第18話 瞬きは群れ成す日常の中で
「こないだと同じ散歩コース選んだのは……バリエーション無さ過ぎかな?」
「リーザは楽しいから大丈夫!」
「結構いい天気だから……いいんじゃない?」
武装集団が特殊弾による爆炎で威嚇されてから幾らかの日数が過ぎた昼下がり、近場の散歩道に来た愛行響とリーザに続き千熊蜜子が発言していたのだが。
「ありゃ、メイがいない……はぐれたかな? ちょっと探して来る!」
そう愛行響が発してその場を離れた直後同然にリーザ・ウインドスミスは不安そうな表情で辺りを見回す子供を見かけると声を掛ける場面があり……。
「迷子なの? お母さんはこの辺にいるみたいだね……ここから近いから、リーザが連れてってあげる!」
斯くして千熊蜜子は独り、取り残される形となった。
その場から離れ過ぎ無いよう千熊蜜子が歩き回っていると前方にアヌビス社製の汎用人型ロボットの姿が。
一目でロボットだと判る外見で、背丈は長身の人間ならば追い越せる程度だが、アヌビス社が提供しているのは人型ロボットというハードウェア部分のみ。
制御プログラムは他社のものが使われる事を想定した設計であり、猊帝ではその街を管理するAIが制御するのが通例。
千熊蜜子の視線を奪ったのはそんな汎用ロボットでは無く、傍らにいた女性……動きを牽制するかのように女性に銃口を向けるロボットは護衛とは異なるようだ。
そんな女性に千熊蜜子は用心も無しに好奇心の赴くまま近付いて行く。
「おや」
悠然とした様子の女性の瞳はオレンジ色で、千熊蜜子の接近に気付くやそう発し……目に入った左手を見ながら更に言った。
「その手を見るにレドラかい? 奇遇だねー、あたいもだよ」
ミドルヘアの長さでウルフカットされた女性の髪色はネイビーブルー。
自分が歩いている事を半ば知らなかった千熊蜜子は歩みを止め、その小麦色に焼けた肌に赤味が帯びたような色合いをした褐色肌の女性に言う。
「え? あ、えーと……」
急な事態にどう応対したものかと悩んでいた千熊蜜子はやがてレドロ部分である左手首部分を一メートルほど伸ばし、
「うん」
と答えたが……ここで千熊蜜子がレドロ部分である左手首を伸ばし過ぎていれば体力の消耗による寿命消費に繋がる場面でもあった。
尤も千熊蜜子のレドラならば十メートル程度伸ばしたところで小腹が空くにはまだ程遠く、普段から食事をしっかり摂っているならば事ある毎に使用しても寿命への影響は無いとまで言えるが。
「わざわざ見せてくれるたぁ……よかったのかい?」
「これくらいなら全然余裕だよ!」
そう返すや千熊蜜子はレドロ部分を二メートル伸ばすや直ぐに引っ込める行為を三度繰り返したのだが……伸ばしている最中にも左手部分は好きに動かせ、物を掴み続ける事も可能。
「消費が少ないタイプって事かい……まぁ、気を付けるんだよ」
そう言う頃には千熊蜜子は再び歩み寄り、女性と程近い距離で向き合っていた。
少しだけ躊躇う様子を見せてから千熊蜜子が女性に訊く。
「か、褐色お姉さんは……どんなレドラ、なの……かな?」
「カーラさ。……見るかい?」
南国肌の女性ことカーラ・アボケイが真剣な面持ちと声色でそう返すと千熊蜜子の顔が覚悟を決めたような険しさを帯びて行き、
「うん」
と答えた為、カーラは自らが着る黒の単色で腰まで届く長さのチューブトップの上部分に手を掛け始める。
「あ、あたし。せんくま――」
カーラの動作を遮ってしまうタイミングで発言してしまった事にやや気不味くなりながらも千熊蜜子は小声気味で続けた。
「みつこ……だよ。ど、どうぞ続きを」
「センクマ、ミツコか……あいよ」
スキニーデニムを履いたカーラが自らのチューブトップ上部を一気に下げ、彼女の胸がふくよかならば、それが余す所無く露わになっていたが実際は……千熊蜜子が「うわぁ……」と不快感を出さぬよう努めた声を出し、遠慮した調子で言う。
「触っても、いい?」
「右手の方でいいなら、ね」
レドロ化した千熊蜜子の左手部分は右手と変わらぬ触覚を持つが、カーラの発言にはヒトの手の方でこの部分に触れられるか、という意図があるのだろう。
程無く千熊蜜子はカーラの胸部――血管が纏わり付いてから覆われたかのような隆起形状が目立つ、牙とも虫の脚とも付かない生々しい骨のような色をしたものが左右に閉じる形で何本も並ぶ……そんな部分へと人差し指を近付け、軽く押した。
「硬い……」
多少粘性のある透明な液にも触れていたが……女性の胸部分を突いたにも拘らず千熊蜜子が得られたのは頑丈な構造物にでも触れたかのような感触。
