第16話 小判になるまで
「うーん、ゲーセンもいいけど……食べ切れば無料の大盛りパフェにチャレンジするってのもあり……でもはるちゃんとあたしの二人しかいないし……」
そんな悩まし気口調の千熊蜜子を遠音遥が眺めていると――
「これより先は不審な武装集団とセキュリティ部隊が衝突しています。民間人の方は立ち入らないようにして下さい。繰り返します――」
管理AIによるアナウンスが流れた。そんな中、遠音遥のパーソナルデバイスの方で何やら着信があり、
「……呼び出された」
そう遠音遥が呟くや、千熊蜜子は調子を崩された程度の反応は見せたものの特に驚いた様子も無く軽めに発言。
「いてら」
現場を見れば、その集団は人間とロボット両方の戦闘を視野に入れた武装をしており、大人数では無い事を除けば比較的充実した装備。
相対するアヌビス社製の人型汎用ロボット数機は直ぐにでも目の前の集団を一掃出来る装備ではあったが、生け捕りにしたい事情を抱えていた。
そんな状況下、武装集団のすぐ傍で爆発音が聞こえるや、やや狭い範囲で高さ十メートルにも及ぶであろう規模の激しい爆炎が縦方向に巻き起こる。
「投降を推奨。三発目は直撃させます。」
近場の音声設備からアナウンスが入るなり今着弾した場所の反対側に当たる部分に同様の火柱が出現し、再び周囲を炎で照らした。
「……これが猊帝か。おい野郎ども、降参するぞ」
「初日で出鼻を挫かれやしたねー」
三つ目の爆炎が上がる事無くその場は収まり、威力よりも爆発時の派手さを優先した特殊弾を放った武装ヘリは移動……やがて今も千熊蜜子がいる先程の場所まで来ると、中から遠音遥が降りて来た。
「またお手柄だねー……報酬いいなぁー」
「さっき言ってたパフェ。失敗しても払えるようになったから……行く?」
「んー……」
「学費を立て替えてもらった分への貯金ってだけじゃ……寂しいし」
「それなら今あたしが欲しいもの買ってとおねだりした方がいいかなー……いやーでも」
千熊蜜子が難しい表情を見せ更なる思考を始めた様子だが、遠音遥も千熊蜜子も低所得者層の為、本来ならばメリウスにはとても通えない家柄。
遠音遥は自らのアルマを狼垣寺冥能に知られた事により世話を受け、メリウスの学費も狼垣寺冥能が支払い、返済の必要が無い事も決まっている。
遠音遥としては自分の力で得られる収入が何処まで肩代わりされた学費に届くかに挑んでいる節もあるが、返済する事で長きに渡って世話になった狼垣寺冥能から独り立ちのような事をしたいという思惑も窺えそうだ。
アルマを使う際に役立つからと狼垣寺冥能からは射撃や軍用機の操縦の訓練まで本格的に叩き込まれる環境も都合されていた為、つい先日クラスの女子三人に囲まれるような事態になるのも当然な程の技能が遠音遥には備わっている。
対してレドラではあるものの特に取り柄の無い千熊蜜子がメリウスに通学出来ているのは入学前に家族総出でクイズ番組に出演し見事優勝を果たしたのだが……その賞品コースの中にあったのが銘璃磑総合大学附属高等学校への全学費肩代わり。
千熊一家が選択間違いや当てずっぽうを繰り返し、他の回答者が脱落する決め手となった難問を事ある毎に突破して行く様は、今も同番組でのちょっとした伝説となっている。
住居の手配も賞品の一環であり、独り子の千熊蜜子は両親と共にメリウスにやや程近い高層住宅に移り住んだのだが……階層は大分異なるが遠音遥もその高層住宅で一人暮らしをしている。
遠音遥は幼くして両親に売られ、引き取り手の富裕層からは他の家族同等に可愛がられていたがアルマが発現しその内容が判って来るやフェンリール社への献上品にする事で自分達が運営する企業の地位向上が図れるのではと手放された。
娘と仲良く遊んでくれただけでなく能力まで発現し、最後は一族の発展に貢献し得る取引材料になってくれた……何て素晴らしい子だったのだろう。
