ドラゴンスレイヤーと反旗の姫君 覚醒
潮気を含んだ、海風が吹き荒ぶ明け方。
次から次へと押し寄せる海風達は、無造作に石を組み上げただけの石垣に阻まれ、あきらめるように塩の結晶を残して海へと帰ってゆく。
そうやって、すっかりと白く染まった石垣が、この街の周囲をぐるりと囲んでいる。
それらの石垣は、日夜押し寄せる強風や、迫りくる海の魔物から、街を守るために設置されたものだった。
その昔、海の対岸に存在する大陸とは争いが絶えなかったらしく、その名残だという話であった。
目の前には、何処までも続くかのような海が広がり、見渡す限り他の陸地は見えない。
地平線の向こうから、眩い朝日が顔を覗かせている。
空には、いくつかの浮島が遠くに浮かんでおり、雲の隙間からは、浮島の底の岩肌が見え隠れしている。
ここはルワルナ国、海沿いの街、オーバル。
その中でも最北端の岬に位置する、岸壁に立地した冒険者ギルドである。
冒険者ギルド、オーバル支部、通称「海賊の館」。
実際、海賊上がりの者や、荒くれ者が多数在籍する事から、この異名で広く呼ばれるようになった。
ギルド内、ホールの壁に掲げられた掲示板を前に、険しい顔で腕組みをする一人の男がいた。
数々の冒険者へ向けた依頼が貼られた掲示板を眺めながら、その男グレンは眉間にしわを寄せ、すっかり硬くなったメヒカラの一夜干しを齧っていた。
メヒカラはオーバル近海で採れる特産の魚で、飛び出した目玉と淡白な白身が特徴的な魚だ。
特に冒険者ギルド近くの食堂「海猫亭」のメニューにある柔らかく煮込んだメヒカラのトマト煮と、メヒカラの唐揚げは絶品と評判であった。
「うーん、今日はあまりいい依頼が無さそうだな」
彼の名前は、グレン・パーカー。
精悍な顔立ちに、頬に薄らと浮き出た古傷が特徴的な偉丈夫である。
伸び切った芝生のような頭をわしわしと掻きながら、険しい顔付きで唸っていた。
大柄な体躯と、背中に差した大剣が特徴の腕利きの剣士で、冒険者ランクはサファイア。
サファイアと言えば上から二番目の階位で、かなりの高ランク冒険者と言える。
身の丈ほどの大剣を振り回し、伝説級モンスターであるドラゴンをソロで討伐した実績から、“竜を狩る者”と呼ばれ、界隈では名の知れた傭兵兼冒険者であった。
戦闘の実力だけでいえば、冒険者ランク最高位のダイヤモンドに匹敵すると言われている。
しかし、世界で7名しか存在しないダイヤモンドランクに上がるためには、王家や貴族への根回しが必要と噂されている。
つまり、相当な金額と特別な功労かなければ、厳しいのである。
彼には出世欲や自己顕示欲といったものは皆無であったため、さほど気にしていなかった。
また、目が醒めるような青色の装備で全身を固めている事と、サファイアという冒険者ランクから、一部の者からは希少な宝石に喩えて“ブルーサファイア”とも呼ばれている。
全身を覆うように腕には籠手、足にはレガース、肩には肩当て、胸と背中を守るプレストアーマーを装備している。
全て深い群青色の青魔銀製で非常に高価なものだ。
全体的に機動性重視の装備となっており、青魔銀製の防具は魔法への耐性が高く、鉄よりも軽いのが特徴である。
背中には、2メートルはあろうか、身の丈ほどの巨大な大剣を差している。
その剣に鞘は無く、刃を通さない竜の皮と髭で造られたベルトで固定していた。
抜き身の刀身の真ん中には、うっすらと青白く浮かび上がった古代ムーン文字が刻まれている。
特別な付与効果が施された魔剣に分類される代物で、一目で普通の武器ではないと見て取れた。
ここ最近は、隣国との小競り合いもひと段落し、傭兵としての仕事もめっきりと無かった。
平和な事は良いことではあるが、生活するためにも金は必要だ。
そこで、短期間で実入りのいい仕事はないものかと、冒険者ギルドに顔を出した所であった。
そうして、険しい顔でギルド掲示板を眺めていた彼は、背後から唐突に声をかけられた。
