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魔法少女は暴かない  作者: 竜世界
Occasion Ⅱ『魔法少女は暴れない』
21/25

第21話 二日目。或いは当日

 あんなアルマがある何てなぁ。


 誘われるがままにタイニーホワイトの試乗キャンペーンに付いて来た西季(にしき)実紀(みのり)先程(さきほど)見かけた水色ドレスの少女の両腰にあった銃の事を思い出していた。


 少女の銀髪御下げの陰影は青く、鮮やかなアメジストの瞳からは自分と同じくらいの年とは思えぬ程の強い意志が宿るかのような印象さえ。


 (かたわ)らには黄色いドレスを着た左手が白い少女もいたが……二人が着こなしていたドレスは西季実紀から見てかなりの上物。自らが庶民である事を思い知らされながらも、あの銃が今も頭の中で映り続けている。


 企業がデザインしたのかなってくらい格好いい、二丁の銃。


 そんな言葉を思い浮かべる西季実紀だったがアルマの中には地球(ヴァース)で使われていたとされる各々の銃と造形や素材が同じものもあれば、それらとは外れたデザイン性の高い合金製のものも。


 (ゆえ)に今回の銃がアルマだとして稀有(けう)な事では無いが、あのようなアルマがあるのならば、自らが有するマスケット形状のアルマは(さぞ)や貧相なものなのだろうという想いが西季実紀の中で押し寄せていた。


 威力が生体エネルギーのチャージ状況に左右されるものの、フルチャージ状態から放たれる威力は軒並み高火力のレドラだが……そのような威力の変動幅はアルマには無く、常に一定。


 あの銃から放たれる弾丸の威力に、ライフリング加工すら施されていない原始的な機構の自分のアルマが追い付く事は一生無いだろう。


 使い続ければ経験値のようなものが貯まりパワーアップ――


 そんなシステム(もの)はアルマにもレドラにも存在し無い。


 使い込むほど使用者の寿命がすり減るレドラの事を考えれば、どんなに使い続けようとベストパフォーマンスの威力を維持し続けるアルマは長所に思えるが、その威力自体が乏しい西季実紀のアルマではメリットに見えないのも止む無しか。


 厚さ五十ミリ、縦二十センチ、横二十五センチの箱ならばあの銃二丁が充分に収まると仮定しよう……直方体全てが水ならば二百五十グラムの為、鉄の比重を掛ければ重量は二キロに迫る。


 全てがリチウムよりも軽いミスリル製だった場合は百二十五グラムを割り込むが銃二丁分では箱の体積を使い切れ無い事を踏まえれば、銃片方の重量は百グラムに届かない可能性も。


 デザイン性のあるアルマはミスリル合金であるケースが目立つ事も併せて考えれば重量の更なる絞り込みが出来そうだが……西季実紀は一連の推定を始めるわけでも無く、ただただ浮かない表情をするだけだった。


「……だい、じょうぶ?」


 余程暗い顔をしていたのか声を掛けられ、西季実紀が振り向くとジェイナ女学園生徒会役員の一人が見えた為、


「あ、いえ。緊張してしまって」


 他人行儀な声と言葉で目の前のドレス姿の少女にそう返した。


 強烈なウルトラマリンと純白のフリルの対比が目を見張る肩出しドレスで長手袋部分もその青の為、見る者を圧倒する程の別格な装い。


 フリルの分布と全体の形状から熱帯魚の類を彷彿とさせ、ウルトラマリンの生地の質感は先程の二人組のドレスが安っぽく見えてしまう程の存在感を湛える。


 目の前の女性が普段は丸眼鏡なのは西季実紀の知る所だが、今着用しているのはシアンのアンダーリムで、二股御下げの髪は後ろで結わえられ飾り付けまで。


 髪型を除けば自分をこの船に連れて来た生徒会長と同じ服装なのは集合時に確認済みの為、西季実紀は目の前の少女に対し、ただ純粋に圧倒されるのみ。


 そうやって西季実紀が青ドレスの少女を眺めている内に、


「そう、なんだ……」


 そんな遠慮気味な声色がその場を漂う。


 彼女が勇気を振り絞って声を掛けて来た事は西季実紀にも伝わっていたが、意外と機動性が保証されたドレスの後ろ姿と共に去り行く女性に西季実紀が注ぐ視線は寂寞(せきばく)としていた。


