古の守護者と砂の牢獄 休息
一方その頃、グレンとヘザーは宿屋の一室で過ごしていた。
ヘザーは現在、誘拐され行方不明になっている王女。
いや、すでに王女は命を奪われている。など様々な噂が入り乱れており、情報が錯綜していた。
グレンはその容疑者として、王国内で肖像画付きの手配書が出回っている。
かなり顔が売れてしまった2人といえる。
「ふう、部屋に閉じ籠るのも退屈だな…」
窓際のテラスに腰をおろし、色彩豊かな街並みを眺めながら、グレンは誰にともなく声をかけた。
武具や鎧も全て外し、リラックスした部屋着で寛いでいる。
これだけ心が休まるのは、いつ振りだろうか。
王都から離れた温泉街だからか、それとも…彼女と一緒だからだろうか。
ちらりと部屋の中の彼女に目を移す。
王都のリヒテンシュタイン城から行方をくらましているはずの王女、ヘザーである。
部屋の真ん中に設置された椅子に腰をかけ、バルカナの名産だという冷やしたカルカデ ティーを飲んでいる。
カルカデというのは、街のシンボルにもなっている赤く色付いた鮮やかな花の事である。
甘く華やいだ特徴のある香りを持つ。
彼女もまた、これまでの緊張からは少し解き放たれた様子で寛いでいた。
グレンに対して信頼を置いているのがよく分かる。
「そうね。私も…隠れて過ごすのにも、いい加減飽き飽きしてきたわ。」
ここは王都から離れた砂漠に囲まれた温泉街、バルカナ。
その中でも目立たない区画に存在する宿屋、《水蜥蜴亭》の一室である。
街全体が色彩豊かな石造りの建物が多く、水蜥蜴亭も例に漏れず、水色と白を基調としたレンガ作りだ。
この地方は気温は高いが、街の中はさほどでも無く、過ごしやすい環境であった。
話の肴に亭主に聞いたところでは、建物の構造に秘密があるそうで、レンガに使われる特殊な石材が熱を吸収してが風通りもよい造りとなっているそうだ。
また、街のいたる所が日陰になるよう工夫して街づくりを行っているのだという。
現在の新しい領主に変わってから、劇的に変化があったのだという。
それまでは名物となっている古代遺跡も捨て置かれ、湧き出る温泉も有名ではなく、砂漠に囲まれて流通もないため、かなり貧しい土地だったのだそうだ。
「ほおー、それは大した領主だ。なんて名前なんだい?」と、何気なく質問したグレンに亭主は「レメク様です。何でも高貴な王室の出だそうで、第4王子様だったんだそうですよ」と笑顔で答えた。
「レメク兄様?!」
ヘザーの顔色がさっと変わったのをグレンは見逃さなかった。
水蜥蜴亭の亭主は気付かなかったようだが。
そのような出来事を思い出し、気になっていたグレンは彼女に聞いてみることにした。
「姫さん、レメクというのは兄に当たるのか?王室では顔見知りだったのか?」
兄妹であれば、あわよくば領主の庇護を受けれるのではないかという思惑もあった。
しかし、彼女からの回答は意外なものだった。
「そうね、兄よ。腹違いの兄妹になるわ。王室では、王は跡取りを残す事も使命だと考えられているため、兄弟は多く存在するの。
私が知るだけでも10名はいるわ。
レメク兄様は、小さい時からよく遊んでくれたし、懐いていた方だと思う。
父様の様子がだんだんおかしくなってからは、兄弟みんな疎遠になってしまったけどね。
レメク兄様は賢い方だっから、王室内でゴタゴタか起こる前に、自らこの地に飛ばされるよう仕向けたように私には見えたわ。」
傾けていたカルカデ ティーをテーブルに置き、グレンを見据えて答える彼女の瞳は揺れていた。
まるで心の内を表すように。
「争いや面倒事を嫌う人だったし、私が…噂の王女がこの地に隠れてるなんて知ったら…きっと好ましく思わないんじゃないかな…。
情報が揃うまでは接触は控えましょう」
悲しそうな視線を紅茶に落とす。
赤い紅茶に波紋が広がる。
バサバサバサッ。
その時、一羽のガーネット クロウが翼を翻して窓枠に降り立った。
額には宝石のような魔石が赤く輝き、光を拡散させている。
美しい赤黒い光沢のある羽根。
一見カラスのようなその姿に、グレンは見覚えがあった。
サンの使い魔であるモリグーだ。
以前見た時は丸みを帯びていたが、今回は形状が違う。
大きな翼を広げ、スマートな鳥の姿形をしていた。
そういえば精霊獣は形状を変えられると、サンが言っていたのを思い出した。
「こいつは、サンの使い魔じゃねぇか」
脚に手紙が巻きついている事に気付いたグレンは、その手紙を解いた。
中に書かれていた内容はこうだ。
「おふたりは顔が売れてしまっているので、今回は一人で行動してみます。
宿でゆっくりしていて下さい。
依頼を一つ受けたので、少しでもお金を稼いでから帰ります。心配しないで下さい。
今はアラミスさんっていう、すごい綺麗な人と一緒に古代遺跡を探検してます。
帰れる日取りがわかったら、また連絡します。
サン」
あいつめ…要らぬ気遣いを。
しかし、アラミス?名前が余りにも似ているが、アミスを探しに来た街で…これは偶然か?
あいつ抜けてるからな…。
事の次第をヘザーに伝えると、彼女もまた、深くため息をついた。
「仕方ないわね。一緒にいるその人が何者か、私達が探しているアミスと同一人物なのか、帰ってきて会って見ないとわからない。
ひとまず返事を使い魔に託して、私達は休暇としましょう。
うじうじ悩むのも馬鹿馬鹿しいわね、サン君の行動力を見習わなくちゃ。」
彼女は吹っ切れたような笑顔を見せた。
「さあ、変装して街へ繰り出すわよ!その目立つ大剣は置いてってよね!」
グレンは頭を掻きながら、満面の笑みを見せて部屋を出る彼女の背中を追う。
宿の外は、既に日が傾き始め、赤々とした夕焼けが顔を隠し始めている。
街道沿いには、露店がちらほらと出始めていた。
どこかの露店からか、何かを焼く香ばしい香りが漂ってくる。
ふたりは並んで、匂いに吸い寄せられるように歩き出した。