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ドラゴンスレイヤーと反旗の姫君 急転

村の建物を覆っていた火の勢いも翳りを見せはじめ、火災はこのまま鎮火するのも時間の問題と思われた。


村内に入り込んだ魔物が全て退治されたという報告が届いたのだろう、村の外へと避難していた村人もちらほらと戻ってきていた。


ヘザーとアインス一行はというと、この騒動の中、なんと自身の部屋でぐっすりと眠っていたそうだ。

グレンが村中を探しても見つからないわけである。


神経が図太いのかよっぽどの大物か、それとも安眠のために遮音性の結界でも張っていたのか。

王宮でも指折りの魔術研究者のアインスがいるのだ、もしかしたら後者かもしれない。



ロイドと小人のリムは、逃げ遅れた者は居ないかと、辺りを見廻りに出かけた。

ウェリントンは得意の水の精霊術で、村の消化活動を手伝っている。


グレンはというと、そそくさと自身の部屋へと戻り、黙々と武具の手入れをしていた。

「報酬以上の仕事はやらない」

それが彼の信条である。

護衛対象の無事が確認出来た今、やるべき事は村人の世話ではなく、次なる魔物の襲撃に備える事に他ならない。

突如現れた外套マントの少年の一件が気にならないといえば嘘になるが、気にしていても仕方がない。

今は出来ることをやるのみだ。


火事の被害としては、村人の家が4棟全焼してしまった。

幸いにも死者は出ていないが、軽い火傷を負ったものが数名、魔物の被害に遭った者で軽傷者が数名。

これは、ひとえに魔物を素早く殲滅した少年サンの功績に他ならない。

村に甚大な被害が出ていてもおかしくない状況であった。


消化活動もひと段落した頃には、空を覆っていた漆黒の闇は色を薄め、遠く地平線からは、夜明けを告げるように太陽が顔を覗かせている。


サンはというと、村の中央広場で一人、見張り台にもたれ掛かるようにしてうずくまっていた。

差し込む朝日を避けるように、フードを目深に被り、どこか放心状態だった。

そこへ、村長のアルビーノが歩み寄ってきた。


「さっきは…悪かった…。ひどい事を言ったね。魔物が突然現れた事で気が動転してしまって、そこへ君が…以前と変わらぬ、50年前と同じ姿で現れたものだから…つい…」


弱々しい声を発し、生唾を飲み込む。

しわが深く刻まれた喉仏が僅かに動く。

アルビーノの表情は強張ったままだ。


「君は本当に…あのサンなのかい?」


サンは顔を伏せたまま、アルビーノの問いかけに対して静かに頷いた。


「そうか…。」

と、一言呟き、アルビーノも静かに目を閉じる。


「あれから50年か…私は、今は村長をしてるんだ。

あれから君の身に何が起きたのか、良かったら話を聞かせてくれないか?」


アルビーノは、部屋にいたグレンら調査隊の面々にも集まって欲しいと呼びかけた。


一行は村の中央にある村長宅に集合することになった。


お城育ちのヘザーにとっては、村人の生活が珍しいと見えて眼に映るもの全てに興味を示した。


「これは何?何のために使うの?天井は結構低いのね。なんだか暗いわ、明かりはないの?」


「姫様、これはですね…。庶民の間ではよくある風習で…。」


矢継ぎ早な質問にも、アインスが一つ一つ丁寧に答えており、彼女にとって良き先生である事が伺える。


大広間に村長であるアルビーノを中心に囲むようにして、サン、グレン、ロイド、ウェリントン 、ヘザー、アインスが腰を下ろす。

小人族のリムは、ロイドの肩にちょこんと座っている。


アルビーノの妻が紅茶を淹れてくれた。

妻のアグリだと紹介を受ける。

温かみのある笑顔が印象的な女性だった。


紅茶の甘い香りがふわっと部屋中に漂い、緊張をほぐしてくれる。


「まずは、村を代表して感謝を伝えさせてくれ。皆さんのお陰で被害は最小限に食い止められた。本当にありがとう。」


深々と頭を下げるアルビーノに、グレンが答える。


「俺たちは大した事はしていない。例ならそこの坊主に言ってくれ。全ての魔物を倒したのはそいつだ」


その場にいた全員から注目されたサンは目をぱちぱちと見開いた。


「このあたりは、あんな魔物が頻繁に現れるのか?醜鬼ゴブリンは別段珍しくもないが、怪像ガーゴイルなんて悪魔は自然に現れる魔物じゃない。何かの目的を持って召喚される類のものだ。」


