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8/9

日の当たる場所で

『 原田耕助 結実子 穂波 日向 』


 そう、書かれた表札をまじまじ見つめながら、紗菜はしずかに待っていた。

 小ぢんまりとした一軒家である。庭先には、少し泥の付いた通学用自転車スクールバイクが停められていた。


「ちっ、ヒナタの奴おっそい。すぐ顔出せっつったのになにやってんのバカ」


 穂波は舌打ちし、自宅のドアベルを連打した。ピンポンポンポンピンポン、騒音を打ち消すようにして、ガチャリと乱暴に、扉が開く。

 低い怒号が飛んできた。


「うるせーよ姉ちゃん、ちょっとくらい待てないのか!」


 紗菜は息を飲んだ。



 玄関から半歩、外に踏み出した姿勢の少年――声の主と会うのは、初めてではなかった。

 かつてよりずっと成長している。だがそれでもやはり、少年はあくまで少年だった。


 背丈は紗菜と同じか、ほんの少し見下ろすほど。男性と呼ぶにはあまりにも華奢な肩。中性的というわけではなく、ただ単に幼い。それもそのはず、紗菜の記憶が確かなら、彼は中学一年生――紗菜より四つも年下なのだから。


「ん、友達? 珍しい――いらっしゃい」


 紗菜の姿を見て、トーンを落とす。

 ナチュラルな愛想笑いに、唇の奥、穂波と同じ魅力的な八重歯が覗いていた。

 再び姉のほうを向き直り、


「なんだ、顔出せって、友達入れるから出てけってことか? いいけど俺、まだ制服だ。着替えるくらいは待ってくれ」


 子供そのものの造作で、声だけが低い。だが実物がしゃべっているのを見れば、ちょうど声変わり過渡期で枯れているせいだとすぐわかる。

 そして優しい、大人のような話し方。

 この声を、紗菜はよく知っている。

 この少年を、ずっと前から知っている。


 戸惑い、混乱し、どちらの名で呼ぼうか迷う。口をついて出たのは、ずっと呼びかけたかった男の名だった。


「――ヒュウガさん」


 少年は一度、細い眉をハの字に開いた。ドアノブに手をかけたまま、まじまじと紗菜を見る。もしかすると少し視力が悪いのかもしれない。

 黙ったまま見つめ合う二人――親友と弟とを交互に眺めて、穂波が口を開いた。


「あんたも覚えてるでしょ、サナおねーちゃん。昔よく遊んでもらってたじゃないの」


 ――瞬間、少年は悲鳴を上げた。ばたんと勢いよく扉を閉めて鍵をかける。叫んだのは穂波だった。


「こら! わたしまで締め出すんじゃないわよ!!」


 

 結局その日、紗菜の前に扉が開かれることは無かった。紗菜も粘らなかった。五分とせずに諦めて、穂波の引き留めも断り、さっさと一人で帰路につく。

 家についたら、確かめたいことがある。


 部屋に入り、紗菜はすぐデスクの引き出しを開いた。ルーズリーフのノート――と、その上に、携帯電話がしまわれている。


 ずっと置き去りにしていた携帯電話は、チカリチカリと、小さなランプを光らせていた。

 不在着信アリの表示。

 着信相手は、確かめるまでもない。

 折り返しのコールは、長くはかからなかった。



『……もしもし……』



 彼の声だった。


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