第23話 DREA~夢を乗せる少女~
「ジェイナ女学園の生徒会長にリヴァイアサンの御令嬢が就任したのは知ってたけど……まさか我が社にお越し頂けるだ何て」
「留守番の子も連れて来れば生徒会総出でした」
猊帝からやや離れた場所のビル一室に事務所を構えるブリリアント・エクスペリエンス・コーポレーション――ベック社内にて。
月海咲朔夜、紙通湯雨、美幌風海香そして社長の四名が事務所の一画に集まる中、月海咲朔夜が落ち着いた口調で更に発言した。
「ジェット機の使い所と思ったけど……列車と待機させたヘリとの連携でも比較的短い時間で来れるものですね」
周囲ではベック社の従業員達が静かに仕事をこなしているが……その人数の少なさから、ここがベンチャー企業のオフィスである事を再認識出来る。
「確かに実際にお会いしたい気持ちはありましたが……流石です、会長」
紙通湯雨が月海咲朔夜の財力と行動力に感嘆する声は静かなもの。
因みにこの場面に於いて美幌風海香の発言は一度も無かったが……一連の会話を記録する役割はしっかりとこなしていた。
「質問内容を事前に頂けたのは助かります。ジェイナ女学園ならばフルダイブ行為への抵抗が少ないという目論見はありましたが……それでも、こんなに懸念要素があったんですね。まだまだ見通しが甘かったです」
ベック社の社長は若い女性……彼女がメリウスで立ち上げた企業を卒業後、より本格的に運営し始め今日に至る。
「一辺四十キロメートルのデータ空間の処理を今時、現実世界の二十五倍しか出せないベンチャー企業はどうなのかと懸念する声は目立ってましたね」
「生徒達に理解出来る内容となるよう情報を取捨選択したのですが……裏目に出たようですね」
紙通湯雨の言葉に対し赤肉メロンの中でも赤味が目立つもののような色合いの髪を長く伸ばした女性は残念そうな声色でそう言った。
「とは言え、貴方の会社の虎の子サーバーのスペックを全て晒すわけにもいかないのがこの話の難しい所……聞けるだけの事だけでも教えてもらいましょうか」
そうして月海咲朔夜たちはベック社の社長とやり取りをし……やがて。
「なるほど。少なくとも五十倍は余裕だけど無理の無い安定した稼働を続け、現実世界の異状に対応出来る余地を大いに残した上での二十五倍でしたか」
月海咲朔夜はベック社側が返答に困らない内容の範囲で専門的な質問を続け……こうして必要な情報に辿り着く事が出来た様子だったが更に言う。
「となるとアヌビス社のスカラベシリーズの……このバージョン辺りかな」
「そうですね。それ以上のスペックはあるという情報なら出せます」
答える前、ベック社の社長はその青味の乗った青肉メロンのような色の瞳を少しだけ丸めていた。此方側のサーバーの情報を出さずに済んだ事にでは無く今の情報で即座に大体のスペックに辿り着いた月海咲朔夜に対する関心と驚きによって。
弥の国にある管理AIを搭載した物理的なサーバー自体は大手企業……即ちフェンリールとアヌビスの二社のどちらかが製造したものが使われており、管理AIは上位の管理AIがプログラミングしたもの。
例え管理AIと同等スペックのものを民間企業がプログラミングしても弥の国ならばその区域の管理AIの支配下に置かれるだけだが、AI開発技術は弥の国だけのものでは無い為、機密情報の多い企業は独自のAIを開発しスタンドアローンのシステムを構築している場合も。
しかし弥の国の管理AIは余程の大手企業では無いと実現出来ない水準のセキュリティを有する為、利用料を支払い管理AIに自社のシステムの防衛を任せる場合も目立ち、それが弥の国の収益にもなっている。
月海咲朔夜の質問が続く中、紙通湯雨は社長の人柄を探るような質問を投げ掛け若い女性が自分の企業運営を頑張っているだけだという感想が最後まで崩れる事は無く、美幌風海香は終始、彼女の有り余る胸の膨らみに圧倒されるだけだった。
「これだけ情報を頂ければ生徒たちへの説明会は存分に出来ます。本日はありがとうございました」
「こちらこそ。本当に学ばせてもらいました……感謝しかありません」
月海咲朔夜の締め括りの言葉に対しベック社の社長――フィオナ・メロイドがそう返す中、紙通湯雨が緊張感を解いた声で言う。
「それにしてもドリーのキャラデザ……すごく凝ってますねー」
その質問が嬉しかったのかフィオナは何処か懐かしい様子でこう返した。
「ドリーは学生時代のクラスメイトが描いた子なの。彼女には納得が行かない所があったのか名前も付けずに私に譲って来たんだけど……まさか本当に商業利用する事になる何てなぁ」
フィオナの脳裏には自身の髪と目の色を逆転させれば同じ色になるのではと思える程よく似た髪色と瞳を持つショートヘア気味の少女の姿が浮かんでいた。
胸と背丈はフィオナと大差が無いそのクラスメイトの情報よりも、ドリーと名を与えられた少女型AIのアバター外見に触れよう。
ドリーはシンプルなようで高い独自性と複雑さを備えた造形及び服装。RPGやアクションなどのゲームに登場したならば「これは魔法を使って来そうだ」という印象を強く受ける見込みも。
