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古の守護者と砂の牢獄 回想

話は少し前に遡る。

ちょうど、ホーンデッドとサン達が接触する一週間ほど前の出来事である。


ここはルワルナ国 王都セイムスの中央に位置する王城グランリヒ城。

その城には、隣接する塔が存在する。

最上階は見張り台となっており、内部は兵の居住区、そして地下には牢獄があった。

通常の犯罪者収容所と呼ばれる建物は王都の外れに存在している。

王国の重要人物が多く居る王城の目と鼻の先に、犯罪者を幽閉するような危険を犯すはずがない。


では、この秘密の地下牢は誰のためのものなのか…。


一説には、国民に知らせる事が躊躇われるほどの犯罪を犯した囚人。

もしくは王族に仇なす者の幽閉など…表沙汰には出来ないような、物を捕らえておくための施設なのであろう。


その地下牢獄内部、薄暗い部屋の中では男が二人密談を行なっていた。


一方は両手を鎖で吊るされ、上半身は裸で磔のような格好の大柄な男。

この地下牢に幽閉されて一週間が経過していた。

年齢は30代ほどであろうか、端正な顔には無精髭が伸びており、油で薄汚れている。

それでも、どことなく高貴な雰囲気を纏わせていた。


もう一方は、フードを目深に被った狐人族の男。

年齢不詳だが、若々しい毛並に覆われた顔には悪戯っぽい微笑が浮かぶ。

鋭い灰色の瞳と、同じく灰色の尖った耳が特徴的だった。

こちらには手鎖も無く、自由に歩き回っている。


牢獄の中は、むき出しの石畳。

石畳の端には溝があり、そこがトイレの代わりである。

ベッドもシーツも椅子もない。

壁に繋がれた鎖だけ、余りにも殺風景な部屋であった。

黴臭い部屋に充満する、鉄鎖の錆びた匂いが鼻につく。


「王立魔術学会の異端児が何の用だ、ソッロ ノーチェ。そもそも、よくここに入れたな」


手鎖をかけられた男、ローランド グリスが、壁に繋がれたまま声をかけた。

彼は王国竜騎士団ドラグナイト団長を務める生粋の騎士であるが、今では鎧を剥ぎ取られ鎖に繋がれた今、誇りも矜持も共に奪われていた。


「この私に立ち入れない所はないのだよ、ローランド殿。

例え牢獄だろうと王の寝室だろうとね。

しかし、まさか王城の直ぐ近くに、こんな地下牢があろうとは…。

この国には私もまだまだ知らない事が多い。

そうそう、今夜は貴殿を救う手立てを考えたから、その打ち合わせに来たのだよ。」


と、フードを脱ぎソッロは尖った狐耳をピンと立てて言った。


狐人族の男の名は、ソッロ ノーチェ。

魔術学会に所属する宮廷魔術師である。

魔法兵団のように戦場には出ないが、学問として魔法を研究し、国の発展に役立てるのが仕事という立場の男だ。


だが、少々変わり者でまともに人前に出た事はほとんどなく、日がな一日、自室に篭り研究を続けるような男であった。


そのため彼の存在自体、あまり知られてはいない。


彼には独自に開発した特殊な魔法と魔道具が複数存在している。

その中に、王城内部を自由に行き来する事ができる魔法があるという。

体を透明にして移動しているのか、空間移動のようなものなのか、はたまた壁を擦り抜けられるようなものなのか、ローランドには皆目見当もつかなかった。

だが、この男ならそのいずれの手段であってもやりかねない。

そんな確信じみたものはあった。


この異常事態とも言える状況を一番初めに察知したのも彼だった。

ローランドの見立てでは、ルワルナ国王と軍務卿、それに大臣はおかしくなっている。

そして国王の傍らにいつも居る“あの女!”

