ドラゴンスレイヤーと反旗の姫君 邂逅
「改めて、あなた達に依頼をお願いしたいの」
ヘザーがそう切り出したのは村の襲撃から、一週間が過ぎた頃だった。
サン特製の回復薬の効果が良かったのか、次第にヘザーの容態も安定してきた。
この一週間というもの、毎日のように村の救世主とルワルナ国のお姫様を一目見ようと村の住人が入れ替わり立ち替わり訪れた。
その度に彼らが持ち寄る村の特産品や手作りの食料品で、アルビーノ宅の客間は溢れたものだった。
ここはワラビー村、村長であるアルビーノ宅の応接間である。
この村に魔物の襲撃を受けてから、宿にしていた宿屋が半焼してしまったため、村長であるアルビーノ宅に全員で泊まり込んでいたのだ。
テーブルを挟んだ目の前にはグレンとサンの二人。
真剣な眼差しを送る彼女は、何かを決意したかのような吹っ切れた顔をしていた。
明らかに以前の彼女とは様子が違う。
決意に満ちた瞳をしていた。
現在、ワラビー村の村長宅にはヘザー 、グレン、サンの三名のみが逗留していた。
他のメンバーは皆、既に村を後にしていた。
ヘザーの回復を見て安心したアインスは、早々に王城へと戻る事を決めていた。
「姫様が安心して戻られるよう、姫様の命を狙っている黒幕
を調べてみます。」
そう言い残し、助手の研究者も連れ立って早朝の霧の中へと旅立っていった。
ロイド達もまた、道中の護衛として付いていくのだという。
そのまま王都のギルドで今回の報告を行い、そして次の依頼へと出立するのだそうだ。
つまり、彼らとはこのままお別れとなるのである。
出会ったばかりですぐに別れる事になるとは…少しばかり寂しくはあるが、冒険者とは元来根無し草の風来坊。馴れ合うものでは無い。
長い冒険者稼業から、幸か不幸か出会いにも別れにもすっかり慣れてしまったグレンは「またな。」と、だけ声をかけた。
ロイド達もそれに答え、軽い挨拶を交わす。
縁があれば、また会う事になるだろう。
しかし、突然の別れを受け入れられない者が一名いた。
サンである。
彼はこれまでの50年間、たった独りで森の奥で暮らしていたのだ。
意を決して新しい世界に飛び出したこの数日間の全てが眩しく、あまりに楽しかった。
そんな中、出会って数日間と短い期間ではあったが生活を共にし、初めて出来た仲間とも言える存在となった彼らと笑顔で別れる事が出来なかったのだ。
これからの長い旅路の中で出会いと別れを繰り返していくうちに、いつかは慣れていくのだろうか。
彼らが去っていく背中を涙でぐしゃぐしゃに顔を濡らし、なんとも物悲しい顔で見送る。
丘へと繋がる街道をゆっくりと進み、小さくなっていく馬車と三人の背中。
彼等が見えなくなっても、その方角を見つめたまま暫く立ち尽くしていた。
もう涙は止まっていた。
バンッ!
突然背中を叩かれ振り向く。
「シャキッとしろよ!
冒険者の旅立ちってやつは、笑顔で見送るもんだぞ。
一度出来た縁ってのは、簡単には切れやしない。
お互いが必要な時には、自然とまた会えたりするもんだ。
これから、あいつらにはあいつらの冒険が待ってるんだから」
グレンが白い歯を見せ不器用に笑う。
彼なりに励ましているのだろう。
アインス達を見送った後、遅めの朝食を囲みながら冒頭のくだりとなる。
朝日が高く昇り、秋口にしては強めに降り注ぐ太陽が容赦なくサンの体力を奪う。
ようやく渇き出した涙を拭い、気だるい気持ちになりながらも朝食の用意をした。
ちなみに本日の朝食は、バターを効かせたトルティージャとライ麦パンとホーロー鳥のつみれスープ。
トルティージャとはバターで炒めたジャガイモ、タマネギを具にして溶き卵と一緒にオーブンに入れるだけという簡単な料理だ。
手間はかからないが、ふんわりとした厚みのあるオムレツに仕上がる。
サンのお気に入りのレシピである。
ライ麦パンには、ワラビー村近隣の森で採取した野いちごのジャム。
つみれスープは、肉団子にしたホーロー鳥からコクのあるダシが出て濃厚な旨味が特徴だ。
そこへ、これまたサンが厳選して採取してきたハーブを効かせた爽やかな香りが口内に広がる一品である。
これまで孤独な生活をしてきたサンには、料理を人に振る舞える事が楽しくて仕方なかった。
並べられた朝食に舌鼓を打ち、食事を済ませたヘザーは改めて切り出したのだった。
テーブルの向かいに座るサンとグレンの両名を真っ直ぐに見つめる。
「改めて、お二人にお願いがあるの。
私は王国から命を狙われている。
誰が何の目的で私を狙うのかは、まだわからない。
本当にお父様が関係しているのか…
いえ、恐らくそれは疑いようのない事ね。
この期に及んで、まだあの人を信じようとするなんて…」
胸に当てた手をぎゅっと強く握りしめる姿は、見る者の胸を締め付ける。
