⑲義鷹の両親 By芙久子
その日の午後、私(扶久子)は芙蓉の方に招かれ東の宮の中庭のある奥の部屋まで訪れていた。
「芙蓉の御方様、お招きありがとうございます」
私は出来る限りおしとやかにふるまいつつ御簾の内に入った。
迎える御方様はもろ手を挙げて出迎えてくれた。
って…あれっ?急にお方様の表情が曇った?
何か眉をひそめてる?
な、何か失敗しちゃった?と、訳もわからず焦っていると御方様が悲し気な声で私に抗議?してきた。
「姫っ!またそんな他人行儀な!私の事はどうぞ母と!」
「えっ?あ、ああっ?(そこか!)すみません。あの、でも何だか天下の右大臣家の御方様に対して恐れ多くて…」
「まぁ!そんな事は気になさらなくても!だって私がそう呼んで頂きたいのです。ダメかしら?」と、芙蓉の方は寂しそうにそう言った。
何かぐいぐい来られてる気がするけど、これって好意からだよね?
「あ!そ、そんなっ!私は嬉しいです!で、では母上様とお呼びさせて頂いても?」
私が慌ててそう言うと、ぱあっと明るい顔をされた芙蓉の方は何だかちょっと可愛らしかった。
「ああ、いと嬉し!」
そう、満足そうに芙蓉の方もとい母上様はおっしゃられた。
何がそんなにうれしいのかと恐縮してしまう私である。
「こ、こちらこそ嬉しゅうございますです。はい」
あせりつつも、変な日本語でお礼を言う私。
母上様の女房達が、私の不思議そうな表情を見て取ったのかまるで答えてくれるかのように言葉を発した。
「姫様ありがとうございます。御方様のこんなに心から嬉しそうなお顔、久しぶりに拝見する事ができました。お側に使える我らも嬉しゅうございますわ!ねぇ紅葉」
「ええ!楓。ほんに御方様の気鬱の病も姫君のおかげで、どこかに飛んで行ってしまったようです!御方様は昔から娘がほしい!可愛い姫が欲しかった!と、事ある度におっしゃられておりましたもの。姫様のおかげで元気が出たようでございます」
その言葉で私は何となく納得した。
そういえば、(元の平成の世界でいたとき)従妹の頼子ちゃんのうちでは上の四人が続いて男ばかりで三人目も男の子だった時に、もう諦めようと叔父さんが言うのも聞かず女の子が生まれるまで頑張るんだと叔母さんは譲らなかったそうな…。
そして五人目にして念願の女の子が生まれた時には、それはそれは大喜びしたという話を母親から聞いたことがある。
少子化の平成時代に、ひたすら女の子欲しさにそんなに頑張るかと半ば呆れていたものだが…。
そうか、母上様もそんなに女の子ほしかったんだなぁ~と思い、ここは素直に甘えるのが寧ろ喜ばれるんだな?よし!それなら呼んで差し上げましょうとも母上様!(喜んで!ママン!)と心の中で思った。
でも、平安の世界だと後継問題とかもあるだろうし、男子誕生ばかりが望まれるのかと思ってたんだけど、まあ、そりゃあ、どっちもいたほうが嬉しいっちゃ嬉しいか?
正直、ここまで親身になってもらえるなんて有難いし、亜里沙もいるとはいえ、やはり家族と離れてしまったことに不安も寂しさも無い訳じゃない。
私はその優しさが心から嬉しかった。
「私は、もう親とも遠く離れ二度と会う事も叶わない身の上。恥ずかしながら家の事情にて名も捨てました。(そういう設定なだけだけどね)そんなどこの馬の骨とも分からない私のような者にも優しくして下さる母上様のお優しさがどれ程嬉しかったか…言葉に尽くせないほどです」
そう心から言うと母上様は、それはそれは嬉しそうに微笑まれた。
何だかな~。
さすが義鷹様の母上様、何か本当に可愛らしいんだから~。
そんな事を考えていると、御簾の向こうに人影が見えたかと思うと、その人影は御簾のすぐ側まで来て声をかけてきた。
「芙蓉…」
「まぁ、あなた…どうぞ、お入りになって」
母上様が”あなた”と呼び無条件にその男の人を招き入れた…ということは、間違いない。
夫の右大臣様だ!
つまり、天下の右大臣家ご当主にして義鷹様のお父上様だぁ~と私はどぎまぎした。
私はうっかり脱げ落ちそうになった猫を被りなおして静かに控える。
そうそう、この平安の世界では女性はみだりに顔とか見せちゃダメなんだよね?わかってるよ。うん。
そう思って私は手に持っていた扇でそっと顔を隠しうつむき気味にする。
すると、頭上から声が…。
「おお、こちらの姫君が義鷹がお助けしたという…」
「ええ、あなた。この姫がそうです」
そう、お二人は何やら頷き合っている。
どうやら母上様が、事前に私のことを伝えて下さっていたみたいだ。
まぁ、そりゃそうか…。
何といってもこの家(屋敷?)の主な訳だし、『居候』を置くのにも許可くらいはとるだろう?
とりあえず、挨拶くらいはしなきゃだろう。
何といっても『居候』の身の上である。
私は扇で顔を隠しつつ
「扶久子と申します。お世話になっております。落雷のあと、友とも逸れ途方に暮れていた私を義鷹様は保護してくださり、どれほど感謝してもしたりません」と右大臣様に声をかけてみた。
「おお、妻や息子から聞き及んでいたが本当に髪を短くされていらっしゃるのだね…。うら若き姫君が、何とおいたわしい事だ」
「えっ?そんな事はありません。離れ離れになった一番の友とも義鷹様のお陰で会えましたし、芙蓉の御方様にも優しくして頂いて…こんなに優しい方々に出会えて、しかも一緒に住まわせて頂いて運が良かったと思っております。本当に心からありがとうございます」
「ふむ…謙虚で慎み深いお人柄のようだ」
うんうんと頷きながら何やら納得顔のお父上様は、ふと意外な事を聞いてきた。
「ところで扶久子姫は息子のことをどう思ってらっしゃるのかな?」
「えっ?ど…どうって?そうですね。とても優しくて立派な方だと思います」
それに男前だし!と心の中で呟く私である。
「それは真の気持ちかね?」
「勿論です」ホントにホントである!
「では、仮に息子が貴女に結婚を申し込んだらどうします?」
「えっ?」
私は正直、耳を疑った。
『け!けけけけけけ、結婚~っ?』
心臓は早鐘を打ち変な汗は出るしドキドキバクバクして焦りまくった。
心の中で叫ぶ!
『こんな事聞いてくる親っているー? 』
…あ、ここにいたか?




