泪を知る者
感情の揺らぎは唐突に訪れる。
いつも一緒にいると思ってた。いつも同じ場所、同じ空間で息を吸う、家族。私にはかけがえのない人。兄が、いた。今はもう、そんな彼を知る人はいない。私だけが知っている。覚えている。
小学生の時、同級生にいじめを受けていた。どうすることも出来ない非力な私。宿題のノートはどこかに隠され、毎日履く内履きの中には凶器とも呼べる画鋲が無数に入っていた。それが私の日常だった。そんな時、私を救ってくれた人が兄だった。上級生でもある兄は、力の差を同級生に見せつけた。
「今後、妹に何かしたらお前らにも同じことをし続けてやるよ」
もちろんこれは言葉だけの反撃。その後、私への陰湿ないじめは弱くなり学年が上がるまでにはピタリと止まった。兄が陰で何かをしていたとは考えにくいけど、恐らくは兄の存在が私を救ったのだろう。
その出来事から、私の兄への依存度が次第に膨れあがっていく。一足先に卒業をした兄。彼とは年の離れた兄妹。世間では一緒に暮らす、同じ時、同じ空間を過ごす者を家族と呼ぶ。私と兄は血の繋がりを持たない。それを知るのは成人前。兄がいなくなってからしばらく後のこと。
「歳は違うし、まだガキだけど俺がお前を守ってやるよ。お前は妹だから」
守る――
私も兄もまだ子供。実際に守られているのは兄と私のふたり。子供を守るのは親。私を守るのは兄。ずっと、その時間が流れていくものだと思っていた。陰湿ないじめから解放され、笑顔を取り返した私。兄もまた、私との時間を持つことを嬉しく思ってた。
風邪。風邪をこじらせた兄。あっという間だった。私の兄は、ずっと眠ってしまった。こういうことが起きるんだ。そんなの、信じたくなかった。ずっと続くと思っていた。兄と私の時間、一緒にいる空間。
感情が揺れ動く――
涙腺から流れ出た泪。
かけがえのないひとを失った悲しみで知る、泪。