「あ、グレンさん!ちょうど良かった。」
振り向いた先には、冒険者ギルドの受付嬢ラミアが立っていた。
「ああ、ラミアちゃん、おはよう。久しぶりだね。」
グレンは、彼女に気さくに声をかける。
彼女は獣人の猫人族という種族で、白く尖った耳と青い瞳、柔らかくしなやかな立ち姿が印象的な娘だ。
腰から伸びた、白く細長い尻尾をしなやかに靡かせている。
「はい、おはようございます。グレンさんったら、今日もまたぁ。そーんな怖いしかめっ面で突っ立ってたら、新人冒険者がみんな逃げ出しちゃいますよっ!」
「人を鬼みたいに言うな。その程度で逃げ出すようなら、どの道、冒険者なんて向かないさ。で、ちょうど良かったってのは?」
「あぁ、そうでした。グレンさんに名指しの依頼が来てたんですよ。お話を聞いていただけませんか?」
大きな瞳を称えたつり目をこちらに向け、悪戯っぽく笑って彼女は答えた。
このギルドに登録している冒険者の中にも、彼女を慕っている者は少なくない。
彼女が人気の理由は、その整った容姿だけではない。
この人懐っこい性格にこそあった。
いつも明るい笑顔で出迎えてくれる事が、心が荒みがちな冒険者達の大きな癒しとなっていたのは間違いない。
眩しい笑顔に当てられ、直視する事が出来ず、堪らず視線を逸らすグレン。
「ちなみに依頼ってどんな?」
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今回、グレンに舞い込んだ依頼。
それは王都セイムスから派遣されてくる数名からなる学者の調査団。
その旅の護衛という話だった。
依頼者は調査団のリーダーであるアインスという学者。
彼等は魔族に関する研究のため、辺境の農村へしばらく逗留するのだという。
なんでもその農村、ワラビー村では“50年前”に魔族が出現し、呪いの儀式を行ったという伝説と、儀式に使われたと見られる巨石が並ぶ不可思議な遺跡が残されているのだという。
その調査の間、是非とも凄腕の冒険者であるグレンに護衛を頼みたいというのが依頼内容であった。
名の知れた冒険者である彼に、名指しで依頼が来ること自体はさほど珍しくはない。
しかし、腕が立つといっても単独では全ての人数の護衛は難しいだろうと、もう一組サポート依頼を受けているパーティが合流し、二組合同での任務となるのだという。
ワラビー村までの道程には、通常、低レベルの魔物しか出現しないため、比較的簡単な任務という印象を受けた。
「あの辺なら、せいぜいコボルトか暴れ猪、あとは低級の昆虫魔物程度か。ちなみに、もう一組ってのはどんなパーティなんだ?」
「それが…、まだ冒険者登録したばかりの新人さんで、私もよくは知らないんです。」
グレンの質問に対して、ラミアの歯切れの悪い返答に一抹の不安がよぎるが、容易な難易度に加えて報酬が高い点も魅力であったため、グレンは二つ返事で依頼を了承する事にした。
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数日後、依頼開始当日である。
早朝、街角の鶏が騒ぎ始める牡牛の刻。
待ち合わせ地点である宿屋の前へと向かう。
指定されたのは、オーバルの中でも一番の高級宿であった。
この街を拠点にして数年になるが、これまでにグレンが宿泊した事は一度もない。
そんな高級宿である。
到着すると、初めて目にする立派な門の前には、これまた二台の立派な馬車が既に用意されていた。
引くのは一般的な馬ではなくムースカと呼ばれる巨躯な白トナカイの一種だ。
ムースカは非常に体力があり、数日休まずに馬車を引く事が可能で、貴族に非常に人気のある生物である。
草食で、おとなしく従順であるため、馬の代わりに馬車を引くのに向いている生物といえる。
加えてその巨体と立派な角から、狼などの野生動物もおいそれと手出しが出来ないため、馬車が襲われる事例も自然と減少する。
