コンビニン【長谷川 結衣の場合】
私の世界は甘いお菓子とヘドロに塗れた泥人形で出来ている。それ以外は目に入らないし、割とどうでもいい。
「うぉ!スゲェ格好。こんな所でまだあんな格好で歩く奴いるんだな? 」
「いや、でも来るの小さい女の子じゃん? 俺似合うなら肯定派よ?」
そう、それ以外どうでもいい。
どんな仕事をしようが、どんな生活を送ろうが、どんな格好をしようが・・・私は・・・。
「いらっしゃいませ」
私は・・・私に興味がない。
人間は結構しぶとい。
私はこんなに自分に興味が持てず毎日をただ食い潰しながら生きているのに全く終わる気配がない。
人はいつか終わる。
誰にでも終わりは訪れる。
望もうが、そうでなかかろうが。
でも、それなら何故自分で選んでは駄目なのだろう。
「ふふふ〜んふ〜ん。お、新作!」
毎日毎日私は甘いお菓子を口に入れる。
もうそんな生活を何年も続けている。
何度も止めたいと思った。
この行為も、生きる事も。
だけどいつも、私は踏み切れない。
そして今日も私は、甘いお菓子を口に入れる。
誰か、誰か誰か誰かだれかだれかだれかダレデモイイ。
「それ、美味しくないみたいですよ」
ピッ
「・・・・は?」
ピッ
「店長が最悪の味だって言ってました」
ピッ
私は今、近所のコンビニに来ている。
毎日この時間、私は欠かさずここに来る。
私に話しかけて来たのは、いつもそのコンビニでバイトしている男の子だ。今、その事に気が付いた。
「えーと・・・もろ・・」
「諸星です」
「諸星君、何で商品詰めながら、そんな余計な事言うのかなぁ? 不味いって言われたら買いたくなくなるじゃん?」
「ああ。止めますか?」
なんだコイツ。
止めますか? じゃないよ。
そりゃ止めるでしょ?最悪の味なんだよね?
アンタここのアルバイトなのに今、明らかに店の売り上げを減らしたよ。
それよりも、何で私に話しかけて来た?
今まで全く興味示さなかったよね?
「もしかして、ナンパ?」
「・・・ナンパ? ここ、コンビニですが」
分かってるよ、そんな事。
何この子、不思議ちゃん?
「おーい? 後ろつかえてんだけど?」
あら?
こんな時間にコンビニに来る客、結構いるんだ?
今、夜中の3時ですけど?
あと私も、人の事言えないんだけどさ、この人何者なの?
そもそも何故、着物姿?
「ん? なんだよおチビちゃん。ジッと見て」
「えーと。ごめんねぇ? 店員さん、もうそれでいいよ」
失礼だな、この男。
私はチビじゃない。
この男の背が無駄に高いんだと思う。
「はい。1080円です」
しかも、背後の男が持っているのは女性用のファッション雑誌だった。
そんな物わざわざ買いに、こんな時間に着物姿で現れる?
一体どんな仕事をしているのだろう? 気になる。
レジの店員は手早く商品を袋に詰めると、それを私に差し出しながら無表情で聞いて来た。
「スプーン、要りませんよね?」
「うん」
私はプラスチックのスプーンが好きじゃない。
口に入れた瞬間、身体中鳥肌が立つ程あの感触が苦手なのだ。
そうか、私は毎日ここに来る。
だから、きっと覚えられているのだ。
そりゃあこんな目立つ奴が毎日夜中に通ってくれば覚えられるのは当たり前だ。
なんで、そんな当たり前の事に気が付かなかったんだろう?
おかしい。
「ストロー付けますか?」
「わざとなの? それとも天然なの?」
買い物を済ませて店を出ようとすると、背後で怒気を纏った長身で全身黒尽くめの女がレジ店員を睨んでいる。
私は何となく、そちらに目線を向けた。
レジの台には栄養ドリンクが五つ置かれている。
「 何が、ですか?」
レジの青年は相変わらず表情を崩さないまま、問われた女性を見ている。
女性はそんな青年に深い溜息をついたあと、手で先を促した。
「ストローはいらない。お会計して」
「はい。2189円です」
確かに栄養ドリンクを買った客にストローを勧めるのは少しズレている気がするが、直接口を付けたくないという人間が中にはいるのかも知れない。
そんな事で苛々しなくてもいいのにと思ったけれど、私も彼に余計な事を言われて突っ掛かったから、彼女の気持ちも分からないでもない。私はその一連のやり取りを見届けてから外に出た。
いつもと変わらない日常が今日は少しだけ変化する。
私はコンビニの店長に"最悪の味"と太鼓判をおされたデザートを手に、誰もいない家に帰る。
家に着いた瞬間、私は鬱陶しいボンネットを掴んで床に放り投げると衣装を脱ぎながらガサガサとレジ袋からカップケーキを取り出した。
流し台に置いてある銀色のスプーンを手に持ち立ったまま中のクリームをすくい上げる。
ふと、カップの層に目を落とすと緑と黒、そして赤色のスポンジの上に白いクリームがのっていた。
新作コーナーに置いてあったが、何味と書いてあったか。
私は救ったスプーンを、そのままカップに落とすと中身をグチャグチャと掻き回した。
色が段々と混ざり合い、不味そうな色に変わっていく。
完全に混ざり合ったその物体を、私はご機嫌で鼻歌を歌いながらすくって口に運んだ。
コーヒーと抹茶、そして甘酸っぱい酸味が口の中に広がり、なんとも言えない味が口一杯に広がっていく。
不味い。
だが、この見た目に見合った味だと、私は満足な気分になる。そういえば、口に入れた物をこんなにしっかり味わうのは久しぶりだ。
食べ物の味など、今までどうでも良かった。
どうせ、食べても全部吐いてしまうのだ。
でも今日は、久しぶりに物を味わいたい気分だった。
「マズ〜激マズ〜」
結局私はそれを全て平らげて、気が付いたらそのまま眠ってしまったらしい。
物を食べて吐かなかったのは、久しぶりだった。
・
・
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・
「いらっしゃいませ」
次の日、私はまたコンビニにやって来た。
今日はクラシカルな格好で黒と白で統一された衣装である。
入って直ぐ、私は着物を着た長身の男に目が行った。
あちらもチラッとこちらを見た気がしたが、直ぐに目線を外された。
私も気が付かなかった振りをして、いつものデザートコーナーに直行する。
その途中、昨日レジでストローの有無を聞かれていた女性が栄養ドリンクコーナーに立っていた。
いつもなら気が付かず通り過ぎるのだけれど私はふと疑問に思い足を止めた。この女、昨日5本も栄養ドリンクを買っていたのに、今日も買うつもりだろうか?