最後には、苦しそうに言葉を吐いた。
「だから王都に戻るために力を貸して欲しいの。
もちろん報酬は支払うわ。
労力に見合うだけの支払いはするつもり。
今は…何も差し上げられるものがないけど…。
私が王都に戻ったら、必ず!」
真っ直ぐに見つめる彼女の瞳には、強い意志が感じられる。
二人は二つ返事でこれを承諾した。
「そうだわ、前金としてこれはどうかな。
呪われていた品だけど…周りに飾ってある宝石は本物だから。
かなりの額にはなるはずよ」
そう言って件の呪われたペンダントを差し出すが、グレンはこれを固辞した。
彼は呪いや霊といった目に見えないものが苦手だった。
解呪されたとはいえ、呪われたアイテムに手をつけるなんてありえない事だった。
結局、呪いのペンダントはサンが受け取る事となった。
改めて眺めると、真ん中には大振りの血晶石が埋め込まれ、その周りは赤いルビーの宝石で彩られている。
細鎖は稀少な金属である聖銀製。
市場に疎いサンはよくわかっていない顔をしていたが、宝飾品としての価値だけでも相当なものだとグレンは思った。
「まあ、乗りかかった船だ。
このまま、はいさよならってのは気持ちが悪いからな。
こうなったら最後まで付き合うさ。
せっかく助かった命なんだ、お転婆姫に死なれちゃ俺も目覚めが悪いしな。
臨時だけど、あんたの騎士になってやるよ、お姫様」
戯けて話すグレンの言葉に思わず頰を赤らめ、ヘザーはそのまま俯いてしまった。
「僕もついていきます。
僕の呪いを解く手がかりも他にないですし。
それに、王都には美味しい料理が沢山ありそうだから」
サンはそう言って、屈託のない笑顔を見せた。
ヘザーはほっと胸を撫で下ろした。
内心、断られたらどうしようかと不安だったのだ。
その時、突然ドアが乱暴に開けられ村人が転がり込んできた。
何度か顔を合わせたことのある村の青年だった。
「大変だ!あんたたち、お尋ね者になっとるぞ!
沢山の衛兵が村のすぐそこまで来とる!」
言葉を理解出来ず、その場にいた全員がきょとんとしていると、突如として大声が村中に響いた。
「この村にグレン パーカーという冒険者が滞在しているだろう!
その者を差し出せ!
ルワルナ国第一王女、ヘザー王女誘拐および殺害の疑いがかかっている!」
慌てて家を飛び出す三人。
村の入り口には、馬に跨り青銅の甲冑を着た衛兵が十数名隊列していた。
馬にも立派な馬鎧が装着されている。
それだけではない。
騎乗用の竜であるドラゴンホースに跨った竜騎兵が5名、後ろに控えていた。
彼等は王国直轄、竜騎士団の隊員である。
普段は王都の防衛、王族の護衛に務めている彼等が駆り出されているという事実が、余程の事態なのであろう証明に他ならない。
《ドラゴンホース》
頭部に一本の角が生えており、頭から首にかけて盾のように硬い鱗で覆われたフリルのある二足歩行の家畜化された亜竜の一種である。
主に雑食で、虫や草を好んで食べ、温厚なため扱いやすい。
速度も強く、小回りが効くため竜騎士団二番隊、竜騎兵用のドラゴンとして重用されている。
一般的な軍馬よりも体力に優れており、三日三晩休まずに走り続ける事が可能である。
「あの旗印は、王国竜騎士団だな。
あの亜竜は見たことのないドラゴンだが。
まさか王国竜騎士団まで駆り出してくるとは…王様も本気のようだな…」
ヘザーはそのドラゴンに見覚えがあった。
それは二番隊でよく見られるドラゴンだった。
竜騎士団には、各部隊によって特徴がある。
一番隊は斥候や調査、暗殺が主な任務となるため、速度重視の飛竜の部隊。
二番隊は突撃部隊、今回のドラゴンホースのような二足歩行の駆竜が主に活躍している。
三番隊は魔法剣士が多く在籍しているため、足は遅くとも魔法発動の反動に耐えられる安定感のある四足歩行のドラゴンが多い。
四番隊は補給、支援部隊で戦闘には参加せず、竜車を使用していた。
しかも、各部隊の隊長クラスともなれば、とんでもない力を持つと云われる伝説級のドラゴンと契約をしているそうだ。
「わぁー凄い数ですね。これみんな騎士団の人達なんですか?竜なんて初めて見たなー」
サンが感心した様子で見回す。
「何事ですか!私は第一王女、ヘザー ルワルナ リヒテンシュタイン!責任者は出てきなさい。説明を求めます」
毅然と立つヘザーの前に、一人の竜騎士が前に歩み出る。
竜騎士団に顔見知りも多い彼女だが、見たことがない顔だ。
蛇のような顔をした男。
その男は竜騎士が身につける紋章入りのマントがついた甲冑を身に纏っている。
竜が三又の鉾に絡みついている紋章が印象的であった。
蛇顔の男が兜を脱ぎ、訝しそうに目を細める。
「おやぁ?王女様は死んだはずじゃあないのかい?
しかし、あの腰の聖剣…、もしや本物か?