 同行した他の生徒達もだが西季実紀が着ているのはジェイナ女学園の制服で、何ひとつ着飾った装いでは無い上に、自らが平凡な存在である事を思い知らされるような光景をこうも立て続けに目の当たりにしたからか暫くして西季実紀は、


「はぁ……」


 と溜め息を吐いたのだが……それも周囲の波の音に掻き消えるだけだった。


  ◆


 一日目が春だった修学旅行エリア時間内に()ける二日目の季節設定は夏。


 そんな日差しに照らされた各建造物(オブジェクト)が昨日とは違う表情を見せる中、


「みおちゃん。鹿だねー」


 月海咲(つきみざき)朔夜(さくや)美幌(みおう)風海香(ふみか)は並木道から開けた広場で一頭の鹿を眺めていた。


「おっきいねー」


 共に発声はぼんやり……リラックス状態と言うのが適切か。


 エリア内の全生徒は制服だが他の服に着替える事も可能な設計で、木の枝に引っ掛かるなどで得た損傷も反映される。


 ボディへの多少の怪我ならば反映させ就寝時間中に修復し、怪我をした経緯次第ではその生徒の傷は治さない……これは月海咲朔夜が生徒会会議にて決めた事だがベック社側の当初の案では即時治癒だった。


「……撫でてみる?」

「……うん」


 ここでの鹿は一日一度の乱数変更に基く処理をした上で頭数とその分布、気性などが決まるのだが……ぼんやりとしながらも月海咲朔夜はこの鹿の気性を大人しいと判断した為、美幌風海香にそう持ち掛けた様子。


 程無く美幌風海香は目の前の鹿へ恐る恐ると手を伸ばして行き、


「わ……あったかい」


 手の平部分から伝わる体毛感触の高精度さに驚いた。


 鹿の体温と鼓動という要素もあったものの美幌風海香が感じていたのは夏の強い日差しが反映された体毛の方だったかもしれない。


「明日は紅葉がたくさんある所に行こうか……そこに鹿がいればいい景色かも」


 今のところ何の問題も起きていないとはいえ、昔からの幼馴染を相手にそう発言した月海咲朔夜の声は随分とゆったりしたものだった。


  ◆


「んー、この鹿肉料理美味しい! ここまで現実(リアル)を再現出来ちゃうんだから、フルダイブってすごいなー」

「プレイヤーの五感が全部制御下って感じだからねー……最初あったかもしれない違和感も慣れて来れば全然気にならないし」


 修学旅行エリア時間内に於いて二日目。店内にて鹿肉料理を楽しむ生徒達の姿があった。


 ベック社も採用した現在主流のVR機器の詳細を述べるならヘッドマウントディスプレイの説明から始めるのが有効か。


 地球(ヴァース)のアーカイブによれば、ゴーグル型デバイスで視界を覆い制御された映像を肉眼で見るものがそう呼ばれていたが……やがて目を閉じた状態で特定の映像を見せる技術へと発展して行ったとある。


 被せたデバイスが放つ信号が脳波を操作……そんな様がまるで脳波全体を覆うようだという主張によりヘッドマウントという言葉が使われ続けているが、装着者への脳波制御となると最早、頭に被さる(ヘッドマウント)という機能から逸脱している。


 この技術を用いれば盲目であっても映像データを視る事が出来るわけだが……やがて音声も流せるように。


 五感の内の視覚、聴覚の二つの制御が可能になったのならば残るは触覚、味覚、嗅覚。これは脳に近い脊髄付近――首筋の奥深くまで専用デバイスを差し込み電気信号を送る事であらゆる刺激状態の再現を果たした。


 そんな地球(ヴァース)の技術に気付き、真っ先に商品化を狙った企業が『タイラン』。


 その開発競争にはフェンリールとアヌビスも参戦し、最終的にフェンリールがアヌビスを追い出しタイランを立てる権利関係を構築すると共に、フルダイブ式VR装置の生産体制と権利を確立した。


