帰宅ダンジョン。
ある日、学校から家に帰ると、そこはダンジョンになっていた。
何を言っているか分からないかもしれないが、本当にそうだったのだから仕方が無い。
家に帰りその玄関扉を開けてもそこはいつもの見慣れた場所じゃなくて、暗闇を誰が付けたか分からない松明が点々と置かれゆらゆらと照らし出す、そんな所になっていた。
おかしいよね。うん、絶対おかしい。でも。
その玄関扉だって何度も開けたり閉めたりしたし、一軒家だから裏口でだって同じ事をした。窓から入ろうとしても窓は開かないし、石で割ろうとしてもビクともしない。窓という窓が全部そうなのだ。他から見たら完全に不審者だったけど。
実際そうなのだから、受け入れるしか無い。
そして、俺は今日も頑張って帰宅するのだ。
「おかえりなさい! ゆうと君!」
えー。そんな訳で、こいつは何故かこのダンジョンに入ると出てくる、本人? いわくナビゲーターだそうだ。
俺も決して背が高い訳では無く、世間一般じゃあ小さい方と言ってもいい。
そんな俺の肩程までしか背丈の無い、小さな……多分女の子。何故多分なのって言われてもね、この見た目じゃ恐らく人間ですら無いだろう。まあ、容姿はかわいらしい女の子という事だと思ってくれ。
頭にはねじれた角、お尻には尻尾、悪魔の尻尾ってやつかな。
で、ここまでくると露出が多い服装を想像するだろう。いかにも悪魔っぽいやつさ。まあ、俺はそんな想像をしたのさ。
しかし、それとは裏腹にいわゆる可愛らしい、子供が着ているようなワンピースを着て、その上からこれまた可愛らしいケープを羽織っている。
「今日もお疲れ様でした。あ、ニジマス食べます? この塩焼きサイッコーですよ」
「なんでお前がニジマス食ってんだよ」
「スーパーで買ってきました!」
そう。そしてこいつは何故かここに出入りして、生活して、寛いでいる。
暗かったはずのこのダンジョン入り口には照明が取り付けられ(電気どうやって通ってんのこれ)、テーブルとイスが置かれ、そこでご飯を食べている。
「いらん」
「えー、美味しいのに」
「いいから今日はどんなか教えてくれ」
「いやです」
「なんで」
「なんか冷たいです、今日のゆうと君。私達夫婦だっていうのに、ただいまのチューだってしてくれないし」
そういうとこの小悪魔っぽい何かは、口を尖らせて目を閉じた。
俺はというと、はあ、とため息をつき、そそくさと歩いて奥に見える禍々しい扉を目指していた。
「ほらー! ここまで言わせておいて無視だなんて!」
そう言うと慌てて走り寄ってきた。
「疲れてんだよ。早くしてくれ」
「あらー。ごめんなさい、ダ・ン・ナ・さ・ま」
語尾にハートでも付いてるのかと思うほど甘い声を出すな、だとか、いつから夫婦になった、とは口に出さない。調子に乗るからである。こいつを調子に乗せると色々とめんどうなのだ。主に会話が。
「はぁ、しかたがないですねぇ。今日も冷たい旦那様にご説明して差し上げます」
そう言うと、じゃじゃーん、とでもいいたげな大きな身振りで目の前にディスプレイの様な物を出す。
「じゃじゃーん!」
ごめん、言ったわ。
「今回のダンジョンは、森でーす!」
目の前には、どういう原理で浮いているのか分からないが、大きなディスプレイの様な、半透明なそれが浮かんでいる。
そこには森林地帯が映し出され、下手な文字で大きく「森!」と書かれている。
書いたのは、まあ、言わなくても分かるだろう。
「今回はですねぇ、狼とか、おっきな狼とか、あとちいさあな狼とかが出てくるので、気を付けてね!」
こいつの説明はいつもこうなので気にせずに聞く。森と言えば他にも樹が動くのとか、猪に猿とか熊とか動物系が居そうだな。あとは……毒とか持ってるやつも居そうだ。あと虫とか。まあ、遭遇したら考えよう。
最初は困らされたが、人間とは慣れる事が出来る。なんとなく想像しておこう。
「あとですね、今回は凄いですよー。なんと! ボスがいます!」
「へー、そんなのいつもいないじゃん」
「私です!」
「……」
やられた。趣向を変えてきたな。つい相手をしてしまった。
「ちゃあんとご褒美もありますよ?」
「わたしって言うんだろ」
「よくわかりましたねー。正解です! じゃあご褒美を……」
「ボスじゃねえのかよ」
「あ、そうでしたそうでした」
いや、そうでないのは分かってるんだが。
「そのくらいですかねぇ? ご質問はありますか旦那様?」
「いや、いい」
さて、今日も頑張って帰宅しますかね。