まあいい、むしろ好都合か。
このまま既に死んでいた事にしておけば、あの女は捕らえた後、いくらでも好きに出来るだろう。」
独り言のように小さく呟いて、舌なめずりをした。
蛇顔の男は舐めるような視線を彼女へと送る。
ゾゾッと悪寒が走り、ヘザーの全身に鳥肌が立つ。
「俺は今回の隊を率いている王国竜騎士団第二番隊諜報師団所属、アピープ・フィッシュだ。王命により冒険者グレンを捕らえに来た」
蛇顔の男はアピープと名乗り、ヘザー達を舐め回すように見た。
ヘザーの隣に立っていたグレンに視線が止まる。
蛇顔の男は後ろに控えていた男達と目配せをして頷く。
「あぁ、確かに人相書きの通りだ。
あの青い鎧の男がグレン パーカーに相違ないだろう。
冒険者グレン パーカーを捕縛しろ!
そっちの王女を騙る不届きな女も一緒にひっ捕らえろ!
後ろのちっこいやつは処刑して構わん!」
と、アピープと名乗った蛇顔の男は大きな声で竜騎士達へと告げる。
「はっ!」
号令と共に一斉に駆け出す軍馬に騎乗した衛兵達。
流石に騎馬兵の機動力は違う。
三人はあっという間に騎馬兵達に囲まれてしまった。
ワラビー村の住民達は、皆一様に不安そうな顔を浮かべ、遠巻きに見ていた。
どうしたらいいのか分からない、そんな表情である。
「いきなりなんて無礼な!こんな非道が許されるとでも思っているのですか?!」
狼狽し、慌てふためくヘザー。
チッと舌打ちしたグレンが、一番初めに動いた。
身の丈ほどの大剣を振り回し、周りを取り囲む敵を牽制する。
また鼻の先で振り回される大剣から巻き起こる風圧で気圧され、衛兵達の足が止まる。
距離が少し空いたところで、グレンの必殺剣が炸裂する。
スキル「カラミティブレイド」
爆発的な瞬発力で自らを射出し、炎属性攻撃を追加させた大剣を振り回して五連撃を加える、グレンの必殺剣技の一つである。
炎を纏った大剣による連撃を放ちながら、猛スピードで突進していくグレン。
目の前に巻き起こる炎と斬撃に驚き、暴れまわる馬達。
首を落とされた馬が五匹。
混乱する馬の操縦は困難を極め、落馬する者も数名出た。
そういった隙を見逃さず、素早くダガーで衛兵の首筋を一突きにし、とどめを刺して回るサン。
やはり、この二人は強い。
雑兵などは敵にならない。
ヘザーは戦いの最中、二人の連携のとれた動きに感心して見入っていた。
あらかた目の前の敵を蹴散らして道を切り開くことが出来た所で、三人は後方に陣取っていた蛇顔の男と、その周囲を守るように囲んでいた五名の竜騎士達に狙いを絞って駆け出した。
おそらく指揮官は、この中にいるはずである。
突然の反撃に怯む竜騎士達。
「ひい、そ、そう簡単に行くか。蹴散らせー!ドラゴンホース部隊!」
まるで黒い弾丸のように、真っ先に飛び出したサンが後方に陣取っていた蛇顔の男が騎乗しているドラゴンホースに狙いを定めた。
まずはリーダー格を潰す。
群れの獣を狩るときの定石であった。
そして将を射るには、まずは乗り物である馬を射る。
今回の場合は馬ではなく竜であったが、魔獣も棲むような深い森の奥で一人狩りをして生き抜いてきたサンは、本能でそれを理解していた。
凄まじい速度でドラゴンホースの首筋に飛びつき、急所に狙いを定めて短剣を突き立てる。
キインッ!
と、まるで金属同士がぶつかり合うような乾いた音が鳴る。
竜の首を守る硬い鱗に覆われた皮膚に阻まれて刃が通らないのである。
「なんて硬い皮膚なんだ。この首の鱗は急所を守るためか。」
竜が首を振り、サンを振りほどく。
首筋から飛び退いたサンと入れ替わるように、既に横へと回り込んでいたグレンが上段から大剣を真っ直ぐに振り下ろす。
ドンッ!という鈍い音と共に、ドラゴンホースの首は真っ二つに両断された。
硬い鱗で覆われた首のフリルもろともに切断され、その首は赤い血を撒き散らしながら転がっていく。
「ば、化け物か…」
首の無くなったドラゴンホースに騎乗していた蛇顔の竜騎士は、腰を抜かしてその場に崩れ落ちる。
「てめえら、俺の二つ名を知らねえのか?!
この程度の亜竜程度が敵になるかよ。
俺をやろうってんなら、伝説級の真竜ぐらい連れて来い。
剣を向けたんだ…覚悟はあるんだろうな。
自らの命を賭けてるんだろうなぁっっ!!」
周囲を睨みつけながら吐いた強い怒気を含んだ激しい咆哮に、その場にいた全ての者が凍り付く。
グレンの激しい咆哮に、竜騎兵はおろか竜や軍馬の足も竦み、身動きを止めた。
「竜殺しの実力は、本物って事か…」
地面に腰を抜かしていた、リーダーらしき蛇顔の男であるアピープへと剣先を突きつけ、ヘザーが詰問する。
「今回の件、竜騎士団長は知ってるのですか?」
「団長?へへ、それは一体誰の事で?」
へらへらと意味深な笑みを浮かべて男が答える。
「決まっているでしょう!ローランドよ!」
「へへへ、ローランド元団長ね…あの人ならもう居ないよ。
頭の固い人だったからさぁ。
まったく、大臣様の命令に逆らったりなんかするから…なんでも近々処刑されるそうだぜえ。
金魚の糞みてぇに、いつも団長にくっついてたアミス元副団長は…そのまま行方を晦ませて雲隠れさ。
あの野郎は、いっつもすまし顔で気に食わなかったんだ!
