序章「願い-幼子の願い4」
少し視点が変わります。
「尾瀬!!」、「尾瀬さん!!」
悟はお世話になっている元上司と、元後輩の悲痛な叫びを聞き、振り返る。二人の表情は恐怖で硬直しており、自分の上を凝視している。ふと上を見ると、、、クレーンに吊られているはずの鉄骨の束が、、、自分に降りかかってきた。
次に自我を取り戻した時は、不思議な浮揚感を伴い、眼下には人工心肺をつけられ、全身の半分以上を包帯で巻かれた自分を見下ろしていた。包帯の合間から虚ろに開く目が見えるが、その瞳に光はかんじられない。
「ああ、そんな・・」
自分と身体の繋がりが消えようとしているのがわかった。故郷に残してきた家族の顔が思い浮かぶ。クリスマスには休みをもらい、妻にアクセサリーを買って、娘にヒロイン物の玩具を買って、さて、母は何を喜ぶか?と考えていた。3か月ほどしたら故郷に帰るはずだった。一日を土にまみれ働き、夜は娘と風呂に入ってその日一日の話をするのだ。いつかは一緒に風呂に入ってくれなくなるのは分かっている。寂しいが、それも成長と受け入れなければと、せめてその時が来るまではと、二人で入る風呂の時間を大切にしていた。そして、娘が寝静まってから、妻とこれからの事を話し合うのだ。母と妻と晩酌するのだ。・・・そうした日常が待っているはずだった。
「・・・帰りたい」
悟がそう思った瞬間、悟は空にいた。下に見えるは街の灯り。周りを見回すと、「こっちだ」と故郷の方へ飛んで行く。
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辺りは暗くなり、下には窓から灯りの漏れる我が家が見える。まだ一週間ほどしか経っていないが、妙に懐かしい。
「ん?加也?、、こんな時間に何処へ?」
見ると愛娘がこそこそと玄関を出てきた。ジャンバーを着ているが、下は寝間着のようだ。そろりそろりと道まで出ると、小さな懐中電灯をつけ、走り出した。
「なにやってんだ!こんな夜更けに危ないだろう!家に戻りなさい!」
悟は必死にさけぶが、その声は届かない。その間も愛娘はどんどん夜道を走り抜ける。そして、山に続く小道に曲がり入っていくと、
「この道は、、黒龍様のところに行くのか?こんな時間から?」
愛娘が必死の形相で駆ける姿に、止めようとしても触ることもできず、声をかけても気付かれず。
途中、キツネとイタチが娘の走る先にいたので、「どっかいけー!」と、バタバタすると、野性動物はなんとなく気付くのか?退散してくれた。
ようやく参道に娘がたどり着くと、その前には、眩い光がそこにあった。目を凝らすと光の中に人の姿が見えるが、今の自分には眩しくて直視出来ない。娘はその光に連れられるように参道に入っていった。自分も入ろうとするが、見えない壁にぶつかり、入ることが出来ない。しょうがなく、見えない壁を伝うと、どうやら社を中心にドーム状になっているようだ。
社の上空から見守ることしか出来ないでいると、娘が石段を登りきってきた。
社を前にして娘が行う所作を見て、
「加也子、、お父ちゃんの言ったこと覚えていてくれたのか」
いつか自分が風呂でした話を思い出した。
娘は社を前に座り、泣き出した。こちらの声も聞こえていないようだが、娘の話す声も聞き取り難い。しかし、娘が振り絞るように叫んだ言葉はよく聞こえた。
「おどうぢゃん!おどうぢゃん!」
「ああ、、、俺のためにここまで来たのか、、、もういい、もういいよ?、さぁ、おうちへ帰ろう?」
近づく事も出来ないが、見えない壁越しに必死に娘に語りかける。すると、娘の近くにいる光の方から声が届いた。
「お前は、悟だったのだな?立派になったものだ、見違えたぞ。」
え?この声は主様?、、周りを見るといつの間にか大きな灰色の猫が自分の周りを回っている。
「久しぶりにゃ、悟坊。怖がらなくていいにゃ。」
・・!、この声は猫巫女さん?でも、二人とも子供の頃の思い出と同じ声?、、、その時、一際大きく響く声が悟に届く。
「果報者よ、そなたの居るべき場所はここではない。在るべき場所へ戻るがいい。」
途端、グンっ!!と、悟は何かに引かれ、風景が吹き飛んでいく。風景が線のようにしか確認できない中、大きな灰色の猫が走り、ついて来ているのが見えた。
夢の中で高いところから落ち、ふぁっ!と夢が覚める感覚。悟は最後、それと同じ感覚を覚えた。
悟の身体は未だ病院の一室にある。その身体は一瞬、ふぅぅっ!と震えると、また静かになった。包帯の合間から見える目は未だ虚ろであったが、その瞳の奥には光が戻ったのだった。
次で幼子の願いは終わりです。終わるのか?・・・書いてる方も分からないなんて、
無責任な作品ですが、温かく見守っていただければ幸いです。