そんな趣旨の言葉を紡いでいた辺りが、引き取った富裕層が遠音遥をどのような目で見ていたかを推察する材料としては充分か。
ここで遠音遥が千熊蜜子に曖昧な気持ちで提案する。
「じゃあ、その欲しいもの……買う?」
「んー、でも小判の限定アバセットだし」
千熊蜜子が言った『小判』とはネットゲームの略称で、ジャンルはFPS。
正式名称は『カーニバル・オブ・アーマード・バン・ガール』……メーカーは「キャラバン」と略される事を想定していたが、日本語勢には「コーバン」の部分が着目され『小判』となった。
このゲームを語るには前進となるFPSゲーム『バン・ガール・カーニバル』から述べる事となろう……製作会社は小判同様レヴィエール。
隠すべき部分を意図的に避けた衣装を女性キャラに纏わせ、男性キャラに至っては何も着用せず体格や異形性でバリエーションを為していた。
このようにレヴィエール社が手掛けるゲームは、今も昔も全年齢条件で語るのは困難な場合が多いのだが……バン・ガール・カーニバルの段階から本格的なゲーム性を備え、勝つ為には高度な技術が要求されるといった風に競技性が強かった。
故に前述の問題要素目当てよりも、純粋にFPSゲームとしてプレイする者達が集って行き、その傾向を受けレヴィエールは全年齢版の開発を決意。
結果生まれたのが、女性キャラの全身を鎧で覆い、銃弾や射撃魔法が入り乱れる戦略型FPSゲーム『カーニバル・オブ・アーマード・バン・ガール』。
前述の要素への需要にも対応するよう細かな鎧破壊、敗北者への特殊モーションなどの機能枠がある年齢制限版とそれらが一切出来ない全年齢版の二種を販売。
どちらか片方を購入すれば両方のプレイヤーとマッチングが可能で、年齢制限版プレイヤーとのマッチング回避などの細かな設定も充実している。
今や小判はレヴィエールのゲームを代表する世界で一番プレイされているFPSゲームで世間的にはスポーツとして扱われ大会も盛ん。学生の部活動としても高い人気を誇り、メリウスでも専用の部活枠があるほど。
メリウスの小判専用FPS部は所謂ガチ勢の巣窟の為、千熊蜜子の実力では入り込む余地は無いと言えよう。
しかし千熊蜜子は小判のキャラやスキルをその場の気分で変え続けて来た為、今では全キャラの基本的な操作方法は制覇し、どのキャラの腕前もガチ勢には劣るが競技性よりもゲーム性を楽しむプレイスタイルが見て取れる。
「んー、やっぱ」
そんな千熊蜜子が悩んだ末に答えが決まったような表情をし、更に続ける。
「あたしのお小遣いで買うかー……今の話は金欠になった時、ご飯ご馳走になる時の為に取っといて」
「そっかぁ……」
特に落胆した様子は無く、ただ大人しい声でそう呟いただけの遠音遥。
二人は暫くの間、何も言わずに歩き続け……やがて遠音遥が口を開く。
「じゃあ。今日はみっちゃん家でみっちゃんが小判やってるの、眺めようかな」
「はるちゃん小判全然やらないよね? ……いいの?」
遠音遥は銃がメイン武器のFPSを避ける傾向にあり、丸腰状態で魔法のように射撃を放つキャラも豊富な小判でもそれは該当した。
銃ならもうリアルでお腹いっぱいだから、という趣旨の発言を過去に遠音遥がしている事を踏まえれば不思議な事態では無いが、そもそも。
遠音遥がゲームをするのは千熊蜜子といる時くらいで、先の富裕層の令嬢とはアナログ要素の強いゲームや玩具で遊ぶ事が多かった為かデジタルゲームへの関心が若干薄い嫌いが遠音遥にはある。
「はるちゃんがゲームで遊んでる時の表情、見てるだけで楽しいから……他のゲームしたくなったら一緒に遊べるし」
そう言う遠音遥の口調は穏やかで優しく……その表情は淡いながらも笑顔という言葉を恣にする程の明るさを帯びていた。




