序章「願い-幼子の願い2」
お願いごとに向かいます
「主様~!、ビックリした~!」
加也子は、へなへなとしゃがみこみ主様と呼ばれる男を見上げる。
手には提灯を持ち、神社の掃除の時に見る黒色の神主装束ではなく、濃紺の作務衣を着て、その上からどてらを羽織っている。見たところ、雰囲気的には20代後半から30代中盤といったところか?落ち着きを見てとれる。
村の男衆と違い、白く艶やかな肌に長い黒髪が良く映える。
「いやいや、ビックリしたのは此方の方だ。こんな夜更けにお前のような幼子が、山に何の用だ?ととさま、かかさまが心配しているだろう?」
「ととさま、かかさまって・・・主様、いつの時代の言葉遣いなのよ?・・・って!そんなことしてる場合じゃなかったー!」
バタバタと立ち上がると、懐中電灯で林道の脇を照らし何かを探している。
「あった!これだ!」
畳半畳位の広さの黒曜石?、黒い石畳が落ち葉に隠れてそこにあった。ぱぱぱっと手で落ち葉と砂ぼこりを払うと、うっすらと艶のある石畳の全容が見えた。
「のう、加也子。我の言葉遣いは変か?」
主様は後ろから提灯で加也子の手元を照らしてあげながら、声をかけてくる。振り返ると心なしか物悲しそうな顔の主様がしゃがんで目線の高さを加也子に合わせてくれていた。
「主様、ごめんなさい。今それどころじゃないの」
加也子は靴を脱ぎ、靴下も脱ごうとするが、ここまで来るのにかいた汗でなかなか脱げない。地面に腰を降ろし、んぎぎっと靴下を引っ張り、ようやく素足となった。ここから先はこれも持っていっちゃダメだったね。と懐中電灯も靴と靴下と一緒に石畳の脇に置く。
「・・お願い事に参ったのか。」
「そうなの主様、急いでお願い事に行かなきゃいけないの」
そう言うと加也子は、石畳の上に立ち、衣服に着いた落ち葉や砂ぼこりをぱぱっと払うと、大きく一呼吸し、正座する。
膝の前に両手をつき、深々と頭を下げ、額を石畳に着ける。黒い石畳に囁くような形で、
「黒龍さま、黒龍さま、今日はお願い事があり参りました。どうかお社までお通し下さい。お願い申し上げます。」
口上を述べると、すっと立ち上がる。石畳の正面には人の倍くらいの高さの榊が立ち並ぶ。その木々の間にある、人が横になってようやく通れるくらいの隙間、これが参道と呼ばれる小道だ。ここを抜けると、長い石階段が現れ、登り詰めたところにお社がある。加也子が踏み出そうとすると、
「まてまて、加也子。こんな暗くなってからだと明かりもなしでは怪我をしてしまう。我が手を引いてやるから我の後ろをついてくるがよいぞ。」
「え?いいの?それってズルにならない?黒龍さまに怒られたりしない?」
「む、我はこの神社の神主ぞ?それに我も社務所に戻らねばならん。ついでじゃな。ほれ、手を出さんか」
「ん~、じゃあお願いします。」
主様は加也子の手を引くと、ガサガサっと参道に分け行っていく。
「ちょ、、主様、少し速っ、あいた!」
主様はさっさっと茂みの中を進んでいく、加也子は枝や葉っぱを片手で躱しながら小走りでついていく。
「ん?なんぞ言うたか?ここでは振り返られんからしっかり着いてくるんじゃぞ~」
加也子は手を引っ張られる形で必死についていく。そんな中ふと、
『そういえば、主様は何であそこにいたんだろ?まさか、待っててくれたわけじゃないよね?』
などと考えていると、バササッと茂みをぬけた。林がぽっかりと抜けて、月明かりに照らされて眼前に石階段が現れる。
「着いた!」
加也子は主様の手を振りほどき、走り出す。素足でパタパタと石段が音をたてる。
「おいおい、そんなに急いでは転んでしまうぞ。」
長い時間山道を小走りで駆け抜け、体力的には限界であるはずなのに、加也子は走るのを止めない。その表情には鬼気迫るものがある。
『お父ちゃん、待っててね!もうすぐ黒龍さまにお願いするからね!いなくなっちゃダメだよ!』
最後は手を使い、4足歩行の様相になりながら、石段を上りきった。上りきったところには鳥居があり、奥にお社がある。掃除に来たときも思ったが、『けっこう広いなぁ』と加也子は思った。
鳥居を前に息を整え、一礼して鳥居をくぐる。右手前にある御手水で、手を洗い、口をゆすぎ、足を洗う。あたまのなかで、父親に教えてもらった時のことを思い返す。
「・・・で、それから持ってきた手拭いで、口と手と足を拭いて、、」
『あ』
とにかくお願いに行かねばと家を飛び出したのだ、手拭いなど持ってきてはいない。
『お母ちゃん、許してくれるよね?』
着ていたジャンバーを脱ぐと、それで口と手と足を拭く。拭いたあとのジャンバーは取り合えず御手水の隣に置いておいた。
『お社の前まで進み出て、普通の神社ならお賽銭箱があるところに大きな盃がおいてあるから、そこに持ってきた二本の御神酒を・・・、こぼれてもいいから波なみと注ぐ・・・』
「、、、御神酒、、ないや、、」
それまで、力強く社の前まで歩を進めてきた加也子だったが、急にとぼとぼとした歩みになってしまった。
『御神酒を注いだら、社の正面に、参道にあった黒い石畳よりも大きな黒い石畳があるから、そこで正座して、祝詞を唱えたあと、お願い事を言う』
見ると社の正面階段を上った先には上に大きな盃が置いてあり、
社の正面階段を上る2~3歩手前の石畳だけ、畳2畳ほど艶のある黒い石畳であった。
参道の時と同じように深々と頭を下げると、祝詞を言おうとするが、
「かけまくも、、かけまくも~、、、、、う、ううう」
ガバッと頭を起こした加也子は、両手で目を押さえていた。
「ううー!ううううー!」
歯をくいしばりながら泣くのを我慢しているようだが、頬を大粒の涙がつたう。
主様は後ろで静かにその様子を見ていた。少しマセてはいるが、この子は生まれてまだ10年もたっていない。そんな子が、麓の家から一人でここまで来るだけでも余程の事があったと想像に難くない。何か声をかけようと、近づこうとした時。
加也子はガバッと頭を下げ、唸るように言葉を発する。
「御神酒、忘れました。ごめんなさい、今度必ず持ってきます。かけまくも、も、良く覚えていません。ごめんなさい、今度ちゃんと覚えて来ます。だから、、だからお願いします。お父ちゃんを助けてください!とっても大事なお父ちゃんなの!う、う、あ、ああ、、、わああああ!わああああ!おどーぢゃん!おどーぢゃん!!」
様子を見ていた主様は、目を閉じると、そっと加也子の方に手をかざす。
「・・・なるほど、そういうことか、、なんと健気な」
かざした手から、ここにくるまでの加也子の記憶と、心が張り裂けそうになっている痛みが流入してくる。
「明日は朝早くから行かねばならんのだろう?今はもうお休み」
そう言うと、加也子に近づいて、ふぅっと息を吹き掛ける。とたんに今まで大声をあげて泣いていた加也子が静かになり、くたりと石畳の上に臥せた。主様は静かな所作で加也子を抱っこすると、1人呟く。
「お前の心根はしかとわかった。幼子よ、そなたの願い、この黒龍ナルタが叶えよう」
主様の力の片鱗が見えてきました