ち、全ての弾丸が少女の体に命中し続ける。
少女の体は今や至る所が穿たれた胴体部分が僅かに残るだけで、程無く高空から地面へと落下した事により更なる変形と出血を遂げた。
「意外とあっけ無かったな。もっと俺のアルマの力を見せ付けてやりたかったんだが……嬉しい誤算ってヤツだぜ」
アルマとは兵器を呼び出す能力で、男性が乗る地対空ミサイル搭載の六輪装甲車も男性が作戦前に呼び出していたアルマである。
アルマの中には使用者の意志通りに動かせるものがあり、男性のアルマのミサイル部分は自らが視認していれば、その軌道と速度をかなりの自由度で操る事が出来それはこうしてモニター越しに見ていても適用され、任意での起爆も可能。
装甲車部分に関しては自動車同様の運転が必要で、コンテナ部分から発射されたミサイルのみが操作対象となる。
渦中の少女は高校生かも怪しい幼い外見。そんな少女が何故このような目に遭わなければならないのか……少なくとも先日ノワルの隔壁に穴を開けテロリスト達を連れ出したのがこの少女という事実はあった。
「ま、まだまだガキだったって事か」
そう呟く男性のアルマは他のアルマ同様、ある程度損傷を受けると修復が進むまで再び出す事が出来なくなり、装甲車全体がアルマの為、その条件は多少の攻撃を受けるだけで容易く満たされる……地対空ミサイル部分に損傷がある必要は無い。
乗用車としての機構とミサイルなどをモニターするシステム。それら全てを備えた状態で生成されるアルマ故に一度損傷を受ければ、その複雑な構造を修復するまでの時間が長引き、アルマが著しい損壊を受けた場合、修復時間は更に肥大。
この男性のアルマが大破した場合、再び呼び出せる状態まで修復するのに百時間以上は見積もる必要がある。
今回のように損傷が無ければ解除した直後に出せるのだが……さて男性は装甲車に搭載されたカメラが映し出す光景を望遠モードで眺めていた。
そこに在るのは先程無残な姿となった少女。上からは回収を命じられているそれは自らが作り出した血溜まりの上に横たわり、少し前に吹き飛ばされた四肢をしっかりと生やしていた。
そんな少女が頭部が無いまま動き出し、血溜まりに手を突いて起き上がる。直立してから一歩踏み出す際に立てた血を撥ねる音は手を突いた時よりも大きかった。
男性が眺めているモニターに映るのは随所で血糊が不自然に途切れた最初と同じ形状のドレスを纏う、首無し少女の姿――
我が目を疑い、思わずモニターから目を逸らして再び画面を見た男性の目に飛び込んで来たのは頭部があり赤に近いピンク色の長い髪を伸ばした少女の顔だった。
髪は下ろされていたのだが、たった今ポニーテールになり、手足にあったリボンも元通りである。
少女が穴だらけの胴体状態で落下して更に損壊した頃から観察していれば、胴体部分が服ごと修復され手足が生えて起き上がった後、頭部が生えた事が判るが……その事実に男性が勘付く頃、周囲には炎が巻き起こり、アヌビス社のロボット達を呑み込んでいた。
「……不死身かよ」
男性がそう呟いたのは新たに発生した炎に包まれ自らのアルマである装甲車ごと全身が蒸発し切る、ほんの数秒前の事だった。