「ま、見た目通りさ。少し下がっとくれ。そして今度は触らずに眺めるだけってお願いするよ」
「あ、うん」
慌てて千熊蜜子が一歩下がるや、閉じられていたカーラのレドロ部分が左右に開き、先程の粘性を帯びた体液らしきものが若干撥ねる。
関節の多さから虫の脚が動くようにも見え、開き切った事によりカーラの肋骨があるべく領域の上半分全てがレドロ化している事を再認識させる光景が晒される。
「これがあたいのレドラさ」
千熊蜜子の視線の先にはヒトの肉が血の光沢を帯びたような色合いを放つ銃の類と表せそうな形状の物体があり、それはカーラの胸部の中と言える部分に格納されていたもの。
「これって……心臓?」
「あぁ。そしてこの銃みたいなのを取り出して、ぶっ放すのがあたいのレドラさ」
レドロ化の進行が心臓にも及ぶという事実を目の当たりにした千熊蜜子が唖然としていると、縦に牙が並んだ口とも見えるカーラの胸部が閉じられて行き、
「見せたヤツが胸ん中にある間だけ威力が増して行き、今は満タンだからこれ以上は増えない……一発切りだけど、そこそこの公共施設を吹き飛ばせるくらいの威力にはなる」
そう言いながらカーラは下げていたチューブトップを元の位置へと戻した。
近くで眺めれば盛り上がり方が不自然で、上から覗き込めば折り重なったレドロ部分が見える。そんな自らの特徴を遠目条件で隠すなら黒のチューブトップは役目を大分果たすと考えたのだろう。
カーラが自分の背後でレーザー銃を抱えている汎用人型ロボットの方へ親指だけ向けながら更に言う。
「そんで傭兵稼業なもんだからテロの片棒を担いでいてもおかしくない……見張りロボの一機くらい付けとく方が筋ってもんさ」
カーラのレドラは一度使用すれば蓄えられていたエネルギーが全て放たれ銃自体が溶解する単発式の為、再使用の際は銃自体を最初から生成する必要がある。
使用直後でも体内の銃部分を高速生成し一気にエネルギー最大まで充填する事は可能なものの、それを行えばカーラ自身の寿命を著しく消費する事に。
レドラによる寿命消費をより詳しく述べるならば、レドロ自体が自らの生命力をエネルギーに変換して活動する存在である事から説明を始めれば円滑となろう。
即ち人間がレドラを使う場合、自身の生命力をエネルギーに変換する事で力を揮う為、食事などで体力を補充しなければ生命力の絶対量は減る一方……故にレドラの使用は自らの寿命を力に変換する行為と等しい。
「ほえー……」
生体エネルギーとも言われるレドラの使用事情は千熊蜜子も把握しているが……今は目の当たりにした事態に圧倒されるのみ。やがてこんな発言をした。
「とてもじゃないけど、銃が使えて格好いいとか言えないなぁ……」
「銃を好きにぶっ放したいんだったらゲームをやればいいさ」
そう返って来たので半ば反射的に千熊蜜子が言う。
「小判とかいいよねー……全然勝てないけど、色んな銃とか射撃スキル使えて楽しい」
「お、もしかしてイグゼスとかのネトゲもやってるクチかい?」
「うん、ハニーミツコって一見すると誕生日みたいなHNでー」
その言葉を受け、カーラ・アボケイは言った。
「あたいはヤコバだね。家名ひっくり返しただけだけど長い事使ってる相棒さ」
「え。じゃあ……」
それから千熊蜜子とカーラ・アボケイが各々のゲームでフレンド登録を済ませるまで直ぐだった。
「そんじゃ、都合がいい時はよろしく頼むよ」
「先にオフ会しちゃったねー……楽しみー!」
千熊蜜子がカーラにそう返し、カーラが去ってから暫くして――
「ごめんクマ子! まさかリーザに続いてメイと一緒に迷子の面倒を見る事になる何て……」
「リーザ戻った! 親御さんのお礼を聞いてたら何だか話し込んじゃった!」
狼垣寺冥能を連れた愛行響とは別方向にリーザも現れ声を掛けて来た。
「これはこれで散歩の醍醐味。特に予定も無いんだし」
そんな赤頭巾コンセプトの姿をした狼垣寺冥能が言う中、千熊蜜子の表情を見て愛行響が訊く。
「クマ子。何かいい事あった?」
それに対し千熊蜜子は笑みを零した顔をしながら、
「えへへー」
と言った後、その笑顔を一層明るいものにするだけだった。
◆
「まなちゃーん。今日のわたし何処が変わってるか判る?」
今日はメイと一緒にリーザとクマ子とお散歩……まぁ、こないだ行ったばかりの場所でだけど。
出発前アタシにそう聞いて来たのはペリオモール以来の赤頭巾姿メイ。
今のアタシなら即答出来る質問だけど、そんな不自然な事しなくても……こうすればいい。アタシは目の前のメイの頬に手を当てて軽く押し、
「……硬い」
そう呟いてからひと呼吸置きアタシは言った。
