第17話 十日前、ジェイナ女学園にて
「以上が今回の修学旅行概要となります」
ジェイナ女学園の生徒会室にてそう報告する女子生徒はかなりの長身。
その腰まで届く長い髪は左目側即ち顔の右半分を覆う前髪まで及び、髪は牛乳を見てるかのような質感を備えた白さを湛え、両の瞳はブルーベリーソースなどで見る濃縮された赤紫色。
生徒会では副会長の地位にある彼女からの映像資料を交えた解説を聞き、続けて発言したのは中等部から一人選ばれる生徒会役員補佐だった。
「修学旅行をベンチャー企業協力による大規模なVRで実現……今年の高等部一年の先輩方は凄い体験になりますね!」
「傍からだと飛行船型旅客機に六時間近く乗ってるだけにも見えるけど……高等部一年に成り立ての生徒達の団結力を修学旅行で一気に高めようという狙いだね」
更なる発言は生徒会長によるもの。その透明感溢れるアクアマリンの瞳は水晶やガラスのような繊細な美しさを放ち、掛けるアンダーリムの色はシアンで凛々しい雰囲気を醸し出す。
アメジスト陰影の銀髪は頭頂部から編み込まれ、先端に行くに連れ編み込み具合が強まる。そんな三つ編みポニーテールは大ボリュームで腰まで届く長さだった。
「進学したての生徒達を何日間も学園から離れた場所で旅行させるのは懸念もありますが……それをフルダイブVRお得意の時間加速を使えば日帰り条件で一週間の時間が体験出来るという先方からの提案には驚かされました」
「……二十五倍」
副会長に続いて生徒会書記がそう呟くや中等部の生徒は面を喰らったような表情に。書記は会議の席にいる時は特に無口なのだが、こうして僅かに呟いただけで、ここまで驚かれる事から如何にこの丸眼鏡の生徒が人前で喋らないかが窺える。
生徒会書記の丸眼鏡レンズは薄く、銀縁のフレームも細身で瞳の色は紺色。
生徒会長に合わせたかのような長さのくすんだベージュ髪の後ろ部分を二股に分けて御下げにし、髪留めの色は生徒会長の眼鏡フレームと酷似したシアン。
そんな美幌風海香が言った二十五倍とはVR内での時間が現実世界と比べ二十五倍の速さで流れるというもの……その倍率はVR内で百六十八時間過ごそうとも、現実世界では七時間さえ経ってい無い事を意味する。
故に現実世界で十分が経てば、今回のVR内では二百五十分……実に四時間十分の時間を生徒達は過ごす事に。
人体の全神経をVR機器と接続状態にし、五感である視覚・聴覚・触覚・味覚・嗅覚に関係するVR内での情報をリアルと同質にまで感じる事を実現したフルダイブVR内での動作はコンピューター側が処理を担う。
例えばVR内で普段通りに体を動かしても、その内容を二十五倍の速さで処理し周囲の事象も同じ速度で動かしたならば……VR内では現実世界から見て二十五倍の速さで時間が流れている状態と言えよう。
要はフルダイブしたユーザーが動かすボディとそのVR空間内にある全てを現実世界の二十五倍速で処理するわけだが、現実世界との再現性が高いVR空間ならば一度に全ての要素を足並み揃えて動かすだけでも相当な処理量となる。
今回のベンチャー企業が用意した内容で二十五倍……大企業から見れば低スペックも甚だしいが、一ベンチャー企業が実現した廉価枠としては上出来だろう。
イグゼスや小判はゲーム内データを平面もしくは立体領域のディスプレイに投影する現実世界のゲームだが、VR内でこれらのゲームを実行すれば時間加速の対象にする事は可能である。
「フルダイブ中の生徒達は必然的に身動きが取れなくなるから問題行動を起こして旅先に迷惑を掛けるリスクが無くなるけど……だからこそVR内での過ぎた素行の取り締まりは今も課題だね」
生徒会長の発言に中等部の生徒が異を唱えるような口調と勢いで言った。
