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戦う理由 〜Case Amis〜

【アミス グランデ】

age:20 / 種族:ハーフドワーフ / 職業:竜騎士ドラグナイト / 精霊竜:火竜サラマンダー



中性的な顔立ちで女性から大人気の王国竜騎士団ドラグナイト元副団長。

魅惑的な黒髪を振り乱して戦うその美しさから“戦場に咲く薔薇”の二つ名で呼ばれている。


種族はハーフドワーフで、実は性別が女性である事を隠していた。


一見華奢な身体からは想像もつかないほどの怪力自慢で、大振りの戦斧ハルバードを縦横無尽に振り回す。


魔法の適正もあり、土魔法と火炎魔法が得意。

精霊竜であるサラマンダーと契約しており、専属の従魔としている。


私は、幼少期より騎士になるのが夢だった。


ドワーフの集落で生まれ、周りは鉱山夫か鍛冶屋か大工。

職人として生きていくことこそが種族の誇りである。

そう言われて育ってきた。


私は騎士になりたい。


そう、始めに思ったのは9歳の時。

ノルノン帝国聖騎士団の魔神討伐における凱旋パレードを見た時からだった。


とても煌びやかで、威厳のある姿に目を奪われたのだ。


ノルノン帝国は、私の住むユーザニア大陸の北方に位置しており、一年の大半を雪と氷に閉ざされた大国である。

第7代皇帝となるアーサー ピエール三世が即位してからは、戦を繰り返し、破竹の勢いで周辺の小国を飲み込み、その国土を拡大していった。


さらには、魔神や強大な魔物を討伐して回った事で、帝国軍の知名度の上昇と治安の維持を図り、結果として国教である聖デミアス教の布教が広まった事も国の発展に貢献した。


この地には亜人種が多く暮らしていた。

その貧困に喘ぐ住人達に、“亜人種にも救いの手を差し伸べる”という宗教の教義が受け入れられた形だ。


実際、ノルノン帝国の政策は手厚く、亜人族であっても教育を受ける事が出来、500年の歳月を経て差別や偏見のない社会の実現に成功している。

噂が噂を呼び、現在では近隣国から亜人種の大半はノルノン帝国へ移住している。


その日は街をあげての大パレード、お祭りであった。


町中に鳴り響く観衆の歓声とラッパの音色。


私が暮らすドワーフの集落は、ノルノン帝国の南にある。


このパレード設営のために人手として呼び出されたのだった。


大規模なパレードの準備には、村人総出で取り掛かる必要があったため、女子供の全てが駆り出された。


パレード当日、私の視線はとある騎士に釘付けとなった。

煌びやかな重装備を身につけ、神への祈りを行いながらも 整然と隊列を成して街を練り歩く彼らの崇高な姿に、まず目を奪われた。


パレードの中心には、今回の討伐に多大な貢献をし、稀代の英雄となった将軍が威厳ある佇まいで手を振っていたが、それよりも将軍の傍で、何事にも動じずに凛と佇む騎士に心奪われたのだ。