なによりも、その白く美しい見た目こそが、馬よりも貴族に重用される所以であった。
貴族とは機能性や合理性で物事を考えないものだ。
いかに派手で、自己顕示欲を満たす事が出来るか、そこが重要となる。
だが、ムースカは北海付近の迷いの森や、世界樹近辺のエルフの森など、生息地が限られており、その数も非常に希少であった。
そのため市場価値も高く、一頭で金貨100枚は下らないという話である。
ムースカの馬車を所有するということは、それだけでステータスなのである。
「流石は王室直轄、王国魔術学会の御一行様ってとこか」
グレンは、誰にともなく一人ごちる。
吐き出した息が、白い残像を残す。
ここ、ルワルナ国では、国を挙げて魔術の研究が盛んに行われており、魔術学会員ともなれば、王宮から手厚い手当ても出るらしく、先々も貴族に召し抱えられるなど、安定の出世コースと言えた。
なんて事を考えているうちに、一向が宿から出てきた。
今回の依頼人はアインスという初老の学者と三名の助手。
どうやら魔術学会副理事長という肩書のお偉いさんだという。
四名共に王国魔術学会の紋章の入ったお揃いの白いローブを身に纏っている。
白いローブの背中には、空から全てを見通すと謂われ知識を表す不死鳥を模った紋章が、赤く色鮮やかにあしらわれている。
どうやら魔術学会の紋章らしい。
「あなたがグレンさんですね。お噂はかねがね。宜しくお願いします。」
「よろしく頼む。今回の護衛は辺境のワラビー村までで間違いないか?」
アインスが差し出した骨ばった手を握り返した。
「ええ。その村にはストーンヘンジ…ああ、巨石が並ぶ不思議な儀式跡があるそうなので、その調査をしたいんです。」
グレンには研究の話をされてもなんのことだかわからないので、曖昧に返事を済ませた。
後から、もう一組の3人組の冒険者パーティーも合流した。
軽く全員と挨拶を済ませるが、学者の一人がローブのフードを目深に被り表情さえ伺えなかった。
グレンはその者に引っかかる物を感じた。
視線、立ち姿、雰囲気…いわゆる学者のそれとは違う気がしたのだ。
おそらくは訓練を受けた人間の者…。
彼なりのこれまでの経験からくる“直感”というしかない感覚だった。
「では、グレンさんはこちらの馬に乗っていただいて、目的の村までの先導をお願いします。我々は馬車で移動しますので」
アインスは全体に指示を出し、馬車に乗り込んだ。
グレンが指定された馬に跨り、ムースカの引く馬車を先導する。
一台目の馬車の中には、アインス達の一団が乗り込んだ。
続いて二台目の小さめの馬車には、護衛のためのもう一組のパーティが乗り込んだ。
秋らしく澄んだ空に、幾何学的に並んだ鱗雲がゆっくり流れていく。
気温は少し肌寒いほどであった。
草原の中央を突っ切るように粗く整備された街道を進む。
出発してしばらく進んだ、岩山に囲まれた地形の谷道での出来事であった。
前方にぽつんと馬車の残骸が一つ、取り残されているのを発見した。
遠目に見ても幌はボロボロに破れており、車輪は外れ、荷台も目に見えて損傷を受けていた。
辺りに人の気配はなく、逃げ出したのだろうか、既に荷車を引く馬もいない。
何者かに襲われたのは明白であった。
幌には乾いた血が貼り付いており、不吉な出来事を連想させるには十分だった。
恐らくは魔物か盗賊かに襲われたのであろう。
人里離れたこの辺りでは、どちらも別段、珍しい事ではなかった。
グレン一行は、詳しく見ようと荷台のすぐ近くまで来た。
その時だった。
ガサガサガサッ!
「しまった!」
その気配に気付いた時には、既に馬車の周りを魔物達に包囲されていた。
辺りの草原に身を隠して待ち構えていたのだ。
馬車を取り囲むように、十数匹のコモンドラゴンが、有鱗目独特の鮮やかな色彩を放つ瞳で、こちらを伺っている。
ギョエギョエギョエッ!