「そこは一日目と二日目の夜は教師役のプログラムが巡回して就寝を強いられますが……生徒達の素行状況次第ではそれが無い日も出来るって会長のアイデアが採用されたから大丈夫だと思いますよ!」
「参加生徒全員がダイブしてるから全員の監視も容易という事なんですよね……わざわざ今回の為だけに新しくプログラムを作ってくれたフットワークの軽さは流石ベンチャー企業ですが。それにしても――」
持前の長い前髪で顔の右半分が隠れた副会長が更に発言。
「船の名前がモーフィアスで、搭載されてるAIの名前がドリーって……」
「ギリ、シャ神話……でしたっけ? 登場する神様の名前だそうですが、ドリーはもっと直球ですよね。でもこれくらい分かり易い方がいい気もします!」
「そこは議論する気無いよ。潔すぎて無駄に圧倒されてるだけで」
生徒会補佐にそう返す副会長だったが……その後も会議は続いたようだ。
斯様なまでにジェイナ女学園の中等部と高等部の生徒が並んでいるのならば……此処らで制服について触れる事となるのだろうか。
ジェイナ女学園の制服はオリーブの実と花の二色を基軸に構成され、校舎の異なる初等部は私服ながら服の目立つ所に学園が配布するアクセサリーの着用を義務付けている。
一年から三年のアクセサリーはやや黄色味を帯びた白、四年から六年は鮮やかな黄緑……そんな造花六種は大きさと形状で視覚的な差別化も。
中等部二年である生徒会長補佐の制服は地球発祥のセーラー服デザインでオリーブの実に更なる鮮やかさと若干の暗さを加えた色をメインにし、学年を識別するスカーフは黄色だった。
残る生徒会役員三名は全員高等部一年だがサーキュラースカートとなるよう仕立てられたワンピース型の制服を着用。
ワンピースの色自体は中等部の制服と同じだが生地が上質の為、色合いが異なって見え、折り返された裾や襟の部分はオリーブの花を意識した仄かに黄色い白が見える。
中等部ではスカーフ部分をシアン、マゼンタ、イエローでローテーションさせる事により学年を判別させ、似たような方式が高等部制服にも。
メリウスに至っては私服制ながら制服が存在。部活段階で本格的な企業活動を行うメリウスはビジネススーツが支給……そのスーツをデザインしメリウス側に購入させる権利枠を企業に争奪させる事でメリウスの収入要素の一つを成している。
現在のメリウスのビジネススーツの権利枠を勝ち取っているのはリヴァイアサン社傘下のアパレル企業……海をイメージさせる絶妙な色合いの暗い青系の色に自社の企業ロゴの色を織り交ぜたネクタイだが、来年も枠を勝ち取れるとは限らない。
メリウスの制服に採用されている間は余程長引かない限り一般販売が出来ない為翌年敗れてもブランドイメージが乗った上で市場に出す事が可能。
過去に採用されたスーツをメリウスの生徒が購入する事も恒例の為、採用期間中の一切の費用を企業側が持つなど駆け引きが激化する事は珍しく無いが……生徒達に投票を求めるほど拮抗する事は稀。
メリウス側だけで決まる事もあれば、選りすぐりの審査員を集めたコンテストに発展する事もあり、その際は開催と放映の権利も争奪対象に。
さて、あれから続いていた会議も終わる様子。
「とりあえず社長がちゃんとした方だというのは我々の目で確かめましたからここまで来ると無事成功する事を祈るだけですかね」
「本社に行って確かめようと言い出しのは貴方だったよね……ではこれにて本日の会議を終わります。みんな、お疲れ様」
どんな社長か確かめて生徒達にレポートするべきだという案を生徒会補佐の生徒が出した日の事を思い出しながら、ジェイナ女学園生徒会長にしてリヴァイアサンの社長令嬢――月海咲朔夜が淡々と言い放っていた。
