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魔法少女は暴かない  作者: 竜世界
Occasion Ⅱ『魔法少女は暴れない』
22/25

第22話 モーフィアス号にてⅡ~今宵は特に何事も無し~

 温泉に入るのって生まれて初めてだけど、知ってるお風呂とは段違いの感触……本物もこんな感じなのかなぁ。


 修学旅行エリア時間内に()いて二日目の夜。


 西季(にしき)実紀(みのり)はそんな感想を浮かべながら旅館の温泉に浸かっていたが……汗を掻くどころか息切れもし無いこのデータ空間で先程のように体を洗う必要はあったのだろうかという疑問を持ち始めていた。


「体洗う意味無いけど、桶にお湯溜めてばしゃーっ! は憧れだよねー」

「情報通り、見えちゃいけない部分がちゃんと隠れるよう湯気が発生してる」


 威勢のある声に続き、よく知った声が後ろから聞こえて来た為、西季実紀の体は瞬間的に(こわ)()り……程無く入って来た三人組へと視線を向ける。


「あ、先客がいるー……えーと」

「西季実紀さんだね。ひまちゃんと同じクラスの」


 紙通(かみどおり)湯雨(ゆう)は長身で白く長い髪は牛乳のよう。それが目立つ以前に生徒会副会長という地位にある為、交流が無くとも自ずと校内で何度も見かける人物……故に、西季実紀も顔と声ならば知っていた。


 それに対し、未だに一言も発していないヒマと呼ばれたクラスメイトとは互いに充分な認識があるか怪しい。


 教室でのヒマはクラスから浮いた存在として映りそうだが、皆と馴染めないというよりも単に独りで過ごし続けているだけと言うのが的確だろう。


 実際ヒマがクラスの誰かに話し掛けられても相手を拒絶するような反応は見せず言葉が必要な場面と見れば口を開く。


 空き時間を見つけてはゲーム機特化型のパーソナルデバイスを操作し、誰かにその様をぼんやり眺められようと嫌な顔せずにプレイを続ける。


 そんなヒマが如何なるゲームをしているのかよくゲーム画面を覗く生徒に訊いてみれば、全て一人用のドット絵ゲームだという静かな衝撃を受けた記憶が西季実紀の中で未だに鮮やか。


 もしかしたら親しみ易い性格をしているのでは、と思わされる要素が髪と目の色が共通してストロベリーベージュの少女にはあるが……彼女が独りで遊ぶ事により形成される雰囲気の完結性が高く、それを崩すのもと遠慮されがちである。


 そんなヒマと仲良く行動する友人らがいた事は西季実紀からすれば大きな衝撃で浮かんだ小さな疑問に釣られるかのように発言していた。


「こんばんわ。副会長はこちらの方と同じクラスなのでしょうか?」


「いや、バラバラ」

「三人ともクラス違うよねー」


「だからいつも放課後が待ち遠しくてさ」


 相変わらず黙したままのヒマは二人の発言に頷くのみ。


「えーと……」


 西季実紀が次なる疑問を口に出そうとしていると、それを察したのか、


「あ。私、那奈河(ななかわ)(はな)だよ!」


 疑問の対象から先に答えを出される事に。


 ハナはレモンイエローの髪とその色がライムグリーンを強めに帯びたような髪の二色からなるメッシュ髪で、後者の髪色の分量は三割強程度か。


 瞳の色は銅板などに見られる赤銅色(カッパーカラー)……これで瞳までオッドアイだったら(さぞ)や情報量が賑やかだったであろうと眺めながら思う西季実紀だったが、


「よ、よろしく……」


 実際に発した言葉は相手の陽気さに押され、遠慮気味な声色を帯びていた。


「隣いいー?」

「ど、どうぞ……」


 そんな西季実紀と那奈河華の様子を暫く眺めていたユウが「ぎこちないなぁ」と呟き……少しして、こんな発言をする。


「よし、権限を行使するか……ちょっとドリーと相談する」

「そういえば生徒会の皆はある程度の事が出来るようになってたんだったね」


 ハナがそんな言葉を浮かべ……やがてユウの口が開く。


「ここ二日間、素行のよかった生徒たちの部屋にトランプを配布……それをここにも出すよ」


 次の瞬間、岩で囲まれた温泉の中央辺りにトランプが出現し、それをユウが手際よくシャッフルする過程でジョーカー二枚を抜くや皆にカードを配り始める。


「私が親でブラックジャックを一試合……ルールは知ってる?」

「あ、いえ……初めてで」


「じゃあハナ。後ろで説明してあげて、子は西季さんとひまちゃんで」

「おっけー!」


 各々の傍にチップに該当するコインが出現。トランプとコインが温泉の上に投げ込まれると波紋が広がるものの沈みはせず床であるかのような挙動を見せたが……先程ユウがドリーと相談した内容にこの処理の追加も含まれていたのだろう。