目玉をギョロギョロと動かしながらコモンドラゴンが威嚇してきた。
「おいおいおいおい!こんなの聞いてねえぞ!」と、グレンはぐるっと囲んだ魔物を見回しながら、武器を構えて愚痴をこぼす。
小型の亜竜、コモンドラゴン。
ドラゴンと名はついているが、体調2メートルほどの巨大な二足歩行の蜥蜴である。
青色、緑色、黄色など、それぞれが色とりどりの蛍光色をしており、ぬめぬめとした皮膚で覆われ、その表面には目玉のような毒々しい模様が無数に浮かんでいる。
首には大きな襟がついており、威嚇や攻撃の際には襟を最大限に広げる。
攻撃方法は毒のある鋭い爪と牙で、この毒が非常に厄介である。
即死性はないのだが、体内に入れば麻痺状態となり、ゆっくりと奴らの食事となるのを待つしかない。
加えて群れで狩を行う習性があるため、大抵の場合は五から十匹程度の群れに遭遇する事になる。
コモンドラゴンの群れを殲滅するためには、10名程度の中規模パーティーか、騎士団などの一個大隊が必要と言われている。
そして、とにかくすばしっこい。その俊敏さから湿地帯の悪魔と呼ばれている。
そう、普段は湿地帯に生息するはずの生物なのだ。
グレンはこれまで、この街道沿いで現れたという報告は聞いた事がなかった。
正に異例の遭遇である。
頭の整理はついていないが、魔物は待ってはくれない。
真っ先に飛びかかってくる一匹目のコモンドラゴンを身を屈めてギリギリでかわしながら、すれ違いざまに肩に担いでいた大剣を斜めに振り下ろし、コモンドラゴンの下半身を両断する。
続けて振り向きざまに背後にいた二匹目の首を刎ねた。
くるくると弧を描いて飛んでいった首が、馬車の中に転がり込む。
「ヒイッ!」
学者の一人が息をのむ。
だがアインスは転がり込んできた頭を掴み、まじまじと見つめだした。
「ほお、これは興味深い」と、まるで新しいおもちゃを手にした子供のように目を輝かせている。
グレンが周りの大蜥蜴を蹴散らしながら後方の馬車へと目を配ると、もう一組のパーティがまさに戦闘の真っ最中だった。
もう一組のパーティー編成はというと、ホビット族で丸眼鏡が特徴的な剣士でリーダーのロイド。
ロイドの妹でそばかすが健康的な印象を与える、水の精霊魔導士のウェリントン。
小人族だけどパーティ一番の力持ちである、戦士のリム。
小さな小さな3人組である。
ホビット族というのは純人族と比べると、比較的小さな種族で一番長身のロイドでさえグレンの腰ほどの高さしかなく、小人族のリムに至ってはグレンの両手に収まってしまう程の大きさである。
しかも、ひと月前に冒険者登録をしたばかりの駆け出し冒険者ときた。
その肩書と見た目から、紹介を受けた時は正直不安の方が大きかった。
守るものが増えるだけだと深く溜息をついたものだが、それは杞憂だったようだ。
ホビット族は、勤勉で俊敏な種族だとは聞いていたが噂以上だった。
リーダーであるロイドが敵の分析を行い、自身もショートソードで応戦しながら2人に的確な指示をだす。
ウェリントンは後方から、ウイングブーツ(俊敏性アップ)、パワーバングル(攻撃力増大)といった支援魔法を素早くかける。
強化魔法を受けたリムはぴょんぴょんと飛び跳ねては、敵を翻弄し、その小さな体からは想像も出来ない程の怪力で敵を弾き飛ばした。
ドゴン!という鈍い音とともに激しく吹き飛ぶコモンドラゴンの体。
繰り出した技が拳なのか蹴りなのか、あまりに早く小さいため肉眼で捉えることは出来なかった。
魔物達の連携が乱れ、逃走を図るためにキョロキョロと隙を見せた刹那、タイミングよく詠唱を進めていたウェリントンが魔法の呪文を叫び、水の精霊魔法が炸裂する。
「水の精霊よ、歴歴たる法に基づき裁きの鉄槌を。茫漠の時を刻めひと雫、穿て!水流の閃光!!」
杖をかざした彼女の前には魔法陣が描かれ、水の精霊が背後に透けて浮かぶ。
初めて目にしたウンディーネは水精霊の一体で、薄い水色の体をしていた。
下半身は魚のようなひれがある。グレンは過去に一度だけ見た半魚人を思い出した。
その神々しさはまるで違うのだが。
契約した精霊の加護を受け、力を借りる事が出来る精霊魔道士ならではの魔法である。
一閃。
高圧圧縮された水のレーザービームが杖の前の魔法陣から発射され、目の前に居た三匹のコモンドラゴンを横に一薙すると、全ての魔物の胴体は真っ二つに分断された。
あまりの速度に、ドラゴン達は断末魔をあげる暇さえない。
