102.御仏の手のひらで…(壱)By扶久子
それは、少しばかり時をさかのぼり、この隠れ屋敷に来たばかりの頃の事。
私、扶久子は自分ばかりが幸せなことが気がかりだった。
自分の事が好きで好きでたまらない亜里沙。
もちろん自分だって亜里沙の事が大好きである。
小さいころから親友で血のつながった姉妹以上に仲良く幼稚園も小学校も中学校も習い事からクラブ活動に至るまで共に過ごしてきた。
互いの家も仲良くお互いの家にもよく泊まりに行ったものだった。
奇麗で優しくて勝気な亜里沙が親友な事が自慢で誇らしかった。
だからこそ思う。
このまま、私だけが幸せでいい筈がない。
亜里沙にも素敵な人と出会って恋をして幸せになってほしいと思う。
けれど、亜里沙は、これまで異性には目もくれず私にばかり好意を示し自分に尽くしてくれた。
それはもはや友情なんてものは越えていて、前世からの因縁でもあるのではなかろうかと思うほどに…。
そう、実際のところ前世からの因縁がありまくりなのだが、この時の私はまだそれに気づいていなかった。
それは、隆が現れた夜だった。
その日、私は夢を見たのだ。
それは、自分がこの平安の世の女東宮で、自分に仕える尚侍がなんと亜里沙だという夢だった。
亜里沙は若槻の尚侍…そう呼ばれていた。
明るく賢く勝気な若槻の尚侍は、いつも自分を支え心から尽くしてくれていた。
私はその若槻の尚侍を姉のように慕っていた。
そして…それは突然の事だった。
柔らかな日差しも心地よいそんな春の日だった。
いきなり空がかき曇り雷が建屋を襲ったのだ!
突然の稲光に私は驚きのあまり動くこともままならなかったのに尚侍は女東宮である自分を庇おうとして一緒にその閃光を身に受けたのだ。
私は思った。
嫌!なぜ私たちが、命を落とさねばならないのか!
閃光に包まれた瞬間、私は御仏に願った。
どうか尚侍だけでも助けてほしい!
それが叶わぬのならせめて生まれ変わったら私の従者などではなく幸せになってほしい。
大好きな尚侍に誰よりも幸せになってほしいと心の底から願ったのだ。
そして、次の瞬間、真っ白な世界に私は一人立っていた。
「ここは…一体…はっ!若槻の尚侍はっ?尚侍っ!どこ?無事なの?」
私は、必死で叫んだ。
すると、誰かが心の中に語りかけてきた。
『願いは聞き届けた。二人は生まれ変わり再び友として出会い今度こそ幸せな一生を送れるでしょう』
「誰?まさか御仏?神様?」そう心の中でつぶやくとまたその声は私の中に響いてきた。
『そう…我は人間の輪廻を司りしもの…仏と呼ぶものもおれば神と呼ぶものもおる』
「っ!御仏さま、生まれ変わる…ということは、やはり私たちは死んだのですね?突然の光と衝撃!あれは雷ですね?何故、私たちがそのような目に合うのでしょう?私たちは信心も深く日々、お経を唱え御仏を敬って生きてまいりました。それなのに何故このような罰をお与えになられたのでしょう」
私は恐れ多くも御仏に対し恨みがましい気持ちでそう問うてしまった。
「なぜ?」そんな気持ちを心の内で隠すことなどできなかったのである。
『罰などではない。其方らの死は不幸な事故であった。しかし、其方の言う通り其方らは信心深く常に仏を敬い清き心で生きてきた。そして死の瞬間、其方たち二人は互いに自分の事ではなく相手の事を心から案じていた。そこで我は其方たちの願いをひとつずつ叶えることにしたのだ』
「まぁ、それは、一体…?はっ!そうです。若槻の尚侍は?尚侍はどこに?」
『あのものは既に輪廻の輪に入った。あの者の願いは生まれ変わっても其方の側で其方の幸せの為に尽くしたいというものであった故、其方が生まれ変わるときに同じ時期に生まれるよう計らった』
「ああ…尚侍はそんなにまでして私を心配して…」
『そして其方は、あの者が従者などではなく自分に縛られることなく幸せになってほしいと願った』
「そう!そうです。私は尚侍には今度こそ従者などではなく一人の人間として幸せになってほしいのです」私は万感の思いを込めてそう叫んだ。
『そう、もちろん其方の願いも聞き届けよう。二人は生まれ変わり、仲の良い幼馴染として今度こそ幸せな縁を紡いで次の世に送ろう…さあ、目を閉じて…』
御仏に言われるがまま私は目を閉じた。
そして私の魂は御仏の手によって輪廻転生の輪に導かれたのだった。




