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古の守護者と砂の牢獄 涙雨

水瓶の月、十一日目。

処刑日当日の朝を迎える。


澄んだ朝の空気が町中を覆う。

少しひんやりとした涼風が、街道沿いの看板をはためかせている。

パン屋からは焼きたての香ばしい薫りを運び、中央の街道を吹き抜ける。


中央街道を抜けた先、突き当たりには巨大な中央広場がある。

真ん中にはフォロ ルワルナと呼ばれる円形状の巨大な建築物。

建築物の中心には広場があり、広場を囲うように観客席が設置されており、建築物の外壁は見事な装飾を施した石壁で囲われている。

普段は演説や演劇の会場となったりするのだが、この日ばかりは即席の処刑場として姿を現した。

王都の中央広場の処刑場には、未明から多くの人が詰めかけた。

なにせ王国最強の精鋭部隊、竜騎士団の現役団長の処刑である。

注目を集めないはずがない。


処刑台には、ローランドが衆目を集めるように繋がれている。

頭を垂れ、表情は読み取れない。


好奇心から来た野次馬。

歴史的な瞬間を一目見ようと詰めかけた者。

もちろん、彼の友人や知人も中にはいるだろう。

会場に集まった者は皆、一様に固唾を飲んで、その時を見守っていた。


処刑場を見渡せる高台に設置された、簡易的な玉座にカイン王が座した。

その目は虚で、視線は定まらず、この処刑には興味など皆無のように映った。

事の重大さを認識しているのかさえ疑問であった。


傍らには賎しい笑みを浮かべた大臣と、王の第二夫人であるイザベラの姿があった。

彼女が高位魔族である事を知る者は、この中のほんの一握りに過ぎない。

相変わらず溜息が出るほど美しく、喪服のつもりであろうか、黒装束に身を包んでいる。

ルワルナ国では見ない装束の様式である。

身体に密着するデザインで、裾はやたらとひらひらしており、傍の護衛兵でさえ、目のやり場に困っていた。


国の重要人物である三名の後ろには、双子だろうか、瓜二つの顔をした二人の女性剣士が控えている。

低めの身長に、真っ赤な瞳と尖った耳以外は、普通の少女のような容姿ではあるが、メイドのようなひらひらとした服からは似つかわしくない魔力を感じさせる。

その手には、自身の身の丈を越す大月鎌フルムーン デスサイズが握られている。

二人はまるで鏡合わせをしているかのように、同じ服、同じ顔、同じ姿勢で立っていた。

いや、一点違うのは利き手が逆なのだ。

右側にいる剣士は右手で鎌を構えており、反対の剣士は左手に鎌を構えているいった具合だ。


大臣の合図を皮切りに、ひとりの衛兵が大きく罪状を読みあげる。


「汝、ローランド グリスを串刺しの刑に処す!」


長槍を持った衛兵が数名、前に出て槍を構える。

今まさに処刑執行の瞬間であった。


会場の周りから様々な悲鳴と歓声が上がる。


突然、人混みから飛び出す一人の男がいた。

全身を包む白銀の鎧甲冑フルプレートを身に纏っている。

胸と籠手には竜を模した文様をあしらっており、マントには竜の紋章。

おそらくは王国竜騎士団の者であろうか。

男性騎士は観客席から飛び降り、処刑台へと歩を進める。


「団長、団長!ダメです。貴方は生きなくてはいけない!」


処刑台で項垂れていたローランドがふと顔をあげ、何処からともなく声が響く。

その表情は感情がそぎ落とされたかのように虚ろである。


「アミス、馬鹿野郎!何してる!お前には騎士団を託した筈だろう。」


ローランドの問いに、アミスと呼ばれた男性騎士は声を震わせて答える。

兜で顔はよく見えないが、頰を伝う涙の筋が見え隠れする。


「はじめて命令に背きます!従えません。この国に護るべき未来が見えない以上、守護竜足り得る理由はない!私は…例えそれが破滅の道であろうと、貴方と歩みたい…!今、助けます。来い、サラマンダー!!」