「何だかすいません……」


 ある程度ゲームが進行すると西季実紀が呟き、ユウが返す。


「そもそもこの修学旅行が付き合う機会の薄い生徒同士との交流を深める為のものだから、これも生徒会の仕事と主張出来なくも無いかな」

「高等部一年になってまだ二ヶ月経ってないのに、いきなりの大型行事だよねー」


 ハナが言った通り、小中高一貫にして中高で同じ校舎のジェイナ女学園とはいえまだ交流の深まっていない生徒達が集う段階での大規模な団体行動は無謀な側面が色濃い。


 高等部進学の実感とレベルの上がった授業にまだ不慣れという時期に修学旅行をVRでというジェイナ女学園の大きな試みを三役全員が高等部一年の生徒会が担うのは酷と言う意見も(もっと)もだったが……生徒会長である月海咲(つきみざき)朔夜(さくや)の手腕が遺憾無く発揮されただけだったと言える程、事態は順調に進んだ。


「スプリット」


 あれからブラックジャックの方ではヒマがそう呟き数値が同じカードを分割する光景に。


 基本的にブラックジャックは何度か山札を引いて合計二十一を目指すゲームで、引いた際に二十一を越えた場合『バスト』となるが、(うら)若い女性達の素肌が露わなこの状況……ここは試合内容に着目するより英語でも同音異義語となる単語に(まつ)わる話題へと移ろう。


 尚、生徒達の身体データは事前にベック社に提出している為、各々はリアルと同じボディで過ごしていると言える。


 四人の他にこの場にいない者も加えて比較するならば千熊(せんくま)蜜子(みつこ)のような辛うじて平らという形容から免れている程度の膨らみしかない者を出すのは一見すると意味が無いように見えるが……四人の中で一番膨らみを見せていないユウと比較するならばその大きな差が際立つので意味を生むとして起用か。


 寧ろペリオの騒動後にノワルに入ったミージャ・ロドリーを引き合いに出すのが間違いだろう。彼女の膨らみは背丈に対し発達が余りに著しい為、誰と比べようと圧勝してしまう。


 ここは比較的以上に大きい愛行(まなみち)(ゆら)と背丈比較にもなるドロシー・カリフ……残る役員二人の月海咲朔夜と美幌(みおう)風海香(ふみか)も対象に加えよう。


 以上九名を背の低い順に並べればハナ、千熊蜜子、美幌風海香、ヒマ、西季実紀愛行響、月海咲朔夜、ドロシー、ユウとなる。


 ハナの背は千熊蜜子より気持ち程度低いだけに留まるが、この比較により月海咲朔夜と美幌風海香の身長差があわや頭二つ分に迫る事が判る。


 ユウと月海咲朔夜の差も頭一つ分以上は見積もれて、ドロシーは両者の中間辺りから月海咲朔夜寄りで、ユウは並の男性よりも高身長の部類と言えよう。


 先の本題に当たる容量的な数値ではユウとヒマは同一視出来るが背丈が低い分、ヒマの方が膨らみを持つようにも見える。


 ヒマの膨らみ具合に至っては千熊蜜子と同じ部類という位置付けが不当になるくらいはある事に。


 ハナと月海咲朔夜ほどにもなれば一目で大きいと判断される水準と言え、ハナより若干以上の差を見せる月海咲朔夜から更に上を行くのが美幌風海香。月海咲朔夜と美幌風海香の丁度間に位置すると言えるのが西季実紀となる。


 引き合いに出している九名の頂点に立つのは愛行響だが……美幌風海香とはそこまで大きな差があるわけでは無い。


「一か八かのダブルダウン……行っくよー!」


 ここまでは絶対値的な話を続けていたが現実世界で湯浴みを終えたならば結わえていた髪を下ろす事となる……その際の髪の長さは絶対値的に捉えるより身長との比率で語るのが適切だろう。


