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亡国太子と近衛兵  作者: 佐藤周
2章 近衛試験
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戦士、と一口に言っても、さまざまな種類がある。


そう呼ばれる人種の中で一番人口が多いのは、言うまでもなく山賊、盗賊のたぐいだ。どの街や国にも属さず、いや属することができず、山や野原で生活し、人々を襲う厄介者たち。

かれらの代名詞である、襲う、とか、奪う、とか、そういう行為に走るとき、かれらはもっともありふれた「戦士」になる。


次に多いのがいわゆる傭兵、つまりは一時雇いの兵隊だ。アシムがこれまで何度も経験してきた仕事でもある。


世間一般からしてみれば、傭兵は山賊たちと紙一重で、ほとんど同じと言っていい存在だ。どこにも属さず、属せず、ただ金のためだけに剣をとる。


傭兵のことを、街中の山賊、と呼ぶものもいた。


あながち間違っていない。金で動く彼らはしばしば金につられて、雇い主を裏切る。

追いはぎを避けるために傭兵を雇って旅をしていたらその傭兵に荷物を奪われた、などという話はどの街の酒場でも転がっている、ありふれた話だ。


その次に多いのが、衛兵。山賊、傭兵に比べてその数はぐっと絞られる。


衛兵は街の治安維持のため街にやとわれた戦士だ。街中の喧嘩や、たちの悪い酔っ払いの処理などを職務とし、また賊の盗伐や、戦争が起これば傭兵たちを率いて戦うこともある。


アシムはこの衛兵になりたくていろいろな街で活動したが、そのすべてで失敗した。


当然と言えば当然だ。衛兵は街の警備を担うものであり、住民の信頼が不可欠となる。

そんな仕事を少し腕が立つからといってアシムのような『街中の山賊』に任命するはずがない。衛兵は剣術を学んだ街中の住民が、コネをたどってなることが普通だった。


しかし宿屋の酒場でエンサがアシムに教えたのは、アシムのようなよそ者にもこのショウの街の衛兵になるチャンスがある、ということだった。


それもただの衛兵ではなく、『司』太子おつきの近衛兵になれる、とエンサは言った。



アシムは信じられない気持ちで話を聞いていた。エンサはつづける。


「近衛を選ぶ試験をするんだ。受けるのはほとんどがこの街の住民だが、回ってきた要綱によれば、広く人材を求めると書いてあって、特に資格はさだめていない。」


エンサの知り合いが師範をつとめる剣術道場にもその通知が回ってきていて、道場に通う男たちはにわかに練習熱心になったという。


アシムは半信半疑でその話を聞いていた。ショウほどの大きな街がわざわざよそ者を招き入れるという話は信じがたい。アシムがそう言うと、エンサは大いにうなずいた。


「その通り、異例と言えば異例だ。だがどうやら司長様の教育方針らしい。」


各街には街の軍事・行政・学術などをつかさどる『司』と呼ばれる組織がある。その司の長が街の長であり、司長となる。ショウの街の司長はタニムという男だ。


そのタニム司長が変わりものなのだという。保守的、閉鎖的な司の人々の中で彼はひとり、街中に閉じず広く人材を集めなくてはならん、と口癖のように言っている。


「特に最近ではハームとの緊張が高まっているからな。司長様は英雄ケルゥの傭兵伝説にのっとって、いまのやり方を変えねばならん、と、しきりに言っている。」


ハームというのはサルマと同格の大国であり、長年の間、サルマとハームは穏やかな関係を築いてきた。

しかし近年になってハームの皇帝が変わり、にわかにハームが好戦的な様子を見せてきた。


ショウの街はそのサルマとハームの勢力圏のちょうどあいだにある。サルマの勢力に属し、いつハームの攻撃をうけるかわからないショウの司長が危機感を持ち、備えをはじめることは当然だ。


「英雄ケルゥ、というのはなんだ。」

「このショウの街は、司長の先祖であるナジン様によってはじまった。そのナジン様の隣にいつもひかえ、助言し、また戦で名を上げたのが、ケルゥだ。伝説によればケルゥはどこの者とも知れない野の出身で、元は盗賊ともいわれている。ちょうど――」


そう言ってエンサは、アシムを指さす。


「お前さんのようにな。」

「おれが英雄候補か。」


アシムは苦笑した。顔を上げると宿屋の主人は姿を消していた。おおかた奥の厨房で息をひそめているのだろう。


「その割には扱いが悪いな。」

「ま、伝説だからな。いまではみてのとおり、ショウの街は実にまじめな、保守的な街だ。まじめなあまり自分の街の創出にケルゥのような人物がかかわっていることが耐えられなくて、その存在自体が創作だと言い張るものもいる。」

「だが、司長はその存在を信じている。」

「その通り。」

「で、さっき試験はその司長の『教育方針』といったな。それはどういうことなんだ。」

「それは――」


エンサが言うには、司長の齢は、今年、六十。

まだまだ気力は充実しているようだが、自分の年齢が街の平均寿命を十も超えて、そろそろ次の世代のことが気になり始めている。


司長が死んだあとは第一太子のゲルツがその後を継ぎ、彼を中心として異なる母親をもつ五人の子供、太子たちによって、『司』は運営されることになる。


「だが、その子供たちに、司長様はご不満のようでな。」


司長の子供は次代の幹部候補として『司』の様々な仕事についている。

そのさいには街で一番の教育をつけられ、また仕事においては、長年『司』を支えてきた有能な部下が付いて、助言する。


「司長はその太子たちに物足りなさを感じているらしい。与えられた仕事を、与えられた教育と人材でこなす。そうではなくて、自分が見つけた人と知識を持って、自分が考えた通りに物事を動かせるようになるべきだと思っているようだ。」


その司長の『教育』が、近衛試験なのだという。


太子の大きな仕事として街の衛兵の管理があり、その備えの中心となるのが側近である近衛だ。

その部下を自ら試験し、選ぶことをせよ、というのが司長の命令だった。そして、英雄ケルゥのような、自らの人生を切り開く人材をみつけよ、と。


「ならば今回の試験にとおれば、近衛の仕事がもらえるのか?」


近衛兵、つまりは『司』の要人の直属の部下になることは、ただの衛兵の役職よりもさらに難度が高く、同時に格も高い。アシムのようなものにとっては夢のような話だ。


アシムが勢い込んで言うとエンサは苦笑した。


「風来人、『仕事がもらえる』などという表現はやめておけ。『近衛として太子様に近侍する』だ。」

「難しい言葉は知らん。」

「それならば、試験に通るのは難しいだろうな。試験では武術だけではなく、さまざまな知識も問われる。」

「なんとかなるだろうさ。要は気合だ。いつ、どこでその試験はあるんだ?」


アシムがそう聞き、愉快そうな表情のエンサは、答えた。

日時は、翌日の昼、場所は『司』の練兵所。


次の日の朝、半ば追い出されるようにして宿屋をあとにしたアシムは、一枚着たきりの皮衣を着て、太陽が天の中ごろに上るころ、その入り口に立っていた。


土日は休載します

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