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亡国太子と近衛兵  作者: 佐藤周
2章 近衛試験
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2

――ずいぶんと、ヘンな男が来た。


練兵所の一角に集められた、大多数の男たちと、少数の女たちは、そういう表情で互いに目くばせしあった。


当然、その男とは、アシムのこと。


彼は、集団の中で、浮いていた。練兵所に集まったものたちはみな、つややかな肌、絹の素材でできた正装をして、また身なりやしぐさが洗練されており、どう見ても街中の、それも上流の層にいるのであろうものたちだ。

その中で、顔に大きな傷を持ち、宿で洗ったとはいえ、強烈な臭いをはなつ皮衣をきて、全身から野の雰囲気を放つアシムは、まるで白鳩の群れに交じった鴉のように、浮いていた。


アシムにとっても意外なことだった。昨日の話から、てっきり自分のような野心を持った男が、群れを成して詰めかけてきていると思ったからだ。

だが周囲を見回してみると、試験を受けるどの顔も、上層の臭いをさせた男と女。これでは、家柄などで受験資格を厳しく定められた、通常の『司』の登用試験と変わらない。


待合所で腰を下ろし、周囲の話し声に耳を澄ます。周りのものたち話す話題と言えば、どこそこの道場の師匠が今日の試合の判事だとか、あそこの塾の先生が今日の筆記の採点者だとか、まるで事前に情報のやりとりがあったかのような様子だ。


そんなかれらから、少し離れた場所に座っていたアシムの隣に、座る男がいた。

その男は、一見、ほかのものと同じように、正装をしているように見えた。

しかしよくよく見てみると、その素材は麻でできており、仕立てはところどころがほつれていて、貧乏人が精一杯、上流の人間に見た目を近づけようと努力したものだとわかる。


それがわかると、上流の持ち物に似せた麻の衣服はかえって物悲しく、貧乏くさく見える。

その服を身にまとった男も、切りそろえ、整えてはいるものの、齢の割に禿げあがった頭。脂をぬって、つややかには見せているが、やせこけた頬。小柄で貧相な体つき。

どう見ても街の下層、それも最下層に住む人種だ。男はアシムの隣に座り、アシムが何か言うのも構わずに、独り言のように話しはじめた。


「あんた、おれの同類だな。この試験の情報、どうやって買ったんだ。」

「同類とは、どういうことだ。」


アシムが聞くと、ひくっと、ひきつけをおこしたように息をのんでから、男は言った。


「周りを見て、わかんねぇのか。おれと、あんたは、どう見たって本来、この試験を受けるべき人種じゃねえんだよ。」


男が言うには、こういうことだという。

太子たちに、英雄ケルゥのような人材を集めよ、と司長は言った。しかし、組織というものは、その長がすべてを動かしているわけではなく、その下、澱のように積み重なった、実務者たちによって動かされる。

そうした実務者たちは、長の意向をくみつつも、巧妙に自分たちの意図を組織の行動に織り込む。この場合、大多数の街の民の感情と同じく、この衛兵試験を運営する実務者たちは、『司』によそ者を入れたくなかった。


「と、なると、あとは簡単さ。まずこの試験の存在自体を、えらい奴らの知り合いだけに知らせる。ほかには情報を漏らさない。すると応募の時点で、奴らの思いどおりになる。」


男はそう言うと、ケッと悪態をついた。


「おれは高い金を払って、この試験についての情報を買ったんだ。周りを見てみろよ。上流の坊ちゃん顔ばっかりだ。試験だって、あいつらに都合のいいように仕組まれているに決まっている。あいつらはおれたちのことを、屁とも思っていないぜ。」


それから少し、尊大な言い方で。


「だが、みとけよ。おれはクミルってんだ――この名前を憶えとけ。試験の最後に必ず、合格者として読み上げられる名前だからな。おれは必ず、あいつらに吠え面かかしてやる。剣術試験さえ通過できれば、なんたっておれには、秘策があるからな――」