子供なら誰もが一度は憧れるもの、伝説の英雄や世界を救うヒーローに。

それと大差はない。

たまたま憧れたのが、騎士だった。

それだけの事。


以来、聖騎士パラディンの伝説に纏わる逸話、童話、寓話を読み漁った。


北の国では雪巫女に使える騎士が魔女を倒して国を救い、南の島では国を脅かす悪魔を相手に王様やお姫様を守る。


騎士とは、常に誰かを護る戦いをしていた。

利己的に生きるのではなく、誰かの為に命を捧げ燃やす。

そんな生き方に強く思い焦がれたのだ。


ドワーフ族の集落に生まれた私の周りには、「鍛冶屋を継ぐんだ。」

「大工になるんだ。」

「俺は冒険者になる。」

そういった連中が多かった。


父は、私が幼い頃に行方不明になった。

鉱山夫であった父は、鉱石を採掘のため鉱山へ行った際に、ドラゴンに襲われたのだそうだ。

母は、私の出産を機に病気がちになり、そのまま亡くなってしまった。


だが、幸いにも祖父母が健在だったため、祖父母に引き取られ、私は衣食住に困る事はなかった。


母は純人族ピュリスム、父はドワーフの鉱山夫。

ハーフドワーフというどっちつかずである私は、周囲から浮いた存在だった。


ドワーフといえば、大地の精霊の加護を受けた土の民、地脈から大地のマナを授かり力に変える事が出来る。

そのため、大地と繋がる部分である足は太く、短く。

鉱山や洞窟で暮らすのに適した分厚い身体と低めの身長が特徴の種族だ。


最近では鉱山や洞窟で暮らすドワーフは減った。

平地で集落を作り、暮らしている者が多い。


だけどハーフドワーフである私は、一般的なドワーフよりも身長が高く、鉱石を掘り出すための立派な太い腕も、大地に根差したかのような太く短い脚もない。


すらりと伸びた手足に、高い身長。

人間と見間違うほどに整った顔。


かなり華奢な部類に入る私は、どうやらドワーフの中では醜悪な容姿をしているらしかった。


幼少期から「なんて醜い、ナナフシのような細い手足なんだろう。醜いお前には嫁の貰い手などないよ。」

周囲から散々そう言われて育ってきた。


“虐め”という程の仕打ちでは無いが、わざわざ、からかいにやって来る同世代の男連中とは、言い争いになることもあった。


しかし、喧嘩となればこの自慢の腕っぷしで黙らせてきた。

村の男で私に勝てる者などはいなかった。

そんな事を繰り返していたら、その内、冷やかしも無くなった。


私は女である事を捨てた。


いや、捨てざるを得なかったと言った方が正しいだろう。


そうでもしないと自我が保てず、周囲に蔓延する悪意と戦えなかったのだ。


より男らしく、より強くありたい!

心からそう願った。

なぜなら、私は騎士となるのだから。


いつからから、剣の鍛錬と体を鍛える事が、日々の日課となった。


閉塞感が蔓延るこの村からいち早く出ていくためには、世の中の知識も必要だと思った私は、読書も毎日欠かさなかった。


その習慣は、祖父母と共に純人達ピュリスムが多く住む街へ引っ越してからも続いた。


祖父母が周囲から浮いていた私の立場を憂慮し、自身の鍛治職人の腕を活かして、人口の多い土地であるバルカナへと越してきたのだった。


そんな中、運命を変える一冊の本に出会う。

やけに古めかしい古書で、この世界の成り立ちにまつわる神話をまとめた本だった。


その本の冒頭は、確かこうだった。



------------------------------------------


『遥か以前。

この世界はかつて、神々の争いが絶えない混沌に満ちた不毛の地であった。


その中でも、一際、強力な力を持った9体の神がいた。


それぞれが神々の王の称号である“バアル”を名乗り、世界を揺るがす覇権争いを繰り広げていた。


魔神アスタ ロスト、蒼き巨神ガイアス、獣神ベート サンライガ、龍王ファフニール ラグーン、夢見の精霊王ロア アクアコート、宵闇の不死王フェニックス ローズ 、海王レヴィ アンタレス、月と石の女神アダマス アルテミス。


