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⑪思惑

 芙蓉の方や楓や紅葉の思惑!

 それはこの右大臣家の跡取り息子である()()()()()の事である!

 この美しい姫君が()()()()()()()()()()()()()()!と目論んでいるのだ。


 何せ、(よわい)十八!この時代では、もう既に結婚していてもおかしくない年頃であるにも関わらず許嫁(いいなずけ)の一人もいない。


 いや、親の決めた許嫁はいたことはいたが、何と左大臣家の嫡男で義鷹の友である藤原(ふじわらの)時盛(ときもり)にかっさらわれたのである。

(※解説:しつこいようですが平安時代は藤原氏が中心社会で藤原姓だらけです)


 要するに美人と評判の藤中納言(とうのちゅうなごん)の三の姫君を美男で遊び人で有名な『凛麗(りんれい)中納言(ちゅうなごん)』と呼ばれる貴族中の貴族で、帝の従弟でもある時盛(ときもり)が横恋慕しお手付きしたのである。

(※解説:この平安(ぽい?)世界では本名よりも貴族の人々は通り名で呼ばれることの方が多かった。あまりにも藤原さんばっかりだったからかもしれない)


 身分も見た目も自分より上の時盛(ときもり)の行いであったし、また義鷹自身も顔すら見た事のない許嫁(いいなずけ)にはさほどの未練も無かった様子で周りも事を大事とは扱わず誰も咎めるものはいなかった。

 帝より「身を慎むように」と注意を受けるくらいで済まされていたのである。

 そうして今は、その元許嫁の三の姫は『凛麗の中納言』とか『凛麗の君』と呼ばれる時盛(ときもり)の四番目の妻となっている。


 その浮名っぷりはまるで源氏物語の光源氏さながらである。

 しかし、そんな話を聞いた扶久子は憤慨(ふんがい)した。


  ***


「はぁ?何ですかその凛麗(りんれい)(きみ)とやらは!中納言という大事な役職にありながら不実きわまりないですね?三人も奥様がいてまだ人の、それも友達の許嫁(いいなずけ)に手を出そうなんて人としてどうかと思います!あり得ないっ!」と怒りを(あら)わにすると、義鷹の母が感極まったように扶久子の手を掴む。


「ああ、姫もそう思われますか?」

 芙蓉の方は扶久子のその言葉に激しく心を動かされた!

 何と嬉しい事を!と!

 口さがない者達はまるで『義鷹が醜いから仕方がない』『むしろ凛麗の君が世にも醜い恐ろしい許嫁から姫君を救った』等と言う(たわ)(もの)さえいたのだ。

 なんと口惜しい事だったろう。


 義鷹は()()()()()()()()()


 逆に帝の従弟でもある凛麗(りんれい)(きみ)の事を非難し正そうとする者は誰もいなかった。

 悪いのは明らかに凛麗(りんれい)(きみ)であるにも関わらずである。

 その身分のせいもあるが、見目麗しい凛麗(りんれい)(きみ)の事を誰も咎める事など出来なかったのである。


 それを真っ向から否定したこの姫は何と筋の通った心正しき姫君なのかと芙蓉(ふよう)(かた)は心から、扶久子の事を好ましく思った。


「当然です!どれだけ男前で美しい方なのかは知りませんがそんな男、私は死んでも嫌です!そんな男が忍んで来たら大声を挙げて、そこらにあるものを投げつけて逃げます!」


「まぁっ!さすが髪を切り、男子姿(おのこすがた)で旅してきた頼もしき姫君です。そのように美しく可愛らしいお姿でありながら芯の通った見上げた心意気!感服いたしますわ」

 そう言って母君が感動すると女房達も感心したように扶久子を称える。


「真に、まるで尼君のような短き髪なれどまるで童女(めのわらわ)のように可愛らしくしかも美しゅうございますものね」紅葉(もみじ)がそう言うと(かえで)も続けざまに扶久子の事を褒めたたえる。


「真に!化粧などせずともキメ細やかで透き通るように美しい白い肌で同じ女の身でありながら見惚れるばかりにございます」


芙蓉の方(母君)は、この頼もしく自分の息子の為に憤慨してくれる扶久子にもう好感しかなく、益々息子の嫁に欲しいと()()()願った。

 夫である右大臣藤原園近(ふじわらのそのちか)が、自分の元に訪れたならば話そうと思った。

 そしてこの姫を()()()()()、よもや(義孝との結婚を)反対する事はあるまいと確信していた。


 実際、扶久子は、この平安時代?もしくは平安っぽい、()()()()()()()()()で言うとそれはもう紛うことなき『絶世の美女』なのだった。


 しかし扶久子は、自分が不細工だと思っているので、自分なんかをこんなにも持ち上げてくれる女房達や母君を本当になんて良い人達なの?とは思いつつも反面、自分に自信など欠片もないかったので、どうにも素直に受け入れ難く苦笑いするのであった。



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