 九名の中で短いのはミドルヘアをボブカットにした千熊蜜子と西季実紀で、よく整えられているのは後者となる。


 両側にボリュームを集中させ首筋辺りまでの長さを保たせたビッグテールのハナに対しツインテール状態でも長さを誇る愛行響。髪を下ろせば両者共に長いものの前述の比率的には愛行響の方が上回る。


 そんな愛行響の髪は腰の辺りまで届き、腰まで一歩及ばずがヒマの長さ。


 月海咲朔夜が髪を下ろせば腰を越える事は目に見えているが、その長さに合わせようと美幌風海香は努め、成功していれば両者は現在同じ髪の長さ……失敗したと気付いた日の美幌風海香は悔しさがやや滲み出た表情となる事が確認されている。


 ストレートヘアのドロシーの髪は腰まで伸びているが、九名の中で一番目を引く髪型はユウだろう。


 あの長身で左目側の顔半分を覆う前髪を後ろ髪同様に膝近くまで伸ばしている為見るものを圧倒するには充分……髪の手入れは彼女自身の頑張りで貯めた自費から購入したメンテナンス機具で行っている。


 その機具はリヴァイアサン社傘下の企業製だった為、月海咲朔夜から最新版のものがユウに贈呈されたのは比較的最近の話。


 副会長就任祝いとは言え、まだ自分の事を満足に語っていなかったユウにとって月海咲朔夜が独りでに調べ上げていたのは驚きだった。


「神経衰弱も結構やったねー」


 あれから平凡な試合が続き、ハナが発言したゲームに切り替わるとチップとして出現していた金銀銅のコインは消え去り、試合数が淡々と増えていた。


「周囲の状況は……まだ人が来る気配無いなぁ」


 ユウがドリーを通して温泉を利用しに来そうな生徒がまだいない事を確認……やがてトランプも消え去り、四名の手に卓球ラケットが出現するや仕切りとなり(ネット)としての機能も果たす半透明なオブジェクトまで彼女達の前に現れ、ユウが続ける。


「よし、卓球やるか」

「……結構、不真面目なんですね」


 西季実紀の呟きに対し、ハナが反応する。


「ゆうちゃんはルーズって程じゃないんだけど……規則にうるさくない時が結構あるんだよねー」

「ウチの学園の緩い所にかなり甘えてるよ。こんな風に生徒のお手本になんてとてもなれない事してばかりだから生徒会に入る事は考えて無かった」


 そんな生徒会副会長紙通(かみどおり)湯雨(ゆう)のぼんやりとした呟きを皮切りに温泉表面を台代わりにした卓球はダブルスで始まったが……ある試合の切れ間でユウが西季実紀の方を向く。


「ところで西季さん」

「え?」


 声を掛けられた西季実紀が咄嗟にそう発し、ユウに()かれる。


「私たちと少しは……仲良くなれたかな?」


 卓球の試合に集中して険しくなっていた西季実紀の表情が呆気に取られたかのように和らいで……程無く西季実紀は「あぁ……」と呟き、


「そうでしたね」


 何故、自分が不慣れな連中と温泉でトランプや卓球をする事になったのか……その理由を思い出す。言葉に発す事は無かったが次の瞬間、西季実紀は――


 成果はありましたよ。


 そう心の中で呟き、他の生徒が近辺に来るまで温泉での卓球は続いた。


  ◆


 今回の修学旅行での就寝時間は二十二時で起床時間は六時以降だが、入眠状態と同じようなフルダイブ状態で睡眠並びに気絶などをユーザーに行わせるのは可能とは言い難い。


 零時以降はエリア内における十分掛かりで六時の明るさになって行き、その間はエリア内の動的なオブジェクト全てが撤去……朝六時の明るさになる頃には各動的オブジェクトに必要な情報が設定された上で再配置となる。


 そのような説明をベック社から受けた生徒会はこの時間帯をイベントにしてしまおうと企画。


 二十二時から零時に掛けて女性の『巡回教師』が出現し、生徒が泊まる各部屋を見て回り、寝る事無く遊んでいる生徒に注意喚起を行い、何度も注意された生徒にはベナルティが発生……という案が盛り込まれた。