あの女からは魔性の気配がするのだ。


ローランドは直情径行な男であった。

真面目といえば聞こえはいいが、愚直で実直な人間性は彼の美点でもあり、欠点ともなり得た。


戦場での駆け引きのようにはいかない。


彼は異変に気づくと、すぐに行動した。

そして“あの女”に感づかれ、こうして地下牢に囚われている。


対するソッロは慎重な男である。

ローランドから相談を受けたその時から、入念に対策と準備を進めてきたのだ。


「調べた所、この国の上層部は魔族に乗っ取られている。

王は完全に自我を無くしておるし、大臣も軍務卿も見た目は同じだが、中身は魔族にすり替わってたよ。

当人はうまく化けたつもりみたいだけどね。

魔力がうっすら漏れ出てるから、バレバレさ。

だけど王城内の人間はほとんどが魅了チャームされて、言いなりの操り人形。

私は精神耐性があったし、貴殿にはカルラの加護がある。

どうにか魅了の精神汚染は免れたんだが…。

奴らの狙いはおそらくこの王国の秘密、封印されし真竜じゃないかと思うんだ。

真の竜の力は絶大だ、貴殿のカルラも含めてね。」


「なるほど…俺のカルラ(オリエンタルドラゴン)が欲しいわけか…納得がいったよ。

わざと異変に気づかせたのも、俺を誘き出すため。

この一週間、血を抜いたり色々調べてたのは契約竜の取り出す方法を調べてた訳か」


険しい顔で言葉を交わす二人。


「魔術兵団の団長も処刑されてたな。

お前は相変わらず、得体の知れない研究で引きこもってて命拾いしたのか。

それで次はついに俺の番ってわけか…。

足をすくわれないように気をつけてたつもりだったが、向こうが一枚上手だったか…」


まともな人間は全て処刑されてしまう。そう危機感は募ったが、ソッロが事態に気づいた時には、既に相手は王を手玉にとっていたため、もはや手の打ち用がなかった。


「相手はかなり高位の魔族のようだから、私の幻惑魔法だけでは簡単には騙されないだろうがね。しかし、洗練され、発達した科学技術というものは、魔法を凌駕するものさ。私はね、整合性の取れない魂魄理論に終止符を打つべく、非可逆圧縮した魔導魂魄で、擬似的な人格を顕在化させる事に最高したのだよ。これまでの錬金術研究の集大成、自慢のホムンクルスと幻惑魔法で、必ずや出し抜いて見せよう。例え、敵が魔族だろうと魔王だろうとねっ!」


「そんなに上手く事が運ぶかね。お前の話はいつも難しいな。途中からはよく分からんし、回りくどい。結局どう云う事だ」


高らかに笑うソッロに、ローランドは茶々を入れるが「人が想像しうる事は、全て実現可能なのだよ。全く、これだから脳筋は。簡単に云うとだな、処刑の前に幻惑魔法をかけて誰から見ても貴殿にしか見えないホムンクルス(人工生命肉人形)と、貴殿を入れ替えるのだ。」と、自信たっぷりに頷き、話を続けた。


「今朝、姫の御付きの学者、アインス殿が戻って来たのはご存知か?案の定、拷問されて処刑されるところだったが、すんでのところで間に合ったよ、同じように幻惑魔法をかけたホムンクルスを身代わりに、本人とすり替えてみたんだ。すると、そのまま処刑は処理されたよ。本人は無事さ。アインス殿の話では、なんと姫様も無事らしい。今や、正常な思考回路の人間は城内にはおらぬ。肥大化した自己顕示欲につけ込まれ、奴らに従うだけの豚共か、魅了チャームされた操り人形だけ。もはやこの国に未来はない。それで、脱出した後は、貴殿はどうするつもりなのだ?」


「俺はこの国に残る。竜騎士団は、最後までルワルナの守護竜でなくてはならない!身を隠し、気を伺って王の目を覚ます。それが守護竜と契約を交わした俺の使命だからだ。ただ…」


「普段一匹狼を気取っている君も、気になる存在がいるかい?いや、そもそもの狼は群れる生き物だったね。

気になるのは、残した竜騎士団?

それとも、アミス殿の事かね?

騎士団の秘められた禁断の恋ってやつかい?」


「茶化すな。アイツはそんなんじゃない。

ただ、心配なだけさ。

なにしろあいつは不器用で…無愛想で無口で無表情で……」


「愛だねえ。」


「……いつも何考えてるのか分からん奴だが、誰よりも真っ直ぐな自分の中の騎士道があるんだ。

見てて心配になる奴なんだ」


詳細な返答こそなかったが、苦々しく歪めた表情と強く握りしめた拳が、何よりも悔しさを物語っていた。



ソッロは軽く笑いながら、それを人は恋と呼ぶのではないかね。全く、不器用なのはお互い様だろうに。

と、心の中で呟いた。


「では明日、貴殿の処刑に合わせて作戦決行だから、くれぐれも手筈通りに頼むよ」



そう言い残して、どういった手段かは分からないが、彼は闇の中に溶け込んで消えていった。

後には静けさだけが残され、殺風景な牢獄を支配した。

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