第10話 炎の魔法少女Ⅴ~現れるもの~
・無能力者とその元ネタの解説
無能力者~能力が無い者への呼称。蔑称的な意味合いは一切無く、本作では何気兼ね無く使用されている。
バニラ~TCG用語。そのカードの内容を示すテキスト欄に何も書かれていないカードに対する呼称。その様がバニラアイスを彷彿させるのとバニラアイスのようにシンプルなカードであるという意。
……さっきから視界がおかしい。
前を向いてるはずなのに左右どころか後ろの景色が鮮明に視える。視野が360度になったような感じだけど……もっと奇妙な事がある――
少し前にアタシが手の平近くから放った緑色の炎はモール内で燃え広がる炎の中を突き進んでは触れた炎を喰らうように消してるんだけど。
その緑色の炎から見えてるであろう周囲の景色がこれまた全方位でアタシに視えてるんだよね。アタシの視界の方も視えたままで……どういう事なの。
360度で展開する二つの視界が同時に視えてる上に片方は共有って意味不明だけど……実際にこうして目の当たりにしてるんだよなぁ。これで音まで拾ってたら情報量が凄い事になってたけど、それは自分側の視界の方だけ。
頭の中で思い描いた像を極めて鮮明にして認識し続ける事が出来れば、こんな感じになるって言えなくも無いけど……やっぱり異常事態だね、こんなの。
とりあえず360度の視野全てが鮮明なのは有難いね……顔を動かす手間が存在し無い。飛ばした炎も好きに動かせるし、便利だなぁ。
そんな緑色の炎を周囲の炎にぶつければ火が消せるわけだから、どんどん消して行こう……炎を消した分だけ緑色の炎が小さくなってくから相殺してるっぽい。
緑色の炎が全部無くなると視界が取得されなくなったけど、新しく炎を出せばその視界が取得されるみたいだね。
試しに複数飛ばしてみるかな……どうやら炎を複数放ってた場合、その中の一つからしか視界を取得出来無くて……視界の取得先は任意で切り替え可能っと。
炎を偵察機感覚で飛ばせる事が判ったし、モール内随所にある炎を手当たり次第見つけては消したいけど……アタシ自身が建物中央に行く事にするかな。
天井から炎を吐き出して店全体を一気に覆う事が出来れば早く消せそうだし、この炎を幾つも飛ばすなら消し残しの確認に使う方がよさそう。
炎を満足に消せずに緑色の炎が消えたら、またそこまで飛ばす時間だけ消化が遅れるからね……ひと思いにやってしまおう。
でもどうやって天井に? そう思った瞬間――
飛べばいいって返って来た気がした頃には、もう体が浮かび上がり始めてた。
じゃあさっさと天井まで移動しよう。この緑色の炎で自分を包んで……少し力を入れるみたいな事したら、建物の天井まで移動出来た。
アタシの視界だけにしたい時は炎から視界を取得しなきゃいいんだけど……今は辺りに飛ばしてた緑色の炎が全部消えてるね。
それじゃあ始めよう。両手を合わせ気味に寄せて、そこに何かを集めるような感じにして……ただただ量を多くして、どんどん集めて……一気に炎を放射する。
この建物の半径は地球の東京ドームより広いようだけど、その長さ以上の緑色の炎が出せたし、まだまだ全然行ける……もっと贅沢に炎を使ってもいいみたい。
じゃあ両手を左右に広げ、向こうまで余裕で届くくらいの炎を両方の手の平から出して……アタシの体が半回転する毎に高度を下げる。そんな動作を繰り返して、二階の高さまで降りてみた。
凄い量の炎を吐いたはずだけど、出せる炎が減ってる気がまるでしない……何だか消費出来るって感覚がやけに強くするし。
「どうにも上手く燃やせて無いから、今度は建物吹き飛ぶくらいド派手に行こうかと思ってたら……何よこれ」
足元から大人の女性としか思えない声が聞こえたので、その場所に意識を集中させる……見えてても目を凝らさないと気付かない場合があるのは変わらないね。
