㉚亜里沙の正体 (壱) By亜里沙
神様が本当にいて、何かしらのお考えがあってこの世界や他の世界、この世のすべてを治めていると言うのなら正直『何、考えてんのよ?』と問うてみたい。
いや、相手は神様なのだから『何、考えてらっしゃるんですか?』だろうか。うん。
じつは、私のこの『タイムスリップもどき』は二回目だ。
今回は時代を遡り平安の時代へ来てしまったが、私はわずか三歳の頃に、自分が平安時代に生きた人間であった事を悟った。
え?そんな小さい頃の記憶が何であるのかって?
聞いて驚け!
私には何と3歳からの記憶どころか今の私に至る前の記憶まであるのだ!
私が前世の記憶を呼び覚ましたのは忘れもしない、扶久子との出会いだった!
三歳の頃、初めてお隣の扶久子とご対面したときに私は強い衝撃を受けたのだ!
それはもう、頭の中にピシャーンと雷が落ちた如く!
『私は、この御方を私は知っている!』と!
ちなみに、0~2歳までの記憶はあまりない。
まあ、ミルクを飲んじゃ寝るの繰り返しだったせいだろうか?
私の一回目のソレ(タイムスリップもどき)は、『タイムスリップ』と言うよりは『転生』というものだっただろう。
そう、それが正しい。
***
前世…私は、私は宮中で女東宮に仕える尚侍というお役を賜っていた。
女東宮とは、女性でありながら次の帝になるご予定の御方である。
当時の帝になかなか男子が誕生せず、帝のお血を唯一ひいておられた姫が男子誕生までの間に就かれていたのだ。
私は、そんな女東宮様の家庭教師兼、お世話係…もしくはお話相手と、言ったところだった。
私が前世で命尽きたのは女東宮をお守りしての事だった。
女ながらに東宮に立たれた姫はいつもお寂しそうにしておられた。
帝に男御子が誕生されるまで婚姻すらもままならず、その身分の高さ故、気軽に外に出る事すらままならなかった孤独なあの御方は、それでも周りを妬む事もなくどこまでもお優しかった。
ご自分の側近たちに良縁があれば宿下がりをさせる事も厭わず心から祝福をされていた。
ご自分は、そのお立場から恋人を作ることすら叶わないのにである。
気づけば昔からの側近は私一人だけになっていた。
女東宮はそんな私の事まで心配して下さり「望む御方があらば自分が何とかとりなそう。
どうか、私の分まで幸せになっておくれ」といつもおっしゃられていた。
そんな女東宮を私は尊敬し崇拝もしていた。
そのお姿は心根に等しく真に天女と見紛うお姿だった。
むろん、私は、そんなお気遣いは無用だと御伝えした。
私は心から女東宮をお慕いしていた。
未来永劫、この御方に仕えたいと心底願っていたのだ。
私が齢三十を過ぎようかという頃、姫君も二十歳におなりだった。
その年、帝の宣旨があった。
帝の弟君に男御子がお生まれになり、女の東宮では心もとないという重鎮たちの声もあり、女東宮はそのお立場から降ろされ東宮から一の皇女のお立場に戻されたのだった。
重鎮たちの推挙により帝の甥御様が東宮に立てられたのだ。
なんと勝手な事をと私は憤った。
普通なら十四や十五で婿を取るのが普通の貴族社会で二十歳はすっかり『行き遅れ』の年齢だった。
どうせ、東宮を下ろさせるならばもっと早くにしてくれれば!十年…せめて五年早くにしてくれれば、姫様ももっと自由を楽しんだり恋することもできたろうに!
夢か幻かと思えるほどに美しい姫様を望む公逹は数多くいたが、姫様に釣り合う高位貴族には既に正妻や側室がいて、争いの火種になりたくはないと心優しき姫君は数多ある求婚を退け、何と二十歳という若さで尼となり仏門に入られた。
無論、私も姫様に付き従い一緒に仏門に入った。
姫様は私が無理をしているのではと随分と気にされていたが、姫様と共にある事こそが私の幸せだった!
私は生まれつき不器量で、産みの親…特に母から疎まれていた。
そんな中でも幸い私は女ながらに学問好きで学者だった父に習い精進することができた。
自分自身、鏡を見るより書物を読み漁る方が好ましかった。
父は不器量な私に良い縁談よりも良い職を与えてくれた。
(父は私の顔が自分に似ていることを気にして下さって何かと母からかばってくれていた)
それなりに身分も地位もあった学者の父は私をまだお小さかった女東宮の尚侍というお役に推挙してくれたのである。
そして、初めてお会いした姫様は私の夢と憧れを全て集めて凝縮したような御方だった。
白く滑らかな肌、涼やかな瞳。
控えめなお鼻に、淡い桜色の薄い唇。
露かな黒髪は豊かで、まるで美の化身だった!
それなのに姫様は、ご自分が男御子でなかったばかりに帝に申し訳ないと沈んでらした。
ご自分の事よりまず周りの幸せを優先される。
そんな御方だった。
そんな姫様が、私にはお気の毒で仕方なかった。
私のような醜女にも優しく心からの信頼を寄せてくれた姫を私は一生!否!叶うものなら来世までもお守りしたいと数多の神々に祈り募ったものだ!
そして、わたしのその執念とも思える祈り(呪い?)は、叶えられたのだった!
それは、あの日、あの時!
尼となり日々、平安の世の安寧を祈り、写経と読経の日々を送っていた私たちに、天命ともいえるあの閃光が私たちを包んだのた!
そう、あの稲光!
落雷である。
麗らかな春の日、昼の日中に、いきなり空がかき曇り雷が建屋を襲ったのだ!
突然の稲光にとっさに私は女東宮を庇い一緒にその閃光に身を包まれた。
私は心の底から姫様だけはお守りせねばと強く強く、とても強く思い願った。
そのせいだろうか、私は生まれ変わった?その瞬間からの記憶があるのだ。
そこは、私の知る世界とは異なる世界だった。
そう、そこは後に知る『平成の世』だったのだ。