様々な色によりグラデーションを為す、それぞれが異なる色彩を放つ長い髪と瞳は幻想的な雰囲気を帯び、メタリックな服は至る所で一目では数え切れぬ程の色が分布し、服部分の色全てを並べれば色相環上から等間隔に選ばれたものだと判る。
十通り塗られたマニキュアは色だけで無くグラデーションの掛かり方さえ幾つもあり、それらを下地に各々が異なるデザインを有するが爪自体の長さは並程度。
以上のように随所でデザイナーの力量が揮われ、少ない色数では味わえない色彩を放つドリーだが……ここまで全体の色の情報量が多いと、何の色がメインでどのようなコンセプトがあるのかを予想する事が最早出来なくなる。
統一感やテーマ性という方向での評価は見込めず、奇抜な色合いではあるが個性を確立したとは言え無い。生みの親がこのキャラの全権を投げ捨てるように友人に譲渡してしまったのは、そんな側面に勘付いていたからだろうか。
「あげる。好きに使って」
そんな友人の言葉と淡々とした表情がフィオナの中では未だに色褪せていない。
「お互い立派になったら一緒に仕事しようって口約束はあるんだけど……何処まで本気だったのか今でも分からなくて」
哀愁を漂わせながら発言するフィオナを紙通湯雨がただ眺めてから暫くが経ち、
「ではまた何かありましたら連絡します。本日はありがとうございました」
程よく余韻に浸った頃合いを見計らった上で月海咲朔夜がそう告げる。
生徒会役員三名が去った頃にはフィオナの事務所は普段の光景を取り戻して行くのだが……そんな中、不意にフィオナが呟く。
「ユイ。どうしてるかなぁ……」
その発声は今フィオナが飲んでいるブレンドコーヒーの湯気と共に消えそうな程微かなものだった。
◆
銀髪と言うには孔雀緑の陰影が目を引く長い髪の女性。そんな彼女が道端を歩いていると、こんな光景に遭遇した。
「す、すいません! 怪我はありませんか!」
「少々派手な衝突でしたが……これは問題ありませんね」
二人の男女が先程、向かい合わせで衝突……その際は多少の音が起きていた。
両者の瞳の色は濃淡の違いはあるもののセルリアンブルーで、謝罪している女性は銀髪のロングヘア。軽傷すら負わなかった男性は金髪で、コームオーバーだが崩れ気味といった様子。
「いい天気だからって、何だか受かれていました……申し訳ありません」
「いえいえ。私も少々前方不注意でした……きっと日差しに気を取られたのでしょう」
そんな何気ない会話が孔雀緑陰影の髪の女性から少し離れた場所で繰り広げられ幾らか暗いシアンの瞳に映っていたのだが……この出来事が女性の記憶に残ったのか疑わしい程、余りに茫とした視線を浮かべていた。
その後、衝突した男女はそれぞれ歩みを再開し、孔雀陰影銀髪の女性は既にその場から立ち去っていた。
◆
「それじゃ出発しよっか。みおちゃん」
「うん」
ジェイナ女学園修学旅行エリア内での三日目の朝。
月海咲朔夜と美幌風海香は旅館の部屋でそんな言葉を交わしていた。
「紅葉に鹿……見れたらいいね」
そうぼんやりと口に出した月海咲朔夜だが、この日の季節設定は秋。
山道に該当する場所は幾つかある為、そこに鹿が発生していれば望んだ光景を目の当たりにする見込みはあるように思える中、二人は揃って出発。
別の班ではあるが同じく三日目のエリア中央で広がる琵琶湖を再現した湖にて。
「やっぱり、イネニ神社に行くの今日にしようかなー……」
「キンモンジに行くのも今日じゃなくて昨日にしたよね」
「見事な金色だった……まぁでもこうしてボート漕ぎながらぼんやり考え事するのもいいよねー」
「あっちの子は何だか真剣だけどね……あと何だかサマになってる」
湖の上でボートを漕ぐ二人組の女子生徒の一人が、湖の中央辺りで独りボートに乗った女子生徒へと目を向ける。
その少女が両手を組んで瞳を閉じ俯いたたままになってから、このエリア内に於いてかなりの時間が経っていた。
ロドキア様。貴方に祈りを捧げます……ロドキア様。
それ以外の雑念は無く、首からロドキア教のシンボルプレートを下げたその女子生徒は祈りを続け……長らく閉じられていた瞳が徐に開き、オールへと手を伸ばし始めた次の瞬間――
女子生徒の視界にノイズが走り、電子的な異音と共にその激しさと量が加速度的に増加する様が広がって行った。
フルダイブ機器はモーフィアス号内のサーバーに搭載されたAI――ドリーにより制御されているのだが、修学旅行エリア内を処理する際の信号波が大幅に乱れた事が先の光景を生み出した原因。
動作不良と思しき事態だが、現在モーフィアス号のサーバーは過剰に熱せられた状態……程無く起きた爆発で全ての機能を失った。
サーバー自体の整備や設計に問題があったわけでは一切無く、今回の加熱は外部要素に因るものの為、事故という言葉は該当し無い。
先の女子生徒のVRルームでの体部分を見れば、横たわる台ごと入った斜め方向の軌道により上腕から胴体部分を経て反対側の前腕まで切断されてい行った為……この少女の体は六つに分かれる事になる。
そんな具合で、現在のVRルームでは頭部から直線同然に斬られて真っ二つとなる生徒がいてもおかしくない光景が繰り広げられていた。