アルビーノは目を見開き、驚いた様子で激しく首を振る。


「そんな事はありません。

ここは農作物しか取り柄のない静かな村なんです。

たまに猪や熊が人里に現れる事はありますが、魔物が村に入り込むなんて、これまで一度も……。

ただ、50年前に一度だけ村の裏手の森の奥に凶暴な魔獣が現れた事がある程度で…。」

と、途中で言い淀みサンに視線を送る。


サンは神妙な面持ちで静かに頷き、これまでの経緯を皆に伝えた。

昔、その森で魔獣に襲われて父が亡くなった事。

イザベラと名乗る美しい魔族が現れ、命を救われた事。

命と引き換えに不死者アンデッドとなり、彼女の眷属となってしまった事。

その後は人目を避けるように森へ隠れ、これまでひっそりと生きてきた事。


「そうか…あの時そんな事が…、

気づいてあげられなくて本当にすまない。

ずっと辛い想いをさせてしまったね。目の前でお父さんを失くして帰ってきた君が何かを隠してたのは感じていた。

でも、どう声をかけていいのかも分からず…いたずらに時が過ぎてしまった。

君が突然姿を消した後も決まって5年に一度、父親の墓には花が手向けられていた。

あれはやっぱり君だったんだね」


目を瞑り聞いていたアルビーノが、ポツリと呟く。

すっかり寂しくなった頭を苦しそうに掻く。

額に巻いた包帯には血が滲んでおり、まだ乾ききっていない傷が妙に痛々しい。



ぽたっぽたっ。


頰を伝い、涙が床へ落ちてシミを作る。


サンは自らに起きたことを話しながら、涙をこらえる事が出来なかった。


これまで抑えていた感情が溢れてしまった。

もう止められない。

なによりも覚えてくれていた事が嬉しかったのだ。

父の事や自分の事。

彼はまだ自分の事を友人だと思ってくれている。

溢れ出る涙を必死に堪えながら、サンは言葉を続ける。


「でもなぜ50年も経ってるの?僕には10年位だと思ってたよ…。それでも、十分長かったけど」


その質問にはアルビーノも首を傾げるしかなかった。

代わりに学者であるアインスが口を開いた。


「推測ですが、魔族の眷属としての能力に目覚めたサン君の感覚と世界の時間とでズレが生じているのではないでしょうか。

サン君、周りの気配や人の動きが妙に遅いと感じた事はないですか?」


サンははっと顔をあげる。

確かに思い当たる節はあった。

これまで人と接する機会はほとんどなかったが、狩など集中力を要する戦闘中は感覚が鋭くなり、敵がまるでスローモーションのようにゆっくりと見える時がある。

落ちる木の葉さえも止まって見える瞬間が幾度もあった。


「しかし、ふむふむ、この見た目でアンデッドとは…。

非常に興味深いですね。

瀕死の状態からの回復なんて、契約魔法にそんな使い方があったとは驚きです。

闇属性の魔族でしたら回復魔法は待ち合わせてないでしょうからね。なるほど理にかなっている。

たしか城の書庫で似たような事例の文献を見たような気が…。いやあ、興味深い」


興奮気味に話すアインスの言葉にサンは目を丸くする。


「…どうかしました?」


「お城にはそういう魔族に関する資料もあるの?

じゃあ、お城に行けば何かわかりますか?