呼び掛けに応じて、赤い竜が召喚される。

竜騎士団内でも、召喚タイプの竜を使役しているのは、アミスとローランドを含めて数名のみである。

アミスの足元から赤く光輝き、全身を包む。

光の柱が天まで走り、空からサラマンダーが召喚された。


【サラマンダー】

現在、確認されている数少ない召喚タイプの精霊竜の内の一体。

赤く大きな羽根を携え、飛龍に分類されるが、ワイバーンよりひと回りほど大きい個体である。

高い飛行性能と戦闘力を擁しており、尻尾と羽根の先には炎が揺らめいている。火炎属性の攻撃が得意。



高台にいたイザベラは、召喚竜を目の当たりにして身震いし、恍惚の表情を浮かべて興奮している。


「ああ、なんて綺麗…でも召喚竜は精霊に近い存在だから、私じゃあ契約出来ない。なんとか闇堕ちさせられないかしら。団長さんの竜は契約の結び付きが強すぎて、諦めていたけどあの子ならどうかしら」



騎士の登場により会場はどよめき立つ。


「え、あれはアミス様なの?やだ、誰か止めて」などと、声が漏れ聞こえる。


アミスという人物は、それなりに有名な人物のようである。


イザベラは恍惚の表情を浮かべたまま、爪を甘噛みしながら、後ろに控えていた二人の少女に命じた。


「ドグラ、マグラおやりなさい。契約者は殺して構わないわ」



命じられたドグラとマグラは、ひらりと処刑場に降り立ち、ローランドに背を向ける形で、サラマンダーとアミスに向かい合う。


其々、手には大きな月鎌を構えている。

刃は黒い三日月型で、何かの呪文であろうか、蛇がうねったような赤い文様が浮かんでいる。


対するアミスは、大振りな白銀のハルバードを片手で肩に担いで構えている。

通常は両手でも扱えないほどの重量があるが、アミスの有り余る膂力のみが可能にする専用武器である。


ドグラとマグラは、気怠そうな表情のまま、

「命令だから面倒だけど」

「殺すしかないよね本当に面倒だけど」

と、二人で息を合わせて話を続けてきた。



アミスから先に仕掛けた。

突進してからハルバードを下段から振り上げるが、ドグラが軽々と鎌で受け止めた。

その瞬間、マグラは飛び上がりアミスを大鎌で斬りつける。

体勢を崩した瞬間を逃さず、ドグラもまた連撃を入れる。

あまりの速度に目が追いつかず、反応すら出来なかった。


斬りつけられた衝撃でアミスの兜が外れ、そのまま弾け飛ぶ。


長い黒髪をふわりとなびかせ、素顔が露わになる。

彼は中性的な、とても綺麗な顔をしていた。

露わになった切れ長の目で、対峙する二人へ鋭い眼光を飛ばす。


観客席からは、若い女性達の嬌声があがる。


ひらひらとスカートを舞わせながら、双子の少女が斬りつけてくる。

同じタイミングで走り出し、左右にばらけて攻撃をしてくる、まるで分裂したかのように錯覚する。

なるほど厄介だなと思った。


アミスは右手に魔力を集中させる。収束した光が右手に集まり、双子の片方の動きに合わせて『ファイア ランス』を放つ。

右手から勢いよく炎の槍が飛び出す。

詠唱を短縮した魔法であったため威力こそ弱いが、足止めには十分であった。

『ファイア ランス』を受けたドグラは、空中でバランスを崩してしまう。


残ったマグラにハルバードを振り下ろし、強烈な一撃を放った。

咄嗟に武器でガードしたようだが、後方に吹き飛ばされるマグラ。

ドグラはというと、袖が少し焦げてしまったようで、体勢を整えながら、しきりに袖を気にしている。


「もう許さない」「お気に入りだったのに」

また二人の剣士は呼吸を合わせて左右同時に飛びかかってきた。


アミスも重いハルバードを軽々と振り回し、全ての攻撃に合わせて迎撃していく。


ガインッ、ギイン!


金属が擦れ合う音が響き渡る。

観客は息を飲み、三人の攻防を見守っている。

いつのまにか張り詰めた空気が全体を覆い、処刑場の中央広場は静寂に包まれていた。


ドグラとマグラの二人は目を見合わせて合図を互いに送る。

月鎌に魔力が灯る。

タイミングを合わせて飛び上がり、左右から同時に切りかかってきた。


アミスは慌てる事なく、脚を広げて踏ん張り、大きくハルバードを構えた。

大腿筋(足)に、広背筋(背中)に、上腕二頭筋(腕)に力を込める。

タイミングを見定め、ブンッ!と、ただ力一杯横に薙ぐ。


ガッギィン!