見事な連携で、とても駆け出しの低レベル冒険者とは思えない。
ぴゅー。と、思わず口笛と共に感嘆の声を漏らすグレン。
彼らはきっと素晴らしい冒険者になる。
そう確信したグレンは、安堵して馬車の後方を彼らに任せ、自身は眼前の敵に集中する事にした。
一匹のコモンドラゴンが回り込んですり抜け、前方の馬車に向かって走る。
まずい。中には戦えないアインス達がいるのだ。
「しまった!一匹、そっちに行ったぞ!」
その時、馬車から1人の人物が悠然と飛び降りた。
助手の内の一人で、例の不思議な雰囲気を放つ者だ。
いつのまにか腰には剣を差している。
ローブのフードを目深にかぶり、やはり顔は見えない。
「馬鹿、馬車に隠れてろ!下がれ!」
グレンは叫びながら馬車に駆け寄るが、とても間に合いそうにない。
走っていたコモンドラゴンが、馬車から現れたローブの人物に飛びかかる。
その瞬間、目にも止まらぬ速度でローブの人物は腰の剣を抜き、ドスッと心臓を一突きにした。
流れるような一連の動きには一切の無駄がなく、その剣線は美しくすらあった。
眼前に迫っていた蜥蜴の巨体は、なすすべなく崩れ落ちる。
だが、急所を貫かれたはずのコモンドラゴンは尚も息があり、ジタバタと暴れながらそのままローブの人物に馬乗りになる形でもつれ込む。
胸に刺さった剣が抜けないのか、柄を握ったまま、のしかかる体重を支えきれず魔物と一緒に倒れこんだ。
「きゃあっ」
どしんっという鈍い音と共に、短い悲鳴が上がる。
この声は女か?
上でもがいているコモンドラゴンにとどめを刺し、彼女の手を引き上げるグレン。
ローブの人物のフードが外れ、現れた姿は若く美しい女性だった。
恥ずかしそうに立ち上がる彼女。
どこぞの貴族令嬢であろうか、どことなく気品に満ちた顔をしている。
光を反射してキラキラと輝くブロンドに、雪のように白い肌、どこか影のある青い瞳が印象的だった。
腰に差した白い細剣には、鞘に細やかな天馬の装飾がしてあり、かなり高価なものである事が伺えた。
「姫様ー!ご無事ですか?!」
アインスが馬車の幌から慌てた様子で顔を出し、彼女に声をかける。
声をかけられた女性は、バツが悪そうに苦笑いしている。
姫様?言葉の意味が理解できぬまま、グレンは気持ちを残りの魔物に切り替えて集中する。
そういえばルワルナ国の国章は、確か天馬だったか・・・?
と、微かに頭の片隅をよぎる。
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「いやー、まさかお姫様だったとはねー。私初めて見たよ、お姫様なんて。やっぱり髪の毛とかキラキラしてるのねー」
無事に魔物を撃退した一行は、日が暮れ始めたため、近くの開けた所で野営することにした。
夜になり魔物除けの焚き火をかこみながら、互いの事情を聞いていたウェリントンが呑気に言った。
ロイドは黙して難しい顔をしている。
何かを思案しているのだろう。
黙々と焚き火用の薪と魔物除けの乾燥ライフプラント(生命の実)を火へくべている。
ライフプラント(生命の実)は体力回復薬としても重宝される植物だ。
乾燥させたものは硬くて食べられないため、スープに入れたりするが、このように焚き火にくべると魔物があまり寄ってこなくなるという。
お姫様はルワルナ国の第一王女で、ヘザー・ルワルナ・リヒテンシュタインと名乗った。
今回の調査隊にお忍びで同行しているのだというが、説明をする彼女の瞳からは微かな動揺が感じられる。
王国の姫様は変わり者で武芸を嗜み、それなりに腕が立つという噂は傭兵仲間の間では有名な話だった。
だが、所詮はお姫様の戯れであり、実戦に出る機会のある王族なんていやしない。
グレンはそう思っていた。
しかし、先程の見事な剣筋には、確かな研鑽の後が見えた。
日々の弛まぬ努力と実戦経験のみが成せる技である。
最後こそ締まらなかったが。
乗馬に舞踏、お茶会にと、お姫様の習い事などはたくさんありそうなものだが、何故、自ら物騒な剣を握り、汗臭い騎士達に混じり武芸を学ぶのか。
周りの貴族は元より、近しい家族でさえも、誰も彼女の行動を理解出来なかった。
ヘザーには誰にも言えない、強い秘めたる想いがあった。
「いくらお忍びとは言え、一国のお姫様なんだ。
普通、王国騎士とか護衛が付くもんだろう?ルワルナ国といえば、王家直属の精鋭部隊、竜騎士団が有名だろ。
なんで誰も御付きの者が居ないんだ?!