 フェンリールとアヌビスの闘争の歴史の中でも大きな一幕で、現在生徒達に使われている全てのVR機器がフェンリール社製のもの。


 脊髄側のデバイス部分から幾本もの微細な針が刺し込まれ、脊髄付近まで辿り着くと各針の先端が変形……最小限の脊髄への接近でVR内容の操作に必要な信号を自在に送る代物と化す。


 当時開発されていた技術の中でも手術が不要なばかりか人体への損傷も軽微……機器の使用を終えた後に回復を促す措置の必要性はあるものの、使用頻度次第ではその処置を無視してもいいレベルだと発表当時話題に。


 針状部分に当時フェンリール社が開発していたミスリル合金を使用する事により要求される強度を優に達成。この技術はフェンリールがタイランとの権利交渉を進める上で主力材料にもなった。


 本来はディスプレイ部分だったゴーグルはアイマスクの役割しか残らなかったように見えるが、タイランは非ダイブ式VRとフルダイブ式VRの両機能を備えたものを当初から計画していた。


 故にフェンリール社が販売する事となったこのヘルメット型ヘッドマウントディスプレイ一つあれば両方のVRゲームがプレイ可能。


 ゲーム映像と音声の機能だけで充分というユーザー用に脊髄干渉部分無しの廉価版もフェンリール社は販売している。


「豆腐をつついた時の感触が箸を通して伝わって来るのも普通にヤバイんじゃ」

「流石にお腹は膨れないけどねー……だから幾らでも食べれるって事だけど」


 フルダイブ中のユーザーの動作に合わせて、その都度必要な五感データを認識させる事により、現実世界(さなが)らの食事行為も実現しているが……仮にこの女子生徒がこの場で――


 じゃあ味覚情報を選んで送信し続けてもらえば食事しなくてもいいね。


 そう思い至ったとしよう。


 それは五感を制御するプログラム側が痛覚などの負の情報を自分達ユーザーに幾らでも与え続けられる立場だという事実への気付きを意味する。


 自らの全五感の制御をプログラム並びにその機器を管理するAIに委ねたが故にそのような構図を為す事となったと言えよう。


  ◆


 飛行船型旅客機モーフィアス号と、その管理AI『ドリー』を用いたブリリアント・エクスペリエンス・コーポレーション――ベックというベンチャー企業の提案により実現したジェイナ女学園の修学旅行。


 全生徒のフルダイブが終わってから一時間ほど……VR内では二十五時間以上が経過。


 船内VIPルームにてドロシー・カリフはその色味が充分にある淡いアメジストの瞳で護衛対象を僅かに見詰めていたが、一瞬にして緊急事態に備えた先程までの態勢に戻る。


 船の運航並びに各生徒へのVR周りの制御はドリーが一手に引き受けているが、通常のVRルームとは別室のVIPルームは参加生徒の中でも数える程しかいない上位の富裕層だけが集められた場所。


 今回ドリーはVIPルームの生徒からVR関連の処理をし、それを経て他の生徒の処理を最適と判断した順で行うのだが、VIPルーム内で真っ先に処理されるのは月海咲朔夜で最後が美幌風海香……一般生徒の処理は更にその後に。


 ドリーはベック社内では最高性能のAIで今回の修学旅行エリア内時間を五十倍で処理する事も充分に可能だった為、この優先順位による一般生徒への処置の遅延は無いものとみなせる程度に留まる。


 緊急時はVIPルームの生徒全てが安全にログアウトされるまで他の生徒がログアウト処理される事は無い。


 是非ともこのシステムの動作確認をしたいというベック社の要望を学園側に出した事実を生徒会側が生徒達へ説明していなければ大きな不満を呼んだだろう。


 今や生徒達には「このVIPルームでもうひと稼ぎしたい腹か」という認識が広まり、何の摩擦も無く今日(こんにち)に至る事が出来たのは生徒会を率いた月海咲朔夜の働きが多大と言える。