メキメキバキ!


あまりの攻撃の速度に反応が一瞬遅れるが、二人はなんとか鎌で受け止めた。

だが、その勢いは凄まじく、二人まとめて吹き飛ばされる。


「ぐっ、馬鹿力め」


金属のぶつかる乾いた音と、おそらく肋骨だろうか、骨の折れる鈍い音。


マグラは肋骨を数本やられてしまったらしく、立っているのがやっとといった状態だ。


ドグラの方は、受け止めた衝撃で右腕が折れてしまったようだ。左腕に鎌を持ち替え、体を支えている。


高みから戦局を傍観していた、大臣の顔つきが見る見る変わる。


「イザベラ様の御前でなんて無様な戦いを見せるんですか!」


吐き捨てるように言い、両手を突き出して呪文を詠唱する。


「暗闇の牢獄ハイドアンドシーク


黒い霧がアミスの周囲を包み込む。

霧の中では、黒い棘に全身を覆われて全く身動きが取れなくなってしまっている。

その上、かなりの重力が彼女の全身に重くのしかかり、体中がギシギシと悲鳴をあげる。

まるで地面に押さえつけられているかのようである。

中腰になり、太腿と腰に力を入れて踏ん張った。

みしみしと足が地面に減り込む。


無理に脱出するには、それ相応のダメージを覚悟しなくてはならないようだ。



身動きの取れない暗闇の中、処刑台に繋がれ、項垂れたままのローランドが一瞬視界に入る。


「こんな事で、私は立ち止まれない…!」


力を込めて、体に纏わり付いた闇の荊を引きちぎる。

絡みついた闇の棘が全身を引き裂く。

体中から血が吹き出し、衣服はビリビリと引きちぎれるが、一切構わずに、一歩、また一歩と重い足を踏み出していく。


足を踏みしめるたびに、ずんっと地響きが起こるかのようであった。


胸部を守っていたプレストアーマーも留め具が引き裂かれて外れてしまう。

やっとの事で闇の黒霧から這い出したアミスは、黒い髪を額に張り付かせ、素顔と胸部が露わになっていた。

その胸には二つの立派な膨らみがあり、衆目を集めるには十分だった。



戦闘を見守っていた観衆に衝撃が走る。


「え?!女?」

「うそ」


状況を見ていた処刑場の人々から、ざわざわと驚きの声が上がる。


竜騎士団といえば、王国内でも特別な地位を確立している女人禁制の神聖な部隊。


その副団長アミスと言えば、細身の体からは想像も出来ないほどの自慢の怪力と高い戦闘能力から、様々な戦場で名を馳せ、勲章も授与された事があり、均整の取れた妖艶な容姿からは『戦場に咲く薔薇』と異名を持つほど国内外の婦女子にも人気の大スターであった。