ちょっと顔がいいからって…いい気味だぜ。へへ」
口元を歪ませ、下卑た笑いを見せる蛇顔の男。
ヘザーは状況が飲み込めず、少し混乱していた。
「どういう事?ローランド団長は死んだですって…?!アミスも行方不明に?
これは…ただごとじゃないわ。
ただの権力闘争じゃなさそうね…王都で一体何が起きてるっていうの?!」
蛇顔の男はヘザーの問いには答えず、取り乱して頭を掻き毟る。
「あぁ〜、あああぁぁぁあっっ!!くそっ!
このままじゃ、あの人に顔向け出来やしないじゃないか…。
俺はこんな任務で失敗する訳には行かないんだよ!」
頭を掻き毟り、焦りを隠さないその顔には余裕はなく、正常な状態とは思えなかった。
かなり追い詰められているのだろう。
ふと、何かを思い出したように「こんな時のためにと、大臣様に頂いた“この薬”を使うしかない…」と呟いた蛇顔の男は、懐から小瓶に入った液体を取り出し、おもむろに飲み干した。
「お前らぁ!全員あの薬を飲めー!」
他の団員達も、号令と共に一様に同じ小瓶に入った液体を飲み出す。
ひっそりと奥にいた一人の全身真っ黒な鎧に身を包んだ大柄な竜騎士がぼそぼそと何かを呟く。
この男は小瓶を手に持っていないようだった。
頭をすっぽりと覆う兜をかぶっているため、表情を窺い知ることは出来ない。
よくよく顔を見てみると、顔の部分が銀色の仮面に覆われていた。
のっぺりとした無表情な銀仮面の奥で微かに笑い声が漏れた気がした。
「嫌な感じがする。これは何かの呪詛です!気をつけて!」
真っ先にサンが反応して身構える。
ぼそぼそと呟いていたのは、呪文であった。
呪詛を媒介にして、竜騎士隊全体へと魔力を含んだ瘴気が蔓延していく。
液体を飲んだ者達が突然、悶え苦しみ出した。
皆が苦しそうに口を抑えている。
呼吸がままならないのか、中には首を掻き毟る者もいた。
掻き毟られた首筋には引っ掻き傷が無数に刻まれ、幾重にも重なった傷口を真っ赤な血液が彩っていく。
もがき苦しみ、その場に蹲っていたかと思うと、彼等の身体が見る見る変化していく。
丸めた背中からは背骨が刺のように飛び出し、硬質化していく。
その身体は見る見るうちに巨大化し、最終的に体長は3メートルほどにまで達した。
顔は醜く歪み、もはや人間の形相ではない。
その口元は獰猛な狼のように突き出して大きく裂けていく。
その口元からは涎が垂れ下がり、糸を引いている。
だらし無く開いた口内には鋭い牙が並び、まるで蜥蜴と狼を足したかのような形相に変わっていく。
皮膚は禍々しく変色し、まるで干からびた魚のように艶を失い、高質化していく。
尻からは太い尻尾が生え、背中から荊の如く生えた棘が規則的に生えている。
数刻前までは人間であった彼等は、まさしく目の前で異形の悪魔へと変貌を遂げたのだ。それも十体同時にである。
辛くも、液体を飲まなかった衛兵が銀仮面の男以外にも一名いた。
その男は腰を抜かしているのか、地面に座り込んだまま、がたがたと震えて目を大きく見開いている。
「なんだよ、こりゃあ。話が違うじゃねえか…単純に力が増強される強化薬じゃねえのかよ…」
後退りをする衛兵の背後から、例の呪文をかけた張本人である銀仮面の男が声をかける。
「おや、薬を飲まなかったんですか…悪い人ですねぇ、一人だけ助かろうなんて。そんな臆病者はあの人の下には必要ありませんよ、っと!」
ぶん、と銀仮面の男が腕を一振りする。
恐らくは魔法の類であろうか、腰を抜かしていた衛兵の首がねじれたかと思ったら、そのまま千切れて宙へ飛んだ。
ぱつんっ、という乾いた音と共に突然胴体から離れ、くるくると鮮血を撒き散らしながら宙へ弧を描く。
ドサッ。
サンの目の前に首が落ちる。
見開いたままの眼と見つめ合う形になり、咄嗟に目を逸らしてしまった。
この男は危険だ。
ドクンっという大きい脈動と共に、闇の力が目覚めていく。
さーっと見の前が赤く染まっていく。
瞳は真っ赤に染まり、鋭い眼光を放つ。
全身全ての感覚が鋭く研ぎ澄まされていくのを感じていた。
「あなたは何者ですか?」
「私ですか?ふふふ、あなたと同類ですよ。イザベラ様の眷属の一人です。まずは貴方の力も見せて下さい。さあ、お行きなさい!合成生物達!」
銀仮面の男は悠然と両手を広げ、笑みを浮かべたような気がした。
ぴったりと張り付いた銀仮面で表情が見えないが、おそらくはこの状況を楽しんでほくそ笑んでいるに違いない。
そんな声色だった。
銀仮面の言葉に呼応する様に、散開していた合成生物と呼ばれた異形の怪物達が一斉に襲いかかってきた。