「て事は今日はメイは家でお留守番なんだね……じゃ、行こっか」
そう言ってアタシはメイの手を取り、相変わらずツインテールにされた髪型を揺らしながら出発。
要するに今アタシの隣に居るメイは表面を覆う生体部分を剥がせば全身が機械のアンドロイド。それを屋敷の中にいるメイが遠隔操作してるって事だね……こんな音声も機体から流れて来てた。
「合流間際で、はぐれるみたいな事するから、それっぽくねー」
今日はただの散歩で終わるといいんだけど。そう思って過ごしてたら――
「んー、ヨーグルト風味だけど……やっぱ全体的に味が大人し過ぎかな?」
メイと合流するや迷子を探す事になったりはしたけど特に何事も無く……気付けば近場のクレープ屋さんから宅配されたものを皆と一緒に頬張る事に。
メイが食べてるクレープはヨーグルトクリームたっぷりで、クリームには細かく刻んだ蜜柑の切り身がふんだんにまぶされてる。
そんなクレープをメイは同じ店で食べた事があって……それをメイの外見をしたアンドロイドが頬張ってる状況。
食事動作をこなして胃袋みたいなスペースに食べた物を溜め込む機能はあるものの、味覚というかリーザみたいにAIが入ってるわけじゃ無い……今のはこないだ食べた時の感想を基にメイが機体越しに言っただけだね。
「あぶないあぶない……せっかくのイチゴを落とすところだったよ」
色んな果物の切り身が大きめに入ってるクレープを食べてたクマ子が落下しかけたイチゴを右手よりも大きな左手でキャッチ。
アタシが食べてるクレープもナタデココとマンゴーの果肉を同じ大きさでキューブ状にカットした切り身がふんだんに入ってるヤツだから……具の脱落には気を付けないとね。
「リーザは食べられないけど、食べ物っていろんな色や形があって見てるだけでも楽しい!」
そんな風にアタシたちを眺めてるアンドロイド少女――リーザはいつも素直だし可愛くて……アタシの動向を監視する為に派遣されて来たって疑惑が考え過ぎなのかなって思えるくらい。
とりあえず今日はメイが警戒してる方に意識を向けよう。このまま何事も起きずに今日が終わればいいけど……そう思ってたら本当に無事に終わった。
強いて出来事を言うならクレープ食べた後、適当に皆と歩いてたら綺麗な女の人を見かけた事くらいだなぁ……。
雲のようにふわふわした長い銀髪の陰影がピーコックグリーンの色合いとよく似てて、瞳の色は少しだけ暗いシアンだったかな。
すれ違うと言うには微妙な距離から、女の人の顔が真正面から横顔になって行く様を歩きながら眺めてた感じだけど……あの綺麗な顔立ちを見た上で眺める後ろ姿すっごく印象的だった。
……まぁ、それだけ何だけどね。
◆
西季実紀は自身が通うジェイナ女学園学生寮のベッドに横たわり、自らのアルマを掴んだ右手を突き上げていた……部屋は既に消灯され、静けさが漂う。
声には出さず呟くように、西季実紀は心の中で言葉を浮かべていた。
最後に自分のアルマを真面に使ったのはいつだったろうか――
西季実紀のアルマは細長い銃と言えるが故、突支棒や手が届かない場所の物を取りたがる者がいる場面を見かければ進んで自らのアルマを差し出すなどで使用されてはいるが……銃として日の目を見る事がまるで無い。
銃口にライフリングが施されていれば射撃精度が並以下の彼女でも多少は命中率を得られたかもしれないが西季実紀のアルマにはそれが無かった。
あったとしてもフェンリール社製の優れたレーザー銃が市販されている昨今では街中でレドロが発生し自らのアルマを構えたところで……西季実紀のアルマによる弾丸が直撃した場合よりも遥かに威力のあるレーザーが彼女の顔辺りを横切る。
そんな光景がありありと浮かぶ程、西季実紀は自らのアルマに自信が無かった。
この世界にわたしのアルマの居場所ってあるのかな。
西季実紀が思わずそう呟きそうになり、その琥珀色の瞳で引き続き自らのアルマに視線を注ぐ……木製のような色合いの細長いボディの所々に黒ずんだ鉄を思わせる色をした金属部分を有する、マスケットとよく似たアルマを。
程無く西季実紀はアルマを解除し、挙げていた右手を脱力気味に下ろす。
西季実紀の白さのあるベージュの髪はベッドの上でやや乱れてはいるが、彼女の髪はミドルヘア止まりのボブカットの為、少し崩れる程度。
「明日は修学旅行かぁ」
ぼんやりした調子でそう声に出す西季実紀。
周囲を見れば部屋を共にする生徒達が寝静まっているのだが……西季実紀がその中に加わるまで然程時間を要さなかった。
もう零時を回った為、モーフィアス号での騒動が起こる当日と言えよう。