ましてや、こんな素性も知れない冒険者なんて雇ってどういうつもりなんだ?」
グレンはメヒカラの一夜干しを焚き火でかるく炙り、齧りながら詰問する。
彼の目を見つめ、本当の事を言うべきかと、しばらくは逡巡していたが、彼女は観念したように話しはじめた。
「実は…今、城の中では異変が起きています。
もはや誰も信用出来る状況にないのです。
父王も、いつからか何かに取り憑かれたように変わってしまいました。
今では家族でさえも信じる訳にはいきません…。
そこへ追い討ちをかけるように、何者かに暗殺されそうになってしまったのです…。
命からがら今回の調査隊に紛れ込む形で、なんとか城から逃げ出しました。
素性も知れない冒険者、なんて貴方は仰いましたが、貴方の噂話は騎士達の間でも有名でしたから」
ロイドが淹れてくれた珈琲を一口啜り、苦々しい顔をしながらヘザーは言葉を続ける。
命を狙われた経験からなのか、珈琲が思いの外苦かったからなのか、表情からは判別はつかない。
「どうせ録でもない噂なんだろうがな」
と、自嘲するグレンをヘザーは真っ直ぐに見据えて返答する。
「悪魔のように強く、お金さえ積めばどんな仕事でもきっちりとこなす。
そして、誰とも群れない孤高の戦士だと。
貴族や王族ともつながりやしがらみをもたない貴方なら、或いは力になってくれるのでは、そう思い至りました。それに、貴方を見るのは今回が初めてではありませんし…」
最後には消えいりそうな声を、やっとこさ漏らした。
隣で静かに話を聞きながら、ずっと困ったような顔を見せ、姫を気遣う様子のアインス。
彼が姫様の勉学を師事していた事から、彼を頼って潜り込だのだそうだ。
二人の距離感を見るに、それ程の密な信頼関係があるとはとても思えなかったが、それだけ彼女の周りには信頼に足る味方がいないのだと、容易に想像できた。
「これからどうするおつもりで?」
グレンの問いに、俯いたまま返答がない。
ヘザーは今にも泣き出しそうな表情を伏せて、焚き火の一点を見つめている。
もう二名の助手にしても、正直面倒な事になったと、迷惑そうにしているのが見て取れた。
その日はそのまま就寝し、翌朝から再出発する事にしたが、翌日以降も不思議と魔物の襲来が後を絶たなかった。
周辺の平原には出没するはずのないコボルトが数匹。それも野良狼の群れを率いていた。
上空から突如飛来した巨大な鴉の魔物、クリムゾン・クロウ。
通常の人間の倍ほどの大きさもある、デス・スパイダー。
全て、この草原には出現する筈のない珍しい魔物ばかりで、討伐レベルも高レベルのものばかり。
もちろん、グレンにとっては敵では無かったが、漠然とした不安は消えなかった。
連戦をこなすうちにかロイド達との連携も上手く出来てきたが、さすがに新人冒険者であるロイド達には疲労が見えてきた。
なんとも言えない不安とわだかまりを抱えたまま、一行は約一週間の旅路の果てに、お目当てであった農村ワラビー村へと到着する。
そこはグレンのイメージ通りの静かな村であった。
辺境の農村ということもあって、観光客向けの看板もなければ、派手なお出迎えもない。
村中を魔物除けの柵で覆い、街道に面した門には扉などもない。
門の脇には無人で設置された松明がゆらゆらと揺れている。
炎が消えないように魔法が施された炎なのだろう。
消えない松明、それはかなり高額な魔道具である。
門番をたてる人件費を考えたら…とグレンの頭をよぎったが、詮無いことだ。
それだけ人手不足が深刻な証だった。
村には宿と呼べるものは一つしかなく、簡素な造りのものであった。
本格的な調査は明日から行うというので、村で唯一の宿で各自休む事になった。
護衛の冒険者用の部屋は一部屋しか用意されておらず、グレンとロイドパーティは、四名共に同じ大部屋に泊まる事になった。
大部屋には、幸いにもベッドは四つ備え付けてあった。
我先にとベッドへ倒れこむ面々。誰もが体力の限界であった。
守るべき人数が多ければ、それだけ神経を使い精神的にもかなり削られる。
ロイド、ウェリントン、リムの三人は話をすることもなく、そのまま泥のように眠った。
しかし、その日の夜、またしても事件が起こる。
カンカンカンカン!カンカン!
