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⑯はりきる亜里沙~

 この世界に来てからかれこれ十日ほど経っただろうか…。

 与えられた離れの部屋で扶久子と亜里沙はこれまでの事、この世界の事、そしてこれからの事を話し合った。


 この世界…藤原姓を名乗る一族が統治し、寝殿造りとよばれる立派な屋敷に住んでおり、都には貴族の牛車が行きかう。


 貴族女性は十二単に身を包み御簾の向こうに姿をかくし、どう考えても平安時代なのだが、私達の世界で習った史実とは()()に違っていた。


 例えば、紫式部はいないし清少納言もいないみたいだし、この時代にいたであろう人物の名前なども微妙に違っていたり…。

 街並みは美しく整備され、まるで大河ドラマの()()()()()()極彩色で美しい。

 そう、亜里沙は、正直なところ現実の平安時代は実はもっとくすんだ世界かと思っていた。


 源氏物語などで出てくる世界は美しく煌びやかだったがあれは、()()()()()()()()()()だと理解していた。


 扶久子などは、それを真に受け憧れていたものの(歴史に詳しい)亜里沙は実際はそんなに美しいばかりの世界でなく質素で厳しい世界であろうと思っていたのだ。


 まず、風呂だがこの時代の女性は身分の高い貴族であろうとも風呂に毎日入るような習慣はなく髪だってひと月どころか何か月に一度洗えば良い方だったという事を(しつこいようだが歴女な)亜里沙は知っている。

 平安時代の貴族達が御香を嗜むというのも昔のヨーロッパで香水が発達したように体臭を誤魔化すためだったのでは?と思う亜里沙である。


 風呂も平成時代の頃とは違い一般的には蒸し風呂で湯船にゆったりつかるような贅沢はお貴族様でもなく極力水が少なくても済む蒸し風呂のようなものだったとか…。

 庶民に至っては川や井戸の水で洗い流すか体をふく程度が普通だった筈である。


 だが扶久子や亜理沙は、この世界に来てからも何だかんだで二日に一度は湯船のある風呂に入らせてもらっている。

 それに芙蓉の方や菖蒲の方も、あの長い長い髪を三日に一度は洗っているようだ。(流石に長い長~い髪なので冬場は乾く前に風邪を引くといけないのであまり洗えないようだが今は春先であり天気の良い温かい日を選んで洗っているようだ)


 幸い?扶久子も亜里沙も髪は肩にかかる程度の長さなのでドライヤーは無くとも自然乾燥出来ると毎日洗わせてもらっている。

 わざわざ薪で湯を沸かしてもらうのだから結構な贅沢である!右大臣家のような使用人が沢山いる大家ならではの至れり尽くせりである。


 食事にしても川魚と野菜くらいかと思えば、意外にも鹿肉や猪、鶏肉の料理まで出てくる。

 小麦粉や味噌もあるし、ひしおと呼ばれる醤油っぽいものまである。

(味噌はあっても味噌汁というものは未だ無いようだが煮物や餅、麺類などもあり意外に食事の彩りは良かった)

 一番驚いたのは牛乳(ミルク)まであった事である。

 ただし、これは薬という概念が強い飲み物であるらしく、気鬱の病で寝込んでいたという芙蓉の君が朝廷からの見舞いの品として下賜されたものを見せてもらって驚いた。


 風呂と食の充実!これは平成時代から来た亜里沙や扶久子にとって非常に嬉しい『違い』だった。

 自分たちの知る史実どおりの平安時代だったら、清潔安心な平成時代で暮らしていた二人である。

 まず衛生面で病気になってしまったかもしれない。


 ***


「確かな事は何一つ分からないけれどここは、私達のいた世界と繋がった平安時代とは違うのかも…」

 亜里沙がそう言った。


「え?何それ?平安時代じゃないって事?」


「ん~、平安時代には違いないんだろうけど()()()()()平成と()()()()()()()()()()()って言うか…」


「んん?亜里沙が何言ってるかよく分からないよ」


「つまり、パラドックスというか…多次元的に平行した時間枠の中の別次元の世界と言うか…直線状の世界から時空の消滅を防ぐ自然強制力が働いて弾かれたのかもしれないっちゅうか…むにゃむにゃ」


