第14話 モーフィアス号にてⅠ~皆がお喋り~
魔法少女レッドインフェルノは確かにマギアと呼べる存在だった。
そんな彼女が起こしたショッピングモール『ペリオ』での騒動よりも以前となるまだ今年の六月に届かない日の出来事――
その少女は仰向け状態で、空から落下していた。
少女はジェイナ女学園の制服を纏い、周辺では姿勢の違いはあれど同じく落下する女子生徒達の群れ……その全てがこの日行われていたジェイナ女学園高等部一年総出の修学旅行の参加者だった。
修学旅行をフルダイブ式のVRで行おうと提案したベンチャー企業により実現した空の旅だったがVR機器と生徒達を乗せる、飛行船形状を意識した旅客機『モーフィアス号』の全体は、細やかなまでに空中分解を起こしていた。
フルダイブ中は体の安静を保つ為、寝具や検査台のようなものに各自横たわっていたのだが……そんな生徒達がフルダイブしたまま遥か上空から落下して行く様は棺桶という形容が浮かんで来そうだ。
重力加速度が地球と大差が無い惑星ヴェリオンでは、高度六千メートルもあれば音速で地面と衝突する事になるが……モーフィアス号が飛行していた高度は旅客機としては低めの三千メートル辺り。
この距離の場合、衝突時の秒速は音速と言うには百ほど不足し、空中に散らばるジェイナ女学園高等部一年の全生徒が落下するまでの時間は凡そ二十五秒となる。
機器そのものの落下は想定されておらず、落下傘などの備えが無いこの状況で、全ての生徒達がこのまま落下するのは確定と言えよう。
先程の少女に至っては自らの名前を叫ぶ他の女子生徒の姿を置き去りに落下を続け……徐に口を動かして何かを呟いた末、地面と激突。
まるで赤い花が咲いたかのような光景を忽ち描いて行くのだが、それらが広がる勢いに対し、体が損壊して散らばる際の音は――随分と静かなものだった。
◆
「ぼちぼちこの記事読んでみたけど……結構前のになっちゃったなぁ」
「んー、モーフィー何とかのだね。先月辺り爆発があったっていう」
「何で爆発したか判ってない、怪事件」
「そういや続報って出てたっけ?」
アタシが魔法少女になってからそれなりの日が過ぎ、気が付けば六月。
さっき見かけた可愛い女の子二人の会話が聞こえてから暫くして……メイと手を繋いだまま今日の待ち合わせ場所に到着。
「まっなちゃーん! めいちゃぁーん!」
相変わらず元気いっぱいの声で真っ先に叫んで来たのは千熊蜜子ことクマ子。
そのボブカットの髪は程よく焼けたパンケーキみたいな色合いで、左手が変に大きくて白かったりもするけど……蜂蜜色の瞳も結構目を引くかな。
「今日はいい天気! お日様ぽかぽか!」
負けじと元気な声を上げたのは赤と白の真ん中くらいの色の長い髪を伸ばし、頭に大きな赤いリボンカチューシャを付けた女の子――リーザ・ウインドスミス。
「ここの樹木は投影じゃなくて本物だとは聞いてたけど……これが植物の葉の手触りなのね」
まだ人間の方の左手で街路樹の葉を優しく撫でる岐埼嶺夏ことレナ先生。
紅い紅茶のような髪を顔の右半分が隠れるまで伸ばしてて、髪の長さ自体は首を少し過ぎた辺りまでのミドルヘア……人間部分の右目はターコイズブルー。
街の外観何て投影装置でどうとでもなるという考えもあるけど、こうして実際に植えられた木に特別感覚えちゃう人って多い。しかもここはデザイナーに依頼してどんな木を植えるかを事前に決めた場所。
緑の葉の樹木が並ぶ中で紫や青緑など違う色の葉をその全体に茂らせてる樹木が所々にある事で独特の空間が醸し出されてて、散歩道として結構人気のスポット。
今アタシの人間視界に映ってる樹木の内、八割が普通の緑色の葉で……残りは紫や青緑、中にはチョコレートみたいな色の葉もあるけど……この辺ってあちこちにあるベンチのデザインがお洒落なんだよね。
「レナ先生は和服が本当に似合ってるなー」
唐突に漠然と呟いた女の子の長い髪は紫の暗清色で……その鮮やかな深紅の瞳を覗き込んでも大抵何考えてるか読み取れずに終わる。
そんな狼垣寺冥能ことアタシの幼馴染メイは最近だと、レナ先生に似合いそうな和服を見つけてはレナ先生の体に合うようにして贈ってたりする。
レナ先生が着ているのはビリジアンの生地に様々な花や模様を白だけで描いた、和洋折衷と言えなくもない和服。
レドロ部分である右上半身部分を完全に露出させて残された人間部分の左側をお淑やかに覆ってて……やっぱりレナ先生は綺麗だなー。
「これだけ集まったのに、特に何もせずに皆で並んで歩くだけだ何てね」
地味に注いでたリーザへの視線を逸らしながらアタシは発言した。
可愛い女の子してるだけならそれでいいんだけど……アタシが魔法少女になった矢先、学校に来たウインドスミス親子……警戒したくもなる。
何かボロを出さないか目を光らせてはいるけど、これだとアタシの方がリーザを監視してるみたいな事になってる。
メイにもリーザにも不審に思われたく無いんだったら、今日は普通に過ごすのが正解だね。
こんな風にレナ先生が外出し易くなったのはフローラ先生のおかげかな……そうだね、いい寄り道先が見つかって皆で入ったら楽しそう。
「今日は誘ってくれてありがとう、狼垣寺さん」