 この仮想の女性教師に大人しく従うも目を盗んで遊ぶのも生徒達の自由だが、エリア内における日中での行いによるペナルティが(かさ)めば、この教師が出現する日数が伸びて行く……就寝判定は敷いた布団の中に身を収めている事が条件。


 巡回教師が発生しない時は前述の短縮処理が行われない為、全体の素行が良ければ実に八時間の夜更かしという自由時間が得られる。


 これを仮想空間で生徒達に節度を守らせるモチベーションにしようと提案したのは月海咲朔夜で巡回イベントでのペナルティ判定を弱くする案はユウによるもの。


 現実時間九時半頃に始まったジェイナ女学園の修学旅行エリア内で三日目の朝六時になるまで生徒達が過ごす時間を求めるなら、一日目の九時半から数えて四十四時間半から二日分の短縮処理による十二時間を引いた上で二十分を加算。


 そんなエリア内三十二時間五十分の時間も、現実世界では一時間十八分四十八秒が経過する程度。


 修学旅行エリア内の時間で生徒達は一週間過ごすが、この巡回教師が出現しない日の有無と日数は参加生徒達の素行次第なので現段階では生徒達がエリア内に滞在する残り時間は確定せず。


 さて、エリア内二日目の二十二時を迎えた生徒達が宿泊する旅館の一室にて……ここにいる生徒達は巡回教師が来るや大人しく就寝に入った様子だったのだが。


「もう、いいかな?」


 巡回教師が去ってやや暫くが経つと生徒の一人がそう呟く。


「私たちの作戦は」

「巡回教師というかNPCが去ったら、ひそひそ声でお喋りする事」

「どうせ一人しかいないし、一巡するまで同じ部屋には来ないからねー」


 静かに騒ぎ出す女子生徒達だったが、その一人が敷布団の上で毛布を被ったまま(ひざまず)くように佇む生徒へと声を掛ける。


「……カミサマの声は聞こえた?」


 返事は無く、沈黙を続ける生徒の胸元には廉価なプレートタイプではあるがロドキア教のシンボルであるアクセサリーが。


 ロドキアへの祈りとも言えるこの行為は他の部屋でも散見されるが軒並み短時間で済まされている為、ここまで長く祈り続けているのはこの生徒だけだった。


地球(ヴァース)ってカミサマが多かったんだってねー」

「そうかと思えば一つの神の信じ方の違いだけで派手に対立したり」

「そんなカミガミの名前はこっちでもゲームとかで人気だよねー。キャラや武器に使われてたり」


 そんな敬虔なロドキア教徒を見た他の女子生徒らは地球(ヴァース)で信仰されたという神々の話題を始める。


「でもさー、ロドキア教って……いや、いいや。枕投げ、する?」


 やがて女子生徒の一人が祈りを捧げる生徒に気を遣い、話題の転換を試みる。


「大戦前には無かった宗教だからねー……んー、でもこの子にぶつかっちゃいそうだし」

「あ、ぶつけられても文句言いません」


 迷う生徒に瞳を閉じていたロドキア教徒の女子生徒が一瞬だけそう言うや祈りへと戻る。


「ま、リアルでも怪我するもんじゃないし……そこは仮想空間に甘えるか」


 そう言って一人の生徒を除き、女子生徒達の間で枕投げが始まった。


 巡回教師の足音を聞き逃さぬよう枕が飛び交う間隔を長めにしているが……先の女子生徒が触れたロドキア教は大戦後に作られた新興宗教ながら、惑星ヴェリオン(この星)で最も普及している宗教と言えよう。


 時折自身にぶつかる枕を他所に、敬虔なロドキア教の女子生徒は祈りを続け……沈黙の中で次の言葉を浮かべていた。


 どうか、この修学旅行が無事終わりますように。


 現実時間に()いて(およ)そ二十分もすれば周囲の機材ごと体がバラバラになる少女の祈りには深い信仰心がそのまま込められているかのよう――損傷度合いを問わなければ、この少女以外にも似たような被害に遭う女子生徒は大多数を占める。


 そんなジェイナ女学園高等部一年の生徒達を乗せたモーフィアス号は、このまま何事も無く飛び続けそうなほど悠然としていた。

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