グレンが眠りにつこうとウトウトしていた矢先、夜のしじまは切り裂かれた。
唐突に村中に響き渡るように鐘楼が鳴り響いた。
「魔物だー!」
必死な声が村中に響いた。
「おいおい。長閑かな村って話だっただろう。
到着したその日に村の中まで襲撃されるなんて、先日からの魔物連中といい、幾ら何でも有り得ないだろ」
長年、冒険者稼業をしてきたグレンからしても、この度重なる魔物の襲撃は異常な状況だった。
小さく舌打ちをして、素早く装備を固めて外に飛び出す。
ロイド達も後に続く。
村の高台に一際高い建造物である見張り台が見える。
そこに鐘楼が設置されていたのだろう。
おそらくは避難したのだろうか。既に人はいない。
いくつかの家からは火の手が上がり、夜空を赤々と照らしていた。
村人が我先にと逃げ惑い、混乱の様相を呈している。
姫は無事か、魔物はどこだと、辺りを素早く伺う。
村の奥で何かが蠢いている。
闇の中から姿を現したのは、十匹以上はいるかと思われる醜鬼の群れ。
屋根の上には数匹の怪像が見える。
醜鬼は小さく貧相な体躯に、薄汚れた腰蓑を身に纏い、各々が不潔そうな武器や防具を身に着けている。
恐らくは、これまでに襲った人間の物を奪ってきたのだろう。
黄ばんだ眼と同じく黄ばんだ不揃いの歯からは、ねばついた唾液が垂れ下がっている。
一方の怪像は体こそ人間のよう造形をしているがだが、頭部には獰猛な犬のような顔。全体的に黒く石でできた彫刻のような姿である。
背中には同じく黒々とした翼が生えている異形の悪魔である。
村の火事は、恐らく醜鬼が火を放ったのだろう。
きゃっきゃっと、顔を歪ませて嗤っている。
それはなんとも醜悪で、不愉快な顔であった。
早速、目の前に現れた醜鬼に応戦しようとした矢先、背後から黒い影が物凄い速度で駆け抜けていった。
新手の魔物だろうか?!
いや、よく見ると黒っぽい外套に身を包んだ小柄な人間のようであった。
それはとてつもない速さで駆け回り、群がっていた醜鬼を次から次へと見る見るなぎ倒していく。
外套の陰からは真っ赤な双眸が印象的に輝いている。
あまりの速さに残像が尾を引く。
二つの赤い光線が伸びた先では、何をされたのかも分からず、醜鬼が次々と首から血を流して倒れていく。
倒れた醜鬼を見やると、全て一撃のもとに倒しているのが見て取れた。
余計な斬撃は一切なく、首の動脈を的確に切り裂いている。
「ギャアッ!」という断末魔と共に、突然怪像が空から落ちて来た。
外套を身に纏った黒い影は、醜鬼達を一通り片付けると、そのまま家の屋根へと登っていった。
炎が上がっている屋根から屋根へと縦横無尽に飛び回る。
その度に怪像がぽろぽろと落ちてくる。
怪像の討伐レベルは決して低くはないはずだが、まるで夏の終わりの蝉のように簡単に事切れて降ってきた。
見ると、やはり一撃のもとに急所を突かれている。
夜空を飛び回る黒い外套の人物の動きは、まるで背中に羽根でも生えているかのように軽やかだ。
その姿は、自由に夜闇を飛び回る蝙蝠を彷彿とさせる。
時には影の中に体を潜り込ませ、姿を消す。
次の瞬間には、魔物の背後から飛び出しては短剣で首を切り裂く。
見たこともない戦法だが、闇魔法か影魔法を使っているのだろう。
いくつもの戦場を経験しているグレンでさえも、その出鱈目な強さと光景に鳥肌が立った。
ふと、ひとつの疑問が頭を過ぎる。
“こいつは本当に人間なのか?”