大きな扉、顔のレリーフだとかなんかの角だとかが刻まれたいかにも禍々しそうな扉を開くと、さっきの説明の森ダンジョンが姿を現した。
迷わないようにしないとなぁ。面倒くさい。
そうして1歩踏み出すと、俺の制服が光に包まれ変わっていく。
革の鎧に革の盾、それに金属の剣が現れ、それをしっかりと握る。
「さてと……」
手を空中にかざすと、操作画面が現れる。
強化アイテムを使っておこう、ライフと筋力、あと速度アップも使っておこうか。後は状況に応じて、と。
そう、ゲームの様な世界だ。
ここにはステータスがあり、現実世界の俺では考えられない動きも出来ちゃったりする。
まるでアニメや小説で見たような。そんな世界。
さてー、行きますか。
目の前に広がる森の中へと歩きだしていくと。
「いってらっしゃいませー。早く帰ってきてねーー!」
そんな言葉と共に、ギギギと扉が閉まって行く。
うるせえよ。
じめじめとした森だった。進んで行くと、大きいテントウムシとかネバっとした植物とか、そんなのが出て来た。手慣れた所作でそれを倒していき、俺はどんどん進んだ。
イノシシ、おっきい猿、鳥(多分鷹)、ブサイクなリス、大きな樹みたいなの、トカゲ。
そして案の定、トカゲは毒を吐いてきたので、俺は治療魔法でそれを癒した。
どれかと言えば、鳥がやっかいだったな。飛んでるし。
まあ、それよりめんどうだったのは。
『うー、暇です。お相手してくださいよ、ゆうと君』
あいつの声である。
事ある毎に直接脳内に響くように語り掛けてくるのだ。
まあ、全部無視なのだが。
まあそんなこんなで、進めば進む程方角が分からなくなったが、意外と迷わずに辿り着いた。
宝の部屋。
あいつはここをそんな風に呼んでいた。
森には不自然な扉。その周囲には木も生えていなくて、ぽつんとそこにあった。
キラキラとした宝石や貴金属で装飾されている扉だ。
そして扉を開けると、入り口と同じような、暗闇に松明の明かりといった部屋があり、その中央に光り輝く宝箱がある。正しく宝の部屋である。
部屋に入ると、俺の服装が戻っていた、いつもの制服だ。
そして、またしても装飾過多な今度は宝箱が置いてあるのだった。
俺はその中身を拝もうと、キィィと音をさせて開く。
これだけの豪華な宝箱、さぞすごい物が入っている事だろう……
……と、思うじゃん?
そこにはぽつんと、丸く小さなコインが置かれていた。
100円玉である。
クリア報酬だ。
俺はそれをさっと拾い上げ、ズボンのポケットに突っ込んだ。
まあ、もう慣れたよね。最初はモンスターを倒せば増えるんじゃね? とか思って頑張った事もあったけど、結局100円だった。一律である。
それでもこれは持ち帰れるのだから、有難く使わせて貰おうと思う。地味にいい金額になるのだ。毎日必ず通わされるので、一ヶ月で3000円程。
体感で2,3時間くらいかかったかな。あれ、割りに合わないな。なんだこれ。
まあ、帰ると何故か時間は全く経っていないので、そんなもんか。無いよりはマシ。
そういえばこれ、犯罪とかにならないよね、偽硬貨とかいって。まあ、多分大丈夫なんだと思うけど……。
ともかく帰ろうか。
いやまて。何かあるな。
宝箱には何か紙の様な物が置いてあった。
拾ってみると。
あいつの写真だ。
ご丁寧にキスマークまでついている。
いや、何気に凄いなこれ、何故か写真の中のあいつが動いてる。ファンタジーだな。
そっとそれを捨て、とにかくこれで今日の帰宅も完了である。
宝箱の奥に、見慣れた扉が見える。家の玄関扉である。
あれを潜れば、無事今日も家に帰れるという訳だ。
まあ、その前にイベントがあるのだが。
扉に近づくと。
「おかえりなさい! ゆうと君! 今日も無事クリアですね!」
ぱああ、と光が広がり、目の前にあいつが現れた。
「おお、今日はレベルアップしてますよ! おめでとうございます! これで9だから、もうちょっとで念願のレベル10ですね!」
何の念願だ、何の。
そしていつもの様に無視して、扉の前に立った。
いや、そういえば。
「リリルお前! 狼なんて出てこねぇじゃねえか!」
いかん。つい大声で突っ込んでしまった。
「てへ。でも、成功ですよ」
「なにが」
「名前。呼んでくれたでしょ?」
あ。
まあ、帰る前に、少しくらい相手をしてやってもいいかな。
「あー! 私の渾身の写真があああ! ご褒美だからって魔法までかけたのになんで持ち帰ってくれないんですかあああ!」
ごめん、やっぱ帰っていい?