9体の強大な力を持った者同士が、覇権を争っていた。

それぞれが真のバアル(王)であると自称し、世界を統べるべく争いあっていたのである…』


----------------------------



この神話では龍王が現在の竜の始祖であり、巨神が現在の人間の創造主であると語られている。


かなり難読な本ではあったが、読み進めていくうちに、心がワクワクした。


結末は覚えていないが、作中で龍王ファフニールと巨神ガイアが友情を深め、約束を交わしたシーンが鮮烈に記憶に残っている。


「これから竜族はそなたらの助けとなろう。だが、これだけは約束して欲しい。竜族の平穏と安寧と子孫達の繁栄を。そして世界の平和を」


世界の滅亡を願っていた危険な存在である魔王アスタ ロストを封印するために、龍王ファフニールは、そう言って自身の力を宝玉に込めて巨神ガイアに託した。


その後、巨神ガイアの子である人神オーディオが、バハムートと呼ばれる巨大な竜に跨って飛び立ち、龍神の力と伝説の聖剣の力を持って魔王を封印する事に成功する…。

その章の結末は、確かそんな感じだったはずだ。


なにぶん現代では使われなくなって久しい古臭い言葉で書かれた書物で、難しい内容だった事もあり、物語のストーリーには曖昧な点がいくつかある。


それからは、竜に跨って戦う竜騎士の伝説に心を奪われ、いくつもの物語や伝説を読み漁り、ルワルナ王国の竜騎士伝説に辿り着いた。


伝説の竜騎士オーディオが、その後、創設したとされるのが、ルワルナ王国であり、王国竜騎士団であった。


ルワルナ国の建国記には、伝説にある神と竜の間に生まれた子の末裔が代々王族となっているとの記述があるのだ。


つまり、ルワルナ国の王族は、神と竜の末裔というわけだ。


もちろん、ただの伝説を担いだ眉唾であろうが、憧憬と好奇心が勝り、どのような国か一目みたいという思いに駆られた。


実際に足を踏み入れると、文明の発展した素晴らしい国であった。


なかでも王国竜騎士団は、創設から数えて1000年と歴史ある組織で、脈々と受け継がれてきた竜との絆、王国への忠誠心に心を打たれたものだ。


ドラゴンに両親を襲われた娘が竜騎士になりたいだなんて悪い冗談にも程がある。

当然、祖父母には強く反対された。


それでも私の生き方を変える気はなかった。

成人するのと同時に、勘当同然で家を飛び出した。


人間の世界に混じっても、男の振りをする癖は抜けなかった。


不思議な事に、人間の中では私は醜くは映らないらしい。


それどころか、「そなたは美しい」などと歯の浮く台詞を並べて口説いてくる輩も多く居たが、流石に真に受けるほど純真ではない。


竜騎士団には、女性は入団出来ないと聞いた時には、愕然とした。

考え抜いた末、なんとか男だと誤魔化して入団出来た。

なんのことはない、元々、自分は男だと思って生きてきたのだ。



戦場では、真っ先に先陣を切って飛び込んだ。

私は、より強くならなくてはいけない。

ひ弱な人間達を片っ端から蹴散らして回った。

より男らしく。


いつのまにか『戦場に咲く薔薇』などという二つ名でもてはやされていたが、意に返さなかった。

私は、一刻も早く立派な騎士になるのだから。


そんな時だった、ついに目標となる一人の騎士に出会った。

彼はどんな戦場でも生きて帰った。

功を焦らず、淡々と任務を遂行し出世していく様を眺めていた。

勤勉に剣を振るい、純真な心で竜と向き合い心を通わせる。

王国に対しての強い愛国心と忠誠心。

私に欠けていたのはこの感情だと得心した。


最後の最後に、もうダメだと思った時、振り絞る力の源はこの国を『護るという想い』なのだ。


何よりも…〝私より強い男〟。


男の名前はローランド グリス アンダルシア。

無骨な男集団にあって、花を愛でる事と動物と戯れる事が好きな変わり者で、逞しく精悍な顔つきの男だった。

アンダルシア流剣術の家元で、剣の腕ももちろん一流。

幼少期からしっかりと学んできたのだろう、兵法にも優れ、戦では負け知らずだった。


花や動物にうつつを抜かす、甘く弱い女々しい男だと、初めは思った。

だが一緒に任務をこなす内に、彼の内面的な強さを目の当たりにした。


