序章「願い-幼子の願い3」
黒龍さまが願いを叶えてくれるそうです
「幼子よ、そなたの願い、この黒龍ナルタが叶えよう。」
ナルタの腕の中で、加也子はすーっ、すーっと寝息をたてる。
社の影からひょこっと、3人の巫女が顔を出す。
「主様、もう出てもいいですかにゃ?」
猫巫女と呼ばれる巫女が小声で問いかける。猫巫女は灰色のショートヘアで、人であるならば、歳は17、8くらいだろうか。
ナルタが「うむ」と頷くと、パジャマ姿の3人が、すたたっとナルタの腕の中で眠る加也子を囲むように駆け寄ってきた。猫巫女はひょいとナルタの腕の中で眠る子供の顔を見、スンスンと匂いを確認すると、
「ありゃ?この子は麓の家の加也ちゃんにゃ」
「うん?ナギも覚えていたか、一人で山を駆けて来たようだ。」
猫巫女ナギは、「ほー」と感嘆する。
「ナギ、あったことあんの?」
狐巫女と呼ばれる銀髪のイザナがきょとんとした表情でナギに尋ねる。イザナは3人の中で一番見た目が若く、14、5歳に見える。
「にゃ?もう何回か夏と冬の掃除に来てくれてるにゃ!イザナは自分以外にもっと興味を持ったほうがいいにゃ!匂いも確認してにゃいのかにゃ?」
そのやり取りを聞いて、口元を押さえクスクスと笑いながら蛇巫女と呼ばれるウネビが口を挟む。
「狐はんは、すました顔をしている時も、大抵なーんも考えてはらへんしね?」
ゆっくりとした所作と口調は、落ち着いた印象を持たせる。長い黒髪を持つこの巫女は、3人の中では一番年長に見える。25、6歳といったところか?
イザナは、うーっ、と痛いところをつかれたような顔をして、
「ウネビ、はんなりと嫌味言うのやめてくれない?うちの実家あんたのとこと近いから、云わんとする所がなんとなくわかるのよね・・・。」
あらあら、それはすまんことを・・堪忍なぁ、などとウネビがあやすようにイザナに言い、子供扱いされてイザナがムキー!っとなっている所で、ナルタが声をかける。
「夜分にすまんが、三人に仕事を頼みたいのだが、よかろうか?」
「はいにゃ!」「はい!」「へえ」
ナルタの問いかけに二つ返事の三人であった。
「ウネビ、社の裏の泉から水を二つ汲んできてくれんか?加也子に飲ませてやりたい。飲ませてやったら、麓の家まで加也子を送ってやってくれ。」
「へえ、すぐに」
そう答えると、ウネビはするりと虚空に消えていった。
「イザナは加也子の荷物を全て集めて、家に送り届けてやってくれ。手水の脇に置いてあるものと、参道の前に履き物と機械式の提灯があるから忘れずにな。・・・家の場所は分かるか?」
「、、はい。大丈夫だと、、思います。」
うーん、とじぶんを確かめるようにイザナが答えると、
「大丈夫ですよ。イザナ、一緒いこ?」
ウネビがちょうど戻ってきた。手には竹で出来た水筒を二つ持っている。
「!、うん。行く行く。」
まさに助け船がきたようで、イザナはさっさと乗っかった。
「主様、、」
ウネビはすっと手を差し出した。
「ああ、すまんな。」
ナルタはウネビに加也子を渡す。起こさないよう、そっと。その際、水筒一つがナルタに渡される。
加也子を抱いたウネビはすっと屈み、膝の上で加也子に水を飲ます。加也子は眠っていたが、水を口元に湿らすと、ん、、ん、、と勢いよく飲み干し、ふーっと息をつくと、また静かに寝息をたて始めた。
「フフっ、まるで赤ん坊さんみたいやねぇ。、、、これで起きたら疲れはとれてるやろな。」
ウネビは微笑みながら加也子の様子を見て、独り言のように呟く。
ナルタたちが水と呼んでいるものは竜脈より沸き出た泉の水、命の源そのものである。御手水の水にも少し含まれている。
「さてと、、」
ナルタは目線を上げる。上空には月が輝いている。ナルタの視線はそれよりも少し下の方。
「ナギ、お前はあの者に着いていって、どこに居るか教えてくれんか?」
「んにゃ?」
ナギは、ナルタの見つめる先をんー?と目を凝らし、「あー」と合点がいくと、
「わかりましたにゃ」
と返事をすると、その姿がすーっと変化していく。変化の終わったその姿は、人の身の丈よりも大きな灰色の猫。長い尻尾は根本から二つに別れている。猫又と呼ばれる化物の姿であった。
ナギはふわっと中空を駆け昇って行き、ナルタが見つめる先を中心にゆっくりと旋回し始めた。
「お前は悟だったのだな?立派になったものだ、見違えたぞ。」
ナルタは呟くと中空に手をかざし、言い放つ。
「果報者よ、そなたの居るべき場所はここではない。在るべき場所へ戻るがいい。」
ようやく、主人公の周りも登場してきました。序章長っ!!と思った方、、ごめんなさい。
まだ続きます。