 ベックの社長への面談、想定される反対意見への対処、より修学旅行感を出す為に生徒会側が出したアイデアの実装持ち掛け。


 ジェイナ女学園の生徒達ならば、フルダイブ行為への抵抗は少ないだろうというベック社側の考えだけでは不足だった部分を短期間で埋め尽くした。


 先程ドロシーが視線を送っていたのは、そうやって今日という学校行事を実現する為に尽力した月海咲朔夜だったが……異状の無い今だからこそ、心の中で呟いてしまう。


 このまま何事も起きなければいいんだけど……。


 そんなドロシーの想いもあと二時間もすれば打ち砕かれる事となる。


  ◆


「是非とも貴方に頼みたい」


 こんな大口の依頼は先日のペリオでの騒動以来だが内容自体はただの護衛……それでもドロシー・カリフの中に油断や慢心の感情は無かった。


 依頼内容はタイニーホワイトと銘打った大型客船の試乗キャンペーンに参加するリヴァイアサン社の令嬢――月海咲朔夜の命を最優先とする船全体の警護。


 何事も無ければ船の内外を巡回しているだけで妙に積まれた額の報酬が獲得出来るが……乗客は富裕層と一般人で二極化が激しく、それぞれの人数も多い。


 今いる甲板では快晴と言って遜色ない程の青空が広がり、やや強い風が海面をほどよく波立たせている。


 ドロシーはその白いようでややアクアマリンの色味を持つ髪を風に揺らしながら脳裏ではこんな一言を(よぎ)らせていた。


 何事も無いまま終わればいいんだけどなぁ……。


 先月の仕事場であるモーフィアス号がテロの標的となった衝撃がドロシーの中でまだ新しい。


 猊帝(ゲーテ)近海と言えるこの場所と比べ、遥かに田舎街のジェイナ女学園付近上空で、まだ満足に市場で活躍していないベンチャー企業の旅客機があそこまで大規模かつ攻撃的な襲撃を受けるのは意外性が高過ぎた。


 ならば今回のタイニーホワイトの乗客目当てに武装集団などが襲い掛かって来たとして、それは頷くしか無い事態であろう。



・補足ながら

 今回は後書きに甘える事で読まれる方の時系列整理の促進に繋がると思い、蛇足ながら連ねます。


 OccasionⅡの時系列としてまずジェイナ女学園側でのモーフィアス号の出来事があり、タイニーホワイト号での出来事はその翌月……14話終盤とも併せてモーフィアス号が五月、タイニーホワイトが六月のいずれかの日に起きたという事になります。


 あとはその二つの船での出来事が並行して話数毎に進んで行く事を踏まえれば読む方に時系列面での混乱は起きないだろうと主張したいものの……その目論見(もくろみ)が外れた場合のリスクを(かんが)み、ご覧の後書きに至りました。


 これで読者の方々への混乱が防げたとして、この条件で最後まで構成し切れるのか……その懸念はプロットを完走した段階で解消されていますので、破綻リスクは存在し無い事もお伝えしておきます。


・比重の話

 水の密度が摂氏4度で最大になる事を踏まえれば金属の比重も温度の影響を受ける事になります。


 それらはさて置き、水の比重を1.0とした場合……鉄は7.874、リチウムが0.534で本作でミスリルと呼ばれてる金属は比重0.5を下回るという情報を出した次第。


 水1立方センチメートルは1グラム、水1立方メートルは百万立方センチメートルの為、1000キログラムとなり1トン。


 ここで直径1メートル厚さ10センチメートルで全て真鍮(しんちゅう)製の銅鑼(どら)があった場合『50*50*10*3.14』で78500立法センチメートルなので水だと78.5キロ。真鍮は亜鉛が2割以上の銅との合金とされるので、亜鉛の比重は7.13、銅の比重は8.96なので『78500*(8.96*0.8+7.13*0.2)』となり674,629グラム。


 銅鑼を純粋な円盤状では無く膨らんでいるものとすればその辺おまけして670キログラムと想定する事が出来ます。


 このように体積を求めてから比重を乗算すれば「主な材質がこの金属なのに、この体積でこの重さなのはおかしい」という事態を避ける事が出来るので重宝して行きたいです。

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