やはりというべきか、ローランドはみるみる出世を重ね、ついには一番隊隊長となり、彼と同じ一番隊に副隊長という役職で配属された。

どうやら、彼が強く推薦してくれたらしい。


私が観察していたように、彼もまた、私を見てくれていたようだった。


それからは様々な任務を一緒にこなして色々な話をした。


彼は立派な家柄の騎士の家系である事。

良家の貴族の娘と結婚させられそうになって、慌てて逃げ込むように竜騎士団に入った事。


剣の事、陣形や戦術の話、好きな花の話。

竜にまつわる伝説や、手懐け方。

そして…お互いの事。


二人で星を見上げて語らっているときは、戦場でずっと張り詰めていた心がすっと安らいだ。


一度だけ訓練のない休日に、彼の誘いで二人で街を散策した事があった。

たわいの無い買い物と食事だけではあったが、所謂デートいうものは、こういうものなのかも知れない、などと不覚にも思ってしまった。


自身の性別については打ち明けようかと悩んでいたが、どうやら私の秘密には気付いているらしかったので、そのまま放っておいた。

告発をする事はない、という信頼に似た確信があった。

その程度には彼の事を理解していたつもりだ。


私が苦心の末、古竜サラマンダーとの契約に成功した時には、まるで自分の事のように喜んでくれた。


軍内部の様子がおかしくなったきたのは、いつ頃からだったか。

おかしいと気付いた時には、既に幹部が数名ほど魔族に入れ替わっていたように思える。


ローランドはこの国をなんとかしなくては、なんて思ってるのだろう。

色々と探りを入れている様子だったが、私はというと、巻き込まれたくは無いな、程度にしか思っておらず、頃合いを見て国を出ようかと考えていた。

生まれも違うこの国に対して忠誠心も愛着もそれほどないため、当然と言えば当然だった。


竜騎士団での任務も数々こなし、ローランドが騎士団団長、私が副団長となった頃の事だった。

王女が城から突然失踪するという事件が起きた。

城中が蜂の巣をつついたような、てんやわんやの大騒ぎだ。

奴らの思惑は、この事件を好機と見たようで、騒ぎに乗じて加速した。

もしかしたら、事件自体が奴ら魔族の仕業ではないだろうかと疑っていた。

毎日のように誰かが処分を受け、空いた役職には新しく見知らぬ何者かにすり替わる。

王国の上層部にも、かなりの数の魔族が侵入しているのではないだろうか。

早く逃げ出さないと、手遅れになる……。



そう思っていた矢先の出来事だった。

やはりと言うべきか、遂に竜騎士団長であるローランドにも王女暗殺未遂の嫌疑がかけられる。


ヘザー王女は竜騎士団にも出入りしており、ローランドも私も面識があった。


それに私と姫様は、秘密を語り合った友とも呼べる仲だと自負している。

隊長がそんな事をするはずが無い。

すぐに容疑は晴れるだろう、周囲の誰もがそう信じて疑わなかった。


だが、いつまで経ってもそうはならなかった。

彼は今でも幽閉され、恐らく拷問を受けている。

魔術で洗脳もされているのかも…。

このまま帰って来る事はないかも知れない。

毎晩、えもいわれぬ不安が私を襲う。



竜騎士団の内部にも、既に怪しげな人物がちらほら混じっている。

ローランドに不利な証言を行う者が複数出てきたが、誰一人私の知ってる者はいなかった。


王国内部にも“敵”はかなりの数潜んでいるようだった。


彼からの「下手を打った。竜騎士団とこの国の未来をお前に託す。頼む。」という最期の想いを受け止め、竜騎士の立て直しに奔走し、暫くはただ悶々と過ごしていたが、いざ〝ローランド処刑執行〟の発表を聞くと、居ても立ってもいられなくなった。


気付いた時には、宿舎を飛び出していた。



私には彼が必要だった。

隊長と副隊長としてでは無い。


ただ、そばに。



私は彼のそばで、一人の女として生きたいのだと、初めて自覚した。


私はなんて鈍感で馬鹿な女なのだ。


そのまま町中を疾走し、なんとか処刑場まで駆けつけた。


並み居る観衆を押しのけ、広場の中央でうなだれたまま処刑台に繋がれた彼を見つけた時には、息が止まり涙が溢れそうになってしまった。


まだだ!まだ泣くのは早い!