「うん?益々わかんないよ」


「つ~ま~り~。私達がタイムスリップした事で生まれる筈だった人が生まれなくなったり死ぬ筈だった人が生きのびちゃったりで大きく歴史が変わったりするとこの後の私達の世界が変わっちゃう訳じゃない?下手したら私達が生まれなかったりさ!」


「え?でも私達は存在してるじゃん?」


()()よ!つまり、私達はこの時間の流れの中の迷い人!いわばパソコン上でのバグみたいなものでさ!それを修正するべく強制力が働いて本来の時系列から弾かれて平行線上にある()()()()()()()に弾かれてしまったんじゃないかと思うのよ」


「ごめん。さっぱり分からないよ」扶久子は亜里沙にお手上げというポーズで降参する。


「扶久…最初っから考える気ないでしょ?まぁ、いいわ!とにかく平安時代は平安時代だけど私達が生まれた時代とは繋がっていないって事よ!恐らくだけどね?」


「え~と、()()とか()()()とか分かんないけど…とにかく私達が何しても私達がいた時代は多分だけど影響ないっつ~事?…んで私達が帰れるって訳でもなさそうって事だよね?」


「まぁ…そうとも言うわね。仮に平成時代に戻れても私達のいた平成時代ではないでしょうね」


「だったら、まだ今のままの方がまだまし?…かぁ…家族に会えるかどうかすらも怪しいって事よね?ううっ」

 正直、改めて、元の世界に戻れないと再認識するとショックだが最初からそんな気がしていた。

 だってあの落雷がきっかけなら、そんなもん早々ある筈ないだろうし時空をゆがませるような落雷を人為的に起こせるものでもなかろうと、扶久子は思った。


「残念ながらそういう事ね。とりあえず今は運よく衣食住には困らないものね?芙蓉の方様も本当に優しくして下さるし…。まぁ、それに何より扶久には義鷹様がいるしねぇ~♪むっふっふ」と亜里沙が意味ありげに笑う。


「な!なななな、何言ってるの?亜里沙ってば…」と、顔を赤らめどもる扶久子である。


「扶久!かぁわいい~!色白だから赤くなると凄い目立つよね~。本当に肌もすべすべで化粧なんかしなくても十分よね~」


「亜里沙だって必要ないでしょ?」


「まぁ、扶久ほどじゃないけどね?」


「ところで、最近どうなのよ?義鷹様、全然来てないみたいだけど」


「ん~…そうなんだよね…。この平安の世だと女から会いに行くとか…きっと下品な事よね?」


「文でも出してみたら?」


「えっ?女の方から?」


「あらぁ、いいじゃない。届けてあげるわよぉ!あっ!そうそう!それと、今から扶久のこと私も姫様とか扶久姫って呼ぶからね?」


「えっ?何で?二人の時はいいんじゃないの?」


「こういうのは、普段から慣れてないと人前でも扶久って呼び捨てそうになるからね?一応この世界では私が扶久姫の女房(にょうぼう)(側仕え)って事にしちゃってるし!それに何処で聞き耳を立てられるかわからないからね?言葉遣いも私は敬語っぽくなるけど扶久姫の方も主人(あるじ)らしくしてよ?」


「う~ん。まぁ、そういう仇名だって思えばいっかぁ?小さい頃してた”お姫さまごっこ”みたいなもんよね?うん、わかった。じゃあ私は今まで通り呼び捨てするね?」


「それがよろしゅうございますわ!姫様!」


「「ふふふっ」」二人は面白そうに笑い合った。


「変なの~」と扶久は照れ笑いをした。


「直ぐに慣れますって!扶久姫様は大船に乗ったおつもりで、この亜里沙に全ておまかせあれ!」


「分かった!亜里沙の良きにはからって頂戴!」


「畏まりました!ふふっ」


 こうして二人はこの平安らしき時代で生きていく為にお互いの役どころに合わせた言葉遣いをし、お互いの姫と女房(にょうぼう)(側仕え)という役どころを演じつつ、この世界を行き抜こう決めたのだった。


  ***


 時がたつのは早いものであり、扶久子がこの平安らしき世界で再開してから、さらに半月の月日が流れた。

 二人は右大臣家で保護すべき大事な客人として受け入れられつつがなく暮らしていた。


 正直、亜里沙は、この世界に来たことを『運命』のように感じていた。

 何といっても大好きな親友の扶久子も一緒なのだ。

 むしろこの異常事態を『喜んでいる』といっても過言ではない!