この不死者アンデッドの呪いの事やイザベラさんの事。彼女は“太陽の呪い”って言ってたんです!」


「太陽の呪い…ですか。

ただの不死者アンデッド化では無いのかも知れませんね。

そうですね、王城の書庫を探せば手掛かりがあるかも知れません。

それに城には最高レベルの司祭や神官が揃っています。

解呪の手段もあるいは…。

ただ、今はタイミングがよくありません…」


ちらりとアインスはヘザーに視線を移す。

王女が何者かに暗殺されかけ、城を逃げ出している非常事態である事を皆に伝えるべきか悩んだのだ。

今頃、城内ではどんな騒動になっているか見当もつかない。


話を振られたヘザーは鼻をかんでいた。

サンの身の上話に涙していたのだ。


話を振られ、慌てて身を正し、アインスのバトンを受け取るように自身がルワルナ国の王女である事。現在、逃亡中の身である状況を皆に伝えた。


「と、言うわけで。

私たちは、今、大手を振ってお城に帰れる状況じゃなくなっちゃったの。

元々、王宮って所は権力争いとか派閥争いだとか、ずっとどろどろどろどろしてて、それなりには立ち回ってたつもりなんだけどね。

流石に暗殺の黒幕の目星もわからないんじゃ、誰を信用していいのかわからないし」


そう言ってヘザーは、紅茶のカップを静かに置いた。

事の深刻さを感じさせないように、あっけらかんと彼女は言う。


彼女が王女であるとの告白には、サンも驚きを隠せなかった。

村長アルビーノに至っては、急にあたふたと慌てだし、紅茶にあてるお茶菓子は無いかと戸棚を探し出す始末だ。


そんな中、ふと、彼女の胸元から禍々しい気配をサンは感じとった。


「その…気になってたんですけど。お姫様の胸のあたりから黒い瘴気がでてるんですが…」と、おずおずと申し出る。


「胸?もしかして、これの事?」


言われて胸から取り出したのは、赤黒いペンダントであった。

金の装飾に赤黒い宝石があしらわれており、見るからに高価そうだ。


ペンダントからは、やはり禍々しい黒い瘴気を放っている。

危険を察知したサンの瞳が赤く染まる。

顔を近づけ、しげしげと眺める。


「これ…呪いの呪術がかけられてます!すぐに外してください!」


サンの言葉を受けたロイドがウェリントンに目配せをする。

ウェリントンは視線を受け、声もなく頷き、即座に浄化魔法の詠唱を始める。


「水の精霊よ、深き水底から清流の恵みを。不浄を滅し、穢れを晴す清き水の調べ!アクアメディケーション!」


両手で構えた杖から聖水からなる霧が吹き出し、部屋中を包む。



グギャア!ゲギャアオウッッッッ!!

突然、断末魔のような悲鳴ともつかぬ声のようなものがこだまし、ペンダントから赤黒い火柱が上がる。


「きゃあ!そんな…これは一体どういう事…?」


慌ててペンダントを放り投げたヘザーは呆気に取られている。


床に落ちてもなお、ゴウゴウと赤黒い火柱を上げるペンダントを見つめる一同。


「この瘴気は魔物を惹きつけ、理性を奪う作用がありますね。かなり悪質な呪術じゃないでしょうか。」


不死者アンデッドである自身も、口を塞ぎながらサンが指摘する。


「…って事は、魔物がやたらと現れてきたのはコイツの呪いのせいだってのか?!」


グレンが険しい顔で舌打ちをする。


「これはお父様から賜ったもの。そんな…まさかお父様が?くぅう、では私は一体何のために…これまで…仕打ちに堪えてきたと言うの…汚らわしい…」


ヘザーの肩は震えていた。

顔伏せられ、その表情は窺えない。

怒りなのか、別の感情が渦巻いているのか。

彼女の言葉の真意は、この場にいる誰にも分からなかった。


「しかし、よく呪いの魔道具が判りましたね。もしかしてサン君は鑑定スキルをお持ちですか?」


汗を拭きながら、そう言ったアインスの目がまた輝いていた。


「鑑定」というのは、一流の商人や錬金術師などが使えるスキルである。

一部では目利きとも呼ばれ、鑑定スキルにも様々なランクが存在する。

ギルドや商会においては鑑定士は必要不可欠なため、高ランクの鑑定スキル持ちは厚遇され、一生仕事には困らないとさえ言われている。


サンは黙って首を振る。

この日、森から出たばかりだというのに、見るもの聞くことが驚きの連続でサンにとっては見知らぬ知識ばかりであった。

なんとなく、そう思ったとしか言いようがないのである。

自身でも気づかぬうちに、何かしらのスキルが発現してるのかも知れない。


今はそんな事よりも、目の前の呪いのペンダントをどうするかだ


聞けば、これは数日前に現王である父カインがヘザーに贈ったペンダントだという。



「…はあ、はあ。…はあ、はあ。」



一同がペンダントに注目して困惑する中、ヘザーの呼吸が一際荒くなっている。

顔が赤く目も虚ろだ。

余程、ショックを受けたのだろうか。

父親から呪いをかけられていたのだ、無理もない。


「はあ。はあ。はあ。はあ…」


呼吸はさらに激しくなる。息苦しそうに首を抑えている。

汗が酷い、彼女は過呼吸のような状態になっていた。


「はあ。はあ…」


足元がふらつき、今にも倒れそうだ。

ふらふらと壁にもたれかかり、項垂れた背中からは黒い瘴気が漏れ出している。


いや、流石にこれは様子がおかしいと、ようやく周囲の人間が慌てだした。


彼女は尚も苦しそうにもがく。

まるで呼吸ができずに溺れているみたいだ。

全身からは玉のような汗が吹き出し、胸元から首の辺りにかけて纏わりつくように、黒い模様が覆っていた。

黒い模様をよく見ると、それは黒い荊のような形状で、みるみる伸びていく。

黒い荊棘模様は、今にも顔にまで達しようとしていた。

黒く染まっていく首元を苦しそうに掻き毟る。


サンは目の前の光景を処理しきれずにいた。

絵本に、確かこんなシーンがあったなあ。

お姫様が悪い魔女に呪いをかけられる。いや、カエルになるんだったっけ?

呑気にもそんなことが頭を過ぎる。


そうこう考えているうちに、突然ヘザーがバタッと倒れてしまった。



「姫様!姫様ー!」


ヘザーは薄れゆく意識の中で、アインスの慌てた声とそれとは別の悪魔のような笑い声が遠くで響いた気がした。


床に落ちたペンダントは、役目を終えたかのように静かに鎮火していた。

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