籠には種類の違う栄養ドリンクが入っている。
誰かへの差し入れか、それとも・・・・・・。
すると、私の視線に気付いた女性とバッチリ目が合ってしまった。
「何? 」
声をかけられてビックリする。
私は動揺を悟られない様に、なるべく子供っぽい口調で返事を返した。
「オネェさんお疲れなの? いつも沢山栄養ドリンク買ってるよねー?」
昨日まで気が付かなかったが、確かこの女は私が来店するこの時間、いつもいる。もう一人の着物を着た男もそうだ。
寧ろ、何故自分は今までその事に気が付かなかったのか。
こんな目立つ人間がいたら普通なら印象に残ってもおかしくない。
「疲れてるのは貴女でしょ?いつも甘い物ばかり買って、よく太らないで居られるわね?」
その言葉に、笑顔が引きつりそうになるのを、なんとか堪えてやり過ごした。それ以上お互い言葉を交わさず、すれ違う。私は動機が激しい自分の胸を押さえた。
女は籠を持ったままレジに向かって行く。
どうやら買い物を済ませて帰るらしい。
私は何故かホッとして、デザートコーナーに目を落とした。
「ストロー付けますか」
私は落とした視線を上げて思わずレジに目線をうつす。
そこにはいつもの様に無表情なレジの青年と、今度は呆れた顔の女が立っていた。
「・・・いらない」
「ありがとうございました」
私は、そのやり取りに違和感を覚えた。
だけど、私には関係ない事だ。
私の世界は甘いお菓子とヘドロに塗れた泥人形で出来ている。それ以外は目に入らないし、割とどうでもいい。
どうでもいい・・・・・・筈だ。
私は適当にカップケーキを掴むと、そのままズンズンとレジに歩いて行く。
さっきからドキドキと胸の鼓動が激しい。
レジに向かいながら、私は自分の変わらない日常がミシリと音を立てるのを聞いた気がした。
雑誌コーナーに立っていた男が何故か目を丸くしてこちらを見ている。何故、あんな顔でこちらを見ているのだろう。
それも、今の私にはどうでもいい。
「いらっしゃいませ」
「これ、美味しい?」
尋ねた私にコンビニ店員の諸星という青年は、一瞬レジの手を止めて、そのまま少し考えた後、首を傾げた。
「分かりません。僕、ここで働くの今日が初めてなんです」
彼の言葉に私も、背後の男も固まった。
私は彼の言葉をそのまま受け入れる事にした。
「そうなんだぁ? じゃあ次はちゃんとお店の人に聞いておいてね〜?」
「はい、432円です」
私はお金を諸星に渡してお釣りを受け取った。
彼は商品の袋を私に差し出しながら、最後に尋ねてきた。
「スプーン、要りませんよね?」
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私は今日も同じ時間、同じコンビニへ買い物に行く。
何故?
さぁ、なんでだろうね?
「いらっしゃいませ」
中に入ると雑誌コーナーには着物を着た背の高い男性が。
入り口の突き当たりには黒い革のパンツに黒のライダースを来た女性が立っていた。
そして私は今日もヒラヒラのレースを揺らしながら可愛い折り畳み傘を閉じて中に入って行く。
昔、誰かが言った。
お前は変わるなと。
ずっと永遠に幼い少女のまま、時を止めろと。
私に、未来は必要ないのだと。
だから、私はずっとそれを守って来た。
誰も私を求めなくなった今でも。
私はデザートを掴むと真っ直ぐレジに向かって歩いて行く。
彼はいつもと変わらない顔で私を出迎えて商品を受け取った。
「・・・これ、美味しいみたいですよ」
彼はなんの前触れもなく、私にそう言った。
私はもう一つのデザートを指さした。
「こっちは?」
「さぁ? 僕、ここで働くの今日が初めてなので分からないです」
「そうなんだ」
彼はお釣りを渡しながら私に尋ねた。
「スプーン付けなくていいですよね?」
最近、変わらない私の日常が一つだけ変化した。
私は、あの不味いカップケーキを食べた日から今の所一度も食べ物を吐いていない。