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亡国太子と近衛兵  作者: 佐藤周
2章 近衛試験
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3

クミルが、床にへたり込んでいる。その頭上に、


「やああああぁぁー!」


と、いう叫び声とともに、試合用の木剣が振り下ろされ、うずくまった男の頭上ぎりぎりで止まる。


「勝ち、スワラ、負け、クミル。二勝先取につき、スワラ合格、クミルは二回戦を待て。」


試合場に立ち、勝ち負けを判定する判事が、そう宣言した。すると勝ったスワラは、礼をすると早々に、喜びの声を上げて仲間の輪の中へと駆けていく。

負けたクミルは、しばらく茫然自失の様子だったが、判事に叱責を浴びて、すごすごと試合場をあとにする。


見ていて、胸がむかむかするような試合だった。クミルは剣術の試合中、ドブネズミが猫になぶられるようにして、負けた。

長年剣術を学んできたものと、クミルのように、喧嘩と言えば路上の取っ組み合いしか知らないであろう男とを戦わせれば、そうなるのも当然だ。それを見越したうえで、この試験は作られている。

三回勝負の試合を二度行い、そのうち一勝できれば次の試験に進める。

初戦を破れたクミルにはまだチャンスがあるわけだが、様子を見るに、もう彼は立ち上がれないだろう。試験の前に、アシムと話していたときの威勢のよさは、消えてしまっていた。


「西方、アシム、東方、ヨシン、前へ!」


クミルに同情していると、アシムも呼ばれた。アシムは脇に転がしていた木剣を手に取ると、試合場へと進んだ。



アシムの相手のヨシンは、アシムと同年代であろう、大きな男だった。

身のこなしは俊敏で、目元は涼やか、自信に溢れ、見るからに、高度で厳しい訓練を受け、それを乗り越えてきたであろう男。

実際に、かれはショウの街の道場で、知らぬものはいない若手の剣術師だった。ほかの者ならばようやく一人前、という年齢で、しばしば師範代を務めるほどの実力者だ。


「両者、礼!」


試合の勝敗を判定する、判事の男にそういわれて、アシムとヨシンは礼をする。


「先に二勝したものを勝利者とする――では一戦目、開始!」


判事の合図で両者木剣を構えると、跳び下がって、間合いを図った。

ヨシンの構えは、正統剣術のもっとも基本的な型であり、有用とされる型の、星目。

それもほれぼれするような、非の打ちどころのない立ち姿だった。


練兵所の道場には、街の剣術道場で学んでいるであろう、子供たちが招かれて、試合を観戦していた。

その子供たちは、ヨシンの構えを輝いた目で見つめ、またあの落ち着きのない女の太子は、しきりにかたわらの老女に耳打ちしては、叱られている。


対して、アシムはぎこちない。

ヨシンの構えの見まねで、剣を両手に持ち、足を傾斜に開くが、どうもしっくりこない。

どだい、剣が重すぎるのだ。普段アシムが使っているのは、片手剣をさらに短くした刀。しかし試合で支給されたのは、正統剣術が標準装備として推奨している両手剣を模した木剣。

アシムは両手剣の構えを知らない。そのまごつきを見抜いたヨシンの剣は速攻で動き、


「やぁぁぁぁぁ!」


気が付くとアシムの頭上には、掛け声とともに、ぴたりとヨシンの木剣が止まっていた。


「勝ち、ヨシン、負け、アシム。ヨシン先勝。」


判事がそう言うと、ヨシンは礼をして、さっさと試合場の中央へと戻っていく。アシムはそのうしろ姿を、ぼうぜんと見つめることしかできなかった。



判事はアシムと、ヨシンの様子を見て、内心でほっと息をついていた。判事はヨシンの、剣術道場の師匠だった。


この判事は、ほかの『司』のものたちと同じく、司長の考えが気に入らなかった。よそ者を近衛に招こうなどとは、とんでもない。

判事は、剣術道場の師範として、その教え子たちに愛着と、誇りを持っている。その教え子たちを差し置いて、よそ者や下流の民たちが『司』の近衛になる、いや、なろうと考えているだけでも、許しがたいことだった。


それだけに、上流の子息の中に、紛れ込んできたアシムとクミルは、この判事にとって不愉快極まりなく、クミルが打ち倒されたとき、判事は心の中で喝采した。

アシムに対しても、同じことが起こることを判事は望んだ。しかし同時に、不安も抱いていた。かれは見るからに、街の外で経験を積んできた傭兵で、手ごわい雰囲気があったからだ。


だが、それは杞憂だったようだ。

初戦でヨシンが苦も無くよそ者を負かしたことで、判事のこころはひどく弾んだ。さっそうと試合場の中央にもどり、木剣を構えなおすヨシンの姿は、たくましい。

対してよそ者、アシムは、少し首をかしげなら、両手の木剣を重そうに持ち、眺めている。

判事は内心で、どれほど頭をひねろうと、傭兵風情が私の教え子に万に一つでも勝てるわけがない、と思いながら、宣言した。


「両者、礼!――二戦目、開始!」


ヨシンとアシムは飛び下がる。ヨシンは相変わらず星目。

アシムはというと、もはや型を真似することもあきらめたらしい。だらりと、剣を下段に構え、やや半目でヨシンの方を見ている。


――もはや、アシムには、戦う意思がない。


判事はそう思い、ヨシンも同じだった。それならばさっさと終わらせてやろうと、ヨシンは素早く間合いを詰めると、無造作に上段に振りかぶり、掛け声とともにアシムの頭に向けて剣を振り下ろそうとする。


――次の瞬間に起こった出来事は、判事にとって、まるで悪夢のような光景だった。


ヨシンが剣を振り上げるや否や、アシムは下段に構えていた剣を、捨てた。


カランと、木剣が地面に落ちる音がして、周りの者ははじめてアシムが剣を捨てたことに気が付いた。そのときにはすでに、アシムは落とした剣をまたいで、剣を振り上げた姿勢、無防備になったヨシンの懐に殺到し、その胸倉をつかんでいた。


「――」


攻撃のたびに、掛け声をかけるヨシンに対して、アシムは終始無言。


それでも大きく息を吐きながら、渾身の力で、アシムはヨシンの勢い込んで不安定になった足元を払い、その巨体を投げ飛ばした。


まったく想定していなかった反撃に、ヨシンはなすすべもない。投げ飛ばされた拍子に、木剣を取り落として、ヨシンは地面に転がる。

その木剣をアシムは拾い上げ、ぴたりと剣先を、倒れたヨシンの喉もとに突き付ける。


試合場は、今までだれも見たことがない、どころか、思いもつかなかった粗野なアシムの戦い方に、言葉を失っていた。その中で、だれよりも判事は、目の前の光景が信じられない。


目を見開き、ただただ呆然とする判事に向かって、アシムは顎をしゃくり、判定を促した。


判事は半ば、消え入るような声で、言った。


「……勝ち、アシム、負け、ヨシン。両者、一勝――」



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