確かに、人前で兜を脱いだ素顔はあまり見せた事がなく、そこがまたミステリアスだと人気に拍車をかけたのだが。


明らかに劣勢のアミスに助け舟を出そうと、サラマンダーが一声叫び、火炎を吐き出した。


「させない、きみは」「そこでじっとしてて」

満身創痍のドグラとマグラが鎌を交差させ、呪文を呟く。


地面から黒い剣のように鋭い檻が突き出し、サラマンダーを絡めたり、そのまま囚えてしまった。

先程の大臣が唱えた呪文の下位互換に当たるのだろう。


それでも精霊を弱体化させる効果があるのだろうか、サラマンダーは黒い剣の檻の中で見る見るうちに弱っていく。

アミス自身もぼろぼろの状態で、もはや絶体絶命であった。


見兼ねたローランドは「馬鹿野郎…。」と小さく呟き、自身の精霊龍を召喚した。


「来い。東方龍王(オリエンタル ドラゴン!)」

空には雲が何処からともなく集まってきて渦巻いている。

主人の召喚に応じ、空から巨大な龍が現れた。


その姿は、神々しいの一言であった。

背中に翼は無く、一見すると巨軀の大蛇のようでもある。

全身はエメラルドグリーンの鱗で覆われており、太陽の光を浴びて、キラキラと煌めいている。

頭部には立派な角と髭を蓄えており、かなりの風格と威厳を感じさせた。

処刑場を包む建築物であるフォロ ルワルナを、一周出来るほどの長さと巨体である。

会場の誰もが、固唾を飲んで見守るほか無かった。


「ああ…!これこそ、まさに最高位の精霊竜ね。美しい、美しいわ!」

イザベラはさらに恍惚の表情を浮かべ、身をくねらせている。


処刑台のローランドは、相変わらず虚ろな表情でぼーっと前を見据えている。


オリエンタル ドラゴンが深く息を吸い込み、全身が光り出した。


周囲の魔力を全て自身に集めているかのようだ。

オリエンタル ドラゴンにかなりの魔力が集中するのがわかる。

危険な術式に警戒し、焦りの表情を見せるドグラとマグラ。


「龍王の裁き(ジャッジメント デイ)!」


遂にオリエンタル ドラゴンを中心に放たれた光が、周囲を眩く照らしていく。


まるで太陽のような輝きが間近で起きているのである。誰もが目を開けてなどいられなかった。

特に闇属性、アンデッドの者には効果は絶大で、下等な魔物であれば即座に消滅していたことだろう。

実際に、衛兵の中に紛れていた下級アンデッド兵が複数消滅した。


まるで生命そのものを爆発させたかのような、あまりにも鮮烈な強い光。


大臣も、イザベラも闇の障壁を張り、自らの身を守るので精一杯であった。


「逃すな!ドグラマグラ!」と、大臣が辛うじて声を上げた。


自身も中級アンデッドである吸血死霊ブラッドリー レイスが元になって召喚された身であるため、身体が消滅しそうな焦燥感の中、必死に光の中に手を伸ばす二人の少女剣士。


処刑場が、いや街全体が眩い光に覆われた。


暫くして、光が収まり人々が目を開けると、事態は一変していた。

サラマンダーは囲う闇の檻ごと消滅していた。


イザベラと大臣は障壁に守られ無傷であったが、近くで光の直撃を受けたドグラとマグラは、かなりのダメージを受けたと見えた。

ドグラは全身が重度の火傷のような状態で、暫くは回復も見込めないであろう。

マグラはというと、アミスの一撃で損傷していた右腕が千切れて消えていた。

傷口からは血は流れ出ておらず、黒い瘴気が立ち昇る。



幸いにも、一般の観客には大きな損害は無かった。


空のどこを見渡しても、オリエンタル ドラゴンとアミスの姿が見えない。


先ほどの光と共に、忽然と姿を消してしまったようだった。


処刑台の中央に視線を移すと、衝撃の光景が広がっていた。


ローランドの胴体と切り離された首が転がっており、傷口からはおびただしい血液が、今もなお流れている。


ドグラとマグラが光の最中、最後に斬りつけたのだろうか。

ローランドの命が失われた事で、召喚龍も消滅したと考えるのが自然だった。


観客から悲鳴と狂気の歓声が上がる。

観覧していた者の多くは、国王の周りの人間が普通の人間ではない事に気付いた事だろう。


だが、誰もそれを疑問に持つ事もなく、目の前で繰り広げられた戦闘に興奮していた。


イザベラの魅了が、会場全体を浸透していたのである。

多くの聴衆を集め、魅了と洗脳を施していく。

それもまた、今回の公開処刑の目的の一つでもあった。


「イザベラ様、残念ながら召喚竜は消滅してしまいましたが…しかし、人間ってのは醜い生き物ですね」と、大臣は鼻で笑いながら問いかける。


イザベラはさもありなんといった表情で見返した。


「自身の命を賭して、愛する者を救ったって所かしら」


「妬けるわね」


おもむろに空を見上げ、ぽつりと一言呟いた。


ぽつぽつと、頰に小さな雨粒が落ちてきた。

相変わらず空には、何処までも続く青空が広がっている。


先程の龍の波動で、雲ひとつなくなったというのに不思議な事もあるものだと、イザベラは思った。


まるで主人を失った龍の涙だとでもいうように。


この日は、いつまでも雨が降り続いていた。

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