そこにいたのは手足を真っ赤なリボンで巻き、その赤を所々に施した白くて可愛いドレスを着た、とっても鮮やかな赤寄りピンクのポニーテールの女の子。
瞳は見事な金色で、こんな小中学生くらいの背の子があんな大人しか出せない声を出すわけ――
そう思ってたら女の子が口を動かして……その子供っぽい顔とは裏腹な、さっきみたいに大人の雰囲気漂う声が聞こえて来た。
「さっきの炎も何なのよ……全然熱を感じなかった……まぁ、いいわ。邪魔だからどっか行ってくれないかしら?」
見た目はいい感じだけど、あからさまに高圧的な口調……可愛くないなぁ。
「アタシがここを離れたら、何するの?」
さっきの発言で察しは付くけど一応聞いてみたら「決まってるじゃない」と返って来て、更に言葉が続いた。
「ここにあるもの全て燃やす。私の炎で」
「えーと……」
表へ出ろって言葉があるけど、この場合……アタシは続けた。
「こういう時、屋上へ連れ込めばいいんだっけ?」
そして男性同士の拳と拳の殴り合いが始まって、その現場に駆け付け叫ぶ可愛いヒロイン……そんなアニメか漫画を見た事があるような。
「あらあら。じゃあ、屋上では無いけど……」
返事と共に女の子もどきの体は浮かび始め、
「天井なんてどうかしら?」
そう続けると共に両手から炎を噴射し、その推進力で中央の天井まで素早く移動したのでアタシも続く。
ドレスは可愛い女の子はまるで天井に立ってるかのような状態で待ってたから緑色の炎を纏って天井に到達したアタシは頭が下になるまで自分の体を回転させる。
結構動作遅めだけど炎無しでも体を浮かべて移動する事は出来るみたい……速度が欲しい時は炎を使う感じだね。
そんな浮遊状態を維持して天井に足を付けるような体勢をすれば……女の子もどきがやってる手品の出来上がり。
「逆さまになって語らうのも面白いかしらと思ったけど……ノッてくれたようね」
「……どうしてこんな事してるの?」
戦いが始まれば落ち着いて会話なんて出来ないから、今の内にアタシは聞いた。
「空売りって知ってる? お嬢ちゃん」
その一言で、アタシは大部分を察した。察し過ぎて乾いた声が出ちゃったよ。
「あー……」
株を買い、値上がりしたら売って利益を出す。
――じゃあ株が高い時に売って、安くなった時に買い戻すと?
利益が出る事になる……そんな逆転の発想みたいな事するのが空売りだね。
株を買うんじゃなくて売る事から取引を始めるわけだけど……今手元に無い株式をどうやって売るかと聞かれれば「担保を出して株式を借ります」って答えるのが妥当かな。
例えば株を借りて売った時は百万のその株が九十万になった時に買い戻してからその株を返せば十万の利益になり、借りた株が百万で売れた後で百十万に値上がりした時に買い戻して株を返せば……十万の損失になる。
株を買ってる時にいつ売るかの判断を抱えるように、空売りでもいつ買い戻すかの判断を抱える感じだね。
百万で空売りを始めた株が百五十万、二百万と上がって行き、いつまで経っても百万に戻らないリスク以前に……その値上がりによって担保の上限を突破した時は追加の担保が必要になったりする。
何も知らずに手を出したら自分の総資産を越えた損失を抱えてても何らおかしくない取引方法だけど……空売りという取引方法がある事で常に買いと売りが発生する事になるから、市場にとって空売りは大事なバランス要素なんだよね。
空売りに失敗した、って言葉と叫びはウチのクラスでは結構飛び交うし、素人に正しい知識を与えてトレーダーにしようとして来るクラスメイトだっている。
もう女の子もどきの狙いは判った……今日のイベントをショッピングモールごと台無しにする事で大きく値下がりする株式を幾つも保有してる。