「レナ先生はいざとなったら護衛にもなるけど、こんな綺麗な和服美人を連れ回せるのが嬉しいって方が本音かなー」
レナ先生の言葉に対し透き通った声で返すメイ……そんな感じで女子五人で何気無い散歩を続ける内に、クマ子がこんな事を言い出す。
「にしてもレナ先生の大きな手、いいなー」
レナ先生の右手と言うか右半分はレドロ部分で、ヒトの肌に血糊が大分残ったような色合いを放つ右腕は異様なまでに発達した筋肉により肥大化。指先から生えた大きな鉤爪は白くて、何だか骨が突き破って出てるみたいな感じがする。
クマ子の手はやけに白くて爪の形が凶暴だけどちゃんと人型……レナ先生の右手は細かい手作業とかは無理だって一目で解るくらい歪。
「……そうですか?」
怒ってはいないけど表情も声も結構強張らせてレナ先生が返し、クマ子が今にも溜め息を吐きそうな表情で言う。
「あたしの左手は男子と腕相撲したら大抵負けるくらいの腕力だけどさ……レドラなんだから殴ったら壁とか壊せるくらいのパワー、欲しかった」
「……確かにあそこの木くらいなら今の右腕でもなぎ倒せそうだわ」
そう答えるとレナ先生は立ち止まり、傍にあったパーソナルデバイス拡張エリアを利用しそうな様子……クマ子は喋り続けてる。
「だからレドロらしい事が出来るレドラを見てるとさ……羨ましいって言うか……その」
歯切れが悪いクマ子だけどレナ先生はパーソナルデバイス拡張エリアの方に視線が向かうような場所へと移動してる。
パーソナルデバイス単体だと例え立体投影出来ても範囲は限られるし表示も大して鮮明じゃ無い。
平面ウインドウなどのGUIを表示させるには充分だけど、表示精度や有効範囲を拡張する大掛かりな設備を店内や道端に用意しておく事で、携帯サイズ端末でも据え置きコンピューターのような使い方が出来るようになってる。
エリア内の限界範囲まで平面ウインドウを表示させた上で手元にキーボードを映したり、デバイスの方で再生してる立体動画を投影したりと……広いスペースって何かと便利。
「千熊さん」
そんな領域にレナ先生が表示させたのは立体画像の方だね。
声を掛けられたクマ子がレナ先生の方を向くと……そこにはレナ先生が変身して完全にレドロ状態になった時の姿が映し出されていた。
レナ先生の姿はレドロが発生した際に紛らわしいから、この辺りの管理AIには変身時の画像データが行き渡ってて、こうして本人が表示をお願いする事も可能。
変身と言うより全身をレドロ状態に変化させるみたいだけどね……今も筋肉でかなり膨らんだ右腕だけど、それが更に肥大化して、それが左腕でも起きる。
その筋力は見た目通りで、腕ほど肥大化しない脚も充分人間離れしたものに……その体躯で繰り出されるパワーとスピードは目を見張るものがあるね。
顔部分もヒトのものとは思えないものになるけど、今のところ変身時も会話出来るくらい理性が残る……変身を積み重ねて行けば、どうなるかは判らないけど。
「貴方が羨むものは、こんな姿になってまで手に入れたいものなのかしら?」
ただ純粋に、疑問を投げ掛けるような調子でレナ先生は言い放って……クマ子はややうつむいて声の調子が更に沈んだ感じで呟いた。
「……ごめんなさい」
微妙に気不味い空気が流れてるけど……険悪ってほどじゃ無いかな。
そんな雰囲気を纏った間が幾らか続いた後、クマ子が口を開く。
「何だか時々……すっごく寂しい、みたいな気持ちになるんだよねー」
そんな淡々とした声を出し始めたクマ子の言葉は更に続いた。
「持ってる人は持ってる能力の中のレドラという力をあたしは持ってるのに、他のレドラを見る度に、自分の力の無さを思い知らされるって言うか……」
そしてクマ子は人並みに、その左手を見上げるような方向へと伸ばしながら、
「何で、この左手は伸びるのかなぁって……」
言葉自体が佇むような感じで漠然とした声を放つ。
レナ先生の質問にクマ子が答えないまま沈黙した時間が積み重なって行って……これは会話が途切れた感じかな。そう思ったアタシはとりあえず言ってみた。
「まっ、たまにはこうして考え込むとかしてみるのもいいんじゃないかな」
「機械を出し入れするだけのアルマじゃ出来ない悩みかなー」
メイがアタシに続いたけど……確かにアルマって出して無い時はただの人間なのは間違い無いか。そして大抵のレドラは体の一部がレドロ化してるからヒトの形を維持してるとは言い難くなりがち。
アタシは魔法少女に変身しても人間の姿のままだけど……姿形だけ人間ぶっても人間だと断言出来なくなるって事は、初日で思い知った。
まぁ姿形が合ってれば人間かって議論をこの場でするんだったら――
「リーザとしても能力って興味深いなー」
中枢部品の周りに人工肉くっ付けて、外見だけなら人の姿と形を成してるアンドロイドの女の子がすぐ傍にいるんだよね。
そんな感じで過ごした六月の昼下がりは、このまま何事も無く終わりそうな気がしなくも無いとアタシが思ってると、
「あっ!」
皆と歩き続けて暫く経つ中、リーザが少し遠くの方を見ると共に叫んだ。
その視線の先に目をやれば……割と物騒な光景が飛び込んで来たね。
OccasionⅡ『魔法少女は暴れない』……始まります。