やるべき事がある。



会場を見渡すと、そこには王の姿もあった。

王の姿は叙勲の際には見たことがあったが、覇気のある威厳をまとった姿だった。


だが、今はどうだ…あの頃の面影はなく、目は虚で、まともでは無い。

王の風格などは微塵も感じられない。


あの威厳ある姿は、今は見る影もない。

完全に操られていると確信した。


それに傍にいる女は何者だろうか。

女の私から見ても、凍りつくほどの美しさを誇っている。

目が釘付けになってしまうような魔力を秘めた美貌だった。

やたらと露出の高い、体のラインを強調する衣服に身を包んでいる。


そうか、この女が王の側室だという女か。

名は確かイザベラと言ったか、あいつは相当やばい。

本人は隠しているつもりだろうが…女の禍々しいオーラときたら、見た瞬間鳥肌が立ち、体中が震えた。

高位魔族だろうか、危険な魔力をひりひりと肌で感じた。


なんとか隙を見て、ローランドだけでも助け出せないものだろうかと気を伺っていたが、遂に処刑執行の時が来てしまった。

無情にも宣告される罪状と処刑執行の掛け声。


無謀にも、策も何もなく、思わず飛び出した私は、案の定敵に阻まれてしまう。

立ち塞がった瓜二つの顔をした二人の剣士は、正直敵ではなかったが、高みの見物を決め込む大臣の魔法に全く歯が立たない。


私は力で押す戦術を得意とする。

魔術使いとは相性が悪い…。

おそらく隣でほくそ笑むあの魔女のような女にも勝てる気がしない…。


私はローランドに手が届きそうな所まで来て、為すすべなく倒れてしまった。


悔しかった。

無力感に苛まれながら、心の底から、もっともっと強くなりたい。そう願った。


“誰かを護れるように”


私の無謀から、大切な相棒であるサラマンダーも同様に敵の魔術で傷付ける結果になってしまった。


敵に敗北し、気を失う瞬間、ローランドの召喚龍であるオリエンタル ドラゴンが現れて鮮烈な光の輝きを放った。


その温かい慈愛に満ちた光に包まれ、私を助けてくれたようだった。



オリエンタル ドラゴンにあんな技があったなんて、見たことも聞いたことも無かったが、恐らく奥の手だったのだろう。


強い光に包まれ、私はそのまま意識を失った。


次に気付いた時には、王都の外であった。

草原が広がる小高い丘の上で、一人目覚めた。


目覚めた時、世界は色彩を失ってしまっていた。


彼を失った喪失感からそう感じたのではなく、実際に見える世界が色を失っていたのだ。

全てがモノクロの世界、視力も相当落ちているように思う。


恐らくはオリエンタル ドラゴンの強烈な光の一撃、あの直撃を瞳に受けた事が原因なのだろう。


ただ、ぼんやりとは見えるし、元々、魔力感知は強い方なので、あまり影響は無いと思われた。


周りを見渡すと、傍には様々な戦場を共に駆け抜けてきた戦友であるハルバードが一振り落ちていた。


強く握りしめていた右の拳を開く。


その手に残されていたのは、大粒のクリムゾン ガーネットがひとつ。

サラマンダーと契約の際に触媒となっていた精霊石である。

変わらず宝石としての輝きを放ってはいるが、宿っていた精霊のマナを感じることが出来なかった。

サラマンダーは姿形を形成するだけの力を失っていた。


もしかしたら夢だったのではないかと何度も思ったが…

やはりローランドは処刑されてしまったのだと、彼を守ることが出来なかったのだと、全身に刻み込まれた傷の痛みが全てを物語っている。


私は全てを失ったのだ。


心を通わせた親友。

騎士として使えるべき主人と国。

誇りある爵位。

己を賭けるに値する仕事。

そして…愛すべき人。



いや、奴らに奪われたのだ!



そう気づいた時には、力が抜けて暫く立ち上がる事さえ出来なかった。



花の香りを風が運び、鼻腔をくすぐる。

丘には沢山の花が咲き誇っていた。

これはマリーゴールドだ…色までは分からないが、顔を近づけて確認するまでもない。

彼から聞いた事があったからだ。

花言葉は確か…「悲しみ」と「変わらぬ愛」。



腰を下ろしたまま天を仰ぐと、いつから降っていたのだろうか、気付くと大粒の雨が全身を叩いていた。



雨に紛れて涙が頬を伝う。

これまでの私であれば、涙を流すなんて…外で声を出して泣いてしまうなんて…考えられない。

泥だらけの顔を拭うこともせずに、子供のように泣いた。


今日だけは、この雨が許してくれるだろう。


「う、う…うわぁぁ。うわぁああああ……」


空は快晴。

不思議な事に、雲ひとつ流れてはいなかった。


地方によって様々だが、このような天気雨を「狐の嫁入り」や「竜の涙」と呼ぶ事を後になって知った。

閑話休題

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