その内の一体と交戦をはじめたヘザー。
素早い剣捌きで細剣を幾度も突き立てるが、全く刃が通らない。
「なんて硬い皮膚…では、これではどう?」
軽く目を瞑り、小声で魔法の詠唱を行う。
「慈悲深きアルミス神よ、荒波に抗うべく、我らへ眩い導灯を。光を纏え、光矢拡散」
光の粒子が構えた細剣に集束されていく。
目を見開いた途端、光を纏った剣閃を拡散させた。
無数の剣閃が光の矢のように、敵を貫いていく。
だが軽く突き刺さった程度ではダメージはほとんど受けていないらしく、合成生物は意に介す事なく大きく腕を振り回して反撃してきた。
「きゃあっ!」
ヘザーは合成生物の腕の一振りで、軽々と吹き飛ばされてしまった。
「レベルが違い過ぎる…」
地面に叩きつけられ、かなりのダメージを負ったヘザーは暫く立ち上がれそうもない。
一方その頃、グレンも合成生物相手に苦戦していた。
合成生物一体ですら、かなりの強敵である。
ましてやこの数では多勢に無勢。
硬い皮膚に守られた合成生物達を相手にどうにも攻めあぐねており、じわじわと追い詰められていた。
このままでは、こちらの体力が先に尽きる事は明白だった。
「正直残念です。イザベラ様の眷属になったといっても、元は非力な人間。
ましてや覚醒したばかりのひよっこでは、やはりこの程度の力ですか。
これでは、あなた達を必死に庇って死んだ“あの学者”も浮かばれませんよ」
聞き逃せない台詞に、サンの目の色が変わる。
「…どういう意味です?あの学者って、まさかアインスさんの事ですか?あの人に…一体、何をした!」
魔力を放出し、目の前の合成生物一体を吹き飛ばす。
「大臣は気の小さい者でしてね…、そこの王女様には、どうしても死んでいて欲しいようです。
聖剣伝説を気にしてるんです、あなたが怖いのでしょうね。
先日、城にひょっこり戻ってきたあの学者に、計画通りに王女が死んだのかどうか質問を、もとい拷問したみたいなんですが、彼ったらなぁーんにも喋ら無いんですよ。
大臣は気が短いもんだから、ついに怒らせちゃって…。
あっさり殺されちゃいました。
まあ、黙秘を貫くって行為こそが王女様が生きている証になるんですけどねぇ。いやぁ無駄な努力でした」
手を首にあて、首を切る仕草をしながらへらへらとおどける銀仮面の男。
聖剣伝説とは、ルワルナ王国に伝わる伝承の一つで、ルワルナ国創生に携わった初代国王と、側近の七人の英雄が持っていたと言われる聖剣に由来する伝説だ。
この国には、未だに七つの聖剣が各地に眠っており、その眠れる力が解放されると、神々にも匹敵するほどの力を持つと言われている。
銀仮面の男の発言を受け、ヘザーもグレンもあまりの出来事に頭がついていかず、しばらく呆けていた。
ヘザーの教育係でもあり、王国でも指折りの魔術学者であるアインスが殺されたというのである。
怒りは遅れてやってきた。
「大臣が狙っているのは王女、貴女の命とその腰の聖剣。
そんな安っぽい剣が聖剣だなんて、大臣は伝承を恐れるあまり、思い込みが激しい所がありますからねえ。
私にはどうにも信じがたいですが…。
でも私にはそんな事どうでもいいのです!
大臣の計画も…、暗愚な王の思惑も…、背後に蠢く我らがバアル(女王)の意向も…。
私が興味があるのは…貴方です。」
そう言って、怒りに震えるサンを指差した。
サンは目に涙を溜め、銀仮面を睨みつけている。
「先日、イザベラ様が貴方の力の覚醒を感じられたと、それはそれはお喜びになられてました。
それ程までにあのお方が熱を入れている人間の少年とやらを見に来たのですが…はぁ、かなり期待外れでした。
この程度の下等な生物(大臣の玩具)にも苦戦する有様では、来たる大戦であのお方の力には、とてもとても成れそうも無いですねぇ」
大げさに肩を落とし、ため息をつく銀仮面の男。
「何かキッカケが必要ですね…。ふむ、やはり血か…」
ぶつぶつと言い終わる前に片手を開き、魔力を込める。
銀仮面の足元を中心に紫色の魔法陣が広がっていく。
その手をぎゅっと握りしめた。
途端に辺りから悲鳴が上がる。
逃げ遅れて遠巻きに見ていた村人達の首が血飛沫を上げて、突然弾け飛んだのだ。
その数、実に十数名。
その場にいた誰もが突然の出来事で、目の前に広がる惨状に整理がつかなかった。
ただ、この悪魔の如き所行が銀仮面の男による仕業である事は誰の目にも明白であった。
なんらかの魔術、魔法を使用して村人達を殺害したのだろう。