クミルがそう一息に言ったとき、にわかに練兵所の一角が騒がしくなった。


アシムが見ると、痩せて、厳しそうな眼をした女性を先頭にして、ぞろぞろと男女が入ってきた。そのだれもが、これぞ貴人、というような空気をまとい、隣の男が着ている物悲しい麻の服を千枚以上の価値のありそうな、豪華な服を着ている。

彼らが入ってきた瞬間、雑談をしていた者たちはピタッと口をつぐんだ。アシムは声を落として、クミルに聞く。


「だれだ、あいつら。」


クミルは呆れたように答えた。


「『司』の書記長のケープに、太子、それに太子おつきの側近どもだよ。それも知らずに、おまえ、いったい今日はなにしにここに来たんだ……」


かれがそう言い終わる前に、書記長のケープが厳しい、よく通る声で言った。


「全員、整列!これより、試験の概要の説明を行う!」

 

クミルとともに、アシムは列の一番後ろに並んだ。ケープは手元の紙を見ながら、宣託を読み上げる聖職者のように、試験の内容を読み上げる。

 説明によれば、試験は三部構成で行われる。第一部、衛兵の基本技能となる剣術。第二部、『司』に属するものとしての基本的な教養をはかる室内試験。それぞれ一部、二部とで合格を得られなかった場合には、次の試験に進むことができない。


 「最後に、それまでの試験を見ていただいた太子様によって、選考があります。太子様がこれは、と思った方が、その太子様直属の近衛となるのです。」


 なるほどな、アシムは思った。たしかに、あの禿げた男の言うことは当たっている。

司長の意向により、一部、二部は客観的な条件が提示され、その条件を達成できれば次の試験に進めるという。

しかし、剣術の技術や、それに筆記の教養試験に通る学力など、通常街中の、それも上流の者しか持たない、いや持てないものだ。そもそもの試験内容が、『司』の実務者たちの好むものたちに有利に設定されている。

また、その試験を乗り越えたとしても、太子に選ばれなければ、意味がない。


そう思いながら、値踏みするように、アシムは四人の太子と、その側近を見る。

太子は全部で五人。三人の男、一人の女、それに一人の少年。


アシムは一目で、男三人はおれを無条件に不合格にするだろうな、と思った。それぞれ、壮年、中年に差し掛かった男、青年と、年齢はバラバラ、また雰囲気もそれぞれ違うようだが、共通しているのは、『貴族』の顔つきをしていること。

おそらくあの三人は、正統な『司』の教育を受けて、価値観が出来上がっている。そうした彼らが、アシムのようなよそ者を選ぶとは考えづらい。


残るは女と、少年。

若い女の太子は、厳粛な顔をして並んでいる男三人に比べて落ち着きがなく、そわそわとしては、小声でそばに仕える老女に叱られていた。みるからに気分屋で、まだあの三人に比べれば望みがある……というのはおそらく、楽観的過ぎる考えだろう。


残りは、少年だが、アシムはその少年が一番、わかりにくい、と思った。

とにかく表情が、鈍い。何も見ていないかのような、実に生気のない表情。人によっては、暗い少年だ、と毛嫌いするだろう。

かたわらに仕える男――おそらく年齢的には、アシムと同じくらいの男も、ほかの側近のようにピリッとした雰囲気がなく、どこかやさぐれて、無気力だ。

もしもおれが万が一にでも選ばれることがあるとすれば、ここぐらいしかしかないだろうな、とアシムは思う。それも、針の先ほどの細い望みでしかないが。


アシムはため息をつく。正直言って、勝算は低いと思った。

あのエンサという男は、だましたつもりはないんだろう。しかし、望みがない試験を受けるくらいならば、日雇いの仕事をもらった方が、まだ実りがあったというものだ。

まあ、せっかく来たのだからやるだけはやってみよう。どうせ今日、仕事のあても、行くあてもないのだ。


「それではこれより第一部、剣術試験を始める!用意!」


ケープの言葉とともに、列が崩れる。アシムはその流れのままに、練兵所の隅に置かれた鎖帷子を着こんだ。


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