㉒じれじれな二人
御簾越しに義鷹が扶久子に声をかける。
「扶久姫…お寂しい想いをさせて申し訳ありません。私のような…むくつけき男が頻繁に訪れれば姫がお嫌なのではと思い…」
途切れ途切れにそう語る義鷹の言葉は真剣で思いつめたような声色だった。
「ええっ?私がいつそんな事を?」扶久子はあわててその義鷹の言葉に応えた。
「いいえ!そんな事は一言も…しかし私は自分の容姿が女性にとって恐ろしく厭わしいものと存じておりますれば…」
「えっ?そんなっ!そんな筈ありません!私からみたら義鷹様はとても優しそうでしかも男前で…って、あわわ!やだ私ってば何を言って…ごっ!ごめんなさいっっ」
扶久子は思わず飛び出た自分の発言に焦り照れながら顔を真っ赤にして扇で隠しながら謝った。
そんな扶久子のあからさまに恥じらい照れている可愛らしい様子に芙蓉の方、楓や紅葉は心の内で狂喜乱舞した。
何処からどうみても扶久子は、義鷹を意識しているではないかと!
扶久子のその態度はもうどこからどう見ても恋する乙女だ。
それも生涯独身かとこの家に仕える女房達までもが胸を痛めていたこの家の嫡男、義鷹にである!
そして義鷹の方はもとより扶久子を一目見た時から、まるで天女のような美しさだと心を奪われている。
扶久子は、思わず自分の胸の内を晒してしまった事に恥じらい焦りまくっていて周りの生暖かい目など気づいてもいなかった。
そしてそれは義鷹も同じである。
扶久子の言葉に義鷹の胸は高鳴り顔が熱くなった。
先ほど亜里沙から聞いた扶久姫が自分を好ましく思っているという言葉を肯定するかのような言葉や態度が、心を躍らせる。
しかし勘違いしてはいけないと言っていた父からの苦言も同時に思いだし義鷹の心は激しく揺れていた。
心の中で『落ち着くのだ!義鷹!扶久姫は自分の事を好ましくは思ってくれていても何も夫にと望んでおられる訳でもないのだ!早まるな!父上にも言われたではないか!』と自分自身に必死に言い聞かせる。
こんなにも自分に自信のない義鷹だったが子供の頃はまだ良かった。
人より少しばかり大きかった程度だった。
だが、今はもう隠居した祖父について武道にはげみだした頃だったろうか?
もともと武芸にむいていたであろう義鷹に祖父は大喜びで指導を施し鍛えぬいた。
そして、鍛え抜かれた肉体はしなやかで無駄な肉などついていないかのようだった。
結果…。
典雅で上品な貴族たちの中で義鷹は明らかに浮いていた。
体脂肪をもしも測る術がこの世界この時代にあったなら10%以内だったのは間違いないだろう。
そしてすらりと伸びた手足に180cmに届こうかという身長。
いわゆる『この世界での不細工』である。
(しつこいようだが、この世界では男ですら色白ぽっちゃり下膨れが美形の定番なのだ!)
頼られると自らの身を呈してでも助けようとするそんな義鷹は男の上司や仲間からは大いに信頼され頼りにもされたが、この時代…この世界の貴族社会の中は見た目重視。
ましてや『個性』などというものをあまり評価しない。
女性達から見れば鍛え抜かれた義鷹の大きな体は鬼か物の怪のように恐ろしく感じられ、あからさまに敬遠されていた。
(平成の時代でなら体育会系の超絶イケメンなのにである)
一方、扶久子は扶久子で、義鷹ほどには敬遠されてきてはいないものの、これまで生きてきた平成の時代ではいわゆる、ちょっとばかり残念な容姿で尚且つアイドル顔負けの亜里沙と一緒にいたせいで、否でも自分は不細工だと思わずにはいられない状況で育ってきた。
つまりは、この世界で超絶美少女である扶久子も自分は不細工だと思いこんでいる。
扶久子は扶久子で、自分の身の程知らずな想いに(そんなこと無いのに)恥入りお互いが言葉も見つからず真っ赤になって俯くばかりで、時間が流れていく。
(こんなに素敵な義鷹さまが私の事を?ううん!勘違いしちゃダメだってば!亜里沙は身内びいき的に私の事を欲目で見てるけど、私なんか相手に相応しい訳ないし)などと、この後に及んで未だ思っているのだから劣等感と言うものは本当に厄介である。
お互いはお互いをすごい美形だと思っているのにである。
そんな二人を観察していた亜里沙は、軽くため息をつくと呆れながらもほくそ笑む。
こんなにお似合いな相思相愛なカップルはいないと確信していたからだ。
義鷹は平成の見る目のない男どもとは違い、扶久子の事を自分には勿体ないような美女だと思いその想いは一生変わる事はなさそうだ!
きっと生涯、扶久子の事を大事に思い労わってくれるだろう!
扶久子の方だって、小さい頃からの付き合いだ。
自慢じゃないが扶久子の事なら扶久子の親よりも自分の方がわかっていると自負している!
扶久子の好みが義鷹どんぴしゃなのは分かりきっている!
顔と言い体格と言い申し分無い。
おまけに二人とも相当なお人好しだ。
つまり性格も良いのだから言うこと無しである。
これ以上、お互いを思いやりあえる二人はこの平安の世界でも、平成の世界でもいないだろうと思えばこその亜里沙のお節介である!
しかし、如何せん二人はお互いに自分に自信がなさ過ぎである。
お互いの育ってきた世界の感覚で言えばお互いが究極の理想の美貌を兼ね備えているというのに!
「ふぅむ。どうしたものやら…」
亜里沙はさっさとくっつけば良いのにと、やきもきしながらも、この後も色々と画策するのだった。




