序章「願い-母の願い3」
恵未の未練に近づきます
高田恵未の母、啓子は誰かに呼ばれた気がしてハッと目を開けた。ふと横に有る時計に目をやると21時。21時という時間は黒淵沢村にとっては真夜中だ。近所の人達もこの時間はよっぽどの事でもない限り出歩かないし、訪問など非常識と捉えられる。
夫は酒を飲み、さっさと寝てしまった。自分は21時からのドラマを見ようと炬燵に座っていたが、いつの間にか、うとうと眠っていたようだ。
見ようと思っていたドラマは既に始まっている。頭を起こすと、目の前の状況に
『あら?私まだ寝てるわ』
と思わされた。
幼い日、奉仕活動に行った神社でお世話になった蛇巫女さんがそこにいた。幼い日と同じ姿で、炬燵の対面に座り、ニコニコしながら炬燵の上に置いてあったミカンを頬張っていた。
「啓子ちゃん。久しぶりやね?」
「あ、はい。お久しぶりです。蛇巫女さん。」
ウネビは口に入れたミカンをコクリと飲み込み、コホンと一つ咳払いをしたあと、すっと雰囲気が変わる。真顔の麗人は或種の威圧感を発するかのようだ。その時、ウネビの瞳の奥に光が灯る。啓子は魂を鷲掴みにされた感覚を覚えた。蛇に睨まれたカエルの状態。
「黒龍様よりのお問い合わせを伝える。有り体に話すがよい。」
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黒淵沢村から遠く、大都市外郭の一画。そこにはマンションやアパートが立ち並ぶ。
ひときわ高いマンション群の屋上にナギは立っていた。下からの町の賑わいと、風の吹く音の中で、ナギはとあるマンションの一室を見ていた。と、その時、ナルタとイザナが影からスルリと出でる。
ナギはナルタとイザナが横に並び立つと、スッとマンションの一室を指差す。その一室の窓からは仲睦まじい家族の光景が見える。生まれて一年経ったくらいの赤子に夫婦が甲斐甲斐しく世話を焼いている。ぐすっている赤子を、父親思われる男と若い母親が、かわるがわる赤子をあやしている。なんとも微笑ましい光景だ。が、ナギの指し示した所はそこよりもホンのちょっと手前であった。
そこはその部屋のベランダ。微笑ましい光景が広がる部屋とガラス一枚隔てた所。そこに一人の男の子がガラスを背に、まるで糸の切れたマリオネットのように座り込んで、空を眺めていた。顔にはアザとコブが見られ、変形した顔は片目が塞がっている。廻りに散らばる木片は何かの残骸か?額には流れた血が寒風にさらされ、既に乾ききっていた。
肌着と下着のみの服装で座る男の子を指差し、
「・・・あんまりにゃ」
と、ナギは呟く。
男の子を見ると、その周囲に靄のように覆い被さる恵未の魂が見える。触ることも出来ないが、まるで少しでも寒さを和らげようと、懸命に少年の体を擦っているかのようだ。
「その子が未練の根元か。・・・ナギ、あの子はどうしてそこに座っている?」
ナルタが聞くと、ナギは言いたくなさげに
「・・・たぶんお腹が減ってるにゃ。赤子の食べ物に手を伸ばして、、あそこの女に見つかって、、殴られていたにゃ。・・・必死に謝っていたにゃ、あんな格好で外に出されても、必死に謝っていたにゃ。・・そしたらうるさいって、女が出てきて、、、まな板で殴り付けたにゃ。あの子は、必死に中にいれて貰おうとしてたけど、、まな板で殴られた後、、、『向日葵を見てくる』って言って自分から外に座ったにゃ・・・。主様、あの子の体、どんどん冷たくなっていくにゃ、このままだと・・・」
「ナギ!!もういい!!、、主様?あの子はえっちゃんの?」
イザナの髪の毛が逆立っている。
「、、、間違いなかろう。あの子が恵未の息子、孝太だ。」
次回は孝太の親たちと対峙する、、予定です。