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自身が生まれ育ったワラビー村へと駆けつけたサンの目に、悲惨な光景が飛び込んで来る。
轟轟と燃え盛り、空まで焦がす勢いで炎を上げる家々。
村は混乱を極め、我先にと逃げ惑う人々。
我が物顔で跋扈する、醜悪な魔物達。
その顔には愉悦の笑みさえ浮かべている。
十年前、目の前で父を魔物に殺された凄惨な情景が脳裏にフラッシュバックする。
サンは手にしていた短剣を強く握りしめ、無我夢中で目に付いた魔物から切りつけていった。
この村を好きにはさせない!
もう誰も傷つく姿を見たくない。
純粋にその一心だった。
目の前が赤く染まる。
我を失っている自覚はあった。
だが不思議なことに、自分を客観的に観察しているもう一人の自分がいた。
直接、頭の中へ魔法の使い方が流れてきて、闇魔法を発動させている。
次の瞬間には、身体のどこを動かし、自身が何をするべきか分かっている。
とても初めてとは思えないほど、勝手に体が反応していく。
まるで自分ではない誰かが、自分の体を操縦しているような感覚である。
ふと気が付くと、村に侵入していた魔物は全て殲滅した後だった。
息を切らしながら、辺りを見回す。
恐らくは村人だろう、腰を抜かして座り込んでいた老人に気づき、自然と手を差し出すサン。
「大丈夫ですか?立てますか?」
しかし、目の前の老人は驚愕の表情を浮かべたまま、一向に手を握らない。
「その姿…サ、サンなのか?」
僕を知ってる?
「ま…まさか、あの頃のままじゃないか…」
喉から絞り出すように発した声は震えている。
その老人男性には見覚えがなかった。
首を傾げるサンに、男は続けて言葉を浴びせる。
「来るな!ば、化け物め…!!!サンの亡霊か!それとも、やっぱりあの時、既に悪魔に取り憑かれていたのか…“50年前”のあの時に!!」
その必死な声には、なんだか聞き覚えがあった。
瞬間、サンの脳裏に一人の人物の顔が浮かぶ。
「…アルビーノ?」
ふと、子供の頃によく遊んだ友人の名前が口をついて出た。
そう、言われてみれば、どことなく面影がある気がする。
老人は呼ばれた名前にビクッと反応を見せたが、尚も怯えた素振りを見せている。
いや、まさか、嘘だ。
僕と同い年だった彼はまだ25歳くらいのはずで、こんなお爺さんなはずがない。
全然違う。彼の親戚かもしれない。
いや、彼の祖父は幼い時に亡くなっていた。
一緒に、葬儀の花を泣きながら摘みにいった記憶が蘇る。
「まさか本当にアルビーノなの?いま50年って言った?どういう事…?」
動揺を隠せない。
頭が混乱する。
呼吸が激しくなる。
彼の頭からは血が出ていた。
血が。
人の血が…。
呼吸はなおも激しくなる。
目の前が再び赤くなる。
二人の会話を聞いていたグレンは「化け物」という言葉に反応して、間に入る。
様子がおかしい。
外套の男の様子がおかしい。
本当に魔物であれば、戦わなくてはならない。
静かに臨戦態勢を取る。
「落ち着け!俺はグレン、冒険者だ。」
声をかけられ、はっと顔をあげる男。
いや、それは年端もゆかない少年だった。
どうやら少年は冷静さを取り戻したようだ。
改めて、グレンはまじまじと目の前の少年を見た。
少し低めの身長ながら銀色のような白髪に綺麗な顔をしており、どう見ても普通の人間にしか見えず、とても化け物の類には見えなかった。
サンと呼ばれた目の前の少年は、女の子と見紛うほどの綺麗な顔を歪め、なんとも悲しそうな顔をして立ち尽くしている。
先程までは真っ赤に染まっていた筈の瞳は、夜空のようなダークブルーに変化していた。
引き込まれそうなほど美しいその瞳には、今にも零れ落ちそうなほどいっぱいの涙を溜め、困惑の色を滲ませている。
彼は敵ではない、そう悟ったグレンは静かに剣を置いた。