そして下がり始めた株価の勢いに拍車を掛けるような別働隊がいるとすれば、これは組織的な犯行。
そうなるとこう質問するのが効率的だね……アタシは続けた。
「次のテロ活動の、資金集めですか」
「せぇーい、かぁーい!」
ほんっとうに可愛く無い――
……女の子の姿で大人ボイスもアリなのかなって議論は次の機会にしよう。
人差し指を向けて来たこの女性は多くの人が頑張って作り上げた商品を、家族や友達とか皆で一緒に過ごそうとやって来た人たちを……大勢の皆を苦しめる事になる組織活動の資金欲しさの為だけに焼いたんだ。
言動から末端の人間じゃなくて幹部クラスと考えていいかも。
「貴方が何者かだなんて……もう、どうだっていい」
そう思ってたらアタシの口から苛立たし気な声が出て、後半は吐き捨てるように喋ってた。
次は何て言おうかな? 腸が煮えくり返るって言葉に従えば、それはもうすっごい大きな音立ててる……あ、ご丁寧に返って来た。
「私が何者? そうねぇ、せっかくこんな格好をしてるんだから」
別に聞いて無いんだけど……まぁ、今は喋らせてあげるか。
「あなたみたいなのが来なければ今頃ここは見渡す限りの赤い炎で……きっと地獄のような景色が広がってたでしょうね」
体を逆さまにし続けるのって人体的にヤバイ事なんだけど、何だかまだまだ平気な気がする。あとお互いスカートが下にめくれないようにしてるっぽい……何て事考えてる間に、次の言葉が来た。
「魔法少女レッドインフェルノ……というのはどうかしら?」
らしいっちゃらしい……でもそんな誉め言葉、貴方に贈る気無いよ。今からその少女の化けの皮、剥いでやるんだから。そう思ってたら――
「次はあなたね。お名前は?」
貴方に名乗る名前なんて無い、って言いたいけど……名乗り合ってから戦うって魅力的……せっかくだし流れにノッておこうかな。杖に触れてからアタシの姿がどうなったかは、こんな視界だからすぐ確認出来たし。
身長と髪の長さは変わって無い。硫化銀の髪は銀と言うよりプラチナに、鴇色の瞳はメイに負けじと真っ赤だけど茜色の光沢が目立つから、赤い色と夕焼けの空が混ざったような色合いになってる。
癖毛そのままに髪を下ろしてて、リボンとか髪飾りの類は無し。
銀色の金属と幾つかの宝石から成る腕輪みたいなのが右手首辺りにあって、左腕にはやや小さめのシュシュが巻かれてる。
服装はスカート付きの白いドレスの所々に緑色が施されてて、目の前の魔法少女と同じ両肩と胸元を出す形状なのが癪に……そこは可愛いからいいか。
あとアタシがしてるシュシュはこの服と同じ色の緑と白が使われてて、緑の面積の方が多いね。
脚のブーツは膝まであって白メインで緑色が所々にあるんだけど……これは服と同じ方向性のデザインなのが雰囲気で判る。ブーツは両方とも同じ長さだね。
腕輪の宝石の色は、記憶の中でぼんやりと浮かぶ、あの杖の宝石と同じ鮮やかな緑色と同じな気がする。
あの杖の姿をもう忘れ掛けてると言うより、むしろ記憶全体に満遍無く行き渡って薄く広がり過ぎたと言うか……そんな感じがする。
腰の裏側で蝶々結びになってるリボンは鮮やかな緑色のみで、後ろ姿の多くを占めるほど大きくて、服に使われてる色より若干暗め。
あの杖の幻覚に触ってからこの姿になって、おかしな視界も始まった……そろそろ口を動かして返事しようかな。
「アタシは、魔法少女――」
緑色の印象が前面に出る姿をしてて緑色の炎を扱うわけだから、落とし所としては……これでいいよね。
既に無能力者どころか人間まで卒業しちゃった気がするけど、目の前の魔法少女をこれ以上野放しには出来無いから……アタシは睨み付けるように続けた。
「グリーンブレイズ」
この逆さまの景色に飽きる前にアタシの炎で、引導を渡そう。