 この時代、この世界では亜里沙は醜いとまでいかなくても正直不細工である。

 スーパー美少女と呼ばれモデルやタレントにというスカウトの話も多くあった亜里沙の顔立ちは二重瞼まつ毛ばさばさのぱっちりの瞳に鼻筋もとおり高く顔の形は美しい逆卵型である。


 肌は扶久子ほどではないにしても白くきめ細やかなのはこの世界でも美しい条件にあてはまるが、それ以外は真逆である!


 極めつけは体形だ!

 ふっくらぽっちゃりが好まれるこちらの世界に対して亜里沙は華奢で背も高すぎる。


 こちらの女性の殆どが百五十センチあるやなしやの身長なのに対し亜里沙の身長は百六十五センチもある。

 平成時代に理想的な身長でもここではデカい女と敬遠されてしまうサイズなのだ。

 因みに扶久子は百五十そこそこでこの世界でも違和感のない範疇である。

(※平成時代では扶久子はミニマムなサイズだったが、こちらでは高すぎず低すぎずの理想的サイズだ)


 だが平成時代でモテまくりで周りに『少しはそっとしておいてほしい!』とウンザリしていた亜里沙にとっては、今の周りの自分への無関心っぷりは願ったり叶ったりだった!!


 はっきり言って歴史オタクで三次元の男達に何の興味も持っていなかった亜里沙にとってはこの平安らしき世界での経験や発見が面白くて堪らない!


 亜里沙は右大臣家の扶久子に用意された離れの一室をもらい執筆活動にいそしんでいた。

 お習字も段持ちの亜里沙に抜かりはなく実に達筆に物語をしたためる。

(ちなみに書道は扶久子も一緒の書道教室に小さい頃から通っていたのでそこそこ上手である)


 そして亜里沙のしたためる物語は、芙蓉の方や楓や紅葉ら女房によって広められ秘めやかに女たちの間で爆発的大流行をするのだが、それはもう少しだけ後の話で或る。


「っつ~か、なんかこの話…絶対、有名な紫式部作のお話のパクリだよね?しかも、筆名(ペンネーム)が紫納言なんて…何つ~か安直?清少納言と紫式部足して二で割ってるよね?タイトルも草紙物語ってなんか絶対まじりまくってるよね?」


「ほ~っほっほっ!いいのよ!この世界、平安時代は平安時代でも私達の時代から直接つながってる訳じゃなさそうだし、良いとこどりしなくてどうするってぇのよ!とにかく手に職!じゃないけどお話でも作って高位貴族のファンという()()ができればこの先、いざっていう時の『生きていくための肥やし』になるってものよ!」


「ううぬ、さすが亜里沙…なんて(たくま)しい!」


「おうよ!いざって時にゃ、扶久姫一人くらいあたしが養って差し上げちゃうんからね!あ、でも義鷹さんは良さそうな人だから応援するけどね~。あたしは扶久姫の側仕えとしてずっと一緒にいられるし!ふふふっ」


「っ!ななな何を言って!」

 慌てる扶久子に亜里沙はにっこり余裕の笑みで言い放つ。


「隠さなくっていいってば!まぁ~真っ赤になっちゃって!うん、あの人なら自分の命より扶久の事、大事にしてくれそうだもんね~!大丈夫よ!あれは完全に扶久姫に”ほ”の字だ(惚れてる)から!」


 そんな話をきゃっきゃ?うふふ呑気にと語らう。

 そう、とりあえず、この時はまだ平和に過ごせている二人なのだった。

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