銀仮面の男の力の顕現を目の当たりにしたサン達は恐怖を感じ、まるで金縛りにあったかのように、誰一人身体が動かなかった。
歴戦の猛者で数々の修羅場を潜ってきたつもりであったグレンにとっても、初めての感情だった。
「住む世界が違う。」と、無条件に死を覚悟した。
「そ、そんな…アグリー!あああぁぁあ!」
いや、凍りついた場の中で一人だけ駆け出す男がいた。
倒れた村人の1人に駆け寄ったのは村長であるアルビーノだった。
彼の妻もまた、銀仮面の魔法に巻き込まれて命を落としてしまったのである。
村長宅で、妻であるアグリが紅茶を入れてくれた光景がサンの脳裏を駆け巡る。
倒れた者達は、皆一様に首から上が無くなっていた。
頭部を失った見るも無残な妻の亡骸の肩を揺らし、声の限りに泣き叫ぶ村長の姿が、あまりにも残酷で胸を締めつける。
勿論、彼の呼びかけに対して返事などはなく、壊れた人形のようにぐらぐらと肩を揺らすだけである。
「おや、片割れですか。そんなに悲しむ必要はありませんよ…すぐに全員あの世に送ってあげますから…」
感情は遅れてやってきた。
男が言い終わる前に、怒りが頂点に達したサンが弾けるように飛び出す。
動きに警戒して合成生物がまた周りを取り囲みはじめる。
「邪魔だあ!」
ギラッと真っ赤な閃光の残像を残し、双眸を合成生物へと向ける。
「燃えろ!」と、サンが強く念じると視線の先にいた合成生物達が突然発火した。
体内から噴き出した炎が口や眼から激しく漏れ出る。
闇の眷属の力「狐火」が発動したのである。
狐火は高位の吸血鬼などが扱える術である。
太古の昔から人体発火と呼ばれる怪現象の正体でもあった。
ギャァアアア!と、呻き声を上げ身悶える合成生物達。
しかし体内から燃え上がる炎に成す術はなく倒れ込み、そのまま灰となっていく。
合成生物二体を灰にしたサンの足下には、残る一体の影が伸びていた。
すかさず《影縫い》を発動させる。
影縫いとは、影に対して捕縛や攻撃を行う魔術である。
手にした短剣が黒く闇に染まっていく。
そして足下に広がる合成生物の影目がけて、黒い瘴気を纏ったダガーを力強く振り下ろした。
皮膚の硬さなどは影には関係ない。
影を貫かれた合成生物が急所にダメージを受けて絶命する。
本来は影を縫い付け、動きを止める程度の支援魔法であるはずだが、影伝いにダメージを通す瘴気を込め的確に急所を突くことによって絶命に至らしめたのだ。
あらゆる物を見通すサンの特殊な眼がそれを可能にしていた。
間髪入れず、次なる魔術「絶影」を発動させる。
影に潜り込み、繋がった影へと瞬時に移動する高速移動魔法である。
瞬く間に最後の一体となった合成生物の背後に回り込み、またしても的確に急所を貫いた。
刃物をも通さぬ硬い皮膚で覆われた、高い防御力を誇るはずの合成生物達が、成す術なく倒れてゆく。
「後は貴方だけです。全てを話してもらいますよ。貴方の正体や姫様の暗殺の黒幕について」
全ての合成生物を始末したサンは、銀仮面の男と向かい合う。
「ふふふ…ふふはははは!面白い!面白いですねぇ!
流石はイザベラ様の眷属。
少しは力の使い方が分かってきたようですね、いいでしょう。
今回は特別に及第点としておきましょう…。
先程、私は何者か、そう問いましたねぇ。
まずは、それにお答えしましょう」
唐突に笑い出した男はそう言って仰々しく顔に張り付いていた銀仮面を脱ぎ捨てた。
その仮面の下には、顔がなかった。
首から上がぽっかりと何も無かったのだ。
首すじには淡く黒い霧のようなものが覆っており、明確に視認できない。
先程までは何も感じなかったが、明らかに格上であると感じさせる何かがあった。
恐怖がじわじわと体の自由を奪っていき、手足が鉛のよう重く感じる。
体が重く感じるほどの重圧を感じ、禍々しいオーラを放つ異様な姿に三人は立ち竦んだ。
「まさか…こいつはデュラハンというやつか?!
生ける鎧と呼ばれ、魔王の側近という伝説の…?
ただの御伽噺じゃなかったのか」
気圧されていたグレンが、やっとの事で言葉を吐き出す。
先程から、足が震えて力が入らない。
グレンは初めての経験に戸惑っていた。
命のやり取りをしている戦場において、体が動かない事などあり得ない事だった。
「デュラハン…懐かしい呼び名ですね。
人間達の間では、かつて、そのような名で呼ばれてましたか。」
「私はイザベラ様の眷属が一柱、《門番のホーンデッド・ジョーカーと申します。
以後、お見知りおきを。
全ては、イザベラ様を“バアル(王)”の一柱へと成っていただき、“不死者の王”とするため!
