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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

待ってる (A)

作者: エモトトモエ

 彼女の部屋の鍵を作ることなど造作もなかった。

 今時、電子キーでもなければドアメーカーに注文するしかない形状でもない、その辺の鍵屋やホームセンターでも複製してもらえる、物置か何かと同じような作りの簡単な鍵だった。

 まるで、勝手に複製して侵入しちゃってくださいと言っているようなものだ。

 だから、ロッカールームの彼女の荷物から鍵を見つけだしたとき、私は、自身の計画が成功するであろうとことを確信することができた。と同時に彼女の不用心さに呆れ、やや失望もしたのは事実だ。

 それでも私は鍵を持ち出しトイレに向かうと、このためにネットで購入した『合鍵作成キット』を用いてものの数分で合鍵を作り、元の鍵を彼女のバッグ…安っぽい化粧品と食べかけの菓子の詰まった、ブランド品らしきバッグの中に放り込んだ。

  


 彼女と付き合った理由は、見た目もあるが、意思が弱そうでコントロールしやすそうに思えたというのも大きい。案の定、少し強気で行ったら付き合うことができた。

 だがすぐにうまくいかなくなった。

 こちらもひと月ほどで面倒になり、もういいかと思ったとき、彼女がSNSに上げた写真が私の目を引いた。

 それはベランダの写真だった。

 彼女の笑顔の隣に、観葉植物が写っていた。

 その幹の上の方に、枝や葉とは違う、不思議なものが生えていたのだ。

 小さな袋のような形。上には蓋のようなものが付いている。

 食虫植物だろうかと思った。興味が湧き、調べてみたが、写真のような植物はネットでも本でも全く見つからなかった。

 わからないとなると、いっそう気になった。

 彼女の部屋に行って実物を見てみたいと思い、別れを引き延ばそうとした。だがそれは上手くいかなかった。

 そのうち、新しい写真がアップされた。あの植物は部屋の中に置かれていた。

 所在が確認できてほっとした。

 私は何としても会わなければと、彼女との繋がりを保とうとした。

 植物の方も、私を待っているのではないかという気がしていた。

 しかし、何を勘違いしたのか、彼女は私を犯罪者呼ばわりした。(のちには会社や警察までが、私の邪魔をすることとなってしまった。)

 だが私はいいことを考えた。彼女と別れる条件として、あの植物を譲ってもらうことを提案したのだ。

 彼女は驚き、断固として断ってきた。

 やはりあの植物は特別なものに違いなかった。

 となれば、手段を選んでいる場合ではない。

 同じ職場にいるうちに、私は合鍵を作った。

 仕事がなくなってからは、彼女の生活を調査し、部屋に侵入する日…あの植物に逢う日を決めた。



 それが、今日だ!

 通りに人の気配がなくなる時間を見計らい、私は素早く彼女の部屋に入った。

 狭い部屋の中、見渡したが、探し求める姿はない。

 焦りつつクローゼットを開けた。

 いた。

 そしてなんということだろうか。幹についた袋は、私の半身程の大きさに成長していたのだ!

 わたしは動悸が激しくなるのを感じつつ、袋に触れてみた。ざらりとした感触。厚みと弾力もわかる。両手で軽く押してみた。中で水のような物質が動いた。

 私は興奮で震えの止まらぬ手で、上部の、蓋のようなものを開いてみた。

 中を覗き込む。

 その瞬間、袋がひとりでに膨らみ、うねるように動いて私の体に吸いつき、袋の中へ向かう波のように私の体を押した。私は頭から落ちて液体の中に突っ込んだ。

 水よりも重い感触。鼻から口から入り込む。少し甘く…すぐに焼けるような痛みが襲って来た。それは顔面に首に服の下に、すぐ広がった。

 痛みと息ができない苦しさでもがいたが、逃げることはできなかった。苦痛の中、私の意識は途絶えた。



 意識が戻ったのは、私の名を呼ばれた時だった。

 はっきりと戻ったわけではない。が、時々、名を呼ばれたり無理に嘔吐させられたりするのはわかった。

 目は見えなくなった。

 動けなくもなったようだ。

 ひょっとしたらあの後救助され、治療を受けるもかくのような障碍を負ってしまったのだろうか。

 頭もよく回らないので断言はできないが…。

 しかし、あの焼けるような痛みはすっかり消えてしまった。そこだけはよく治ったのだろう。少し物足りないくらいに何の刺激も残っていない。

 助かっておいて言うのも何だが、あの苦痛が少し懐かしかったりもする。自分でもおかしいとは思うが、私は、あの植物に完全に呑み込まれ、その一部になってもいいと思ってしまっているのだ。

 私から会いにゆくのはもう叶わない夢だろう。

 だが心のどこかで、あの植物の方から、私を探し求めてその袋に私を呑み込んでくれはしないか…と期待する気持ちが湧いてくるのだ。

 今はそのことしか考えられない。

 だから、待ってる。



読んでいただきありがとうございます。

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