それから暫くして副会長である長身の女子生徒も生徒会室を後にするのだが……そこで、そろそろ会議も終わる頃かと待ち構えていた生徒二人と遭遇。
「ゆーちゃんお疲れー……ねぇねぇ聞いてよ」
その少女の髪型は頭部並みのボリュームを両に蓄えたビッグテールで、レモンイエローの髪には黄色味を帯びたライムグリーンと表せる部分が所々。
瞳は銅板のような色合いのカッパーカラーだったが、会議の内容を聞き出すでも無く、ビッグテール少女は更に喋る。
「ここ最近小判でさー、ヤコバってプレイヤーに会う度に負ける……ただでさえメリウスの生徒たちには負けっぱなしなのにぃ」
「他の部員達はだらだらやってばかりだけど、ハナは小判頑張ってるよね」
「でもエンジョイ勢止まりだよー……あっちは小判やる為だけの部活枠があるのにこっちは気ままに色んなゲームをする為だけの部……まぁ、頑張る」
「……あ」
溜め息よりも小さかった為、その呟きに二人は気付かなかったが……ハナと呼ばれた少女のすぐ傍にはもう一人、女子生徒がいた。
声の主はストロベリーが甘く掛かったベージュ髪を背中半分まで伸ばし、左右のリボンで主張控えめにツーサイドアップを結び、瞳の色は髪と一致。
頭に結ぶ両のリボンは正面から見て左側が茶色、右側が白と大人しめにアシンメトリー……そんな少女が持つ携帯ゲーム機特化形状のパーソナルデバイス画面にはダンジョン探索RPGとアクションものを併せたゲームが映っていた。
そのゲームにはレベルアップが無く、敵からのドロップアイテムの中からステータスアップ効果のあるアイテムを獲得し強化して行く。
一つの項目が上がり他の項目は下がる効果のあるアイテムや特定数値分だけ底上げする武器や防具などがあり、ステータス分布次第では装備出来無いものばかりと様々な育成方針で遊べるゲームのよう。
強力だがドロップ率が低い事で有名な武器を得るべくボスクラスの敵を倒していた少女……一日掛かりを想定していたドロップの瞬間が少ない周回数で訪れた為、思わず声を上げる事となった。
廊下でのゲーム行為はジェイナ女学園では校則違反になり、放課後の場合は罪の度合いが和らぐが……そんな細分化された校則違反の大小に応じて素行ポイントが生徒達に加算されて行き、それらの集積情報を学園側が管理。
校則自体は厳しい事で有名なジェイナ女学園だが殆どの違反行為は数値上の処理で済ませ、生徒自体への処罰は無いも同然……本当に看過出来ない問題を起こした生徒への対処は退学である。
謹慎処分で済まされる事は無くその詳細情報まで公表されるが……刑罰対象となる規模の行為が対象となる為、ジェイナ女学園を卒業した生徒は在学中一度も重大な犯罪を行わなかった生徒という事に。
素行ポイントの詳細で我が子の校内での様子を把握出来、厳しい校則を何処まで守れるかが知りたい厳格な教育志向の親への需要にまで応えたシステムと言える。
そんな背景もあって厳罰以外の校則に関してはルーズに過ごす生徒と校則を絶対遵守しようと努める生徒に分かれるジェイナ女学園だが……前者をイージーモード後者をハードモートと内外で呼ばれがちである。
ハードモード条件で卒業をした生徒は規則を守る素行に優れた生徒として企業から採用の決め手に成り易く、素行ポイント自体は多い生徒でも詳細を見れば問題視する程でも無いと判断が下され採用されるケースも少なくは無い。
以上の事からジェイナ女学園卒業者は企業側にとってなかなかのブランド力を誇り、その就職率の高さに惹かれて我が子を入学させようとするケースも目立つ。
さて、先程のツーサイドアップ少女の発声に会話が遮られたわけでは無い為、小判の話題は続いていた。
「何か練習したいキャラや武器があったら、忙しくない時に付き合うよ」
「いつもありがと……じゃ、行こっか」