その来たるべき聖戦に備えて、まずは、この豊かな国を貰いうける事としたのですが…。
大臣の姑息な計画ではありましたが…、太古の時代より、この地には、イザベラ様も私も、よくよく深い因縁があるものですね」
ホーンデッドの言葉を遮りヘザーが質問をする。
「不死者の王?聖戦?一体なんの話をしているの…?」
彼女はずっと混乱していた。
「おっと…少しお喋りが過ぎましたか。これから先は、貴女が知る必要は無いことです。」
ホーンデッドが小脇に抱えていた銀仮面から声がして、そう答えた。
相変わらず、仮面を被っているかのように声はこもっている。
「お姫様、貴女は、この神々の創りたもうた舞台で、ご自身が、どれ程の役目を担っているのか、お解りでない。
貴女が生きていては、困るのです。
そろそろ退場頂き、次なる幕と致しましょう!」
そう言ってホーンデッドは、目の前にいたサンを凄まじい速度で弾き飛ばし、ヘザーの前に立ち塞がり、今まさに、その首に手を伸ばそうとしている。
吹き飛ばされたサンは、倒れたままぴくりとも動かない。
気を失ってしまったのかもしれない。
その時。
「させるかよ!」
ようやく、恐怖に打ち勝ったグレンが飛び出す。
肩口へと剣を袈裟斬りで打ち込むが、ホーンデッドの鎧は思いの外、硬く、グレンの剣を易々と弾いてしまった。
「くそ!これならどうだ!」
グレンは弾かれる瞬間、大剣に魔力を込める。
大剣の刀身に刻まれた古代ムーン文字が青白く光り輝き出した。
グレンは僅かではあるが魔力を持っている。
魔法を行使する事は出来ないが、魔道具や神造武具を扱う事が出来た。
彼が振るうこの大剣も、何を隠そう古代遺跡で発掘した神造武具のひとつである。
この、あらゆる武具を扱う力こそが、彼を第一級の冒険者へ押し上げた要因の一つに他ならない。
「潰れろ!グラビティ ブレイドォーー!!」
グレンの持つ大剣を中心に重力が加わり、ホーンデッドの肩口へと押し潰す力を加える。
ホーンデッドに重力が加わり、足下が地面へとめり込む。
本来は重みで対象を叩き切る技なのだが、鎧が硬く、刃が入らない。
このまま押し潰すしかない、グレンはそう思い、さらに力を込める。
「おおぉぉ!懐かしい!神造武具を扱う者がまだいましたか!」
足下がめり込んでいく中、ホーンデッドは顔色ひとつ変えず(顔がないので実際には顔色は分からないのだが)、明るい声を出した。
喜んでいる節さえ見て取れる。
「な…ダメージなしだと?!」
グレンは驚愕の表情を浮かべ、なおも力を込めて剣を押し込もうとした。
その瞬間、ホーンデッドは煩い虫でも払うかのように、右手でグレンを払う。
ただそれだけだというのに、グレンの大柄な体が吹き飛んだ。
「ぐうう…」
弾き飛ばされたグレンは満身創痍であった。
衝撃を受けた右腕のガントレットは粉々に砕け、動かす事が出来ない。
おそらく骨をやられてしまった。そう直感した。
なんとか膝をつき、左腕で掴んだ大剣を杖にして身体を支えている状況である。
次の攻撃を耐える事も、躱すことも不可能。
絶体絶命の状況といえた。
「さて、お遊びはこの辺にしておきましょう。
大臣自慢の玩具達の性能も分かりましたし。」
改めてヘザーの前へと立ち塞がるホーンデッド。
ヘザーは恐怖で体が硬直し、逃げる事さえ出来ずにいた。
「いや、助けて…。誰か…お願い…いやあああ!」
ホーンデッドの腕がヘザーへと伸びる。
殺される。そう思い目を塞ぐヘザー。
しかし、ホーンデッドの腕が彼女へ届く事は無く、一陣の風が彼女を吹き抜けた。
ふと、目を開けた彼女の目の前には、小さな背中。
倒れたはずのサンが立っている。
「はあ、はあ、はあ」
合成生物との戦闘でかなりの力を消耗してしまったサンは、息も絶え絶えの状態で、もはや立っているのがやっとの状態であった。
見ると服装もボロボロになり、露出した肌には生々しい傷口か幾つも残り、相当のダメージが残っている事は明白である。
それよりも肌が露出した事で、太陽の光を浴び、皮膚が損傷を受けていた。
黒い瘴気が立ち上り、火傷のように傷が広がっていく。
「もうやめて、サン!日影に逃げて!あなた肌が…」
ヘザーはサンに視線を向けて息を飲んだ。
サンの顔もまた太陽の光の影響で損傷を受け、溶けかけていたのだ。
顔は焼けただれ、皮膚は朽ちかけている。
歯茎が剥き出しになり、頬骨が見えている箇所さえあった。
それはもはや、異形の不死者そのものである。
その歪な形相に対して恐怖した自分を恥じた。
私を助けるため、自身の命を文字通り投げ出して、敵の前に立ち塞がっている彼に対して、一瞬でも恐怖してしまった。
なんて恥ずべき感情なのだろう。
「満身創痍だというのに、私の前に立ち塞がりますか…。
なんと生意気な」
ホーンデッドはそう言うや否や、目の前に立ち塞がっていたサンを殴り飛ばした。
小さな体は土煙を巻き上げながら、盛大に転がった。
倒れたサンに対して、ゆっくりと歩みを進めていく。
「ぐ…ううう」
サンは立ち上がろうと腕に力を込めるが、もはや力が入らず立ち上がれない。
倒れたサンを覗き込んだホーンデッドは苛立ちを隠さずに呟く。
「ふう。イザベラ様の恩寵を受けた貴方を殺す事はイザベラ様への裏切りに等しい行為。
今日はこの辺にしておきましょうか。
しかし、あの方の寵愛を受けておきながらこの体たらくとは…なんと忌々しい…」
ホーンデッドは近くで泣き崩れていた村人の一人をおもむろに掴んだ。
片手で首を掴み、軽々と持ち上げる。
甲冑に覆われた姿形からは想像も出来ないほどの素早い速度であった。
村人はその動きに反応さえできなかった。
「な、何をするんだ!村の人達は関係ないんでしょう?!離してよ!」
サンは倒れたまま、声を上げて抗議する。
まだ力が入らない。
こんな時に…と、立ち上がる力もない自分を呪う。
「貴方このままでは死んでしまいますから…仕方ないですねぇ。
不死者とはいえ、貴方はまだまだ覚醒したばかり。
完全なる不死って訳ではないんですよ。
まずは太陽の呪いを克服する事です。」
そういうと、ホーンデッドは掲げていた村人の頭をもう一方の手で掴んだかと思うと…。
ぼぎっん。
ぶちぶちぶちぶち……。
聞くに耐えないほど不快な音を立てながら、ゆっくりと首をもぎ取ったではないか。
首の骨が砕ける音、健や筋が千切れる音が周囲にこだまする。
それはまるで、実った果実を木の枝から収穫する時のような気楽さで、ゆっくりと力を込め、捻り、確実にもがれていく。
ぶちゅ……ん。
千切れた首は、ころりと地面に転がる。
口からは空気がひゅうっと抜けて、微かに声を発したような気がした。
その目は大きく見開かれたまま、空を仰いでいる。
苦痛に満ちた表情はそのままであった。
サンは目の前の光景に戦慄し、震えが止まらなかった。
「何を…何をしてるんだー!!!!やめて!やめてくれよーーーー!!!」
遠巻きに眺めていた村人も身動きひとつ取れずにいる。
ヘザーやグレンも同様であった。
目の前で繰り広げられる惨劇を、ただただ眺める事しかできなかった。
感情が追いつかない。
脳に流れる映像を処理する事ができず、無感情にホーンデッドの暴虐な振る舞いを眺めていた。
ホーンデッドは千切れた首から流れ出る血を倒れているサンに浴びせかける。
まるで酒瓶を傾けるのような気軽な動作であった。
首から止めどなく溢れる血液がサンの顔を滴り落ちる。
「ウアァァァアーーー!!やめろーー!」
声の限りに叫ぶが、その慟哭は虚しく空へと消えていく。
その口を開いた拍子に、血液がサンの口内へと入り込む。
身動きが取れない彼には、口を拭う事も出来ない。
容赦なく喉に張り付いてくる血液を、なす術なく飲み込む。
途端、サンの体に電流が走る。
体が熱くなり、細胞が活性化されていくのを強く感じる。
美味い…素直にそう感じている自分がどこかにいる。
あれほど嫌悪した吸血感情。
不死者である事を否応無く思い知らされる。
肉体が静かに回復を始める中、涙が溢れて仕方が無かった。
悔しかったのだ。
不死者としての体と、人間としての倫理観や感情とが不安定になっている事に気付かされる。
まだ、人間としての心がある。
この涙がその証明だと言わんばかりに彼は涙を我慢する事なく、思い切り泣いた。
「まったく、世話がやける弟弟子ですね。
お姫様、貴女の聖剣はまだ目覚めてないみたいですから、折を見て貰いにきます。
これから貴女は、もっと過酷な運命を辿る事になるでしょうね。
それこそ、あの時死んでおけば良かったと思うくらいに…。もはや貴女の知っている王都は存在しません。
王や臣下のほとんども、既に我らの傀儡と化しています。
もし戻るおつもりなら、くれぐれもお覚悟を」
そう言葉を残して、ホーンデッドの姿は黒い霧となって忽然と消えていった。
それこそ砂浜に描いた砂文字が波にかき消されるように、跡形も無く消えたのだ。
辺りには合成生物の歪な死骸と、村人達の無残な首の無い遺体。
それとホーンデッドが残した言葉の謎だけが残されていた。
何故、ヘザーは命を狙われるのか。
イザベラの目的とは、不死者の王とは一体。
謎は深まるばかりであった。
ズキッと鋭い痛みが突然サンの左腕を走る。
見ると全身の呪符は解けており、露出した部分が焼けただれてはいたが、いつの間にかなんとか立ち上がる程度にまで回復していた。
空を見上げると、鱗雲の隙間から太陽が恨めしそうにこちらを睨んでいる。
直視してしまった太陽からの容赦ない陽光を受け、サンはそのまま気を失ってしまった。
グレンとヘザーも金縛りが解けたかのように、その場にへたへたと座り込む。
静寂が辺りに流れていく。
先刻まで五月蝿く鳴いていた秋の虫さえも、今では息を潜めていた。
ヘザーは纏っていたマントを倒れたサンにかけてあげた。
少しでも陽光から守らなくてはならない。
地面をぎゅっと握りしめ、悔しさを噛みしめるヘザー。
あんな凶悪な魔族に、城を…居場所を奪われてしまったのだ。
このままでは城内だけではない。王国全土にまで魔族の被害が及ぶ事は明白であった。
王国のため、民のためにその命を燃やすのは、王家に生まれた者の責務である。
平和と安寧を必ず取り返してみせる。
そう心に誓い、一人静かに闘志を燃やしていた。
もし、父王までもが敵となるならそれでも構わない。
全てを打倒して国を取り返してみせると、強く心に誓った。