ユウと呼ばれた少女の言葉に対し手を伸ばしながらそう返すハナだが……ユウはその伸ばされた手を取る事にやや躊躇し、動かし掛けた右手を止めた。
「……えっと」
ユウがそう呟くや更に手を伸ばし強引にその右手を掴むハナ。更にもう片方の手も伸ばし、
「ほら、ひまちゃんも」
そう声を掛けられたヒマと呼ばれた少女は既にセーブを終え安堵しながらプレイを続行する中、言われるがままその手を取る。一方でユウは手を止めてしまった事をやや後悔している様子。
「んー、やっぱり戸惑っちゃうなー」
「触っても爆発するわけじゃ無いんだし」
「するんだよねー……いや、この右手が人型の時はしないけどさ」
ハナにそう返したユウは自らの利き手である右手へと視線を注ぐ。
ユウは右手を蜘蛛と似た節足動物を思わせる形状に変化させた後、動く爆弾として腕から分離させるレドラの持ち主で、失われた右手はまた人の形で再生する。
一度使用すると充分な爆発力を蓄えるまでにかなりの日数を要し、使用直後から満タン状態まで一気にチャージする事は可能だが、その場合は自身の寿命を大幅に消費する事に。
自然回復で溜まった分をレドロ化するならば寿命への影響は軽微で、それも充分な食事をした状態ならば解消される。
ユウのレドラは満タン状態で過ごし続けても自然回復分が無駄になる以外のデメリットが存在せず、いつまでも保持し続ける事が可能。
蓄積量に応じて爆発威力が上がる為、自らの右手を爆発物扱いしたユウの姿勢は間違いとは言えないが、発言通りレドロ化前に右手が爆発する事は無い。
そんな蜘蛛形レドロ爆弾は自分を中心としたある程度の範囲内までかなりの自由度で動かせ、起爆タイミングも任意。
いつまでも起爆しない場合はそのまま溶け崩れて行くが、劣化した体液が外気に触れると爆発する性質がある為、レドロ化させたからには爆発させる必要がある。
この爆弾が前述の射程外に出ると最後に指示した内容を愚直に実行するだけになるものの、例えば「直進を続け、強い衝撃を受けてから十秒後に爆発」などの複合命令も有効なまま実行し続ける。
「ランダムに移動しターゲットを捕捉次第その方向に加速」と乱数が絡む命令をした場合は行動が定まらないが故、ランダムと命令された時点で爆発する。
後半の内容は有効ではあるが、命令全体を一括して受け取り、無効な内容が含まれていた場合、入力時点で爆発するというのが詳らか。
これが「ターゲットを捕捉次第、そのターゲットに向かい続ける」ならばセットされた対象を最短経路で追尾する有効な命令となる。
自らが得た情報への絶対的な記憶力を持つ為、「今まで移動して来たルートを繰り返し、衝撃を受けた時点で爆発」という命令も大いに可能である。
以上がユウこと紙通湯雨が有するレドラの全容であり、無理のない間隔で使用と検証を重ねて行き、これらの内容を充分に把握出来てから彼女は自らのレドラの使用を控えている。
このままレドラを使い続け、右手の再生精度が低下するならば……使用後に右手の再生が不十分なままになる可能性も大いに危ぶまれ、ヒトのものでは無い形状で生えて来るようになるという懸念さえ浮かぶ。
そんな現段階では人間と遜色無いユウの右手をハナは繋ぎ、ユウとヒマを両隣りにした横並びで廊下を歩き始めたが……このようにユウとハナとヒマが仲良く並ぶ姿は頻繁に見られ、その様子はまさに仲良し三人組。
歩きながらユウは心の中で……来週は生徒への修学旅行の説明かぁ、と呟く中、ハナが元気な声で叫ぶ。
「そうだ! 今夜はあの双六ゲームの続きしよ!」
ユウが「いいね」と返し、ヒマも若干嬉しそうな顔をしながら軽く頷く。
そんな光景が繰り広げられたのはジェイナ女学園高等部一年の修学旅行が控えた十日前での出来事だった。




